日本精神保健看護学会誌
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原著
メタ認知トレーニングが統合失調症者の認知の偏りと治療者との関係性に与える影響
安永 知衣里則包 和也
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2023 年 32 巻 1 号 p. 19-27

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Abstract

メタ認知トレーニング(Metacognitive Training:以下,MCT)は,統合失調症にみられる認知の偏りを修正することを目的とする心理教育プログラムである.本研究では,退院後の統合失調症者にMCTを実施し,認知の偏り,実施者と対象者の信頼関係に対するMCTの効果を検討することを目的に行った.精神科デイケア,NPO法人を利用する統合失調症者12名を対象としMCTを実施した.また,評価項目としてJapan-Cognitive Biases Questionnaire for Psychosis(以下,JCBQp),心の理論課題,心理的距離の測定を行った.その結果,MCT実施前後でJCBQp合計得点が有意に低下し,構成因子である「異常な知覚」「脅威的な出来事」「意図的」「破局化」「結論への飛躍」「感情的推論」で有意差が認められた.心の理論課題で有意差は認められなかった.心理的距離は近づく群と遠ざかる群のどちらもみられ,MCTは実施者と対象者の間に信頼や好意,親しさといった関係性以外の影響も与えている可能性が考えられた.

Translated Abstract

Metacognitive Training (MCT) is a psychoeducational program that is purposed with correcting the cognitive biases observed in people with schizophrenia. This study administers MCT to people with schizophrenia living in the community, in order to investigate the effects of MCT on their cognitive biases and relationships of trust between them and the people administering MCT. The participants included 12 people with schizophrenia availing a psychiatric daycare or non-profit organization’s facilities. The Japan-Cognitive Biases Questionnaire for Psychosis (JCBQp), theory of mind tasks, and psychological distance measurements were performed to evaluate the effect of MCT. The results showed significantly reduced total JCBQp scores after MCT and found significant differences in the composing factors, including “anomalous perceptions,” “threatening events,” “intentionalising,” “catastrophizing,” “jumping to con­clusions,” and “emotional reasoning,” between pre- and post-MCT. No significant differences existed in theory of mind tasks. Psychological distance decreased in some participants and increased in others, suggesting that MCT might affect the relationship between the person administering MCT and the participant in aspects other than trust, affection, or closeness.

Ⅰ  はじめに

統合失調症は人と人との関係性の病であり,周囲との適切な人間関係の構築に著しく困難をきたす(向谷地,2002)といわれ,疾患の特徴として,特有の認知の偏り(結論への飛躍:jumping to conclusions,心の理論:theory of mind,帰属の歪み:attributional style等)があることが明らかとなっている(Moritz, & Woodward, 2007).これらの認知の偏りは,誤った信念を作り出し妄想に至らせてしまうとされており(Freeman, 2007),患者の日常生活,対人関係,就労などの社会機能に影響を及ぼすと報告されている(Nicolò et al., 2012).また,統合失調症の再入院の要因には,陽性症状の悪化や服薬の中断,隣人トラブルによるストレス(定村ら,2011),加えて,地域の中での患者の居場所のなさ,ソーシャルサポートの乏しさ,患者同士のネットワーク不足等,社会との関係性を築く能力の低下(宇佐美ら,2011)が挙げられており,症状や対人関係に起因する再入院が多いといえる.このように,認知の偏りは陽性症状や対人関係に関係しており,陽性症状の悪化や隣人トラブル,社会との関係性を築く能力の低下といった再入院の要因に重要な影響を与えていることが考えられる.このことから,地域生活を継続するためには,認知の偏りに対する補完的治療が重要であると考える.

