日本精神保健看護学会誌
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資料
高齢のアルコール依存症者の認知症予防に対する認知行動療法に関するパイロットスタディ―ICT―
齋藤 嘉宏田上 博喜白石 裕子
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2023 年 32 巻 1 号 p. 92-99

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Abstract

高齢のアルコール依存症者に対して認知行動療法を用いた簡易プログラムを,パソコンを用いたオンライン形式で実践し,対象者自身が飲酒と認知症の関連を把握すること,飲酒欲求に対する対処行動の獲得に繋げることを目的とした.簡易プログラムは全6回で構成し,飲酒と認知症に関する心理教育のほか,飲酒に至るまでの過程を「きっかけ」「考え」「行動(飲酒)」の3つに細分化し,週間活動記録表を用いて把握した喜び・達成感が高く,かつ飲酒欲求の低い行動のうち,3つの過程に直面した際に対象者自身がとれる対処行動をそれぞれ割り当てた.本プログラムでは対象者に飲酒と認知機能低下の関係性を意識づけることが困難であったが,対象者は〈自己の客観視〉を通して飲酒欲求に対する対処行動を認識し,〈断酒継続への自信〉に繋げていた.しかし本研究はパイロット研究であり,対象者の少なさからも本プログラムが十分検証できたとは言えず,継続研究とする必要がある.

Ⅰ  はじめに

高齢のアルコール依存症者は認知症を合併する頻度が高いとされる.入院加療中のアルコール依存症者への認知機能検査では,60歳以上で18%に認知症の疑い,25%に軽度認知障害がみられるとされ(O’Connell et al., 2003),長期のアルコール摂取が脳萎縮などに繋がっている可能性が考えられる.

アルコール依存症の高齢者を生物学的視点(bio)から捉えると,高齢者は体内水分量が少ないためアルコール血中濃度が増加し,飲酒の影響を受けやすい.心理学的視点(psycho)では,退職などの社会環境面の変化から自己効力感や自尊感情などの自己肯定感の低下や,家族との死別,生きがいの喪失などから抑うつ傾向に発展する可能性が考えられる.社会学的視点(social)では,定年退職などの生活環境の変化から自由な時間が増え,飲酒量の増加に繋がるとされる(宮岡,2007).高齢者がアルコール依存症に至る要因は様々であるが,自身の状況を捉え,アルコール摂取に至る意識や行動に対処できるセルフマネジメント力を養うことは,認知症予防への対応策として重要であると言える.

そのため本研究では,アルコール依存症の高齢者に対し,対処行動の獲得に繋がるとされる認知行動療法を用いた簡易的プログラムを実践することで,対象者自身が飲酒と認知症の関連を把握すること,飲酒欲求に対する対処行動の獲得に繋げることを研究目的とした.なお,本研究では昨今の新型コロナウイルス感染症の影響,さらには今後のアルコール依存症者への支援拡充を考慮し,パソコンを使用したオンライン形式での介入を行った.

Ⅱ  研究方法

本研究では,アルコール依存症の高齢者を介入群と対照群に分け,介入群には簡易的な認知行動療法プログラムを実践し,対照群はアンケートのみとした.主要評価項目はプログラム実施後の飲酒と認知症の関連,飲酒欲求に対する対処行動の獲得に関する発言内容,副次評価項目は,対象者の認知や飲酒欲求の程度,断酒への効力感,断酒を行うことでの自尊感情の変化を評価した.

1. 研究デザイン

準ランダム化比較試験.

2. 認知行動療法実践者

博士課程に在籍し,厚生労働省認知行動療法研修事業のスーパーバイザーを担う看護師1名とし,精神科看護の専門家2人からスーパーバイズを受けた.

3. 介入内容

プログラムは週1回45分(全6回)を基本とした.Session 2~3では,週間活動記録表を用いて各々の活動の「喜び・達成感」,「飲酒欲求」の程度を個人で把握したのち,グループで共有した.Session 4~5では,飲酒までの過程を「きっかけ」「考え」「行動(飲酒)」に細分化し,各々の過程においてSession 2~3で認識した喜び・達成感が高く,かつ飲酒欲求が低い行動を飲酒欲求への対処行動として割り当てる個人ワークを行ったのち,グループで共有した(表1).

