2020 年 29 巻 2 号 p. 50-59
目的:高齢者入所施設で働く援助職者の語りを通して,精神障害者へのケアに関する体験を描き出し,高齢者入所施設における精神障害者へのケアの課題を考察する.
方法:半構造化インタビュー調査.インタビュー内容は,①高齢精神障害者の捉え方やイメージ②印象的なケア体験③ケアへの思いや考えについて自由に語ってもらった.ICレコーダーに録音した内容をデータとして整理し,分析した.
結果:インタビュー参加者は,高齢者入所施設6施設からの援助職者26名.参加者らは,精神障害をもつ人を,〈一人の入所者〉として捉え,【入所者との良好な関係を築く】ようなケアを体験していた.しかし,入所者から攻撃性を感じるような言動を受けて【入所者との関係で傷つく】体験もあった.【入所者との関係で傷つく】体験をしながらも,【傷つきを修復しようとする】体験をしていた.
考察:【入所者との関係で傷つく】体験は,自尊感情が傷つく体験であると考えられる.入所者の攻撃性を伴う言動へのケアの困難さとその言動によって傷ついた援助職者へのケアが課題である.
Purpose: To describe the narratives of helping professionals in nursing homes who provide care to elderly residents with mental illness and examine issues faced by staff relating to the provision of care.
Methods: Qualitative research was conducted based on semi-structured interviews with 26 care staff members from six nursing homes. Participants responded freely to questions that centered around three topics: (1) their perceptions regarding residents with mental illness, (2) their impressions about care experiences, and (3) their feelings and thoughts about providing care. Thematic analysis was conducted on the data which had been recorded using an IC recorder.
Results: The analysis of the interviews revealed that the participants considered elderly residents with mental illness in the same regard as all nursing home residents. They described experiences of providing care, focusing on “building good relations with the residents.” However, they reported feeling upset when residents sometimes exhibited aggressive behaviors, experiencing “hurt in relations with the residents.” Even though the caregivers had, at times, been emotionally wounded by residents with mental illness, they had also been able to recover from such painful experiences.
Conclusion: The hurt feelings experienced by staff members in their relationships with residents were determined to be mostly related to the staff members’ self-esteem. The results identified the most important issues for staff are difficulties in caring for residents exhibiting aggressive behaviors and indicated the necessity of providing caregivers support to help them process hurt feelings when residents lash out at them.
日本においては,精神科入院患者総数27.8万人のうち,半数以上が1年以上の長期入院患者であり,長期入院患者の年齢構成をみると,65歳以上の高齢者が60%以上を占めている(患者調査,2017).日本の精神医療において,精神科長期入院高齢者の退院支援は,重要な課題であるといえる.
精神科長期入院高齢者の疾病構造をみると,認知症が約30%であり,認知症を除く精神障害(主に,統合失調症)が約70%を占めている(患者調査,2017).認知症に対しては,「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」(厚生労働省,2015)が策定され,医療・介護・福祉が連携して,地域づくりも含めた包括的な取り組みが進められている.一方で,認知症を除く精神障害に対しては,「精神障害者地域移行・地域定着支援事業」(厚生労働省,2012)の中に「高齢入院患者地域支援事業」が新設され,長期入院高齢者の退院支援における必要性が示されたものの,医療・介護・福祉が連携した包括的な取り組みには至っていない.
精神科長期入院高齢者は,家族の元や自宅への退院が困難なことが多く,退院後の地域生活の場の一つとして,高齢者入所施設(以下,施設)が検討されている(厚生労働省障害保健福祉部,2014).精神科長期入院高齢者の退院支援に関する既存の文献においても,看護師は,患者の精神症状やADLの問題よりも退院先確保が困難と捉え,退院先として施設を検討していた(鷺・寳田,2019).一方で,施設においては,援助職者の精神症状への理解不足や精神障害者に対する偏見,拒否・抵抗が報告されており(一般財団法人日本総合研究所,2016;山本・水主・志波,2006),精神科病院から施設に入所しても,施設での生活が困難となり,精神科病院に戻る事例の報告もある(松原,2004).
