日本精神保健看護学会誌
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総説
医療観察法に基づく医療における看護実践に関する文献検討
松浦 佳代
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2020 年 29 巻 2 号 p. 1-8

詳細
Abstract

本研究の目的は,1)医療観察法における看護実践に関する研究の動向把握,2)看護実践の内容分類,3)看護実践上の課題の検討である.医中誌Webを用いて2003年から2019年9月現在までに報告された文献を検索し26件を分析対象とした.看護実践は「ケアコーディネーター」,「入院時面接・入院時オリエンテーション」「対象行為・病識獲対象行為に関する話し合い・内省の深化や病識獲得」,「リスクマネジメント」,「退院後の地域での生活および療養」,「その他」の6カテゴリーに分類できた.看護実践上の課題は,所属する各チームにおいて期待される役割を意識した看護の実践,対象行為の確認や内省の深化を核とした看護実践の展開,看護師が主体的に意見を発信する能力の養成であった.医療観察法に基づく医療は精神医療における政策医療の一つであり,提供する医療や看護の均てん化が求められる.今後,指定医療機関での看護実践状況の把握が期待される.

Translated Abstract

This study sought to 1) uncover trends in research on nursing practice in relation to the 2003 Medical Treatment and Supervision Act, 2) analyze these trends, and 3) examine related issues in nursing practice. We used the Ichushi Web database to search for literature between 2003—the year of the act’s enactment—and September 2019. Twenty-six documents were analyzed. We categorized nursing practice into the following six groups: “care coordinator,” “interviews and orientations during hospitalization,” “confirmation of patients’ offending, deepening of their reflection, acquisition of awareness of their illness,” “risk management,” and “treatment after discharge.”

Challenges in nursing practice were also identified, such as, the awareness of nurse’s expected role within the multi-disciplinary team or nursing team, the implementation of nursing care based on care that deepens introspection of patients who violate the law, and the improvement of nurses’ abilities to express opinions.

Medical treatment based on this law is addressed as a policy in mental health care, and it is important to standardize the quality of medical care. In the future, a survey is expected to be conducted on the status of nursing practice at each facility.

Ⅰ  はじめに

我が国では,2005(平成17)年に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下,医療観察法)」(厚生労働省, 2003)が施行され,司法精神医療の現場で心神喪失又は心神耗弱の状態で重大な他害行為(殺人,放火,強盗,強制性交等,強制わいせつ,傷害)を行った人に対する医療の提供および社会復帰の促進が開始された.

日高・三木・金崎は2003(平成15)年7月の医療観察法成立に先立ち,国内および諸外国における司法精神看護について文献検討を行い,国内における司法精神看護の確立および教育・研修プログラムの開発と充実を提言した(日高・三木・金崎,2003).2006(平成18)年に発行された「司法精神医療等人材養成研修会教材集(以下,教材集)」(大迫・佐藤,2006)には,指定入院医療機関における「看護師の業務」のほか,イギリスの治療共同体の理念に基づく「多職種協働業務」が記載され,我が国における司法精神看護すなわち,医療観察法に基づく医療における看護の枠組みが示された.本教材集は改訂を重ねながら,2016年度発行版(大迫・佐藤,2016)まで作成されており,入院処遇ガイドライン,通院処遇ガイドライン(厚生労働省,2005)と合わせて医療観察法に基づく臨床現場で働く看護師の実践業務の手引きとして活用されている.

医療観察法の成立から15年以上が経過した今日,看護師は,前述のガイドラインや教材集に含まれる内容を参照しながら,新たな実践に取り組んでいることが推測されるが,日高・三木・金崎(2003)の報告以降,措置入院対象者も含めた触法精神障がい者への看護実践についての報告(松井・川口,2008),多職種連携における看護の課題についての報告(佐藤,2016),医療観察法に基づく入院処遇を終えて通院処遇に移行した対象者の現状と課題に焦点を当てた報告(塩谷ら,2017)等はあるものの,医療観察法に基づく医療における看護実践を扱った文献検討の報告は見当たらない.

Ⅱ  研究目的

医療観察法に基づく医療における看護実践に関する研究の動向を把握し,研究で取り上げられた看護実践の内容の分類及び,看護実践上の課題を検討する.