表1 簡易プログラムの内容と構造
Session 内容 詳細 時間
1 心理教育 資料を用いて,アルコールと認知症の関連についての概説 各45分程度
認知行動療法 資料を用いて,認知行動療法について概説
2 行動活性化 各種生活行動における「喜び・達成感」と「飲酒欲求」の程度を客観的に把握する
3 Session 2で作成した資料をもとに意見交換
4 対処行動の検討 飲酒に至る過程を「きっかけ」「考え」「行動(飲酒)」の認知モデルで捉えるSession 2で取り扱った各種生活行動の中で,適応的なものを飲酒行動と置き換える
5 Session 4で作成した資料をもとに意見交換
6 振り返り プログラム受講後の振り返りとして意見交換

※Session 2,4:個人ワーク,Session 3,5:グループワーク

プログラム実践環境は,①研究対象者が集団でプログラムを受講する部屋,②研究代表者が実践する部屋を準備し,パソコンを用いて2部屋をオンラインで繋ぐ形とした.なお,①にはオンラインシステムの調整ならびに対象者のフォローを行うために共同研究者1名を配置し,②は研究代表者1名のみとした.

4. 調査対象

機縁法でリクルートした,A精神科単科病院のデイケアに通所する,本プログラム参加に主治医ならびに対象者の同意が得られた者とし,介入群,対照群への割付はランダム係数を用いて行った.

本研究対象者の適格基準として,①アルコール依存症者,②60歳以上,③地域生活者とし,①~③に該当しない者は除外とした.

5. 調査期間

2021年7月9日~2021年10月31日.

6. 介入の評価項目

1) アンケート調査

対象者の基本属性にくわえ,①飲酒習慣スクリーニングテスト【Alcohol Use Disorders Identification Test: AUDIT】(Babor et al., 2001小松・吉本,2011),②アルコール再飲酒リスク評価尺度【Alcohol Relapse Risk Scale: ARRS】(Ogai et al., 2007, 2009),③認知機能測定尺度【Mini-Mental State Examination: MMSE】(Folstein, Folstein, & McHugh, 1975杉下・逸見・竹内,2018),④前頭葉機能検査【Frontal Assessment Battery at bedside: FAB】(Dunois et al., 2000前島ら,2006),⑤一般性セルフ・エフィカシー尺度【General Self-Efficacy Scale: GSES】(Bandura, 1982, 2006板野・東條,1986),⑥Rosenberg自尊感情尺度【Rosenberg Self-Esteem Scale: RSES】(Rosenberg, 1965a, 1965b星野,1970)を使用した.アンケート①はSession 1のみ実施し,②はSession 1~6を通じて6回,③~⑥はSession 1,6の2回実施した.アンケート②はSession開始時の飲酒状態を対象者自身が把握するツールとして活用し,本研究では,簡易プログラム実施前後の評価として,Session 1とSession 6のみ記述した.なお,アンケートはSession開始前に実施し,Session 1とSession 6の開始前の計2回は,プライバシーの保たれる場所で個別に実施した.

2) インタビュー調査

認知行動療法実施後の飲酒と認知症の関連の把握,飲酒欲求に対する対処行動の獲得,飲酒による影響,本プログラムの効果の評価について半構造化面接調査を行った.インタビューはSession 6終了後に介入群に対して集団で実施し,内容はボイスレコーダーに録音のうえ,逐語録を作成した.

7. 分析方法

1) アンケート調査

データの集計を行い,記述統計で前後比較を行った.統計解析にはIBM SPSS Statistics, version 22.0を用いた.

2) インタビュー調査

得られたデータについて逐語録を作成した.さらに,質的データを定量的に捉え,形態素解析後,抽出した名詞を分析の最小単位とし,連動する文脈をKrippendorffの内容分析(Krippendorff, 1980/1986Gerbner et al., 1969上野,2008)の手法で分析した.

形態素解析で抽出した名詞を含む文脈の意味内容を検討し,プログラムを実践することでの飲酒と認知症の関連の把握,飲酒欲求に対する対処行動の獲得,さらには飲酒による影響,本プログラムの評価の語りを抽出し,名詞を類似性に基づいてグループ化,ネーミングをつけた.逐語録作成の際,言及対象が不明瞭な文脈に対し,研究者間にて対象者の語りを検討し,文脈の意味に沿う名詞を割り当てた.本研究では名詞のみの抽出であるが,名詞をもたない文脈に対して割り当てを行ったため,名詞のみの分析であっても文脈抽出は可能である.

8. 倫理的配慮

研究対象施設・研究対象者に対して,研究の趣旨,研究テーマ,研究目的,調査内容,プライバシー保護,不参加や中断しても不利益は生じないこと,データの取扱い,研究成果の公表等を説明した.また,本研究遂行にあたり,体調不良をきたした場合には即座に中断して対象者の体調管理に努めることを説明した.