精神科長期入院高齢者の退院先としては,施設が検討されているが,施設においては,精神障害者へのケアに困難が生じていることが想定される.ケアは,感情や価値観が揺れ動く主観的なものであり(武井,2001),ケアを考える上で,援助職者の主観的な体験との関係で考えることは重要であるといえる.そこで,援助職者の主観的な体験を通して,施設での精神障害者へのケアの課題を検討する必要があると考えた.施設でのケアの課題を検討することは,精神科長期入院高齢者の退院先の検討においても意義あることと考える.
高齢者入所施設で働く援助職者の語りを通して,精神障害者へのケアに関する体験を描き出し,高齢者入所施設における精神障害者へのケアの課題を考察する.
1.高齢精神障害者:認知症を除く精神障害の診断名をもつ65歳以上の高齢者.
2.高齢者入所施設:老人福祉法を根拠法とし,法的基準や設置主体の規定があり,経済的な理由および家族による援助を受けることが困難な人が入所可能な施設.
本論では,精神症状が安定しており,日常生活が比較的自立している精神科長期入院高齢者の退院先として想定される「居宅型の養護老人ホームや軽費老人ホーム(ケアハウス)」とした.
3.ケア体験:入所者への世話や援助,支援などのケアに関する感情や価値観を含めた主観的体験.
1.研究デザイン:質的記述的研究
2.インタビュー対象者及び参加者:対象者は,高齢者入所施設で勤務しており,精神障害者へのケア体験がある援助職者とした.ケアは,食事や入浴などの日常生活上の援助や,相談にのる,レクリエーションなどの行事を提供する等も含む.年齢,性別,勤務経験年数,福祉職・医療職といった職種や役職については特に限定しなかった.
対象者へのアクセスは,次のように行った.まず,研究者らのネットワークを通して,関西圏の高齢者入所施設2か所の施設責任者に,本研究の計画及び倫理的配慮等について文書と口頭で説明し同意を得たうえで,本研究に関心をもってくれる援助職者の紹介を得た.次に,紹介を得た援助職者には,文書と口頭にて,倫理的配慮について説明し,同意を得た人を参加者とした.2か所の施設責任者からは,他に4施設の紹介を受け,上記と同様に対象者にアクセスした.
なお,協力を得た6施設において,定員に対する精神障害をもつ入所者の割合は,多い施設が約25%,少ない施設が約5%,平均15%であった.
3.期間:2018年2月~5月
4.場所および時間:参加者が働く施設のプライバシーが保持できる場所にて,30分~1時間程度を目安とし,参加者の負担感が生じない可能な範囲で行った.
5.内容:高齢精神障害者の①捉え方やイメージ,②印象的なケア体験,③ケアへの思いや考えについて,語りの流れに応じ自由に語ってもらった.インタビュー内容は,参加者の同意を得てICレコーダーに録音した.
6.分析方法:ICレコーダーに録音したデータから,逐語録を作成した.援助職者のケアに関する体験の内容に焦点を当てて逐語録を繰り返し読み,内容の理解や解釈を深めながら帰納的に分類を繰り返し,ケアに関連した体験を描き出していった.
佐藤(2008)の分析方法を参考にしながら,以下の手順で行った.
1)逐語録を何度も読み返しながら,語りの区切りごとに,示されている内容について,参加者の語りの言葉を使い,オープンなコーディングを行った.
2)コードを相互に比較したり,コードが含まれる文章の箇所同士の関係性を明らかにするプロセスを繰り返し,抽象度の高い言葉を使用して焦点を絞ったコーディングを行いながら,テーマを見出していった.
3)テーマごとに整理し,どのような関係があるのか,マトリクスを作成して相互に比較し,吟味しながら,ストーリーを作成した.
分析/解釈においては,複数の研究者間でディスカッションを行い,信頼性・妥当性の確保に努めた.
なお,テーマを【 】,サブテーマを『 』,強調したい語句を〈 〉で表記した.