メタ認知トレーニング(Metacognitive Training;以下,MCT)は,これらの認知の偏りを修正するトレーニング法としてMoritzらが2007年に開発した心理教育プログラムである(Moritz, & Woodward, 2007).先行研究(Moritz et al., 2014Ishikawa et al., 2020)では,PANSS等の客観的症状評価尺度を用いた陽性症状の改善効果や,Cognitive Biases Questionnaire for Psychosis(CBQp)などの認知の偏りの改善効果が報告されており,MCTが統合失調症以外の疾患にも有効であるという報告(Tanoue et al., 2021)もみられている.しかし,MCTの実施が認知の偏りにどう影響し,どのような生活の変化をもたらすのかを調査した研究はない.また,則包(2020)は,MCTの実施に伴って患者の表情や態度などの非言語的メッセージが柔らかくなっていき,関係性に好ましい変化が起こっていることを実感する場面が沢山あったと述べており,MCT実施者は対象者との会話が徐々に増えるなど関係性の変化を実感しているが,MCTを活用することによる信頼関係への影響を調査した研究はない.

以上のことから,MCTの実施が統合失調症者の認知の偏りとその後の生活,また治療者との信頼関係にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにする第1段階として,本研究では,地域で生活する統合失調症者に対してMCTを実施し,客観的評価から統合失調症にみられる認知の偏り,治療者と対象者の信頼関係に対するMCTの効果を検討することを目的として研究を行った.なお,本研究のほかに,サブ解析として同対象者にインタビュー調査を行った.

Ⅱ  研究目的

本研究の目的は,退院後地域で生活する統合失調症者に対してMCTを実施し,認知の偏り,信頼関係に対するMCTの効果を明らかにすることである.

Ⅲ  研究方法

1. 対象者

1) 選定条件

対象者の条件については,①統合失調症の診断を受けている者または統合失調症的症状のある者で,②退院後の年数,性別,年齢を問わず,③本研究の参加に同意をした者とした.また除外基準については,①施設利用が不定期の者,②1時間(MCT1回あたりの実施時間の目安)MCTを受けられない者とした.

2) 選定方法

A県にある精神科デイケア3施設,NPO法人1施設に研究協力を依頼し,同意の得られた精神科デイケア2施設,NPO法人1施設を対象とした.

デイケアでは,施設に訪問し,研究説明文書を用いてデイケア施設長に本研究の趣旨を説明したうえで,病院長とデイケア施設長から同意を得た.その後,デイケア利用者に対してMCTの概要の説明,研究説明文書,参加同意書を用いて本研究の説明を行い,同意書への署名をもって同意を得たとした.また,参加を希望した利用者の担当医師に対しても本研究の趣旨,MCTについての説明文書を提出し,利用者の参加の承諾を得た.NPO法人では,事務所へ訪問し,MCTの説明会参加を希望する利用者同席のもと,理事,スタッフ,利用者に対し,本研究の趣旨とMCTの概要について,研究説明文書,参加同意書,ポスターを用いた説明を行い,同意書への署名をもって同意を得たとした.

2. MCTについて

MCTは,認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy:以下,CBT)の理論とノーマライジングの理念に基づいた心理教育プログラムである.ここでいうノーマライジングとは,妄想や幻覚などの症状はよくあることで,ストレス,悲嘆,睡眠不足,その他に多くの人が経験するライフイベントによって活性化されるということを患者が理解できるように助け,精神病への偏見をなくすプロセスを指している(Wright et al., 2010/2011).MCTは,統合失調症の認知の偏りに焦点を当てた8つのモジュールから構成されており,パワーポイントを用いてグループセッションを行うことで,対象者に認知の偏りへの気づきを促し,適応的な行動変容へとつなげることを目的としている(Moritz, & Woodward, 2007).グループ人数は3~10人,実施時間は45~60分間を目安としており,実施頻度は1セッション1モジュールで週に1回の頻度が推奨されている.また,参加者に最初のセッションで使用方法の説明とともにイエローカードとレッドカードを1枚ずつ配付する.イエローカードは,生活の中で起こる出来事に対する対処法の再考を促す3つの質問(そう考える証拠は何か,別の見方はあるか,たとえ本当だとしても過剰に反応していないか)が記載されているカードであり,財布に入れられるほどの大きさで持ち運びやすく,場面を選ばず活用しやすくなっている.レッドカードは,万が一支援が必要になったときに連絡できるよう,人や施設の緊急連絡先を記入するカードである.なお,本研究では個人情報の観点からレッドカードの配付は行わず,イエローカードのみ配付した.加えて,MCT終了後も個人で振り返りができるよう,MCTの各回の開始時にその日のパワーポイント資料を対象者に配付した.

