2021 年 30 巻 2 号 p. 29-38
本研究の目的は,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセスを明らかにすることである.8名の看護師を対象に半構造化面接を行い,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析した結果,14概念,6カテゴリーが生成された.看護師は利用者に対して【看護師から見た生活上の気がかりを発信】し【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】していた.一方で【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】し,継続困難を【生きづらさとして理解】して【精神の安定が最優先】という認識で【その人らしい回復への見守り】をしていた.つまり,利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた関わりとは,生活習慣の改善が進みにくいということを障害特性や生きづらさとして理解した上で精神の安定を最優先に考え,生活者としてその人らしく回復できるよう見守り,段階的かつ継続的に支援していくプロセスであると考えられる.
The purpose of this study was to clarify visiting psychiatric nurses’ process of supporting home-visit psychiatric nursing service users with an increased risk of developing or aggravating lifestyle-related diseases to improve their lifestyles while respecting their decision-making. Semi-structured interviews were conducted with 8 nurses. Through data analysis using the modified grounded theory approach, 14 concepts and 6 categories were identified. The nurses conveyed [findings on each user’s lifestyle from a nursing perspective] to users, and supported them to maintain their [awareness of lifestyle improvement]. On the other hand, the nurses accepted the [difficulty of making a progress from awareness-raising to implementation and continuation], and supervised users [to promote personal recovery], [giving priority to their mental stability], with an understanding of users’ difficulty in maintaining an improved lifestyle as their [challenge of life]. Thus, the support provided by visiting psychiatric nurses for users to improve their lifestyles while respecting their decision-making may be summarized into a process, where these nurses give priority to users’ mental stability, with an understanding of their difficulty in improving their lifestyles as a disability characteristic and challenge of life, supervise them to promote personal recovery of their daily lives, and support them stepwisely and continuously.
我が国の精神保健医療福祉は,「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(厚生労働省精神保健福祉対策本部,2004)により「入院医療中心から地域生活中心へ」という方針が示され,精神疾患・障害を有する人が地域生活を継続するために必要な施策が行われている.精神障害者の地域生活を継続するための在宅医療サービスのひとつとして精神科訪問看護がある.精神科訪問看護の導入により,再発予防と入院日数の短縮化(渡辺ら,2000;萱間ら,2005),日常生活機能の改善(船越ら,2006)といった結果が報告されており,精神科訪問看護の有効性は客観的に証明されている.
その一方で,精神科訪問看護に携わる看護師は,変化や成果が見えにくい(飯村,2009;川内・天谷,2013),コミュニケーションの困難・戸惑い(飯村,2009;井倉ら,2015),援助関係構築の難しさ(新井ら,2011)といった困難さを抱いている.特に,訪問看護においては,ケアを受けるかどうかを決めるのも,生活の情報をどこまで見せるのか・隠すのかを決めるのも対象者自身であり,対象者がケアを受けたくないと考えればケアは提供できない(萱間,2007).そのため,精神科訪問看護師は利用者主体と認識しながらも,訪問看護の必要性を十分理解・納得できていない精神障害を持つ利用者や病識の乏しい精神障害者に対して,利用者の意向の尊重という生活モデルと健康上必要な介入という医学モデルとの間で葛藤が生じやすいことが考えられる.そのケースとして,生活習慣病発症リスクに関するものがある.