研究の過程で取得したデータは,パスワードを設定したUSBにて管理し,研究者以外が閲覧できないよう,データは鍵のかかる棚に保管した.本研究開始あたり,西九州大学倫理審査委員会の承認を得た(承認番号:20YBN19).

Ⅲ  結果

1. 対象者の参加率・属性

本研究に同意が得られたのは介入群4名,対照群2名の計6名,介入群のプログラム完遂者はA,Bの2名(50.0%),脱落者はC,Dの2名(50.0%)であった.本研究では簡易プログラムの評価を行うため,プログラム完遂者のデータのみを分析対象とし,脱落者のデータは分析対象外とした(表2).なお,脱落者C,Dは,対象者の属性を調査するアンケート用紙を未提出のまま脱落となったため,不明な情報には「―」を示した.介入群の脱落者を除く対象者は全て男性であり,2名とも妻と同居し,断酒にむけた声かけの支援を受けていた.対象者が継続的な支援を受けていたかは不明瞭だが,家族の支援を受けていた対象者が多く,この点も踏まえて考察をしていく必要があると言える.

表2 対象者の属性
対象者 介入群 対照群
A B C D E F
性別
年代 70 60 60 60 60 60
飲酒の影響 記載なし うつ 脂肪肝 睡眠障害,
末梢神経症,
糖尿病
認知機能低下
家族構成 同居(妻) 同居(妻) 単身 単身 同居(妻) 単身
キーパーソンからの支援 断酒の声かけ 断酒の声かけ 断酒の声かけ
仕事の有無

C,Dは脱落者

FAB得点にて,前頭葉機能低下を示す12点以下は,介入群,対照群それぞれ1名だった.MMSE得点は,軽度認知症を示す22~26点の対象者は介入群2名(1名はSession 6には27点で異常なし),認知症の疑いが強い21点以下は対照群に1名みられた.プログラム介入前後での,対象者の著明な認知機能低下はみられなかった.認知症と判断されるFABかつMMSE得点がともに低下した者は各群1名ずつであり,群間比較において,対象者に大きな偏りはみられなかった(表3).表2の認知機能低下の有無は,自己判断によるものである.

表3 FAB,MMSEの尺度得点
対象者 介入群 対照群
A B E F
FAB(1回目) 14 11 14 9
FAB(6回目) 15 11 14 8
MMSE(1回目) 25 25 28 14
MMSE(6回目) 27 25 29 15

前頭葉機能検査(Frontal Assessment Battery: FAB),認知機能測定尺度(Mini Mental State Examination: MMSE)

2. 簡易プログラムの結果

1) アンケート調査

介入群において,再飲酒リスクを表すARRS得点がプログラム終了時のSession 6で増加した参加者がみられた.その他の尺度では大きな変化はみられず,対照群においても変化はみられなかった(表4).

表4 プログラム前後の尺度得点
対象者 介入群 対照群
A B E F
評価項目 Session 1 Session 6 Session 1 Session 6 Session 1 Session 6 Session 1 Session 6
AUDIT 2 5 0 4
ARRS 38 42 52 48 50 49 64 61
GSES 15 15 5 6 1 1 13 14
RSES 19 19 13 13 16 14 21 22

※AUDITはSession 1のみ調査

飲酒習慣スクリーニングテスト(Alcohol Use Disorders Identification Test: AUDIT),アルコール再飲酒リスク評価尺度(Alcohol Relapse Risk Scale: ARRS)

一般性セルフ・エフィカシー尺度(General Self-Efficacy Scale: GSES),ローゼンバーグ自尊感情尺度(Rosenberg’s Self Esteem Scale: RSES)

2) インタビュー調査

逐語録を作成し,記載文は898文字だった.898文字の記載文に対して形態素解析を行い,名詞は89種類(61語)抽出した.名詞は,名詞・サ変名詞・固有名詞の合計を記載した.“ ”は名詞の出現頻度,〈 〉は構成要素の内容,「 」は対象者の語りを示す.

(1) 抽出した名詞

名詞の出現頻度は,飲酒“6”・自分“6”・アルコール“3”・生活“3”・糖尿“3”・認知“3”・欲求“3”等であった.

(2) 名詞のグループ化

形態素解析にて抽出した名詞から関連文脈が示された際,1つの文脈に複数の異なる名詞が存在し,同じ文脈が複数回抽出される時は1つの文脈とみなした.