3. 実施手順

各対象施設の希望者が10名未満であったため,1施設1グループ単位とし,各施設で1~2名の施設スタッフ同席のもと,週に1回の頻度で本研究者(以下,実施者)1名によるMCTを8回実施した.実施者は大学院生であり,精神科勤務経験や集団療法,MCT実施経験はないが,MCTを10年以上経験している共同研究者の助言を受け,既存のマニュアルを活用して実施した.グループ人数,実施頻度,実施時間はマニュアルに則り,対象者への負担を考慮しながら設定した.また,統合失調症にみられる認知の偏りに対するMCTの効果を検討するため,MCT初回実施1週間前(以下,実施前)と最終回実施から1週間後(以下,実施後)に,Japan-Cognitive Biases Questionnaire for Psychosis(以下:JCBQp)と,心の理論課題を実施した.加えて,MCTによる実施者と対象者の信頼関係への影響を検討するため,実施前,4回目のMCT実施直後(以下,実施中),実施後に,実施者と対象者の心理的距離の測定を行った.

また,デイケアではデイケアスタッフから,NPO法人では対象者から基本情報(年齢,罹病期間,服薬治療の有無,生活状況)を収集した.

4. 評価尺度

1) JCBQp

Peters et al.(2014)によって作成された,統合失調症に典型的にみられる認知の偏りを評価する自記式尺度の日本語版である(Ishikawa et al., 2017).意図的(intentionalising),破局化(catastrophizing),二極思考(dichotomous thinking),結論への飛躍(jumping to conclusions),感情的推論(emotional reasoning)の5つの認知の偏りが含まれ,異常な知覚(anomalous perceptions: AP)と脅威的な出来事(threatening events: TE)の2因子から構成されている.全30項目からなり,問題文に示されたそれぞれの状況について自分自身を想像し,3つの認知反応のうち1つを選択して〇をつけるよう求めた.得点幅は30~90点であり,得点が高いほど認知の偏りが強いことを示す.なお,質問数が多いため,対象者への負担を考慮して問題文,選択肢は実施者が読み上げた.

2) 心の理論課題

他者の心の動きを類推する機能である心の理論を評価する課題である.本研究では,はさみ課題(Maehara, & Saito, 2011),Paper and pencil sand-box task(Coburn, Bernstein, & Begeer, 2015),誕生日課題(Sullivan, Zaitchik, & Flusberg, 1994),アイスクリーム課題(Perner, & Wimmer, 1985)を実施した.4つの課題それぞれで絵と問題文が記載された模造紙を提示し,実施者が読み進め,対象者に紙面で回答をしてもらうこととした.評価方法は,回答に自分の知識の過剰帰属(他者の立場になって物事を考える際に,自分が知っている情報や知識に影響を受けること)がみられたか,みられなかったかをデータとした.

また,前後比較を行うにあたり対象者が回答を共有する可能性を考慮し,課題の内容は変えず,MCT実施前後で登場する人物の名前や場所のみを変更した.

3) 心理的距離

治療的介入を行うにあたり,実施者と対象者の関係性は効果的な介入を行ううえで重要な要素であるが,現時点で治療者と対象者の信頼感や親密性といった心の距離(以下,心理的距離)を評価できる尺度はない.そこで本研究では,二個体の距離は個体の関係性に基づいているというパーソナルスペースの理論(Hall, 1966/1970)を参考に心理的距離を測定することとした.測定方法は,実施者の等身大写真を壁に固定し,対象者が感じる実施者との心理的距離をふまえて,好きな位置に立つよう対象者に求めた.対象者が立った位置のつま先にあわせて対象者ごとに色の異なるシールを貼り,すべての対象者が実施した後に実施者が距離の測定を行った.また,実施者がその場にいると遠慮や忖度などで正確なデータが得られない可能性があると考えたため,実施者は測定時に退室し,施設のスタッフに測定(シールを貼ること)を依頼した.