昨今の精神医療現場では,非定型抗精神病薬の普及に伴い精神症状のコントロールが安定しつつある一方で,生活習慣病を発症する患者が増加している(Buchholz, Morrow, & Coleman, 2008;Edward, Rasmussen, & Munro, 2010;池内ら,2018).我が国の生活習慣病と精神医療について概観すると,統合失調症と気分障害は糖・脂質代謝異常が多く認められる(神﨑ら,2017)こと,統合失調症圏の通院患者のメタボリックシンドロームの発症率や喫煙習慣が一般成人より有意に高い(清水,2010)こと,小規模作業所通所中の精神障害者の肥満の割合は一般国民の約2倍多く,その肥満群は野菜摂取が不十分で間食や甘い飲み物の量が多かった(中嶋・三徳,2014)こと,現在の統合失調症治療の第一選択薬である非定型抗精神病薬は耐糖能障害を誘発する(安宅・鈴木・新井,2003)こと,統合失調症は活動意欲の減退や引きこもり,認知機能障害など種々の症状に加え閉鎖的な生活環境から生じる活動制限など身体運動量の減少が指摘されている(山本・奈良,2010)こと等が報告されている.このような現状から,精神科訪問看護の利用者は生活習慣病の発症および重症化のリスクが高い傾向にあることが伺える.そのため,健康上,望ましいとは言い難い生活習慣を送っている利用者に対しては,生活習慣の改善に向けた関わりが必要になってくる.
以上のような状況により,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセスを明らかにすることにより,地域で生活する精神障害者への支援の幅が広がるとともに,看護として意味付けることへの一助になるものと考える.そこで本研究では,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者に対して,利用者の意思決定を大切にしながらもどのように生活習慣の改善に向けて支援したのかについてのプロセスを明らかにすることを目的とする.
本研究は,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(木下,2003)(以下M-GTAとする)を用いた質的帰納的研究である.
2. 研究対象者とその選定内容研究対象者は,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者に対して,日常生活習慣の改善に向けた意思決定への支援に関わったことがあり,研究の趣旨に同意の得られた精神科訪問看護師とした.選定にあたっては,便宜的サンプリング方式をとり,各施設の看護部長もしくは施設長に文書および口頭で研究の趣旨や方法等を説明し,承諾を得た後,生活習慣病発症および重症化リスクの高い利用者への生活習慣の改善に向けた関わりの体験について詳細に語ることのできる精神科訪問看護師を推薦してもらい研究対象者とした.
3. データ収集方法インタビューガイドを用い個室にて半構造化面接を行った.インタビューガイドの主な内容は,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者の意思決定を大切にしながらも,どのように生活習慣の改善に向けて支援したのかについて,関わり方法や関わる際の思い,利用者の反応等とした.データ収集期間は令和元年3月から令和元年12月であった.
4. データ分析方法本研究のデータ分析には,M-GTAを用いた.本研究で取り扱う現象は,生活習慣病発症および重症化リスクの高い利用者に対して,利用者の意思決定を大切にしながらもどのように生活習慣の改善に向けて支援したのかについて,精神科訪問看護師の視点から明らかにすることを目的としている.そのためには,面接における看護師の詳細な語りを十分に活かして,現象の本質や関係性を明らかにし,それらを説明できる枠組みを作ることが必要である.このようにデータが生活習慣病発症および重症化リスクの高い利用者と精神科訪問看護師という対象者に限定されていること,利用者―看護師関係という相互作用の中で変化していく関わりのプロセスを明らかにするという点,研究者自身が面接や分析を実施していくことから,研究する人間の視点を重視したM-GTAが適していると考えた.なお,本研究における分析テーマを「生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者に対して,利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた関わりのプロセス」,分析焦点者を「生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者に対して,利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けて支援した経験のある精神科訪問看護師」とした.
分析方法の詳細については,まず,インタビューデータから逐語録を作成し,内容を熟読した.次に,分析テーマと分析焦点者に照らして,分析テーマと関連の強い文脈を抽出し,データの背後にある意味を読み取り解釈しながら,そのデータを説明する概念を生成した.このようにgrounded-on-dateが成立しやすいように分析対象とするデータを限定的に確定した上で,分析ワークシート上で作成された概念生成により小さな理論的飽和化の判断を行った.また,概念生成の際には,類似例や対極例も含めて検討を進めることで,すでに生成された概念との関係性や比較を行いながら分析を進めた.最終的に,分析結果を構成する概念が網羅的となり相互の関係性が明らかになったと分析者が判断した時点で理論的飽和化の判断をした.そして,概念間の関係性を考え,関連のある概念同士をまとめてカテゴリー化し,相互の関係についての概要を結果図に表して,ストーリーラインとして簡潔に文章化した.研究の全過程において,スーパーバイズを継続して受けることにより,質的研究の信頼性,妥当性を確保するよう努めた.