本研究では,施設責任者から対象者に該当する人を紹介してもらった.参加は,自身の意思で判断してほしいこと,参加の有無やインタビューでの話は参加者の許可なく他者に伝えることはないこと等を施設責任者と紹介された人の双方に,文書と口頭にて説明し,業務上の不利益を被らないように配慮した.また,個人が特定されるようなケア体験が語られる可能性があるため,個人が特定されるような話を避けてもらうか,特定されないように話してもらうことを説明した.
本研究は,武庫川女子大学研究倫理委員会の承認を得てから実施した(承認番号,No. 17-78).
協力を得た施設は,養護老人ホームが4施設,軽費老人ホーム(ケアハウス)が2施設で,計6施設であった.
参加者は,男性6名,女性20名の計26名で,年齢は,20代~60代であった.職種・役職については,施設長1名,生活相談員4名(副施設長兼務含む),介護職員18名,看護師3名であった(表1).介護職員においては,福祉職に関する資格の有無や研修の受講の有無は問わなかった.
項目 | 人数(26) |
---|---|
性別:男性 | 6 |
女性 | 20 |
年齢:20~30代 | 4 |
40~50代 | 18 |
60代 | 4 |
職種・役職:施設長 | 1 |
生活相談員(副施設長兼務含む) | 4 |
介護職員(支援員・訪問介護員,デイサービス職員,サービス提供責任者,ケアマネジャー兼務含む) | 18 |
看護師 | 3 |
勤務年数:1~5年未満 | 2 |
5~10年未満 | 6 |
10~20年未満 | 12 |
20年以上 | 6 |
施設:養護老人ホームa | 13 |
養護老人ホームb | 3 |
養護老人ホームc | 1 |
養護老人ホームd | 3 |
軽費老人ホームa | 5 |
軽費老人ホームb | 1 |
インタビュー回数は1回,時間は最短13分,最長104分,平均は37分であった.インタビュー時間に差がみられたが,語られた内容の文脈や意図を吟味し,結果とした.
2. 語られた体験の特徴参加者たちの語りから,次のようなテーマ・サブテーマが見出され,ストーリーが描き出された.これらのテーマ・サブテーマは相互に関連していた.
参加者たちは,『精神障害者としてというよりも〈一人の入所者〉』として,また,『精神症状をその人の〈個性〉』と捉え,【入所者との良好な関係を築く】ようなケアを体験していた.いつも良好な関係が築ける訳ではなく,【入所者との関係で傷つく】体験もあった.それは,入所者の〈暴言や暴力〉〈自身に向けられた批判や不満〉といった『攻撃性を感じるような言動』を受けた時であった.【入所者との関係で傷つく】体験をしながらも,『傷ついてもケアを継続できるよう他の援助職者に相談する』体験をしていた.しかし,【入所者との関係で傷つく】体験は,『施設でのケアから病院でのケアへ引き継ぐ』体験へともつながっていた.この体験は,【入所者との関係での傷つきを修復しようとする】体験でもあった.
ケアに関連した体験について,特徴的な語りを引用し,以下に述べる.なお,語りの部分は「斜体」で表記する.斜体による表記以外での参加者の語りの言葉を「」とした.高齢精神障害者について,「入所者」「利用者」「入寮者」と参加者によって語り方が異なっていたが,語られた言葉をそのまま記した.参加者の名前は,[(ひらがな1字)]さんとして記し,補足説明が必要な部分は,( )で記した.
1) 【入所者との良好な関係を築く】ようなケア体験 (1) 精神障害者ではなく〈一人の入所者〉として関係性を大切にする参加者の多くは,精神障害をもつ人に対して,最初は,どのような人かわからず怖さを感じていた.しかし,毎日のかかわりの中で,その捉え方は変化していた.