5. 分析方法

各項目の正規分布を確認した後,JCBQpは,合計得点,各構成因子(異常な知覚,脅威的な出来事,意図的,破局化,二極思考,結論への飛躍,感情的推論)の得点に対し,t検定を用いてMCT実施前後の比較をし,効果量の算出(Hedge’s g)を行った.効果量の基準値は,0.20から0.49を小さな効果,0.50から0.79を中程度の効果,0.80以上を大きな効果とした.心の理論課題は,各課題の回答に対しMcNemar検定を用いてMCT実施前後の過剰帰属率の比較を行った.心理的距離は,写真から対象者までの実測値をデータとし,実施前,実施中,実施後の距離について一元配置分散分析を用いて比較を行った.すべての有意水準を5%とし,統計分析はSPSS16.0 Familyを用いた.

6. 倫理的配慮

いずれの施設でも,途中から参加できること,いつでも参加を辞退,中断できること,治療とは無関係であり,辞退,中断した場合でも不利益を被らないことを書いた文書を配付し,対象者と文書を確認しながら実施者が読み上げ口頭でも説明を行った.また,研究への参加により身体的・精神的苦痛を伴う場合には,研究への参加中止を含めてすぐに対応すること,研究への意見やクレームがある場合はいつでも自由に実施者または実施者の所属する研究科長へ連絡することができることを文書および口頭で説明し,連絡先を文書に明記した.対象者の同意は,研究参加同意書への署名をもって同意を得たとした.なお,本研究は,弘前大学大学院保健学研究科倫理委員会の承認を得た(承認番号2019-019).

Ⅳ  結果

1. 調査期間

2019年10月~2020年7月に実施した.

2. 対象者の概要

対象者は,3施設を合わせ12名(精神科デイケアA:3名,精神科デイケアB:2名,NPO法人:7名)であった.内1名は他疾患の診断を受けているが,幻覚(幻視,幻聴)症状があり,抗精神病薬を服用しているため,施設スタッフ,共同著者と相談し,MCTの適用基準と一致していることを確認したうえで本研究の対象者とした.

性別は男性5名,女性7名であり,年齢は42.8 ± 8.0(M ± SD)歳であった.罹病期間は21.0 ± 8.5年であり,生活状況は,1人暮らしが2名,家族と同居が6名,グループホームが4名であった.12名全員が服薬治療を受けており,MCT実施期間内の処方変更は1名の睡眠薬追加のみで,抗精神病薬の処方変更はなかった(表1).

表1 対象者の概要
全体 精神科デイケア
(2施設)
NPO法人
性別 男性 5名 2名 3名
女性 7名 3名 4名
年齢(M ± SD) 42.8 ± 8.0歳 39.8 ± 9.8歳 44.9 ± 4.6歳
罹病期間(M ± SD) 21.0 ± 8.5年 16.6 ± 6.5年 24.1 ± 7.8年
デイケア通所期間(M ± SD) 7.4 ± 3.3年
生活状況 1人暮らし 2名 0名 2名
家族と同居 6名 4名 2名
グループホーム 4名 1名 3名
服薬治療の有無 なし 0名 0名 0名
あり 12名 5名 7名
処方変更の有無 なし 11名 5名 6名
あり 1名 0名 1名

3. MCTについて

MCTの所要時間は,1モジュールあたり40~60分であった.MCT参加回数は,6回が1名,7回が2名,8回が9名であり,途中脱落者は0名であった.数回の欠席があった対象者は,私用で施設を休んでいたことや,モジュールの途中から参加したことが理由であった.

4. 認知の偏りについて

1) JCBQp

JCBQpの合計得点は,MCT実施前が47.6 ± 8.4点,MCT実施後が41.9 ± 6.3点であり,有意差が認められた(p = 0.001).