Ⅲ  研究方法

1. 対象となる文献の選定

医中誌Web(Ver. 5)を用いて,医療観察法成立後の2003年7月から2019年9月現在までに報告された文献を検索した.キーワードは「司法精神医療」,「心神喪失者等医療観察法/医療観察法」「精神障害者免責/触法精神障碍者」「看護」を用い,症例報告および事例を除く原著論文136件を抽出した.その中からタイトルおよびアブストラクトを確認し,医療観察法下での看護師の役割や実践について述べられていない文献,事例報告,レビュー文献,内容が重複する文献など計69件を除外した.さらに本文を確認し,看護師の実践や役割についての具体的な記述がない文献,看護師のメンタルヘルス,看護師への教育および支援,看護師の意識調査,医療観察法併設型病床開設に関する取り組み,一般精神科医療への還元を目指す取り組み,研究対象者が対象者あるいは対象者の家族である文献など計41件を除外した.最終的に26件の文献を分析対象とした.

2. 分析方法

抽出された26文献を読み,発表年,研究者の所属,研究目的,研究デザイン,研究方法(データ収集方法・データ分析方法),文献内で主に取り上げられていた看護実践,研究対象者の概要等の項目別に整理した.看護実践は,研究目的や結果に記載されていた内容のうち,医療観察法による入院・通院処遇の理念としてガイドラインに挙げられている「1.ノーマライゼーションの観点も踏まえた対象者の社会復帰の早期実現」,「2.標準化された臨床データの蓄積に基づく多職種のチームによる医療提供」,「3.プライバシー等の人権に配慮しつつ透明性の高い医療を提供」(美濃,2008)に対応する内容を抽出した.

文献には発表年順に1~26まで番号(No.)を付けた.No. 5には2種類の看護実践が含まれていたため,No. 5A,No. 5Bのように二つに分けて整理した.

3. 倫理的配慮

各文献の著作権に配慮し,引用する際には,文献中の表現を使用する,あるいは文献中の表現の意図が損なわれない範囲で要約した.なお,医療観察法の対象となる者を「対象者」と定義している(医療観察法第2条第3項)が,文献によっては「患者」と表記していた.本論文中での表記は全て「対象者」に統一した.

Ⅳ  結果

1. 医療観察法に基づく医療における看護実践に関する文献26件の概要

発表年別では,医療観察法が成立した2003年から5年目以内(2003年~2008年)の文献は3件,6年目から10年目以内(2009年~2013年)は13件,11年目以降(2014年~2019年)は10件であった.

研究者の所属別では,文献26件のうち11件は特定の医療機関や教育研究機関に所属する研究者で,このうち9件は厚生労働省科学研究費補助金の交付を受けて実施された研究課題(以下,厚労科研による研究)との記載があった.厚労科研による研究には,看護実践の実態調査が6件(美濃・佐藤・宮本,2009a2009b美濃・龍野・宮本,2010美濃ら,2011a木原ら,20082009),複数施設を対象とした研究が4件であった(美濃・龍野・宮本,2010美濃ら,2011a2011b熊地ら,2011).美濃ら(2011a2011b)は,施設や施設規模の違いと看護実践状況との関係を指摘し,施設間格差の解消が課題と述べた.厚労科研による研究以外では,全国の指定入院医療機関等に所属する看護師らによる報告が14件あった.このうち6件は,入院処遇ガイドラインや教材集には治療目標や看護業務として提示されているが具体的には記載されていないケア内容の明確化に取り組んだ研究であった(佐藤・山田,2012小松ら,2013米岡ら,2014藤川ら,2015西尾ら,2016太田ら,2019).

研究デザインは質的研究が26件,このうち量的研究との併用は4件であった.研究対象者の別では,看護師のみを対象とした文献が20件であった.研究対象者の所属施設は,指定入院医療機関が23件,指定通院医療機関や訪問看護ステーションが2件,記載なしが1件であった.

2. 各文献で取り上げられていた看護実践の概要

研究目的や結果に沿って各文献で取り上げられていた主な看護実践を6項目に分類し,表1を作成した.以下に項目別に述べる.

