日本精神保健看護学会誌
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原著
精神科看護師の患者に対する陰性感情と職場の働きやすさおよびレジリエンスとの関連
松本 陽子惠良 友彦木村 幸生
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2023 年 32 巻 1 号 p. 1-9

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Abstract

本研究の目的は,精神科看護師の患者に対する陰性感情に対して職場の働きやすさやレジリエンスがどの程度関連するのかについて検証することである.8施設の精神科病院に勤務する看護師519名を対象に,基本属性,陰性感情経験頻度,職場の働きやすさ,二次元レジリエンス要因について無記名自記式調査を行った.得られた有効回答234名を対象に重回帰分析を行った結果,職場の働きやすさ(β = –0.23, p < 0.001),獲得的レジリエンス要因(β = –0.20, p < 0.05)の2変数において陰性感情と有意な関連を認めた.働きやすい職場環境の整備と獲得的レジリエンスの強化は,患者に対して陰性感情を抱く頻度を低減できる要因になり得るということが示唆された.

Translated Abstract

The purpose of this study was to examine the extent to which the comfortable work environment in hospitals and resilience are related to the negative feelings of psychiatric nurses toward their patients. Subjects were 519 nurses working in eight psychiatric hospitals, and an anonymous self-administered questionnaire survey was conducted on their basic attributes, negative feeling toward patient frequency, comfortable work environment in hospitals, and bidimensional resilience factors. Valid responses were obtained from 234 subjects, and multiple regression analysis was performed. The results revealed significant correlations between negative feeling and the following two variables: comfortable work environment in hospitals (β = –0.23, p < 0.001) and acquired resilience-related factors (β = –0.20, p < 0.05). In conclusion, creating a comfortable work environment for psychiatric nurses, and promoting their acquired resilience were suggested to be factors that reduce the frequency of their negative feeling toward patients.

Ⅰ  はじめに

精神科看護師は,精神疾患・障害特性による患者の暴力,暴言に遭遇する機会が少なくない.国内外の精神科病棟における暴力の現状を俯瞰してみると,精神科看護師の約9割は日常的に暴力を受けており(齋藤ら,2006酒井ら,2012),中でも言葉による暴力は99%のスタッフが経験している(Kelly et al., 2015).また,患者からの暴力行為を受けた経験または目撃したことのある看護者は全体の96.4%であった(小宮(大屋)ら,2005)という報告もあり,ほとんどの精神科看護師が臨床現場で暴力,暴言と向き合っている状況にあるといえる.そのため,暴力や暴言といった患者からの受け入れ難い言動に対して,陰性感情を抱くことも少なくない(金谷・田村・大澤,2015).松浦・鈴木(2017)の調査でも,患者に対して陰性感情をもちながらケアした経験の有るものは82.7%と大多数を占めている.陰性感情は,看護師の中に無力感や徒労感,葛藤を生じさせ(佐々木,2006),自己評価の低さ(田中,2012)や未熟な自分を実感(大野・野村,2014)させることから看護の質の低下を招きかねない.さらに,陰性感情を抱く自分自身への抵抗感や罪悪感を抱かせる(松浦,2010)ことから看護師としてのアイデンティティ喪失も危惧される.

一方で,陰性感情のひとつである怒りの感情について,怒りは誰にでもある自然な感情であり,怒りを抱くこと自体は問題ないとしている(光前,2018).しかしながら,問題となる4つの怒りとして,強度,頻度,持続性,攻撃性をあげており,この4つの中でひとつでも該当すれば,それは問題のある怒りとしている(安藤,2016).よって,陰性感情も怒りと同様に抱くこと自体は自然な感情であるが,頻度が高いことは問題視されるものと考える.また,看護師にとって否定的感情の体験は,患者への関わりの意欲低下と回避のきっかけとなり,ケアの質の低下をもたらす要因となる(小宮,2005).ゆえに,精神科看護師にとって陰性感情を抱くような経験頻度の高い状況は,ケアの質の低下をもたらすことが懸念され,問題視されるものといえる.

