日本精神保健看護学会誌
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原著
精神科看護師の批判的思考態度を促進するためのリフレクションを用いた教育プログラムの効果
―統合失調症患者の身体症状の判断に焦点をあてて―
池内 彰子上野 恭子
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2020 年 29 巻 2 号 p. 9-18

詳細
Abstract

本研究は,精神科看護師の批判的思考態度の促進に向けた教育的な介入を試み,効果を検証することを目的とした.教育プログラムは統合失調症患者の身体症状を判断した場面を,看護師の倫理的感受性に焦点を当てリフレクションする内容とした.

介入は準実験研究(1群事前事後テスト)デザインで,一般科臨床経験のない精神科臨床経験が5年未満の看護師23名を分析対象とした.介入による効果を,介入前と介入直後,介入1ヶ月後の批判的思考態度尺度中央値を比較し検討した.さらに,介入1か月後に患者の身体症状判断の実践状況,および看護師自身の変化や成長を把握するために,研究参加者10名を対象に半構造化インタビューを実施した.

結果として介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに批判的思考態度尺度の中央値は上昇を示した.また,インタビュー結果より看護師の身体症状の判断に関する変化や成長を示すカテゴリーが形成され,批判的思考態度の促進に一定の効果が認められた.

Translated Abstract

This study examined educational interventions that promote the critical thinking disposition of psychiatric nurses and their effects.

Our educational program reflected a situation in which psychiatric nurses judged the physical symptoms of schizophrenic patients.

Intervention was carried out using a quasi-experimental (one-group pre-test/post-test) design, and the study subjects comprised 23 nurses with less than 5 years of clinical psychiatric experience who had no physical psychiatric experience.

Before, immediately after, and one month after the intervention, we measured and compared the median of the Critical Thinking Disposition Scale (CTDS). Then, one month after the intervention, a semi-structured interview was conducted with 10 participants.

The purpose of the semi-structured interview was to qualitatively clarify the situation in which the physical symptoms of schizophrenic patients were judged and to confirm the growth of participants.

The median CTDS significantly increased both immediately after the intervention and one month after the intervention compared with before the intervention.

In addition, based on the interviews, categories were created to represent changes and growth in terms of the nurses’ judgment of physical symptoms. As a result, this educational program was found to promote critical thinking.

Ⅰ  はじめに

現在,長期間在院している65歳以上の高齢統合失調症患者は,精神科病院入院患者全体の約過半数を占め(厚生労働省,2019),加齢に伴う種々の身体症状のほか,抗精神病薬の副作用の影響で循環器系と代謝内分泌系疾患をもつ者が多く,全体の約60%が何らかの身体疾患を有している(渕野,2014).

入院中の統合失調症患者の身体合併症の併発を助長すると考えられる要因はいくつかある.まず,患者側の要因として抗精神病薬により疼痛の感受性が低下することによって,患者自身が異常に気づかないことが挙げられる.また,統合失調症による思考,自我,認知機能障害によって現実検討能力が障害され,人間関係をうまく作り,適切に自分の意思を伝えたりすることが困難になるため,医療者に自分の身体の変調を適切に訴えられないこともある.さらに,高齢者が疾患に罹患した際の特徴として,その疾患特有の症状が出現しにくく定型的な経過を辿りにくいことが挙げられ,これらは高齢統合失調症患者が身体疾患を合併した際の早期発見の難しさの要因になっている.

一方,統合失調症患者の身体合併症の発症や増悪に影響する看護師側の要因として精神科看護師の身体症状に対する判断の困難さが挙げられる.たとえば,精神科看護師は患者の胸痛や腹痛などの身体疾患の徴候の発見に手間取ることがあり,重症化を防止しにくいという報告(猪飼,2014)や,抗精神病薬の副作用により便秘症状の悪化が起因となり引き起こされるイレウスや,高齢患者の肺炎の徴候に気づきにくく重篤化してしまうという調査結果(薮崎・河内,2007)がある.