表1 医療観察法に基づく医療における看護実践に関する文献26件の概要
No. 著者名(発表年) 研究方法(①データ収集方法,②分析方法,③研究対象者) 看護実践
1)ケアコーディネーターとしての看護実践(4件)
1 美濃・佐藤・宮本(2009a) ①参加観察・半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟に勤務する多職種スタッフ計12名(看護師6名) 多職種チーム内での他職種との連携
2 佐藤・山田(2012) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟に勤務する3職種計9名(看護師は含まない) ケアコーディネーター,ケアコーディネーター以外の看護実践
3 米岡ら(2014) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟看護師8名 ケアコーディネーター,
2)入院時面接・入院時オリエンテーションにおける看護実践(2件)
4 美濃・佐藤・宮本(2009b) ①参加観察・半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟に勤務する多職種スタッフ計15名(看護師6名) 入院時面接,入院後48時間の入院オリエンテーション
5A 美濃・龍野・宮本(2010) ①事前質問紙調査・半構造化集団面接,②質的帰納的分析,③18施設の病棟師長,副師長の計20名 入院時受け入れ面接を含むMDTアプローチ
3)対象行為に関する話し合い・内省の深化や病識獲得における看護実践(5件)
6 熊地ら(2007) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟看護師24名 対象行為についての話し合い
5B 美濃・龍野・宮本(2010) ①事前質問紙調査・半構造化集団面接,②質的帰納的分析,③18施設の病棟師長,副師長の計20名 対象行為の確認,内省深化のアプローチ
7 日高ら(2013) ①質問紙調査,②単純集計,KJ法を用いた分析,③病棟に勤務する職員計16名(看護師13名) 対象行為,対象者の問題行動全般への関わり
8 西尾ら(2016) ①面接調査,②質的帰納的分析,③病棟看護師5名 内省への介入
9 太田ら(2019) ①質問紙調査・半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟看護師10名 回復期ステージにおける,“ある程度の病識の獲得”の判断
4)リスクマネジメントに関する看護実践(4件)
10 美濃ら(2011a) ①質問紙調査,②単純集計,質的帰納的分析,③23施設の病棟師長25名 行動制限最小化
11 熊地ら(2011) ①質問紙調査,②単純集計,質的帰納的分析,③28施設の病棟師長30名のうち回答が得られた者 セキュリティ担当看護師,行動制限最小化,常時観察
12 荒木(2019) ①半構造化面接,②グラウンデッドセオリーアプローチに基づく継続比較分析法,③病棟看護師17名 妄想に対する看護ケア
13 荒木ら(2019) ①経過記録間覧・参与観察・面接調査,②継続比較分析法,③病棟看護師22名 暴力リスクを下げる看護実践
5)退院後の地域での生活および療養に関する看護実践(4件)
14 美濃・宮本(2008) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③指定通院医療機関・訪問看護ステーション勤務の多職種スタッフ計18名(看護師8名) 訪問看護
15 木原ら(2008) ①参与観察・質問紙調査,②定性的分析,③病棟に勤務する多職種スタッフ計15名(看護師含む) 対象者の社会復帰支援
16 木原ら(2009) ①参与観察,半構造化面接,カンファレンス実施,②質的帰納的分析,③入院中の対象者7名・対象者を担当する病棟看護師 地域生活の支援,療養生活の支援
17 Okuda(2018) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③訪問看護師5名 訪問看護
18 櫻木ら(2011) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟看護師3名 単身社会復帰に向けたケア
19 水谷ら(2012) ①質問紙調査・半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟看護師7名 退院支援
6)その他の看護実践(7件)
20 美濃ら(2011b) ①質問紙調査・半構造化集団面接,②単純集計,質的帰納的分析,③23施設の病棟看護管理者33名 治療プログラムへの関与,運営,般化への取り組み
21 藤井・石神・森山(2012) ①面接調査,②質的帰納的分析,③病棟看護師5名 業務全般
22 小松ら(2013) ①一対一の面接法,②解釈学的現象学の方法を用いた質的帰納的分析,③病棟看護師4名 対象者のケア計画の立案
23 境ら(2015) ①半構造化面接,②質的帰納的分析,③病棟看護師7名 「自信の獲得」を意図した看護
24 桝野ら(2018) ①面接調査,②修正版グラウンデッドセオリーアプローチ,③病棟看護師8名 対象者との関係構築
25 藤川ら(2015) ①半構造化面接,②ベレルソンの内容分析,③病棟看護師6名 対象者への常駐観察
26 中川・美濃・宮本(2017) ①半構造化集団面接,②質的帰納的分析,③精神科認定看護師7名 精神科認定看護師(司法精神看護領域)の役割

1) ケアコーディネーターとしての看護実践

看護師は,MDT(Multidisciplinary Team:多職種で構成される支援チーム)においてケアコーディネーターの役割を担うことを他職種から期待されていた(佐藤・山田,2012).実践内容はプレMDTミーティングをはじめとする多職種チーム会議の資料作成や日程調整,外泊・外出の調整,他職種との情報共有,MDTと患者・家族をつなぐ調整,看護師間の情報共有,他職種への相談(米岡ら,2014)などの間接的な看護実践であった.看護師は,会議の日程調整の難しさ,医師や多職種への遠慮,リーダーシップがうまくとれない等の困難を抱いていた(美濃・佐藤・宮本,2009a米岡ら,2014).佐藤・山田(2012)は「多職種間の調整する役割は,重要なものであるのにも関わらず,看護師は体系だった教育をされることは少ない」と指摘した.