このような陰性感情に対して,多くの看護師がとる対処法は,自分自身の感情を抑圧するなどの情動焦点型対処法のような一時的なものが多く(石川ら,2008堀・齋藤,2009),ほとんどの看護師は無意識のうちに自分自身の感情を抑圧しながら関わろうと努力している.感情の抑圧の習慣化は,単に感情を感じにくくさせるだけでなく,看護する上で不可欠な感覚や感性まで乏しくさせてしまうことから看護の質の低下も懸念される.こういった感情の抑圧や偽りの感情で従事することを感情労働といい,相手の中に適切な精神状態を作り出すという肯定的側面と,燃え尽きや自分自身への非難,そして皮肉な考えを持ってしまうといった否定的側面がある(Hochschild, 1983/2000)とされる.さらに,否定的側面の感情労働はバーンアウトと影響が強く(高橋・齋藤・山崎,2010),バーンアウトは離職との関連が強いとされる(Ohue et al., 2011安東ら,2013).そのため,陰性感情への対処として,情動焦点型対処法だけでなく問題焦点型対処法もとりながら患者と関わることは,患者自身の課題にともに向き合うことになり患者の自立や成長を後押しする機会のひとつになり得ると同時に,看護師自身のメンタルヘルスマネジメントの側面からも重要なものと考える.しかし,積極的に患者と向き合いながら解決を目指すという問題焦点型対処法という関わりは,精神的かつ対人的な課題を抱えている患者の病状によってはかえって侵襲的な関わりとなりかねない.そのため,前述のように陰性感情を抱くような状況が多い中で情動焦点型対処法をとらざるを得ないのが実情であり,感情の抑圧の習慣化や否定的側面の感情労働に伴ってバーンアウトや離職が懸念される.

その反面,我が国の精神科看護師の就労傾向のひとつとして,年齢や就労経験年数が一般科と比較して長いことが報告されている(糠信ら,2008二宮ら,2014).つまり,対応困難な患者との関わりで陰性感情を抱いたり自分自身の感情を抑圧せざるを得ない機会が多いにもかかわらず,離職することなく働き続けている傾向にあるということである.浦野ら(2005)の調査によると,アルコール依存症者を看護する看護者の約‍80%は患者に対して陰性感情を持った経験があるが,職場環境が良好であればスタッフが互いに協力して問題に対処することができ陰性感情の適切な対処につながることを示唆しており,良好な職場環境という外的要因によって陰性感情は蓄積されず低下するものと考えられる.また,中小企業や医療機関等を対象とした調査結果(厚生労働省,2014)によると,働きやすさが職員の離職防止を促進することを報告している.これらの報告から,対応困難な患者との関わりにおいて,良好な職場環境や働きやすさという外的な要因が加わることによって,陰性感情に支配されることなく働き続けることができるものと考える.

さらに,暴力,暴言という困難な状況にさらされても適応的に回復することによって,陰性感情を抱く頻度が低減できるものと考える.この困難な状況にもかかわらずうまく適応する過程や能力,そして適応的な回復を導く心理的な特性をレジリエンスという(Masten, Best, & Garmezy, 1990小塩・中谷,2002).レジリエンスに関する先行研究を概観すると,レジリエンスの向上はバーンアウトの減少と有意に関連しており,レジリエンスの高さが看護師を感情的疲労から守ること(Rushton et al., 2015)やレジリエンスを高めることは職務継続につながること(Zander, Hutton, & King, 2010和田・永井・山川,2019),自己教育力の向上(森ら,2002),よりよいケアの達成(砂見,2018)に寄与するものであることが明らかにされている.つまり,精神科看護師にとってレジリエンスは,困難な状況であっても適応的に回復し,看護の質を下げることなく患者と向き合うことを可能にするものであると考える.さらに,陰性感情といった否定的感情に対する内省は自己や患者への理解を深めてケアの質を高めたり,患者の見方が変わることにより否定的感情が緩和される(小宮,2005)ことが報告されている.ゆえに,レジリエンスの中でも,平野(2010)が提唱している自己理解・他者心理の理解という獲得的レジリエンス要因が高いほど,陰性感情に対する内省が促進され,ひいては陰性感情を抱く頻度の低減につながるものと考える.