また,美濃(2005)は,一般科病床での看護経験がなく,精神医療にのみ関わる精神科看護師には,特に身体症状の診たてや正確な判断が困難な状況があり,患者が示す身体症状の訴えを精神症状の悪化と間違えて捉えてしまう傾向があることを指摘した.

ところで,現在の精神科医や看護師の配置人数は,いわゆる精神科特例により定められており,一般病床に比べ少ない人数で患者の身体合併症にも対応しなければならない.また,近年,認知症患者が精神科病院に多数入院するようになったことからも看護必要度は益々高まり,精神科看護師の役割は年々重要となってきている(精神保健医療福祉白書,2017).このような精神医療体制の中で,高齢化し,自ら身体的異変をうまく伝えにくい統合失調症患者の身体症状の出現,悪化を早期に発見し適切な治療開始に導くには,精神科看護師の患者の身体症状の変化を的確に判断する能力を向上させることが喫緊の課題といえよう.

池内・上野(2015)は,精神科看護師の身体症状の判断の困難さについて,わが国の先行研究11件を基に精神科看護師の患者の身体症状の判断に影響する要因について検討し,精神疾患患者の身体症状を正確に判断するには,患者と関わりながら判断することが不可欠であり,看護師の主観に偏らない客観的・懐疑的な思考が必要となる.そのためには批判的思考を発揮することが重要な要因となることを指摘した.

看護基礎教育を受け,一定の知識と判断能力を持つ精神科看護師が,統合失調症患者の身体症状の判断を行う際に困難さが生じている現状を考慮すると,その困難さの背景には,身体症状を判断する際の批判的思考を妨げる要因の存在について推察できる.そして,その要因の一つに看護師の倫理的感受性が関与していることが明らかにされている(池内・上野,2018).つまり,精神科看護師の批判的思考は看護師の内面の動きに影響を受けているといえる.

批判的思考とは,知識に基づいて物事を論理的に把握・判断しようとする認知的な側面と,その認知的な側面のスキルを使おうとする態度,志向性を重視する情意的側面の2つの概念から構成される.認知的側面には,知識と推論・判断能力が含まれ,情意的側面は,批判的思考態度としてその人が持っている批判的思考を発揮する際の心構え,内的な姿勢を指す(楠見,1996).そして,批判的思考の認知的側面の判断力やスキルは,批判的思考態度が備わることで発揮される(道田,2000).つまり,精神科看護師の批判的思考に影響する看護師の内面の動きは批判的思考態度の部分であり,これが促進されることで批判的思考が発揮され,的確な統合失調症患者の身体症状の判断につながるのである.

高橋ら(2013)によると,情意的な部分である批判的思考態度は,批判的思考の認知的な部分よりも看護師の内的なモチベーションへの教育的な介入によって促進することが可能であることを示した.すなわち,物事を客観的に,懐疑的,内省的にとらえようとする批判的思考態度は学習によって強化される.

これらのことから,精神科看護師が統合失調症患者の身体症状を的確に判断するうえで,重要な要因となる批判的思考の促進に向けた教育として,批判的思考態度に焦点を当てた教育が必要になると考えた.そこで,本研究は,精神科看護師の批判的思考態度を養うための教育プログラムで介入を行い,その効果を検証することを目的とした.

Ⅱ  研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,準実験研究(1群事前事後テスト)デザインである.

2. 対象者の選定方法

研究参加者の選定方法は以下のように行った.最初に,インターネット上で公開されている,日本精神科病院協会所属の病床数が200~300床の民間の精神科単科病院をインターネット検索し42か所を選定した.さらに,池内・上野(2017)の報告を基に研究参加者の選定条件を考慮し,一般科病院での臨床経験のない,精神科臨床経験5年未満の看護師を選定条件として,選定された病院の病院管理者に研究参加者の紹介を依頼した.