構成因子について,「異常な知覚」では実施前が23.4 ± 4.4点,実施後が20.9 ± 3.8点であり,有意差が認められた(p = 0.011).「脅威的な出来事」では実施前が24.2 ± 4.4点,実施後が21.0 ± 3.2点であり,有意差が認められた(p = 0.002).

認知の偏りについて,「意図的」では実施前が8.9 ± 1.9点,実施後が7.8 ± 1.3点であり,有意差が認められた(p = 0.030).「破局化」では実施前が9.5 ± 2.2点,実施後が7.8 ± 1.5点であり,有意差が認められた(p = 0.019).「二極思考」では実施前が8.0 ± 2.6点,実施後が7.8 ± 1.7点であり,有意差は認められなかった(p = 0.489).「結論への飛躍」では実施前が11.3 ± 2.1点,実施後が10.0 ± 2.0点であり,有意差が認められた(p = 0.025).「感情的推論」では実施前が9.8 ± 2.3点,実施後が8.5 ± 2.0点であり,有意差が認められた(p = 0.004).また,「二極思考」を除くすべての因子で,中~大の効果量が得られた.結果を表2に示す.

表2 JCBQpの前後比較結果
実施前 実施後 t値 p g
M SD M SD
合計得点 47.6 8.4 41.9 6.3 4.44 0.001* 1.28
構成因子
 異常な知覚 23.4 4.4 20.9 3.2 4.03 0.011* 0.88
 脅威的な出来事 24.2 4.4 21.0 3.8 3.05 0.002* 1.16
認知の偏り
 意図的 8.9 1.9 7.8 1.3 2.49 0.030* 0.72
 破局化 9.5 2.2 7.8 1.5 2.75 0.019* 0.79
 二極思考 8.1 2.6 7.8 1.7 0.72 0.489 0.21
 結論への飛躍 11.3 2.1 10.0 2.1 2.60 0.025* 0.75
 感情的推論 9.8 2.3 8.5 2.0 3.56 0.004* 1.03

* p < 0.05

2) 心の理論課題

はさみ課題では,過剰帰属があったものは実施前が4名,実施後が6名であり,有意差は認められなかった(p = 0.63).Paper and pencil sand-box taskでは,過剰帰属があったものは実施前が9名,実施後が5名であり,有意差は認められなかった(p = 0.22).誕生日課題では,過剰帰属があったものは実施前が3名,実施後が5名であり,有意差は認められなかった(p = 0.63).アイスクリーム課題では,過剰帰属があったものは実施前が5名,実施後が6名であり,有意差は認められなかった(p = 1.00).

5. 心理的距離について

等身大写真から対象者までの実測値では,実施前が226.5 ± 149.1 cm,実施中が200.0 ± 132.2 cm,実施後が172.8 ± 88.3 cmであり,3群間に有意差は認められなかった(p = 0.33).各対象者の実測値を表3に示す.

表3 対象者の心理的距離の変化
対象者 心理的距離の実測値(cm)
実施前 実施中 実施後
A氏 0.5 40.0 150.0
B氏 50.0 54.8 84.0
C氏 60.0 167.6 194.0
D氏 101.0 77.5 51.0
E氏 164.0 130.5 121.0
F氏 250.0 189.1 191.3
G氏 271.0 180.8 226.0
H氏 317.0 227.8 226.5
I氏 321.0 340.5 169.0
J氏 326.0 143.8 80.0
K氏 386.0 442.0 382.7
L氏 471.0 405.0 198.3

Ⅴ  考察

1. 認知の偏りに対するMCTの効果について

MCT実施前のJCBQpの合計得点は47.6 ± 8.4点であった.265名の精神病患者のCBQpを調査したPeters et al.(2014)の報告では,合計得点が47.3 ± 10.4点,111名の統合失調症者のJCBQpを調査したIshikawa et al.(2017)では,合計得点が45.9 ± 7.1点と報告されており,本研究の結果と類似していたことから,本研究の対象者は統合失調症の集団として標準的であると考えられた.