5. 倫理的配慮本研究の実施にあたり,各施設の看護部長もしくは施設長および対象者に対して,研究の趣旨,参加の自由,不参加により不利益が生じないこと,匿名性の保証について文書と口頭で説明し,書面にて同意を得た.面接はプライバシー保護のために個室で行い,録音も許可のもと行った.結果の記述においては,個人が特定されないよう留意して表記し,研究の公表についても承諾を得た.なお,本研究は日本赤十字広島看護大学研究倫理審査委員会で承認を受け(承認番号1901)実施した.
本研究の対象者は8名(男性1名,女性7名)であり,40代が3名,50代が5名で,看護師としての平均臨床経験年数は22.0(SD = 6.0)年,精神科看護師としての平均臨床経験年数は13.5(SD = 6.7)年であった.平均面接時間は43.1(SD = 20.6)分であった.対象施設は,中国地方の精神科病院に付属する3施設であり,A施設から3名,B施設から3名,C施設から2名であった.なお,訪問看護ステーションといった病院から独立した訪問看護施設の看護師は含まれていない.
2. 分析結果生成された概念は14概念であった.そのうち意味内容の同類性に基づき,6カテゴリーが生成された.これらの関係性を示す結果図を作成し,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセスとして示した.なお,【 】はカテゴリー,〈 〉は概念とした(図1).ストーリーラインは以下のとおりである.
利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセス
精神科訪問看護師は,生活習慣病発症および重症化リスクの高い利用者に対して【看護師から見た生活上の気がかりを発信】することで生活習慣の改善への関心を高めつつ【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】するような関わりを行っていた.しかし,利用者にとってこれまでの生活習慣を変えることは容易ではない.そのため,看護師は【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】するとともに,その難しさは【生きづらさとして理解】し,まずは【精神の安定が最優先】であることを認識する.そして,【その人らしい回復への見守り】によって,精神疾患によって残った障害に伴う制約がある中でも,より充実した生活が送れるよう支援していた.さらに,このような支援を行いながらも利用者の健康を考え,再び【看護師から見た生活上の気がかりを発信】したり【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】することで,少しずつ生活習慣の改善に向かうよう関わり続けていた.
次に,概念と看護師の語りの抜粋を示しながらカテゴリーについて説明する.
1) 【看護師から見た生活上の気がかりを発信】【看護師から見た生活上の気がかりを発信】は〈乱れた生活による悪影響を脅かさず分かりやすく説明〉〈実行は難しくても意識づけを期待して情報提供〉〈共に振り返ろうとする問いかけ〉という3概念から構成される.看護師は,生活習慣病の予防行動が十分でない利用者に対して「食生活が乱れている方には,偏った食生活が体にどのような影響があるのかわかりやすくかみ砕いて説明させてもらいます.」「ラーメン,いいですね,私も好きです.だけど,ラーメンだけでなく色んなものを食べないと髪の毛の艶もなくなるんですよって,分かりやすい言葉を用いて情報提供します.」「全然問題と思っていない方には血液検査結果を見せていただいて,例えばHbA1cは1か月前からの結果が出ているので後からこうして出てくるんですよって分かりやすく説明します.ですが,ストレスに弱い方も多いので,あまり深刻にならずさらっと言います.」のような〈乱れた生活による悪影響を脅かさず分かりやすく説明〉や,「説明に対して理解は示して下さるんですけど,実行となるとなかなか難しくて,そこは課題と思いますが,まずは意識付けをしていくことが大切かなと思っています.伝えることで少しずつでも変わるかもしれないと前向きに.」「情報提供することで利用者さん自身の考えるきっかけになったらいいなと思っています.」といった〈実行は難しくても意識づけを期待して情報提供〉や,「どんな食材を食べたらいいかなって一緒に調べたり考えたりします.」「体重が増えたのはなんでかな.何かストレスがあったのかなと一緒に振り返っています.」のような〈共に振り返ろうとする問いかけ〉によって,【看護師から見た生活上の気がかりを発信】していた.