3. 教育プログラムの内容

田村・津田(2008)は,批判的思考能力を向上させる方策としてリフレクションの有効性を論じた.そして,リフレクションにおける自己の気づきは,批判的思考の内省力と関連していることを示した.これを受け,本教育プログラムでは,考え方の基盤として,看護師が自らの経験を内省しそこから学ぶための思考プロセスとして作成されたBulman(2000/2005)のリフレクティブサイクルの理論を用いた.教育プログラムは,研究参加者が自らの経験をリフレクションシート(以下,シート)に記述し,それを基に話し合う構成とし,以下のような学習プロセスで進めた.

1) リフレクションする経験の焦点化

研究参加者は,自らが経験した統合失調症患者に対する看護の中で,統合失調症患者の身体症状を判断した経験に焦点を当て,特に印象に残っている場面を想起した.そして,シートにその内容を記述し,話し合っ‍た.

2) 感情のリフレクション

シートに記述された統合失調症患者の身体症状を判断した場面において,患者との関わりの中で自らが抱いた感情に焦点を当て,その時に抱いた感情についてシートに記述し,話し合った.

3) 経験に対する評価

統合失調症患者の身体症状を判断した経験について,客観的に考えて良かったと思う点と改善すべき点を,その理由とともにシートに記述し,話し合った.

4) 倫理的な観点からのリフレクション

シートに記述された統合失調症患者の身体症状を判断した経験について,「自分の実践した看護は患者にとって最善であったのか,患者中心であったのか,患者に対し偏った見方はなかったのか」という視点でリフレクションを行った.

患者を尊重すること,患者に対する偏った見方をしないことは看護師の倫理的な感性に関わるものである.本教育プログラムにこのプロセスを設けた理由は,研究参加者が自分の経験を倫理的な観点から洞察することを通し,自己の患者に対する姿勢,患者への関わりの傾向について自覚し,事象を多面的にとらえる力や客観視する力,さらに内省力を養えると考えたからである.

5) 次に同じような経験をする場合の行動計画

最後のプロセスとして,今後,再び同じような場面に遭遇した際に,正確に身体症状を判断するためにはどのようにするべきかを記述し,話し合った.

4. 介入方法と評価方法

教育プログラムの構成,および介入と評価の全体の手順は以下の通りである.

1) 教育プログラムの構成,および介入方法

教育プログラムの構成として,最初に初対面である参加者の緊張感が軽減するように,参加者同士の自己紹介やコミュニケ-ションゲームを取り入れ,学習する場の雰囲気を作った.次に,研究参加者がリフレクションを経験することが初めてであることを考慮し,リフレクションに関する基礎的な知識について,自作のテキストを用いて講義を行った.その後リフレクションを実施し,合計150分のプログラムとした.田村・池西(2014)によると,リフレクショントレーニングでは,経験をオープンに語れる関係性が重要とされる.そのため,教育プログラムでの話し合いにおいて,すべての参加者が自由に意見を述べ合うことが可能な人数として1グループ5名以内が適切であると判断した.介入は各グループ1回とし,研究者1名がすべての介入のプロセスを実施した.

2) 教育プログラムによる介入効果の評価方法

(1) 評価方法

介入の約1カ月前(以下,事前テスト),介入直後(以下,事後テストI),介入1ヵ月後(以下,事後テストII)に,自記式質問紙調査票を用いて評価した.事前テストと事後テストIIは郵送による留め置き調査方法で実施した.さらに,介入1月後の評価として,統合失調症患者の身体症状判断に関する実践状況の把握,およびリフレクションの効果として,研究参加者自身の変化,成長の気づきを把握するために半構造化インタビューを行った(図1).

図1

介入・評価プロトコル

(2) 測定尺度

介入前後に用いた自記式質問紙調査票には,常盤ら(2010)による批判的思考態度尺度を用いた.批判的思考態度尺度は,5つの下位尺度「協同的態度」「根気強さ」「探究心」「懐疑的態度」「論理的思考の自信」から構成された15項目から成る尺度で,「まったくそうである(5)」から「まったくそうでない(1)」の5段階リッカート尺度で回答を求めるものである.得点範囲は15~75点で,得点が高いほど批判的思考能力が高いことを示す.尺度のCronbach α係数は .84~.90で,外的基準尺度との相関係数は .407~.422で有意な正の相関がみられ,信頼性・妥当性は検証されている.