飲酒と認知症の関連では,「(飲酒ではなく)歳のせいじゃないかな」という〈年齢による影響〉のほか,〈アルコールによる影響〉〈飲酒と認知機能の不連結〉が示された.飲酒欲求に対する対処行動では,「こうしたらああしようと自分の頭の中でイメージする」という〈対処行動のイメージ〉のほか,〈新たな対処行動の獲得〉が示された.飲酒による影響では,「糖尿病を良くするためには飲酒はできません」という〈糖尿病の悪化〉が示された.本プログラムの効果では,「週間活動記録表の記入を通して,自分の状況を客観的にみれた」という〈自己の客観視〉のほか,〈断酒継続への自信〉が示された(表5).

表5 認知行動療法実施後の語り
項目 構成要素
飲酒と認知症との関連 〈年齢による影響〉(1)
〈アルコールによる影響〉(1)
〈飲酒と認知機能の不連結〉(1)
飲酒欲求に対する対処 〈対処行動のイメージ〉(1)
〈新たな対処行動の獲得〉(1)
飲酒による影響 〈糖尿病の悪化〉(1)
本プログラムの効果 〈自己の客観視〉(1)
〈断酒継続への自信〉(1)

3. ICTを用いた弊害と対処

パソコンを用いた遠隔での介入を行い,介入中の通信不良,対象者から配布資料に関する質問が生じたが,対象者の部屋には共同研究者を配置していたため,即座に通信不良の改善,質問への対応などの対応を行うことができた.

Ⅳ  考察

1. 介入群における対象者の状況

本プログラムを完遂した介入群2名(A, B)は,ともに妻と同居しており,断酒の声かけの支援を受けていた.対象者が本プログラムに参加することを妻と共有していたか否かは不明であるが,家族の支援がプログラム完遂に繋がった可能性が考えられる.

一方,介入群2名の脱落者(C, D)のうち,1名は再入院での脱落だった.再入院となった詳細は不明であるが,本プログラムが飲酒欲求を増強させた可能性は否定できない.残りの1名は再入院ではないが,同様の理由から負担を感じ,自己中断に至った可能性がある.また,本プログラムを完遂した2名と比較し,脱落者2名は単身者であり,各Session終了後,プログラム完遂に繋がる家族からの断酒の声かけの支援が得られなかったことが脱落に至った要因の一つである可能性もある.さらには,本プログラムは認知症予防へと繋げるため,断酒継続に繋がる対処行動を検討し,各行動場面での飲酒欲求を対象者が把握するなど,自己への直面化から心理的侵襲が大きかったことが予想され,一概には言えないが,このような本プログラムの内容が影響した可能性も考えられる.

2. 簡易プログラムの結果

1) アンケート調査

介入群の対象者にARRS得点が上昇した理由として,介入前後の自己効力感・自尊感情得点がいずれも高く,プログラムに臨む意欲が高かったため,他の対象者と比較して危険飲酒時の過去により直面化し,再飲酒への思いが増強した結果,一時的に得点が上昇した可能性が考えられた.アルコール依存症者の回復には自己決定と自己責任の意識を持つことが大切である(松下・日下,2015)とされ,ARRS得点が上昇した結果からも飲酒欲求に対するセルフマネジメント力の向上が重要であることが示唆される.飲酒行動の実態調査(樋口,2014)では,AUDIT得点が8点以上で危険飲酒とされ,65歳以上70歳未満の男性で約25%,70代男性で約20%が該当し,70代の男性では調査度に危険飲酒の割合が上昇するとされる.高齢者のライフイベントである定年退職などから生じる時間的余裕(宮岡,2007),配偶者との死別などの心理的負荷が飲酒行動へと発展させる可能性を考慮すると,壮年期から高齢期以降の危険飲酒の抑止に繋がるセルフマネジメント力向上セミナーなどの啓発活動を行うことも重要である.

本研究では,介入群,対照群ともに家族の支援を受けている対象者が多く,他者からの助言が飲酒欲求の媒介要因となり,再飲酒得点が上昇しなかった対象者が多かった可能性も考えられる.しかし,アルコール依存症者の家族の実態とニーズに関する調査(森田,2017)では,家族は否定的な関わりが多いと報告がある一方,家族の認識や当事者への気持は否定的なものから肯定的なものに変化する(松下,2019)ことが明らかにされるなど,家族の関わりが断酒に向かう当事者の再飲酒リスクに与える影響については慎重に検証していく必要がある.

2) インタビュー調査

Session 1で飲酒と認知症の関連についての心理教育を行った.認知機能低下が飲酒の影響と捉える一方,年齢などの他要因との関係,飲酒と認知症の不連結もみられ,本プログラムを通じ,飲酒が認知機能低下に繋がる意識づけを行うことができたとは言えない.本研究では対象者が少ないため一概に比較はできないが,認知症疑いが1名(25%),軽度認知障害が2名(50%)であり,先行研究と比較し(O’Connell et al., 2003),認知機能が低下した対象者が多かったと言える.飲酒と認知機能低下の意識付けが困難であった理由として,対象者自身がプログラムを通じて心理教育の内容理解を保持できるか否かは対象者の認知機能の程度にも影響すると思われ,各Sessionの中で心理教育の内容を反芻できるプログラムを検討する必要性が示唆された.