2) 【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】は〈今できていることを承認〉〈過度な期待をかけない静かな応援〉という2概念から構成される.看護師は,生活習慣の改善をしようと意識している利用者に対して,「今まではそうでもなかったのに,今日はこんなによくなっているといった改善できたところを捉えて伝えます.」「ご本人は,また食べすぎてしまった,できなかったと言われますけど,私たち訪問スタッフは,でもここはできてるじゃないと,できているところを伝えるようにしています.」のような〈今できていることを承認〉することでその意識が継続するように後押ししていた.ただ,「自分から禁煙しようと思うって言われた方に,過度な期待はかけませんでした.それは,頑張りすぎることで苦しくなることを想像したからです.ご自身から言われたことなのでチャンスだと思うのですが,こちらからプレッシャーはかけません.」「今日こそは(外に)出ないとって毎日ずっと思っていた方に,自分らしくいられるのであれば家にいてもいいと思いますよ,家で自分がしたいことを見つけるっていうのも大事なことだしって伝えました.」のような〈過度な期待をかけない静かな応援〉によって利用者に対して改善を強く求めないことで,意識の継続が負担にならないよう配慮していた.
3) 【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】は〈反応によって一時撤退〉 〈関わりの方向の切り替え〉という2概念から構成される.看護師は,生活習慣の改善に向けてアプローチするが,「気になることはちょっと投げかけてみます.その時の反応をみて,触れてほしくなさそうな表情だと,いったん引っ込めて時間をかけてアプローチします.」「利用者さんから,それは無理ですって言われたら,そうなんですね,わかりましたって,いったん引き下がります.ですが,いったん撤退はするけれど,ダメっていうのを拒否と捉えるのではなく,ちゃんと思いが言えていると捉えて関わり続けます.」といった利用者の〈反応によって一時撤退〉したり,「できれば改善してほしいという思いはありますけど,あまり改善を求めすぎてもかえって負担になったり関係性が壊れてしまうと思うので,諦めではなくいい意味での割り切りですかね.」「どうしてもお酒を飲むことで発散できているなら全く飲むなとは言いません.訪問に行って何か問題ごとが起きていなければ,まだ大丈夫かと.」のような〈関わりの方向の切り替え〉によって【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】しながら関わっていた.
4) 【生きづらさとして理解】【生きづらさとして理解】は〈変化が苦手な障害特性への配慮〉〈病や障害との共存の苦悩を推察〉という2概念から構成される.看護師は,「精神障害者の方ってとても繊細で変化に弱い方もおられます.なので,あまり急ぎ足にならないようできるだけゆっくりと気を付けています.」「どうしても新しいことを取り入れるっていうのは難しい.不安も強くなったりするので,関係が慣れてから伝えるようにしています.」のように〈変化が苦手な障害特性への配慮〉や,「利用者さんは生活習慣病以外の精神症状で動きたくても動けない,そんな自分を責めて生活すること自体かなり頑張っておられるので,もっと頑張れなんて言えません.」「他者から見たらすごいだらだらした生活って思われるかもしれないけど,その方なりに一生懸命やってこの状態っていう方が多い.また病状にも波があって苦しい状況の中で変わるっていうのは難しいと思います.」といった〈病や障害との共存の苦悩を推察〉することで,利用者にとって生活習慣改善に向けた取り組みは容易なものではなく【生きづらさとして理解】していた.