5. 分析方法

得られたすべてのデータを単純集計し,事前テストと事後テストIおよび事後テストII,事後テストIと事後テストIIに関する,批判的思考態度尺度下位尺度5項目の得点の差をFreidman検定で比較し,各群間について対応のあるWilcoxon符号付順位和検定で比較した.分析は有意水準を5%とし,統計ソフトはSPSSver24を用いた.

また,介入1ヶ月後の半構造化インタビュー内容は,研究参加者の承諾を得てICレコーダーに録音した.さらに,録音したインタビュー内容を逐語的に記録しデータとした.データ分析方法は,ベレルソンの内容分析の手法を参考にした.ベレルソンの手法を紹介した舟島(2007)の著書に従い,①記録単位の決定,②文脈単位の決定,③カテゴリー化,④記録単位数の算出,⑤一致率の算出の手順で分析を行った.最終的に一致率が70%以上を示すまで2名の研究者間で協議し,結果の信頼性,妥当性を確保した.

Ⅲ  倫理的配慮

本研究の実施にあたり,各病院の病院長および看護部長,研究対象者に対し,研究の趣旨,研究参加に関する自由意志の尊重,匿名性の保証について文書と口頭で説明し同意を得た.その際,研究対象者に次の内容について確約した.本研究で得られたデータは個人が特定されないように,氏名や施設名等の情報を削り符号化した上で,鍵のかかる保管庫に2027年まで厳重に管理する.また,データを破棄する際には,紙媒体のデータはシュレッダーを用い完全に細断し破棄する.電子データは,それが保存されたUSBをデータの復元が不可能な状態になるように物理的に破壊し破棄する.

本研究は,順天堂大学大学院医療看護学研究科研究等倫理委員会に申請し,2017年6月に承認(受付番号29-D1)を得たうえで実施した.

Ⅳ  研究結果

1. 教育プログラム介入の概要

1) 介入期間および介入時間

教育プログラムは,2017年7月から8月に6つのグループに対し各1回実施した.教育プログラムの平均実施時間は144分であった.

2) 研究参加者の概要

研究協力の依頼をした精神科病院42施設のうち,同意の得られた10施設の精神科病院の看護部長より合計32名の看護師の紹介があった.紹介のあった32名の看護師に研究協力依頼文書,研究説明文書,同意書撤回書を送付し研究参加を依頼した.最終的に教育プログラムの介入への参加者は28名であった.

さらに,28名の教育プログラム参加者のうち,事後テストIIの質問紙調査票の返送が確認できなかった参加者を除外し,23名を分析対象とした(図2).

図2

研究のフローチャート

3) 研究参加者の基本属性

分析対象とした教育プログラムの参加者23名は,病床数が210床~313床の民間の精神科病院の精神科療養病棟,または急性期治療病棟の所属で,一般科での臨床経験のない,精神科臨床経験5年未満の看護師であった.性別は,男性10名女性13名,年齢は最年長が40歳,最年少は22歳で,平均28.8(±5.3)歳であった.精神科臨床経験は最長52ヶ月,最少4ヶ月で平均28.0(±16.6)月であった(表1).

表1 研究参加者の属性
項目 n% meanSD
性別 男性 10(43.5)
女性 13(56.5)
年齢 20歳代 13(56.5) 28.8(5.3)
30歳代 9(39.1)
40歳代 1(4.4)
精神科
臨床経
験月数
12ヶ月未満 4(17.4) 28.8(16.6)
12ヶ月以上36ヶ月未満 7(30.4)
36ヶ月以上60ヶ月未満 12(52.2)

N = 23

2. 介入の結果

1) 介入前後における批判的思考態度尺度得点の比較

批判的思考態度尺度全体の中央値は,介入前で55.0(範囲44.0~64.0),介入直後は59.0(範囲44.0~68.0),介入1ヶ月後は57.0(範囲45.0~70.0)で3群間に有意差が示された(p = .00).また,介入前に比べ介入直後の中央値が有意に上昇したが(p = .03),介入1ヶ月後は介入直後より中央値が低減し,有意差はなかった(p = .70).