2) 入院時面接・入院時オリエンテーションにおける看護実践

看護師は,MDTの一員として入院時面接に参加し,対象者の同意取得後に対象者に対してボディチェックや持ち物チェック,看護師による援助内容を説明していた(美濃・龍野・宮本,2010).課題には,医師任せの姿勢,多職種同席での面接に不慣れで自信が持てない,対象行為に触れることへの抵抗等があった(美濃・佐藤・宮本,2009b).入院時オリエンテーションは入院処遇ガイドラインに沿って実施されてはいたが,医師から対象者に入院時面接で行われるインフォームドコンセントについて,看護師による補完が十分に実施されていない点が課題に挙げられた(美濃・佐藤・宮本,2009b).

3) 対象行為に関する話し合い・内省の深化や病識獲得における看護実践

看護師は,看護面接やCPA会議(Care Programme Approach:指定入院医療機関と退院予定地域の関係機関とで開かれる会議),治療ステージ変更のタイミングを捉えて対象者と定期的に話し合いを実施していた(熊地ら,2007美濃・龍野・宮本,2010).「対象行為」とは,医療観察法の対象となる行為という意味であり,対象となる行為は重大な他害行為(殺人,放火,強盗,強制性交等,強制わいせつ,傷害)のいずれかを指す(医療観察法2条2項).対象行為に関する話し合いとは,対象行為をめぐる事実の確認(熊地ら,2007),「対象行為をどう捉えているか」(西尾ら,2016)であり,内省の深化に向けた関わりとは,【同様の他害行為を行わないことを話し合う】【病気と対象行為と治療との関連を話し合う】(熊地ら,2007)や,自分史づくり,自分への手紙,家族の思いを伝える場を作る,被害者の手記を読んでもらう,対象行為現場への外出・墓参り等であった(美濃・龍野・宮本,2010).これらの実践には病識獲得に向けた看護実践も関係しており,太田ら(2019)は教材集に記載されている回復期ステージから社会復帰期ステージ以降の目安である「ある程度の病識の獲得」について調査し,治療プログラムに参加できる,対処行動が実践できる,服薬の必要性が分かるなど,看護師が対象者の病識獲得を判断する視点を明らかにした.

看護師は,対象者との話し合いにおいて[回復過程のイメージが困難][対象者の認識の深まりが測れない]などの疑問や不安を抱いており(熊地ら,2007),対象者の認識段階に応じた関わりの指標を共有する取り組み(熊地ら,2007西尾ら,2016)が課題に挙げられた.

4) リスクマネジメントに関する看護実践

看護師は,対象者のリスクアセスメントを治療評価会議やMDT会議,CVPPP(Comprehensive Violence Prevention and Protection Programme:包括的暴力防止プログラム)の活用など,複数の方法を組み合わせて実施していた(美濃ら,2011a).看護師は個別アプローチとして「定期的な看護面接」「看護面接や集団プログラム以外の場での関わり」を実施していたほか,病棟看護師チーム内でセキュリティ担当となった際には「常時観察」を実施していた(熊地ら,2011).「常時観察」にはリスクマネジメントだけではなく,対象者が集団治療プログラムで身につけた技能の般化促進といった他の看護実践も含まれることが示された(熊地ら,2011).妄想への看護ケアには「暴力につながる妄想の確信度を下げる」という直接的な関わりが含まれており(荒木,2019),CVPPP研修を経た看護師らは,暴力リスク発生時には多職種参加の会議を開き,暴力リスクが高いエリアへの看護師の常駐,最低60分に一回の目視による観察,対象者の様子の変化について声をかけて確かめるなどを実践し,暴力発生を予防しながら,暴力リスクに対する患者自身の対処能力の向上も促していた(荒木ら,2019).これらの行動制限最小化に向けた取り組みの促進要因には病棟構造が挙げられ,阻害要因には病棟規模が含まれる場合もあった.病棟構造の特徴を踏まえたリスクマネジメントの実践が課題とされた(美濃ら,2011a).