「やっぱり怖かったです.病院に長いこと居っちゃったいうんで,どんな感じの人かなあと思って,どう接していったらいいかなあと.」([と]さん)
「最初は怖~って.でも,その人,そうなりたくてなっとってんじゃないので…」([ち]さん)
「怖かったです,正直ね.でも,状態がいい時のその方は,おしゃべりもしてくれるし笑顔もいいし,こういう一面もある方なんやなっていう風に思ったら違う見方ができるようになったというのか.」([か]さん)
怖さを感じながらも,入所者との良好な関係性を大切にしていた.それは,入所者の安定した生活を支えるためでもあった.
医療現場での経験はなく,施設での勤務歴が20年の看護師[い]さんは,試行錯誤しながら関係性を構築していた.
「信頼してもらえるような関係性を,こうやってみてあかんかったらこうやってみようとか,時間をかけて.…関係性がね,良くなったら,安定してうまくいっていただけるんじゃないのかなっていうのはあるんです.」([い]さん)
勤務歴20年の介護職員[ち]さんは,話をじっくり聞いて,その人に合わせていた.それは,関係性の構築へのプロセスであった.
「信頼関係というのか,この人やったらこうかなっていう風に思ってもらえるまでに時間がいるというんですかね.…まずは聞いてあげるっていうことは一番かなって思うんですけどね,で,それに合わせてあげる.」([ち]さん)
勤務歴20年の生活相談員[ろ]さんは,共通の話題で関係性を作っていた.
「ご本人さんの興味のあること,確か,野球が好きやったんかな,その人.テレビご覧になってるので,“昨日試合どうやったん?”とか“昨日勝ったわな”とか,そんな話から私は入ったかな.本人さんとの共通の話題があったらちょっとでも近づけるかなっていう風には思うんですけど.」([ろ]さん)
関係性を大切にしたケアを通して,精神障害をもっていても一人ひとり症状も状態も異なる〈一人の入所者〉としての捉え方に変化していた.
「同じ疾患名がついてても,一人ひとりっていう個々の違いっていうのがあるので.その人に合った対応をするっていうことの方が多いのかなと思ってるんですよ.」([い]さん)
「その人によって全然違うでしょうから,病気でこうだっていうような決めつけは出来ないような気がしますけど.」([つ]さん)
「個人差が大きいなっていうのは.統合失調症っていう病名だけでは判断できないなというか.」([む]さん)
また,勤務歴1年と間もない20代の介護職員[た]さんは,精神障害そのものを〈個性〉として語った.
「その人にそれ(精神障害)がついて来てもそれも個性やと思う.」([た]さん)
知的障害者施設での勤務歴をもつ生活相談員[の]さんも,〈個性〉と語った.
「精神障害の方だからとか健常者の方だからとか,そこはその人の個性かなと思ってますけどね.その人の性格っていうか持ってる本質じゃないかなっていう風には思いますけどね.精神だからっていうより,関係ないですよ.」([の]さん)
そして,参加者たちは,〈一人の入所者〉としてのケアへの思いを語った.
「その人らしく生きれるようにっていうか…家として生活できるぐらいのことはさしてもらって,だから喧嘩もするしっていうところなんかな.」([り]さん)
(2) 精神症状を〈個性〉として尊重する多くの参加者は,幻覚・妄想や多訴といった精神症状として捉えられるような言動を〈個性〉として捉え,〈個性〉に合わせるケアは,興味深く,面白さを感じる体験でもあったようだ.
ある施設では,複数の参加者から,「薬を開発している」という入所者のことが語られた.これは興味深く面白い言動でもあり,話を聞きながら,その人に合わせてケアしていることが語られた.
「“黒人が白人になる薬を発明したんや~”言うて,紙に書いて来てんですよ.ばりばり30何年間精神科に入っとったった人.“いや~すごいの思いついたったな~”言うて.それでニコニコ笑っとってんですよ.」([ち]さん)
「“薬開発する”とか言うたりしてんけど,“そう”って言うたら乗ってきて話してやから,面白い~って思って聞いたりしとんですけど.」([ぬ]さん)
また,勤務歴10年の介護職員[に]さんは,〈個性〉を「こだわり」として語り,「こだわり」に合わせるケアを述べた.