JCBQpの各構成因子の得点をMCT実施前後で比較した結果,合計得点,異常な知覚,脅威的な出来事,意図的,破局化,結論への飛躍,感情的推論で有意差が認められた.MCT介入群と通常治療群でCBQp(異常な知覚,脅威的な出来事を除く)を比較した研究(Gaweda et al., 2015)では,MCT介入群の合計得点,破局化,結論への飛躍,感情的推論が通常治療群と比較して有意に低かった.また,Gaweda et al.の研究(Gaweda et al., 2015)の介入群におけるMCT実施前後の効果量について,本研究と同じHedge’s gに基づき算出した結果,合計得点(g = 0.65),結論への飛躍(g = 0.69)で中程度の効果,破局化(g = 0.51),感情的推論(g = 0.37)で小さな効果が得られていた.本研究では合計得点と感情的推論で大きな効果,意図的,破局化,結論への飛躍で中程度の効果が得られたことから,MCTは破局化,結論への飛躍,感情的推論を改善する効果があり,特に結論への飛躍に対して一定の効果が得られることが考えられた.また,本研究のMCT実施者は大学院生であり,精神科勤務経験はないためMCT実施要件を満たしていないが,先行研究より大きい,中~大の効果量が得られた.このことから,MCT実施要件を満たさない実施者がMCTを実施しても一定の効果が期待でき,対象者にとっても実施者にとってもMCTの使いやすさが示されたと考えられ‍る.

国内の先行研究では,CBQpを用いて認知の偏りを調査した研究(Ishikawa et al., 2020)で,MCTの実施により結論への飛躍が有意に改善したと報告されており,本研究でも結論への飛躍が有意に改善していた.結論への飛躍は,十分な証拠がないにもかかわらず答えを導き出してしまう認知の偏りであり,妄想の寄与因子とされている.そのため,結論への飛躍を改善する効果のあるMCTは,妄想を軽減させる効果があると考えられる.しかし,他の因子では結果に違いがあった.これは,先行研究(Ishikawa et al., 2020)ではランダム化比較試験を用いており,本研究ではデイケアやNPO法人のうち参加を希望した利用者を各施設で1グループとして対象としていることから,参加に積極的であり,普段から交流のある人とグループでMCTに参加したことでグループダイナミクスが働いた可能性が考えられた.統合失調症にみられる認知の偏りは妄想の寄与因子とされており(Freeman, 2007),日常生活や対人関係といった社会機能に影響を与えるとされている(Nicolò et al., 2012)ことを踏まえると,本研究の結果から,MCTは再入院の要因である陽性症状の悪化がおこる前段階の認知の偏りにアプローチできる心理教育プログラムとして有用である可能性があり,社会機能の向上につながる可能性があると考えられた.また,MCT実施後の合計得点は41.9 ± 6.3点であり,前述した文献における健康群の得点(Peters et al.:36.5 ± 2.7点/n = 33,石川ら:40.9 ± 2.7点/n = 35)と比較すると,石川らの研究における健康群の得点に類似した数値まで下がっていた.このことから,MCTは日本における健康群のレベルまで認知の偏りを改善する効果がある可能性が示唆された.そのため,地域で生活する統合失調症者にMCTを実施することは,再入院の予防,さらなる地域定着の推進につながる可能性があると考える.

また,CBTの理論に基づくと,日常生活で起こる出来事に対する認知はその後の感情や行動に影響を与えると考えられることから,認知の偏りは生活の質(Quality of Life:以下,QOL)にも関連していることが考えられる.しかし,JCBQpは推論,判断,意思決定のプロセスではなく,解釈の偏りを評価する尺度であるため,感情や行動にどのような影響を及ぼすかについては,本研究のサブ解析として行った対象者へのインタビュー調査でさらに検討していく.

一方,心の理論課題では,4課題すべてにおいて有意差が認められなかった.MCTが統合失調症者の心の理論に与える影響を調査した研究(Gaweda et al., 2015)においても,有意差は認められなかったと報告されており,本研究の結果と一致していた.このことから,MCTは心の理論に効果的な影響を与えないことが推測された.また,課題の文章自体が複雑なため,理解が難しく,理解力の程度も影響した可能性が考えられた.