5) 退院後の地域での生活および療養に関する看護実践

看護師は入院時より退院後を意識し(木原ら,20082009),日常生活の送り方の指導や,悩みごとの相談面接(木原ら,2009)を実施するほか,「実際の生活の場に近いウィークリーマンションでの試験外泊を考えた」などの新たな方法論の確立(櫻木ら,2011)に取り組んでいた.患者が通院医療の必要性を理解する上では,〈内省・洞察の深化〉や〈病識の獲得〉(櫻木ら,2011)や,生活リズム,金銭管理などの生活自立に向けた指導が重要で,これらは看護師の関与部分が大きく,入院早期からの実践が可能と示唆された(木原ら,2009櫻木ら,2011).

訪問看護では,利用者である対象者の生活習慣の把握(美濃・宮本,2008Okuda, 2018),対象者の生活状況と環境を組み合わせた理解とケアの提供,些細な生活の変化に早期に気付く(美濃・宮本,2008),クライシスプランの導入(Okuda, 2018)を実施していた.対象者の他害行為が同居家族への殺人未遂,傷害などの場合は,「家族への支援」は被害者支援の一環となっていた(美濃・宮本,2008).課題には,医療観察法の訪問看護における専任のスタッフ配置や診療報酬の見直し,訪問看護加算の検討といった訪問看護のシステムの整備,看護実践能力の強化や研修体制および教育システムの構築が挙げられた(美濃・宮本,2008).

6) その他の看護実践

看護師は担当MDT内ではケアコーディネーターとしての看護実践以外に,プライマリーナースとしての看護実践(櫻木ら,2011水谷ら,2012小松ら,2013境ら,2015桝野ら,2018),病棟看護師チームの一員としての看護実践(藤川ら,2015)を行っていた.小松ら(2013)は,医療観察法下ではケア計画は対象者の同意を得て作成されることから,対象者―看護師間でのケア計画をめぐる確かめ合いの実態を調査した.入院初期に行う看護問題の抽出では,対象行為をはじめとする対象者の問題の明確化が必要だが,看護師には【確かめ合うことへの抵抗感・消極的態度】があり,【説明・説得】や【指示的かかわり】による計画立案が多く,小松ら(2013)は,看護師による対象者の同意を得たケア計画の作成は不十分であると述べた.多職種で行われる治療プログラムにおいて,看護師は「ミーティング・余暇レクリエーション」「疾病教育・生活トレーニング」「健康教育・増進関連プログラム」などの生活スキル獲得を目的としたプログラムに多く関わっているが,プログラム運営のための人材育成やプログラムの質の担保,グループへの苦手意識という課題が指摘された(美濃ら,2011b).

Ⅴ  考察

医療観察法に基づく医療における看護実践に関する研究の動向及び,看護実践の特徴と今後の課題について述べる.

1. 医療観察法に基づく医療における看護実践に関する研究の動向

日高・三木・金崎(2003)の文献検討では,日本における触法精神障害者への看護には,生活行動の自立やレクリエーション,対人交流の促進などが挙げられていたが,病棟内での問題行動の回避が最も重要(伊藤,2002)とされており,退院後の社会復帰には触れられていなかった.問題行動の回避や患者同士のトラブルへの介入(伊藤,2002伏見,2002)が多い一方で,マンパワー不足や看護師の対応技術が十分ではない状況が課題として挙げられた(伊藤,2002).今回の文献検討と比較すると,日高・三木・金崎(2003)の報告の時点では,触法行為に関する話し合いや内省深化という概念は見られず,触法精神障害者の社会復帰の実現というよりも入院病棟内でのリスクマネジメントが看護実践の中心であった.

厚労科研による研究からは,施設や施設規模により看護実践の実施状況に違いがあることが指摘された.医療観察法に基づく医療は精神医療における政策医療の一つであり,提供する医療や看護の均てん化が求められている.均てん化に向けて,2012(平成24)年以降,厚生労働省では医療観察法に基づき医療を行う指定入院医療機関が,他の指定入院医療機関の医療従事者を招き,相互に医療体制等についての評価や課題への助言等の技術交流を行うピアレビュー事業を実施している.今後,指定医療機関での看護実践状況の把握,施設間格差の是正に向けた取り組みが期待される.