そこで,本研究では,働きやすい職場であると感じているほど,そしてレジリエンスが高いほど,陰性感情を抱く頻度が低くなるという仮説に基づき,精神科看護師が抱く陰性感情に対して職場の働きやすさやレジリエンスがどの程度関連するのかについて検証することを目的とする.陰性感情を抱くこと自体は自然な感情であるが,陰性感情を抱く頻度が高いことは問題であるという観点から,陰性感情を抱く頻度の低減に関連する要因を明らかにすることで,精神科看護師のメンタルヘルス対策の一助になるものと考える.

Ⅱ  研究方法

1. 研究対象

対象は,公益社団法人日本精神科病院協会に登録されている精神科一般病棟(15対1入院基本料)の看護基準を満たしている精神科病院のうち,中国地方の93施設についてエクセルで乱数処理を行い無作為に抽出して,本研究への同意が得られた8施設の精神科病院に勤務するスタッフ看護師全員(師長などの管理職を除く)である.

2. 調査方法

研究協力の同意が得られた精神科病院へ無記名自記式調査用紙を郵送し,研究対象者への配布を依頼した.回答後は,用紙を返信用封筒に入れてもらい,郵送にて回収した.調査期間は2020年11月から2021年2月であった.

3. 調査内容

1) 基本属性

対象者の基本属性の質問項目は,年齢,性別,看護師としての臨床経験年数,精神科看護師としての臨床経験年数,所属病棟とした.

2) 陰性感情経験頻度尺度

本研究において,看護師が抱く陰性感情の経験頻度を測定するために,松浦・鈴木(2014)の患者に対する陰性感情経験頻度尺度(Negative Feeling Toward Patient Frequency Scale: NFPF)を用いた.下位尺度として,患者のわがままや過度な訴えに対して看護師側がもつ陰性感情(12項目),患者からのおびやかしや拒否的な態度から看護師に受け身的に生じる陰性感情(8項目)の2因子で構成されている.ここ1年程度の看護師の患者に対する陰性感情経験について問うもので,「勝手なことばかりを言う患者が嫌になった」など20項目からなり,回答は「全くない(0点)」「年に2~3回(1点)」「月に1回(2点)」「月に2~3回(3点)」「週に1回(4点)」「週に2~3回(5点)」「ほぼ毎日(6点)」の7件法で,合計得点(0~120点)が高いほど患者に対する陰性感情経験頻度が高いと解釈される.信頼性,妥当性ともに確保されている(松浦・鈴木,2014).質問紙の使用にあたっては開発者に使用許可を得て原文のまま使用した.

3) 二次元レジリエンス要因尺度

本研究において,看護師のレジリエンスについて測定するために,平野(2010)の二次元レジリエンス要因尺度(Bidimensional Resilience Scale: BRS)を用いた.下位尺度として,資質的な性質の強い「資質的レジリエンス要因」と後天的に獲得可能な性質の強い「獲得的レジリエンス要因」がある.「資質的レジリエンス要因」は楽観性,統御力,社交性,行動力の4因子,「獲得的レジリエンス要因」は問題解決志向,自己理解,他者心理の理解の3因子で構成されている.「どんなことでも,たいてい何とかなりそうな気がする」など全21項目からなり,「まったく当てはまらない(1点)」から「よくあてはまる(5点)」の5件法で,各項目の合計を尺度全体,下位尺度の得点とする(合計得点:資質的レジリエンス要因0~60点,獲得的レジリエンス要因:0~45点).点数が高いほどレジリエンスが高いと解釈される.信頼性,妥当性ともに確保されている(平野,2010).質問紙の使用にあたっては開発者に使用許可を得て原文のまま使用した.