本研究では,心の理論を評価する課題として先行研究で多く使用されている誤信念課題を使用したが,一方で,統合失調症者の心の理論を調査した研究(元久ら,2008)では,統合失調症の心の理論の障害は課題によって異なる側面と関連があると報告されている.そのため,今後はヒント課題やコミック課題などの異なる心の理論課題を用いて,MCTとの関連性を調査する必要があると考える.

2. 心理的距離に対するMCTの効果について

心理的距離では,MCTの介入による実測値の有意差は認められなかった.このことから,MCTは等身大写真を用いた心理的距離に効果的な影響を与えないことが推測された.しかし,MCT実施前の最小値から最大値までの実測値は0.5 cmから471.0 cmまでと幅が広く,実施中(40.0 cm~442.0 cm),実施後(51.0 cm~382.7 cm)とMCTのセッションを重ねるごとにその範囲は狭くなっていた.

パーソナルスペースの理論を提唱したHall(1966/1970)は,対人距離を密接距離(45 cm以下),個体距離(45~120 cm),社会距離(120~360 cm),公衆距離(360 cm以上)の 4つに分類しており,各距離帯で二者の関係性が異なることを示している.本研究で測定した距離は,恋人や親子でみられる密接距離,親しい友人や知人でみられる個体距離,仕事上の付き合いでみられる社会距離,講演者と聴衆でみられる公衆距離のすべてが含まれており,対象者によって大きく異なっていた.野瀬ら(2005)は,パーソナルスペースは好意や親しさを抱いている相手に対して小さくなると述べているが,本研究では距離が近づく傾向にある群と遠ざかる傾向にある群がみられたことから,MCTは対象者に対して好意や親しさといった関係性以外の影響も与えている可能性が考えられた.

また,本研究では生身の人間同士が個体間距離を測定する際に生じる可能性があるストレスやバイアスを避けるため,等身大写真を使用して間接的に測定を行ったが,研究者本人を前にして立つ位置としては近すぎる値がみられたこと等から,写真を使ったことにより実測値に影響が出た可能性も考えられた.そのため,等身大写真を用いた心理的距離を測定する際の対象者の思いについて,今後さらに検討する必要があると考える.

Ⅵ  本研究の限界

本研究では対象者が12名と少なく,比較対象群を設定せずに参加を希望した者を対象としたため,選定に偏りがあった可能性がある.また,分析方法に対する対象者数が少なく,検定の妥当性が伴わなかったことが,本研究の限界であると考える.加えて,対象者の退院後の年数や症状評価尺度等のデータを収集していないため,MCT介入に適切な時期や病状について十分検討できなかったことは,本研究の限界であると考える.そのため,今後は対象者数を増やし,ランダム化比較試験を採用する等して調査する必要があると考える.

Ⅶ  結論

本研究では,退院後地域で生活する統合失調症者に対してMCTを実施し,認知の偏り,実施者と対象者の信頼関係に対するMCTの効果を検討した.その結果,MCTは認知の偏りを改善する効果があり,心の理論には効果的な影響を与えないことが示唆された.また,心理的距離に対する影響について有意差は認められなかったが,距離の範囲が広く対象者によってばらつきがあったことから,今後インタビュー等でさらに検討する必要があると考えられた.

利益相反

本研究における利益相反はない.

謝辞

本研究にご協力いただきました対象者の皆様,協力施設の皆様,ご指導賜りました先生方に心より感謝申し上げます.また,ご助言を賜りました東京大学の石垣琢麿教授,長崎大学の前原由喜夫准教授,香川県立保健医療大学の比江島欣愼教授に,深く御礼を申し上げます.

なお,本研究は弘前大学大学院保健学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものであり,本論文の内容の一部は第20回日本認知療法・認知行動療法学会において発表したものです.

著者資格

YCは,NKの指導のもと,研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析,論文の作成までの研究プロセス全体に関わった.NKは,研究の着想およびデザイン,データ分析,論文の作成,研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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