5) 【精神の安定が最優先】【精神の安定が最優先】は〈否定しないですべてを受け止め共感〉〈我慢しすぎて精神的不調をきたすよりまし〉〈失敗を正直に話せる関係づくり〉という3概念から構成される.利用者の【生きづらさとして理解】した看護師は,「どのようなことでも否定はせず,まず受け入れて,相手にわかりますよという思いを言葉で伝えて共感的に関わります.」「否定はしません.いろんなことを言われるのをまずは聞き受け止めます.」のように〈否定しないですべてを受け止め共感〉し,「ストレスが回避できる手段としてたばこを吸うことで落ち着くなら,まずはそっちかなって受け入れている感じです.」「無理に禁煙して禁断症状が来て精神を崩すよりは,吸って精神的な安定を図る方が先かなと思います.」のように〈我慢しすぎて精神的不調をきたすよりまし〉という思いで利用者と関わっていた.そして,「体重が増えてしまった時,何々を食べてしまったと正直に言われるんです.そこを責めると,きっと隠し始めて関係も悪くなりかえってよくないので,そこは責めずに受け止めます.」「有難いのは,正直に申告してくださること.訪問看護では生活のすべてが見えないので嘘つけるじゃないですか.だからこそ,そこを大事にしています.」といった〈失敗を正直に話せる関係づくり〉を礎にしていた.
6) 【その人らしい回復への見守り】【その人らしい回復への見守り】は〈生活者としての価値観を尊重〉〈自立を阻害しない距離感への配慮〉の2概念から構成される.最終的に,看護師は,「情報提供や説明はできますけど,最終的には利用者さんが一番どうしたいか,生活の主体である利用者さん自身で決めていただきます.」「退院したら自宅が生きる場所であり主役は利用者さんなので,その方の価値観を尊重します.」のように〈生活者としての価値観を尊重〉し,「あまり介入しすぎると,利用者さんが看護師側に依存的になり自立の目を摘んでしまうと思うので,利用者さんの自立を阻害しないように,距離感とか自己決定を大事にしています.」「訪問看護って病気のことだけでなく生活面とかいろんなことでかかわっていくからなのか,利用者さんの中には依存的になられたりする方もおられるので,距離の取り方には気を付けています.」といった利用者への〈自立を阻害しない距離感への配慮〉によって【その人らしい回復への見守り】を行っていた.
生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセスとして,6カテゴリー,14概念の関係性が明らかとなった.以下に,そのプロセスについて考察する.
生活習慣病の予防は,健康を増進し病気の発症自体を予防することが基本となる.そのため,精神科訪問看護師は,生活習慣病発症および重症化リスクの高い利用者に対して【看護師から見た生活上の気がかりを発信】したり【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】することで生活習慣の改善に向けたアプローチを行っていた.精神障害者,中でも統合失調症者は,あいまいな話や抽象的な話が理解しにくいといった特性(昼田,2007)があることから,〈乱れた生活による悪影響を脅かさず分かりやすく説明〉することにより予防行動として具体的にイメージできるような言葉での情報提供が不可欠となる.また,ストレスやプレッシャーに弱い,認知の歪みがある,他人が何気なく言ったことばを深刻に(多くは被害的に)受け取って一人で悩むといった特性(昼田,2007)もあることから,看護師の何気ない助言や問いかけを否定的指摘としてとらえたりしてしまうこともありうる.よって,単なる助言や問いかけではない〈共に振り返ろうとする問いかけ〉は,利用者にとって課題を一人で背負うのではなく看護師と伴走するものとなりうる.さらに,【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】することは,利用者にとって前向きな気持ちや意欲にもつながる.ただし,この継続の後押しにおいても,精神障害特性をふまえた関わりが重要となる.精神障害者は自己肯定感の低下や自信の無さから自尊心が低下していたり,物事に適度に取り組むということが難しく過度な取り組みでかえってストレスとなり,取り組みの継続が困難になることが懸念される.よって,看護師は〈今できていることを承認〉するという今ここでの肯定的フィードバックや〈過度な期待をかけない静かな応援〉により,利用者の精神的安定を図りながら生活習慣病予防への取り組みを後押ししていた.また,できていることや変わろうとしているといったストレングスに着目したソーシャルサポートは,利用者の自己効力感を高めることにもつながるものと考える.これは,統合失調症者が地域生活を維持するためには患者の自己効力感を高めるソーシャルサポートが必要である(井上ら,2008)といった先行研究や,ソーシャルサポートが高いほど望ましい生活習慣への変容がされやすい(Fuemmeler et al., 2006;山本ら,2011)といった先行研究からも支持されるものである.つまり,肯定的フィードバックやストレングスへのアプローチというサポートは,精神の安定だけでなく生活習慣の改善への取り組み意欲を向上させるものと考える.