4) 職場の『働きやすさ』評価尺度―病院スタッフ看護師用―

本研究において,職場の働きやすさを測定するために,鹿島ら(2019)の職場の『働きやすさ』評価尺度―病院スタッフ看護師用―を用いた.職場の働きやすさに関する38の質問項目,1因子から構成され,「かなり当てはまる(5点)」「わりに当てはまる(4点)」「どちらかといえば当てはまる(3点)」「あまり当てはまらない(2点)」「ほとんど当てはまらない(1点)」の5件法で,得点が高いほど働きやすさの程度が高いと解釈される(合計得点0~190点).信頼性,妥当性ともに確保されている(鹿島ら,2019).質問紙の使用にあたっては開発者に使用許可を得て原文のまま使用した.

4. 分析方法

統計処理および分析には,統計ソフトEZR(ver1.53)(Kanda, 2013)を使用し,有意確率は5%とした.

1)基本属性と陰性感情経験頻度尺度得点の基本統計量を算出し,基本属性と陰性感情経験頻度との関連について,t検定および一元配置分散分析(多重比較にBonferroni法)を行った.

2)基本属性と陰性感情経験頻度得点の相関および陰性感情経験頻度得点の全体の傾向性を検討するために,Pearsonの相関検定およびJonckheere-Terpstra 検定を行った.

3)陰性感情に関連する要因について検討するために,陰性感情経験頻度を従属変数,年齢,性別,精神科経験年数(看護師経験年数は多重共線性の影響を考慮して削除),所属病棟,職場の『働きやすさ』,獲得的レジリエンス要因,資質的レジリエンス要因を独立変数とする重回帰分析(強制投入法)を行った.その際,カテゴリカル変数で回答された年齢,性別,精神科経験年数,所属病棟については因子に変換してダミー変数を用い,リファレンスカテゴリー(以下,ref)と比較する重回帰分析を行った.なお,精神科経験年数の浅い看護師は陰性感情を強く感じていること(藤後ら,2012)や,急性期病棟では暴力(身体的,精神的,言葉による)を受けやすく,陰性感情を抱くことも少なくないこと(宇野ら,2018)を考慮に入れ,それらをrefとして解釈の基本となるように変数を選択した.具体的には,年齢については,29歳以下,30~49歳,50歳以上の3変数,精神科経験年数については,5年未満,5~10年未満,10年以上の3変数,所属病棟については,急性期病棟(精神科救急病棟と精神科急性期治療病棟),慢性期病棟(精神科療養病棟),認知症治療病棟,その他(ストレスケア病棟,精神科身体合併症病棟,その他)の4変数とした.

5. 倫理的配慮

調査対象病院の看護部長もしくは施設長に対して,研究の趣旨と方法を書面および口頭にて説明し,研究協力の承諾を得た.対象者には,調査の目的と方法を記載した依頼文を質問用紙に添付した.依頼文書には,調査は強制ではないこと,プライバシーへの配慮や研究データの使用と分析終了後の破棄の仕方,研究に協力しないことによる不利益がないことなど,調査の趣旨や方法等を記載した.アンケート記載・提出により同意が得られたものとした.なお,本研究は日本赤十字広島看護大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号2002)を得て行った.

Ⅲ  研究結果

8施設の精神科病院に勤務する看護師519名のうち,272名より回答を得た(回収率52.4%).データに欠損のない234名を有効回答とした(有効回答率86.0%).

1. 対象者の基本属性

表1に対象者の基本属性を示す.年齢は,40~49歳が67名(28.6%)と最も多く,24歳以下が最も少なかった.性別は,男性59名(25.2%),女性175名(74.8%)であった.看護師経験年数は,30年以上が50名(21.4%)と最も多く,精神科経験年数については,1~5年未満で50名(21.4%)と最も多く,次いで10~15年未満で41名(17.5%)であった.所属病棟については,精神科療養病棟に所属する者が89名(38.0%)と最も多かった.