「薬の処方箋みたいなのを書いてくれはるんですよ,“これ痩せる薬や”とか.元素記号を書いておられて,“ありがとうございます”って言って合わせてあげる…こだわって熱中できるものがあったらいいなとかって思いますね.」([に]さん)
勤務歴7年の介護職員[れ]さんは,「見える」「言われる」と訴える入所者の言動に合わせて,安心できるようにかかわっていた.
「“見えてる”って.“私にね,服を脱げってすごく言われるんですよ”って.“誰が?”って言ったら“黄色の服着た人”って言わはるから,“いつ見たん?”って言ったら“朝”って言うから“夢の中でちょっとうたた寝しとった時に一瞬見えたん違う?”って言って“そうかなあ”って.」([れ]さん)
そして,多くの参加者から,「訴えが続く」時のケア体験についても語られた.
生活相談員の[ら]さんは,「人と人」としての関係を大切にしながら,訴えを聞いて,それに合わせるケア体験について,楽しそうに語った.
「私たちには専門的知識もなけりゃマニュアルもないんで,人と人との感じになりますよね.…ひたすら話を聞いて,話を合わせて.“一緒に歌おう”って言って肩組んで歌ったり…で,落ち着いて(部屋に)帰りはったけど,2,3分経ったら“あああー”って泣き崩れてきて,今度はこっちも泣いて,“どうしたの”って芝居はうったかな(笑).“一緒に泣こう”とか言ったりして.“泣かないで”って反対に言われてね.」([ら]さん)
[い]さんは,「うろうろして他の入所者の部屋をのぞいていく人」についてのケア体験を,まるで一緒になって楽しんでいるかのように語った.
「一日の行動の中のパターンの一つなので,それを強制して止めちゃうと,その人の状態が悪くなってしまうので,周りの文句が出るのを聞きながら“ごめんよごめんよ,でもな~”とかって言いもって,その人にもやんわりと,“あんまりのぞかんとってあげてよ~”とか声を掛けたりしながら,どういう風にのぞいてはるのかなって確認したりとか.」([い]さん)
入所者の言動を観察しながらその人に合わせることで,安定した生活を支えていた.
2) 【入所者との関係で傷つく】体験参加者からは,入所者の『攻撃性を感じるような言動』(以下,『攻撃性を伴う言動』)によって,【入所者との関係で傷つく】体験も語られた.それは,攻撃的な言葉を発する・人に手をあげるといった〈暴言・暴力〉,身に覚えのない攻撃を受けるといった〈自身に向けられた批判や不満〉であり,苛立ちや怖さ,辛さ,無力感を感じる体験でもあった.
勤務歴5年の介護職員である20代男性[は]さんは,自身に向けられた〈暴言〉に対して苛立ちを抱いていたが,その思いは表出せず,当たらず障らずかかわっているようだった.
「暴言吐きはる人もいてるんで,そん時はさすがにいらってしますね.“ボケ,あほ,お前,泥棒,あほんだら~”…顔にすぐ出るタイプの人間なんですけど,顔に出したらあかんと思って,“はい,わかりました~”って言って.」([は]さん)
[ろ]さんは,入所者の〈暴力〉を目の当たりにして,怖さを感じていた.
「気性がカーっとなってやって,暴力行為みたいなんが,普段はそうないのにね,何でそうなったかっていうのがわかんないんですけど.怖いこともありました.…いきなりつかつかっと目の前に行ってパーンと顔叩いちゃったんかなあ,話もしとってんないんですよ…」([ろ]さん)
また,他の参加者からは,「カッとなったら手をあげる」「杖を振り回す」「服をつかまれる」「肘でボーンと押される」等が語られた.〈暴力〉に対して,複数名で対処し,「体を張る」「怯まない」等と語られ,覚悟を決めて挑んでいるようでもあった.