次に,批判的思考態度尺度下位尺度の介入前後の中央値を比較した結果,介入1ケ月後まで継続して有意な上昇が示されたのが,「探求心」「懐疑的態度」「論理的思考の自信」であった.「探求心」は介入前が3.6(範囲2.3~4.7),介入直後が3.9(範囲2.7~5.0)(p‍ ‍= .01),介入1か月後は3.9(範囲2.7~5.0)(p‍ ‍= .01)で,介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに有意に上昇した.さらに「懐疑的態度」は,介入前3.5(範囲2.5~4.3),介入直後が3.8(範囲1.8~4.5)(p = .01),介入1ヶ月後が3.8(範囲2.5~4.8)(p = .02)で,介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに有意に上昇した.また,「論理的思考の自信」は,介入前3.1(範囲2.0~4.0),介入直後が3.5(範囲2.0~4.5)(p = .02),介入1ヶ月後が3.5(範囲2.5~4.0)(p = .01)で介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに有意に上昇した.

一方,「協働的態度」は介入直後が4.2(範囲3.5~5.0)で,介入前の4.0(範囲3.0~4.8)に比べ有意に上昇したが(p = .02),介入1ケ月後は4.1(範囲3.0~4.8)で有意差はなかった(p = 0.09).さらに,「根気強さ」は介入前,介入後の中央値に変化はなかった(表2).

表2 介入前・介入後の批判的思考態度尺度中央値の比較
批判的思考態度尺度全体 批判的思考態度下位尺度
探究心 懐疑的態度 論理的思考の自信 協同的態度 根気強さ
median 範囲 p 多重比較 median 範囲 p 多重比較 median 範囲 p 多重比較 median 範囲 p 多重比較 median 範囲 p 多重比較 median 範囲 p 多重比較
介入前a 55.0 44~64 .00 ab* 3.6 2.3~4.7 .00 ab* 3.5 2.5~4.3 .02 ab* 3.1 2.0~4.0 .03 ab* 4.0 3.0~4.8 .61 ab* 3.8 2.5~5.0 .98 ab
介入直後b 59.0 44~68 bc 3.9 2.7~5.0 bc 3.8 1.8~4.5 bc 3.5 2.0~4.5 bc 4.2 3.5~5.0 bc 3.8 2.5~5.0 bc
介入1ヶ月後c 57.0 45~70 ac* 3.9 2.7~5.0 ac* 3.8 2.5~4.8 ac* 3.5 2.5~4.0 ac* 4.1 3.0~4.8 ac 3.8 2.5~4.8 ac

注)N = 23 *p < .05

介入前・介入直後・介入1ヶ月後の比較:Friedman検定 対応のあるWilcoxon符号付順位和検定

批判的思考態度尺度全体の得点範囲:15–75 各尺度項目の得点範囲:1–5

2) インタビューの概要

半構造化インタビューを実施した研究参加者は10名であった.性別は,女性6名,男性4名で,年齢は最年長が32歳,最年少が22歳,平均28.0(±3.6)歳であった.精神科臨床経験は,最長52ヶ月,最短4ヶ月で平均25.0(±19.5)月であった.また,インタビューの平均実施時間は44(±5.0)分で,インタビュー内容は研究参加者の承諾を得て録音した.さらに,録音されたインタビュー内容を逐語録に記録してデータとし‍た.