文献26件中,指定通院医療機関に勤務する看護師らを対象とした文献は2件と,指定入院医療機関に比べて報告数が少なかった.この背景として,先述した他の指定医療機関へのアクセスが困難である状況に加えて,各施設が定期的に対象者を受け入れているとは限らないこと,指定通院医療機関としての業務と並行して一般精神科対象者への外来看護や訪問看護を実施しているために研究報告に至るまでのデータの蓄積に時間を要することが推測された.

2. 医療観察法に基づく医療における看護実践の特徴と今後の課題

1) 所属する各チームにおいて期待される役割を意識した看護の実践

看護実践を行う際の看護師の立場は,担当MDTや治療プログラムといった多職種チーム内ではケアコーディネーター,プライマリーナース,治療プログラム運営メンバーという3つの立場,加えて病棟看護師チームの一員という4つの立場に整理できると考えられた.プライマリーナースとしての看護実践の記述に,ケアコーディネーターとしての看護実践が混在している文献(櫻木ら,2011水谷ら,2012)や,プライマリーナースとしての看護実践にMDTメンバーとしての実践が含まれていない文献(小松ら,2013境ら,2015)が確認され,看護師はプライマリーナースとしての看護実践をMDTで唯一の看護師という立場ではなく,従来からの病棟看護師チーム内の看護方式に沿った実践という認識にとどまっている可能性が示唆された.立場の認識が曖昧な状況は,担当MDT内における治療方針の検討や患者評価,治療プログラムの運営といった多職種チームの一員としての主体的な実践を阻害し,従来からの病棟看護師チームの一員としての実践にとどまる可能性をはらんでいる.今後,所属する各チームにおける看護師の立ち位置について意識づけを図ることが課題と考えられる.

2) 対象行為の確認や内省の深化を核とした看護実践の展開

ガイドラインや教材集に記載される看護業務内容は,病期別あるいは内容別に詳細に記載されていたが,全体的な構造までは示されていなかった.今回の文献検討により,医療観察法における看護実践は「多職種チームの一員としての実践⇔病棟看護師チームの一員としての実践」という縦軸と,「医療観察法に基づく医療に特徴的な看護⇔精神保健福祉法に基づく医療で提供されてきた看護」という横軸で整理できると考えられた.医療観察法に基づく医療に特徴的な看護には,文献で取り上げられたあらゆる看護実践との関連が確認された,「対象行為についての話し合いや内省深化に向けた看護実践」が挙げられる.看護師は入院時オリエンテーションにおける看護実践(美濃・佐藤・宮本,2009b美濃・龍野・宮本,2010),ケア計画の立案(小松ら,2013),社会復帰の早期実現を目標としたセルフケアスキルの獲得機会の提供(木原ら,20082009),病識獲得の判断(太田ら,2019)のいずれにおいても,対象者との間で対象行為に関するやり取りを実施できるかどうかが促進要因となり,やり取りへの躊躇や消極的態度が阻害要因になり得ることが伺われた.今後,看護の均てん化の推進に向けて,対象行為に関するやり取りを含む看護実践の質向上が課題と考えられる.

3) 看護師が主体的に意見を発信する能力の養成

ケアコーディネーターとしての看護実践(美濃・佐藤・宮本,2009a佐藤・山田,2012米岡ら,2014)で特に顕著であったが,治療共同体の理念のもと,あらゆる看護実践において多職種との情報共有や意見調整が行われていることが示された.一方で,対象者への看護実践上の課題に,多職種連携をはじめとする医療システムにおける課題を含む文献があったことから,看護実践上の問題の焦点が医療システムへの困難感に置き換えられる傾向があることも示唆された.藤井・石神・森山(2012)が,医療観察法が看護実践に及ぼす負担感として「意見を話すことのプレッシャー,文章を書くことの不慣れさからなどから構成される『会議・書類が多い』」と述べているように,医療観察法に基づく医療は多職種で実施する MDT会議やCPA会議,職種別に行う報告書の作成を通じた看護師個人による主体的な発信が一般精神科医療以上に求められている.今後は,施設内外の多職種スタッフに対して看護師として主体的に意見を発信することも看護実践の一つとみなし,発信能力養成に向けた取り組みを行う必要がある.

著者資格

KMは研究の着想,デザイン,文献の選定と分析,論文作成のプロセス全般を遂行した.

利益相反

本研究における利益相反は存在しない.

文献
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  •  荒木 学, 山崎 有記, 上垣 広太,他(2019).医療観察法病棟における暴力リスクに対する看護実践.精神科看護,46(4), 64–69.
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