「体張ってやないですけど,殴られてもいいわって思うぐらい,制止したりせんとあかん時もあるし.みんなで止めに入って.」([ち]さん)
「怯まへんけどね.怯んだら他の利用者さんやられてしまうし.何人かで対応します.一対一は無理,一対三ぐらいになるかな.」([る]さん)
〈自身に向けられた批判や不満〉に対して,勤務歴10年の介護職員[か]さんは,謝るしかない自分に無力感を抱いているようだった.
「私には身に覚えのないことばっかりなんですよ.排尿介助行ったり入浴介助したりっていうのんで接するんですけど…洗い方が悪かったら急にボーンと怒られたりとかあるんです.普通に洗ってるつもりでもその方にとっては気に入らないというのか.“ごめんね”って言うしかない.」([か]さん)
[に]さんは,「服をとった」と言われた時の体験を語り,それは,ケアの継続を困難にさせるような体験でもあった.
「“あの人が私の服をとった”とかって言われてしまうとか,そんなとれへんしとかって思うねんけど.…言われ続けるのってね,やっぱり傷つくと思うんですよ.辛いしね,どうしても避け気味になるし…顔見ただけでいきなり怒られる.…何で仕事をこんな辛い思いしてって思うことありますよね.」([に]さん)
また,一部の参加者からは,「言葉もちょっと乱暴になる.それでちょっとジレンマがあるんですよ.」([る]さん),「ストレスの捌け口を入寮者にっていう風に,ちょっと悪い面が見受けられることもありますね.」([ゐ]さん)と語られ,苛立ちや怖さ,辛さなどの感情を抱きながら継続するケアは,言葉が乱暴になったり,はけ口が入所者に向いてしまうこともあるようだった.
そして,施設長の[よ]さんは,援助職者がしんどさを抱え,ケアの対象となっていることを語った.
「ケアする職員もなかなかニュートラルな状態に精神的になりにくい状況があるのかもしれないですけどね.…心療内科を利用する人は,お年寄りばっかりじゃなくって,職員と職員の家族が多いんです.」([よ]さん)
3) 【入所者との関係での傷つきを修復しようとする】体験 (1) 傷ついてもケアを継続できるよう他の援助職者に相談する入所者との関係で傷ついてもいたが,ケアが継続できるように相談し合える〈職場内の関係性〉について,参加者全員から語られた.
25年間保育士としての経験をもつ勤務歴2年の介護職員[ぬ]さんは,急に怒られて困った時は,上司や先輩に相談し,解決するようにしていた.
「急にカーってなって怒りだしちゃった時とかは,は~どうしようとかって思うんですけど,どうしようって思った時はすぐ上の人に言ったらいいでって言ってもらってるんで,(上司に)言って,一緒に話しに行って.」([ぬ]さん)
また,一人でしんどさを抱えないように口に出して言えること,話を聞いてもらえることは,大きな支えになっていた.
「ここは,自分がしんどくなったら聞いてもらって楽になれる.その都度,聞いてくれる人がいて,アドバイスしてもらって…」([か]さん)
辛い時にケアを代わってくれたり,自身のケアに対し,間違ってないとフォローしてもらえることも,大きな支えとなっていた.
「“あんなん言われたら辛いな~”って“いいよいいよ私行くから”って気軽に言ってもらえたら楽になる.」([に]さん)
「上の人らが“それでいいんやで”って言うてもうたこととか,周りの人も“それでいいと思うで”って言うてくれて,そうやってフォローしてくれちゃったからかなとは思いますけど.」([る]さん)
そして,多くの参加者が,情報を共有・交換することの重要性を主張した.
「職員一人で対処しなくって,看護師さん含め朝礼とか終礼とか共有して,みんなで相談してできるからいいかなって思います.…専門的なことは専門的な人に聞ける状況っていうのは大事かなって思います.」([に]さん)
「色んな情報をね,交換することはやっぱり必要やなと思いますけどね.色んな職種の視点が違うので.」([う]さん)
職員同士の情報共有・交換によって,疾患についての理解を得たりケアを学んだりしている参加者は多く,ケアを継続するための源となっているようだった.