3) インタビュー結果

全てのインタビューデータを精読し分析対象となる記述内容を抽出した.記述内容は208記録単位に分割できた.このうち,抽象度が高く,意味が不明確であった42記録単位を除く166記録単位を分析した.その結果,教育プログラムを受けて1ヶ月経過後の,統合失調症患者の身体症状の判断に関する自己の変化を表す6カテゴリーが形成された.また,2名の研究者によるカテゴリー分類への一致率は78.6%であり,形成された6カテゴリーが信頼性を確保していることが示された.以下,カテゴリー【 】,同一記録単位群〈 〉,記録単位数( )で示す.

形成されたカテゴリーは,【経験を話し合うことで得た学びと反省】【身体症状の判断に対する姿勢の変化】【患者の状態を把握する際の変化】【患者と関わる上での変化】【リフレクションにより得た自己への気づき】【リフレクションプログラムにおける困難感】であった.

最も多い記録単位数から形成されたカテゴリーは,【経験を話し合うことで得た学びと反省】(41)で,全体の24.7%を占めた.このカテゴリーには,同一記録単位群〈他者の経験からの学び〉(15),〈患者の身体症状に関する不十分な観察と判断〉(8),〈他者の経験を聴きながら自分を省みる〉(6),〈周囲の意見に影響されていた自己の自覚〉(6),〈身体症状の判断に対する自信のなさ〉(6)が含まれた.次に多いのは,【身体症状の判断に対する姿勢の変化】(35)で全体の21.1%であった.このカテゴリーには,同一記録単位群〈判断に向けてのさらに深い思考〉(13),〈自立して判断することの自信〉(11),〈懐疑的に思考して判断する〉(11)が含まれた.さらに,【患者の状態を把握する際の変化】(31)は全体の18.7%で,このカテゴリーには同一記録単位群の〈客観的・多面的に捉えようとする努力〉(12),〈患者を捉えようとする自らの姿勢の変化に気づく〉(10),〈精神症状か身体症状か見極める〉(9)が含まれた.また,【患者と関わる上での変化】(27)は全体の16.3%で,このカテゴリーは,同一記録単位群の〈自分を振り返りながら患者と関わる〉(10),〈患者の思いを分析しながら関わる〉(7),〈患者を尊重し積極的に関わる〉(5),〈偏った見方をせずに慎重に関わろうとする努力〉(5)から形成された.加えて,【リフレクションにより得た自己への気づき】(24)は全体の14.5%で,同一記録単位群の〈自分の傾向に気づく〉(16),〈倫理的な気づき〉(8)から形成された.また,【リフレクションプログラムにおける困難感】(8)は全体の4.8%で,このカテゴリーは,同一記録単位群の〈プログラムで感じた困難感〉が含まれ,記録単位数の多いカテゴリーには,教育プログラムを通して得た自己の内省や患者との関わりに対する姿勢の変化を示す内容が含まれた(表3).

表3 インタビューで得られたカテゴリーと同一記録単位群
カテゴリー 記録単位数(%) 同一記録単位群 記録単位数(%)
経験を話し合うことで得た学びと反省 41(24.7) 他者の経験からの学び 15(9.0)
患者の身体症状に関する不十分な観察と判断 8(4.8)
他者の経験を聞きながら自分を省みる 6(3.6)
周囲の人の意見に影響されていた自己の自覚 6(3.6)
身体症状の判断に対する自信のなさ 6(3.6)
身体症状の判断に対する姿勢の変化 35(21.1) 判断に向けてのさらに深い思考 13(7.8)
自立して判断することの自信 11(6.6)
懐疑的に思考して判断する 11(6.6)
患者の状態を把握する際の変化 31(18.7) 客観的・多面的に捉えようとする努力 12(7.2)
患者を捉える自らの姿勢の変化に気づく 10(6.0)
精神症状か身体症状か見極める 9(5.4)
患者と関わる上での変化 27(16.3) 自分を振り返りながら患者と関わる 10(6.0)
患者の思いを分析しながら関わる 7(4.2)
患者を尊重し積極的に関わる 5(3.0)
偏った見方をせずに慎重に関わろうとする努力 5(3.0)
リフレクションにより得た自己への気づき 24(14.5) 自分の傾向に気づく 16(9.6)
倫理的な気づき 8(4.8)
リフレクションプログラムにおける困難感 8(4.8) プログラムで感じた困難感 8(4.8)

総記録単位数:166

Ⅴ  考察

本研究結果で,批判的思考態度尺度が介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに中央値が上昇を示したことから,考案した教育プログラムは,精神科看護師の批判的思考態度の促進に概ね有効であることが示された.その理由として以下のことが考えられる.