一方で,精神疾患や精神障害という病や障害を持ち合わせて日常生活を送っていることから,精神疾患の再発予防という支援も重要である.特に,精神障害者,中でも統合失調症患者の障害特性として,変化が苦手である(昼田,2007)ことから,利用者にとってこれまでの生活習慣を改善しようと変わることは容易ではない.そんな利用者の“変わらない”という表面的な現象にとらわれ,看護師が変容を求めて利用者を否定したり説得や正論をかざしても何の解決にもならない.また,看護師が利用者の変容を期待しすぎると,両者に軋轢が生じかねない.否定しない,説得しない,この人ならわかってもらえるという感覚を利用者に持ってもらえるように関わりながら,対話を通して情報を丁寧に拾っていくことが必要である(富樫,2018).そこで,精神科訪問看護師は【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】し,生活改善に向けた行動変容の継続が困難な状況を【生きづらさとして理解】しながら,大きな変容を期待することなく,まずは【精神の安定が最優先】であることを大切に関わっていた.
このようなプロセスを経て,看護師は十人十色の生活スタイルを再認識しながら【その人らしい回復への見守り】をしていた.これは,利用者のありのままを認め,利用者のその人らしさを尊重すること(仲野,2007)であり,看護師自身が自分自身で自己の価値観に気づき,その自覚した価値観をいったんわきにおいて,看護師自身のやり方を保留することができなければならない(仲野,2007).つまり,場合によっては,看護師自身に葛藤を伴うことにもなるが,その葛藤も含めて理解し共感的に関わることが〈生活者としての価値観を尊重〉することにつながるものと考えられる.
このように訪問看護師は,利用者との対話を通して共感を示しつつ,利用者のライフスタイルや選好,価値観を尊重し,利用者の自立を阻害することがないように留意しながら関わっていた.近年,精神障害者支援の過程において,当事者と専門家が共同して支援や治療の内容を決めるshared decision-making・共同意思決定(以下,SDMとする)の取り組みが注目されている(山口ら,2013).SDMにより患者が治療等に関して理解を深めた結果,自己の価値観・ライフスタイルに沿う治療方針を選択できたことで医師の指示等を守ることに抵抗が少なくなるといった意義があるとされる(手嶋,2011).SDMの定義は様々とされているが,最も広く使用されている定義は,情報や意見の共有が行われ,患者の嗜好や提供者の責任が議論され,両当事者が行動方針に合意する,少なくとも2つの当事者間の対話的なプロセスとしてSDMを概念化している(Matthias et al., 2012).SDMの導入の背景には,従来のインフォームド・コンセントでは患者が医師から与えられた情報を十分に理解できていないことや,個別具体的な患者の価値観や選好が治療法の選択に反映されにくいことが指摘されている(影山,2017).このような考え方は,医師―患者間だけでなく,利用者の価値観やライフスタイルを重視する訪問看護師―利用者間にも有意であり,利用者の希望する人生の到達を目指すパーソナルリカバリーやエンパワメントの支援につながるものであると考える.本研究においても,利用者との対話を通してライフスタイルや価値観を尊重しながら意思決定に向けて関わっていた点ではSDMにそったものともいえる.SDMは精神障害者支援の過程において新規的かつ有効とされる支援であり,今後,積極的に取り入れられるであろうアプローチ法のひとつであると考える.ただ,一方で,本来SDMが目的とする指標を反映したアウトカムの測定が不十分で,SDMの明確な効果が示されていないことも指摘されている(山口・熊倉,2017).よって,今後もさらなるSDM関連の研究の蓄積が求められる.また,本研究における訪問看護師の関わりでは,利用者と看護師の両者の責任に関する議論は積極的になされておらず,対話の中であまりデメリットに触れず肯定的な視点のみの対話を重ねている.これらの点から,精神科訪問看護師の意思決定に向けた支援は,SDMの一部が取り入れられたものであるといえ,今後,精神科訪問看護領域で本格的にSDMを推進していくにあたっては検討の余地がある.