(2) 施設でのケアから病院でのケアへ引き継ぐ〈暴言・暴力〉等の『攻撃性を伴う言動』を受けることによって〈職場内の関係性〉だけではケアの継続が困難な時,病院へ入院を依頼していた.特に,〈暴力〉について語った参加者の全員が,入院の必要性について話した.
「人に手を挙げたりとか暴力を振るったりすると,病院の方へ連れていってんです.」([か]さん)
しかし,病院への入院依頼は,再度受け入れるためにも重要であった.
「私たちにすると,状態が悪くなったらまたみていただけるっていうのがあると,受けやすいっていう部分が勿論あります.」([ろ]さん)
「調子悪くなったら先生預かってくださいね,そうだねっていう感じにしてもらえたら,余裕でますやん.」([に]さん)
このように,入院を依頼できる〈病院との関係性〉があることによって,傷つきを伴う出来事へのケアを乗り越えていた.
参加者の多くは,精神障害をもつ人に対して,初めは「怖い人」「どのような人かわからない人」と感じていた.しかし,怖さを感じながらも,その人がどんな人なのか探りながら関係性を構築していくプロセスの中で,「良い一面をもっている」「同じ精神疾患でも症状も異なる」等と,精神障害をもつ「怖い人」から〈一人の入所者〉へと感じ方が変化していた.〈一人の入所者〉としての捉え方に変化することによって,精神症状として捉えられるような言動も〈個性〉として尊重し,興味深さや面白さ,楽しさを感じながら,試行錯誤したり工夫し,個々に合わせたケアができるようになったと考える.
精神障害に対しては,援助職者の精神症状への理解不足や精神障害者への偏見,拒否・抵抗がある(一般財団法人日本総合研究所,2016;山本・水主・志波,2006)との報告があるが,参加者たちにおいても,最初は怖さを感じる等,偏見による拒否や抵抗があったと思われる.しかし,参加者からは「野球の話など共通の話題で近づく」「じっくり話を聞いてそれに合わせる」と語られたように,「人と人」としての関係性を大切にし,関係性が良好になっていくプロセスの中で,精神障害者としてというよりも,〈一人の入所者〉として感じるようになっていったと考える.精神障害者への偏見は,なくそうとしてなくしたのではなく,関係性が良好になっていく中で自然となくなっていった様子であった.
2. 援助職者の自尊感情の傷つきと回復参加者たちは,入所者との良好な関係性を大切にする一方で,入所者との関係性で傷ついてもいた.それは,「暴言を吐く」「手をあげる」「服をとったと言われる」と語られたように,攻撃性を伴う言動を向けられた時であった.攻撃性を伴う言動は,援助職者に苛立ちや怖さ,辛さといったネガティブな感情を生じさせることとなった.攻撃性を伴う言動に対して,参加者たちの「当たらず障らず返答する」「避け気味になる」「とにかく謝る」といった対応の背景には,どうすることもできない無力感や自尊感情の傷つきがあると考える.また,ネガティブな感情を他の入所者に向けてしまう現状や,診療内科を受診する職員も多いことが語られていた.入所者の攻撃性を伴う言動に対しては,対応だけでなく,傷ついた援助職者へのケアも重要となる.
自尊感情(self-esteem)は,自己に対する評価感情であり,十分に意識化されることのない常に自我親和的なものから成る(McWilliams, 1999/2006).援助職者のストレスには,自尊感情が傷ついていることに援助職者自身が気づかずに援助を継続しようとするストレスも含まれていると考える.そして,自身の他者に対する乱暴な言動に罪悪感を抱き,自身を責め,抑うつ状態になり心療内科を受診する等,悪循環が生じていたのではないかと考える.自尊感情が傷ついたままの状態は,ケアの継続が困難になり,援助職者のバーンアウトにもつながるといえる.
参加者たちは,ネガティブな感情を抱きながらもケアを継続している現状があったが,「しんどくなったら話を聞いてもらう」「辛い時に助けてくれる」「情報を共有・交換する」等で楽になることも語っていた.ケアの継続には,気軽に相談したり支え合ったりできる良好な〈職場内の関係性〉が関連しているといえる.