まず,リフレクションのプロセスの中に,「患者にとっての最善であったか」「患者中心であったか」「患者に対するとらえ方の偏りはなかった」という倫理的な観点からの分析を加えた点である.池内・上野(2018)は,精神科看護師の批判的思考態度に影響する因子を調査した結果,精神科看護師の批判的思考態度には,倫理的感受性が最も影響力があることを示した.つまり,精神科看護師が倫理的な感受性を高くして患者の状態をとらえようとする姿勢は,批判的思考態度を発揮するうえで重要な要因となっている.

本教育プログラムの介入によって,介入1ヶ月後まで持続的に批判的思考態度下位尺度の「懐疑的態度」の促進が示され,また,介入1ヶ月後のインタビュー結果から,同一記録単位群〈懐疑的に思考して判断する〉〈自分を振り返りながら患者と関わる〉が得られたことから考えると,研究参加者は,教育プログラム介入後の臨床での看護実践の中で,意図的に内省しながら患者と関わる経験をしていたことが推察できる.「懐疑的態度」とは,物事に対し偏った見方をしていないか自分に問いかけ,与えられた情報や知識,自分の思考を鵜呑みにせず疑ってかかる冷静で客観的な態度のことである.本教育プログラムのリフレクションのプロセスの中で,「自分の実践した看護は患者にとって最善であったのか,患者中心であったのか,患者に対し偏った見方はなかったのか」という視点から分析を行ったことが,精神科看護師の倫理的な感性を触発したと考えられる.さらに,その経験は,介入後の臨床での看護実践の中で,自分の思考や判断,行動を意図的に振り返ることにつながり,結果として物事に対し偏った見方をしていないか自分に問いかけ,客観視する姿勢である「懐疑的態度」が強化されたと推察する.加えて,批判的思考には,自分自身の思考をモニターし,コントロールするメタ認知的思考プロセスが重要になる(Kuhn, 1999).研究参加者が,教育プログラムの中で,患者との関わりの場面を振り返り,「自分の実践した看護は患者中心であったのか」と自分に問いかけるプロセスは,患者を中心にした自己のあり方を意識化する機会としてメタ認知を強化することに繋がり,批判的思考態度の促進に有効に働いたといえる.

批判的思考態度下位尺度の「協働的態度」と「根気強さ」は,介入前に比べ,介入1ケ月後の中央値には有意な変化が見られず,教育プログラムの効果の持続性は示されなかった.「協働的態度」とは,柔軟に他者と関係を築き,他者に対して共感的な態度を示すことである.介入直後,即時的に「協働的態度」が上昇したが,その理由として,研究参加者が自らの内面を客観視し,患者中心を意識した心の動きを経験したことで,患者への共感的な態度である「協働的態度」が刺激されたことが考えられる.しかし,これが持続されなかったのは,日々の看護実践の中で患者との関わりをリフレクションする際に,患者に対し共感的な態度を示せていたのかどうかを自己認識する過程が不足していたためと考える.

また,「根気強さ」は,介入前後の中央値には有意な変化が見られず,教育プログラムの効果が示されなかった.「根気強さ」とは,物事を途中で投げ出さず遂行し続けようとする能力のことである.これらは,教育プログラムを通し即時的な効果が期待できる能力とは別で,元来の個人の性格や資質,または生活歴などに影響されやすいものと考えられる.したがって,精神科看護師の「根気強さ」を含めた批判的思考態度全体を促進させるためには,患者の身体症状の判断についてリフレクションするだけでなく,看護師としての業務遂行に対する姿勢全体をリフレクションする経験が必要になる.