表1 基本属性と患者に対する陰性感情経験頻度尺度得点との関連 n = 234
項目 n 陰性感情経験頻度尺度得点
Mean SD P 多重比較†† rs Trend P†††
年齢 24歳以下 7 31.7 17.0 .10 –.12
25~29歳 23 46.4 25.7
30~39歳 43 31.7 25.7
40~49歳 67 36.3 25.8
50~59歳 59 31.7 18.4
60歳以上 35 29.6 22.5
性別 男性 59 35.5 27.7 .61 –.03
女性 175 33.7 22.1
看護師
経験年数
0~5年未満 39 43.4 26.1 .04* n.s –.19* .02*
5~10年未満 29 39.5 28.6
10~15年未満 30 31.1 24.5
15~20年未満 28 30.4 21.4
20~25年未満 29 37.0 23.2
25~30年未満 29 27.0 16.6
30年以上 50 30.4 20.3
精神科
経験年数
1年未満 9 33.6 23.1 .11 –.20* .02*
1~5年未満 50 39.8 27.0
5~10年未満 39 37.5 29.2
10~15年未満 41 35.1 24.9
15~20年未満 23 33.4 18.3
20~25年未満 34 33.6 18.2
25~30年未満 14 23.9 14.9
30年以上 24 23.2 15.0
所属病棟 精神科救急病棟 17 40.4 25.4 .51 –.10
精神科急性期治療病棟 40 40.0 26.5
精神科療養病棟 89 32.0 22.6
認知症治療病棟 43 34.2 20.6
ストレスケア病棟 8 30.3 18.8
精神科身体合併症病棟 20 32.2 31.2
その他 17 29.5 18.5

* P < .05, 2群の比較:2群の比較:t検定 3群以上の比較:一元配置分散分析,†† 多重比較:Bonferroni法,rs:Pearson相関検定,††† 傾向性検定:Jonckheere-Terpstra検定

2. 使用した尺度の信頼性係数

使用した陰性感情経験頻度尺度,職場の働きやすさ尺度,二次元レジリエンス要因尺度(資質的レジリエンス,獲得的レジリエンス)のCronbachのα信頼性係数は,それぞれ0.95,0.95,0.89(0.87, 0.79)であり,いずれも十分な内的整合性がみられた.

3. 基本属性と陰性感情経験頻度との関連

表1に基本属性と陰性感情経験頻度との関連を示す.いずれの項目間でも有意差はみられなかった.

また,基本属性と陰性感情経験頻度の相関をみると,看護師経験年数および精神科経験年数において弱い相関がみられ(看護師経験年数:rs = –0.19,p < 0.05,精神科経験年数:rs = –0.20,p < 0.05),年齢,性別,所属病棟においては相関は見られなかった.

さらに,陰性感情経験頻度得点の全体の傾向性として,看護師経験年数および精神科経験年数において有意な減少傾向(Trend p < 0.05)が見られた.

4. 陰性感情に関連する要因

表2に陰性感情に関連する要因について検討した結果を示す.なお,基本属性の年齢,看護師経験年数,精神科経験年数の変数間での多重共線性の影響を考慮し,看護師経験年数は変数から除外,除外後の説明変数におけるVIFの値がすべて2以下であったことから,投入した変数間での多重共線性の影響はないものと判断した.分析の結果,働きやすさ(β = –0.23, p < 0.001),獲得的レジリエンス要因(β = –0.20, p < 0.05)の2変数において陰性感情と有意な関連を認めた.

表2 精神科看護師の患者に対する陰性感情経験頻度を従属変数とした重回帰分析(強制投入法) n = 234
項目 VIF β 標準誤差 95%信頼区間 t値 P
下限 上限
年齢(ref 29歳以下) 1.19
 30~49歳 –.24 .22 –.68 .20 –1.07 .28
 50歳以上 –.23 .25 –.74 .28 –.87 .38
性別(ref男性) 1.05
 女性 –.06 .15 –.35 .23 –.40 .70
精神科経験年数(ref 5年未満) 1.18
 5~10年未満 –.09 .21 –.51 .33 –.42 .67
 10年以上 –.30 .19 –.68 .08 –1.56 .12
所属病棟(ref 急性期病棟) 1.02
 慢性期病棟 –.21 .16 –.53 .11 –1.30 .19
 認知症治療病棟 –.25 .19 –.62 .12 –1.33 .18
 その他 –.14 .19 –.52 .23 –.75 .46
資質的レジリエンス 1.35 –.09 .08 –.26 .07 –1.15 .25
獲得的レジリエンス 1.35 –.20 .08 –.36 –.04 –2.40 .02*
働きやすさ 1.04 –.23 .07 –.35 –.10 –3.56 .00***
R2 .18***
Adjusted R2 .14***