職場での対人関係に満足感をもっていることや話し合う手法をコーピング行動としていることが,精神科看護師の自尊感情に関連しているとの報告もあり(松浦・鈴木,2017),〈職場内の関係性〉は自尊感情の影響要因であるといえる.つまり,良好な〈職場内の関係性〉は,他者との関係性や相互作用の中で変化する自尊感情の揺らぎを支えてくれると考える.
また,参加者たちは,入所者の攻撃性を伴う言動によってケアの継続が困難になった時には,精神科への入院を依頼していた.「病院が預かってくれたらケアに余裕ができる」「次の受け入れにも前向きになれる」との語りから,入院を依頼できる〈病院との関係性〉が,援助職者自身の気持ちにゆとりをもたらすと考える.こういった良好な〈職場内の関係性〉や〈病院との関係性〉つまり,連携があることは,ケアの継続や援助職者の自尊感情の回復に必要であるといえる.
3. 高齢者入所施設におけるケアの課題―援助職者への支援の必要性―参加者の語りからは,入所者からの攻撃性を伴う言動に対するケアへの困難さが明らかとなった.入所者からの攻撃性を伴う言動への対応と,その言動によって傷ついた援助職者の自尊感情の回復に向けた支援は,高齢者入所施設(以下,施設)における精神障害者へのケアの課題であるといえる.
精神科病棟で働く看護師は,患者の攻撃性を伴う言動に対し,ネガティブな感情を抱くという報告は多い(浮舟・田嶋,2014;安永,2015).施設においても,入所者の攻撃性を伴う言動に対し,ネガティブな感情を抱きながらケアしている状況(市川・木村,2018;中野・人見,2010)があるが,精神障害者と特定しての報告ではなかった.今回の参加者からも,攻撃性を伴う言動によって傷ついた体験は語られたものの,攻撃性と精神障害とが結びつけて語られることはなかった.つまり,精神障害の有無にかかわらず,援助の対象者から受ける攻撃性を伴う言動は,精神科病院であれ施設であれ,自尊感情が傷つく体験であると考える.
諸外国では,脱施設化が進み,精神障害をもつ高齢者はナーシングホームといった施設で生活している人も多い(Cohen, 2003).地域の中で,医療の提供と生活への支援が包括的に行われる環境があるものの,諸外国のナーシングホームにおいても,精神障害の有無にかかわらず,入所者の攻撃性を伴う言動によって,援助職者は,怖さや無力感といったネガティブな感情を抱き,ストレスを抱えていると報告されている(Aström et al., 2002;Edward et al., 2014;Franz et al., 2010).また,援助職者への感情的なサポートの必要性について言及されてはいるものの,十分ではないとも報告されている(Edward et al., 2014;Franz et al., 2010).援助職者の傷ついた自尊感情の回復への支援においては,諸外国においても日本においても共通の課題であるといえる.
本研究では,6施設のケア体験であり,対象者の職種や役職を統一しなかったことから,職種や役職によるケア内容の相違等は考慮できず,対象者の選定における適切性については,限界があると考える.しかし,明らかになったケア体験によって,ケアへの課題が導き出せたといえる.
ケア体験は,ケアを提供する援助職者とケアを受ける当事者とでは,主観にずれが生じているといわれる.今後は,本研究結果をふまえ,入所者へのインタビューからケアの体験を明らかにし,援助職者と入所者双方の立場から,ケアの課題について検討していきたい.
本研究の趣旨をご理解くださり,豊富な語りをくださいました参加者の皆さまおよび施設の方々に心より御礼申し上げます.また,本研究を実施するにあたり,ご指導くださいました国際医療福祉大学小田原保健医療学部教授 横島啓子先生に,心より感謝申し上げます.
SSは研究の着想およびデザイン,データ収集,分析/解釈,論文の作成を行い,MT・KIはデザインやデータ収集への助言を行い,分析/解釈を行い,論文の推敲に関与した.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.
本研究における利益相反は存在しない.