一方で,今回実践した教育プログラムが,一般科での臨床経験のない,精神科臨床経験5年未満の看護師を対象としたものであったことを考えると,教育プログラムの中で,統合失調症患者の身体症状を判断した経験に焦点化してリフレクションを行ったことは,批判的思考態度の促進に有効な要因の一つであったと推察できる.その理由として,臨床経験5年未満の参加者にとって,統合失調症患者の身体症状判断の経験は十分とはいえず,そのことに不安を抱えている可能性が考えられた.そのため,患者の身体症状判断の具体的な経験を振り返り,ディスカッションすることで,互いの経験とそこからの学びや感情を共有し,自分にとって未経験の事例を自分にも起こり得る状況として認識することができた.そして,今後の看護実践の中で,自らが患者の状態を判断するイメージが明確化でき,批判的思考に基づいた判断をするための自信に繋がったと推察する.このことは,批判的思考態度下位尺度「論理的思考の自信」が介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに有意に上昇し,研究参加者への介入1ケ月後のインタビュー結果から,同一記録単位群〈自立して判断することの自信〉が得られたことからも明らかである.

Ⅵ  本研究の限界

本研究の限界として次のことが考えられた.本研究では,研究参加者が有する身体症状に関する知識については把握できていない.そのため,本プログラムを通し,研究参加者の身体症状に関する知識がどのように変化し,批判的思考態度の促進に寄与したのかは明確にはなっていない.また,本研究は,一般科での臨床経験のない,精神科臨床経験5年未満の看護師を対象とし,教育プログラムでの介入の効果を1群事前事後テストで比較検討した.しかし,教育プログラムの効果について,より精度のある検証を試みるには,一般科での臨床経験がある精神科臨床経験5年未満の看護師を対照群においた2群間の比較も必要な視点である.これらは,今後より効果的な教育プログラムとその検証方法を探求していくうえでの課題である.

Ⅶ  結論

精神科看護師の批判的思考態度の向上を目的とした教育プログラムで介入を試み,その効果を検証した結果,以下のことが明らかになった.

1.批判的思考態度尺度は介入前に比べ介入直後,介入1ヶ月後ともに中央値は有意に上昇した.また,下位尺度で持続的に有意な変化が表れたのは,「探求心」,「懐疑的態度」,「論理的思考の自信」であった.

2.介入1月後に,研究参加者の批判的思考態度を活用した患者の身体症状判断の実践状況を把握し,研究参加者自身の変化や成長の気づきを明らかにするために半構造化インタビュー行った結果,【経験を話し合うことで得た学びと反省】【身体症状の判断に対する姿勢の変化】【患者の状態を把握する際の変化】【患者と関わる上での変化】【リフレクションにより得た自己への気づき】【リフレクションプログラムにおける困難感】の6カテゴリーが生成された.

3.介入により精神科看護師の批判的思考態度が促進されたことから,本教育プログラムの有効性が示された.その理由として,教育プログラムのリフレクションのプロセスの中に倫理的な視点からの分析を加えたこと.また,リフレクションとして振り返る経験を,統合失調症患者の身体症状を判断した経験に焦点化したことが効果的であったことが示唆された.

4.下位尺度「協働的態度」「根気強さ」を含めた批判的思考態度全体を持続的に促進させるためには,リフレクションの分析の視点として,精神科看護師の判断や思考の分析の他に,自己の内面や業務遂行に対する姿勢について分析する必要性について示された.

謝辞

本研究にご協力いただいた精神科看護師の皆様に,心より感謝いたします.本論文は,順天堂大学大学院医療看護学研究科博士後期課程における学位論文の一部を,加筆・修正したものである.

著者資格

SIは研究の着想から最終原稿作成に至るまで,研究のプロセス全般を遂行した.KUは研究デザイン,データ分析・解釈への示唆,最終原稿作成までの研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
 
© 2020 日本精神保健看護学会
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