本研究は,M-GTAの特性上,精神科訪問看護利用者と精神科訪問看護師に限定して説明力を持つという方法論的限定を持つものであり,研究対象者の選定が便宜的サンプリング方式であることや対象者数が少ないこと,また,精神科訪問看護師の主観的体験のプロセスであり客観的な支援を示すものではないことから,理論として一般化するには限界がある.今後は,対象者数を増やすとともに精神科訪問看護利用者以外の対象者についての比較研究を行い,本研究の成果が精神科訪問看護に限定された特有の構造であるのかを追究していく必要がある.さらに,臨床現場での実践を重ね合わせつつ,適宜,実際の状況に沿った内容を加えるとともに,支援の効果を検証し体系化できるような研究が求められる.また,利用者の意思決定に関する支援は,看護師だけではなくさまざまな職種による対象者への関わりや職種間での連携も影響することが考えられるため,多職種連携に関連した支援とその影響等についての検討が必要である.加えて,本研究は,生活習慣の改善が困難な利用者のみを想起したケースの語りに偏ったことも考えられる.生活習慣の改善という観点から解明するためには,改善できなかったケースだけでなく改善できたケースについての語りの検討も必要であった.
しかしながら,本研究は,精神科訪問看護利用者のとらえ方を含めた関わりのプロセスを示すことができ,精神科訪問看護師のこれまでの実践を看護として意味付けることへの一助になるものと考える.
本研究により,生活習慣病発症および重症化リスクの高い精神科訪問看護利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセスとして,6カテゴリー,14概念が抽出された.
精神科訪問看護師は,利用者に対して【看護師から見た生活上の気がかりを発信】したり【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】するような関わりを行う一方で【意識づけから実行継続へ進まないことに妥協】するとともに【生きづらさとして理解】し,まずは【精神の安定が最優先】であるという認識で【その人らしい回復への見守り】を行っていた.そして,利用者の健康を考え,再び【看護師から見た生活上の気がかりを発信】したり【利用者の生活習慣改善に対する意識の継続を後押し】することで,少しずつ生活習慣の改善に向かうように関わり続けていた.
つまり,利用者の意思決定を大切にしながらも生活習慣の改善に向けた精神科訪問看護師の関わりのプロセスとは,生活習慣の改善が進みにくいということを障害特性や生きづらさとして理解した上で精神の安定を最優先に考え,生活者としての価値観を尊重するとともに自立を阻害することなくその人らしい回復への見守りを通して,段階的かつ継続的に支援していくプロセスであると考えられる.
本研究にご協力いただきました対象者の皆様,医療機関の皆様に深くお礼申し上げます.なお,本論文の内容の一部は,第30回日本精神保健看護学会学術集会にて発表した.
YMは研究の着想から最終原稿作成に至るまで研究プロセス全体に貢献した.YKはデータ分析および解釈への示唆,最終原稿作成に至るまで研究プロセス全体への批判的な推敲に貢献した.すべての著者が最終原稿を読み承認した.
利益相反は無い.