プログラムの肯定的な効果としては,〈対処行動のイメージ〉を持って生活すること,〈新たな対処行動を獲得〉することの重要性が認識されたとの発言がみられ,喜び・達成感があり,飲酒欲求が低い行動を認識し,飲酒欲求に対する対処行動の獲得や自己検討していく結果に繋がったと考えられる.さらには〈自己の客観視〉を行い,現在の生活状況や出来ている対処行動を認識できたことで,将来の生活に対する〈断酒継続への自信〉に繋がったと考えられた.アルコール依存症者の断酒を支える生きる力とは,過去の悲惨だった酒害体験を前向きに捉えて人として成長していくこと(林崎・中村,2020)とされ,飲酒時の過去や断酒時の現在を逃避することなく〈自己の客観視〉を行い,飲酒欲求に対する対処行動をとることができれば自己への正のフィードバックを積み重ねることに繋がり,〈断酒継続への自信〉は高まると考えられる.

3. ICT簡易プログラムの評価

本研究は,アルコール依存症者の認知症予防に繋がる知見を得るため,研究対象者へ飲酒と認知症の関連を示した心理教育,飲酒欲求に対する対処行動の検討を行った.本プログラムによって対象者が自己を客観視し,断酒へと繋がる飲酒欲求に対する対処行動を獲得できた事例を考慮すると,プログラムの一定の効果はあったと言える.しかし,対象者数の少なさから本研究結果には偏りが生じた可能性が否定できず,飲酒と認知症の関連についても十分な理解に至らなかった.本研究対象者の認知機能の程度が先行研究と比較して低かった点,さらには,認知が低下したか否かは対象者自身の主観的評価が難しいことを考慮すると,飲酒が認知機能低下の要因の1つとなり得るとする心理教育は,全Sessionを通じて理解することが困難だった可能性がある.対象者の認知度も含め,心理教育を各Sessionに取り入れる必要性が考えられた.

ICTの手法では,プログラム遂行への障壁が通信障害のみとすると,施設担当者に協力を依頼するなど,共同研究者の配置は必須ではない.しかし,通信障害と対象者からの質問が同時に生じた際は遠隔介入者のみでは限界があり,プログラムが中断・遅延する可能性もある.研究遂行には,研究内容が十分に共有された共同研究者もしくは施設担当者などの協力者の配置が必要であると言える.

Ⅴ  本研究の課題

本研究はプログラムへの参加同意が得られた対象者を,ランダム係数を用いて群間割付を行ったが,対象者は機縁法でリクルートし,研究への参加を希望した時点で対象者の研修への意欲・動機づけがなされていた可能性が考えられ,この点が本研究結果に影響を与えた可能性は否定できない.本研究はパイロット研究のため,プログラム修正を行い,介入群・対照群の2群に分けたランダム化比較試験を行うこと,対象者数を増加させることで継続研究とする必要がある.プログラム修正では,本研究ではプログラムを通じて飲酒と認知機能低下の関連性を十分に対象者に浸透させることできなかった.そのため,対象者の認知面や理解度を考慮したうえで心理教育を全Sessionの中に取り入れ,飲酒と認知症の関連について対象者自身が継続して意識し,各Sessionに取り組むことができるような修正を行う必要がある.介入群の脱落率の高さでは,対象者の断酒歴や社会資源などの背景要因が十分に把握できていなかった.プログラムで生じる心理的侵襲は大きいことが予想され,対象者の背景要因の把握,適格基準の設定を再検討することも課題である.

本研究で用いたアプローチは,新型コロナウイルス感染症が社会問題となり,地域医療の重要性が増す昨今において,地域で生活されるアルコール依存症者への新たな社会資源の構築に繋がる基礎的研究となる.

謝辞

本研究にご協力頂きました研究対象者様,調査協力をご快諾くださいました病院関係者の皆様に心より御礼申し上げます.本研究は2020年度公益財団法人三井住友海上福祉財団(高齢者福祉部門)の助成を受けて実施し,提出した報告書に加筆・修正を加えたものである.

著者資格

SY,SY,THは研究着想・採用文献決定,SYは原稿作成,SYは原稿作成指導,THは原稿作成の助言を行った.全ての著者が最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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