* P < .05,*** P < .001,VIF:Variance Inflation Factor,β:標準化偏回帰係数,R2:決定係数,Adjusted R2:自由度調整済決定係数

Ⅳ  考察

本研究は,精神科看護師の患者に対する陰性感情に対して職場の働きやすさやレジリエンスがどの程度関連するのかについて調査したものである.その結果,精神科看護師の陰性感情は働きやすさと獲得的レジリエンス要因の2変数と関連があり,これらによって陰性感情を抱く頻度を低減できる可能性が明らかになっ‍た.

働きやすさが陰性感情に関連しているという点について,本研究結果から,職場での働きやすさは患者への陰性感情を抱く頻度の低減につながるひとつの要因である可能性が示唆された.この働きやすいという肯定的知覚は,看護師としてのやりがいやアイデンティティ保持に伴う満足感や充実感,さらに患者の立場に立って考えられる気持ちの余裕といったものにつながっていく可能性があるものと考える.これらは,ポジティブな職場風土は看護師自身に陰性感情が生起してもそれを受け入れつつ患者の立場に立って考えることが可能になるということ(松本・沖本・渡邉,2018)や職場での満足度が高いと陰性感情を抱く頻度が低下する(Matsumoto, & Yoshioka, 2019)といった先行研究からも支持されるものである.つまり,働きやすさは一見すると患者に対する陰性感情とは関係しないような要因に受け止められるが,じつは患者との関係に間接的な影響を及ぼす要因であり,働きやすい職場では患者に対して陰性感情を抱く頻度が低くなる可能性があるものと考えられる.

レジリエンスが陰性感情に関連しているという点においては,精神科看護師が患者に対して陰性感情を抱くような状況に直面しても,獲得的レジリエンスが高い状況であると陰性感情を抱く頻度が低下する可能性が示唆された.これは,レジリエンスの高い者の特徴は,困難な状況に対してポジティブな感情を生起させることによって,逆境を乗り越えるのに有効なコーピングを促進している(中島ら,2015)という報告によっても支持される.つまり,レジリエンスは感情コントロールにも寄与する要因のひとつといえよう.そして,レジリエンスは誰もが保持し高めることができるもの(Grotberg, 2003)であることから,レジリエンスの獲得・向上に意識を向けることで,コントロール困難な感情を自然に受け入れつつ安定化につながるものと考える.また,特に獲得的レジリエンス要因は資質的レジリエンス要因のような先天的なものではなく,教育や経験により後天的に獲得可能な要因である.ゆえに,精神科看護師として携わりながら経験を重ねていくとともにレジリエンスに関する研修会等の継続的な受講・学習によってレジリエンスは強化され,患者に対する陰性感情を抱く頻度の低減にもつながるものと考える.これは,レジリエンス向上プログラムのワークショップ(Shane et al., 2016)やレジリエンストレーニングのコーチング(谷口,2012)といったレジリエンスを向上させる介入に関する先行研究によっても支持されるものである.なお,獲得的レジリエンス要因は「問題解決志向」「自己理解」「他者心理の理解」の3因子から構成されていることから,看護の基本となる自己理解や対象理解も陰性感情を抱く頻度の低減に貢献していることが考えられる.つまり,精神看護で従来から活用されているプロセスレコード(Peplau, 1952)や異和感の対自化(宮本,1996)によって,患者との関わりの中で生じた気がかりや否定的な感情といった陰性感情を抱く頻度の低減につながる可能性も示唆された.

以上のことから,働きやすい職場環境の整備と獲得的レジリエンスの強化は,患者に対して陰性感情を抱く頻度を低減できる要因になり得るということが示唆された.

なお,経験年数と陰性感情経験頻度得点の相関および陰性感情経験頻度得点の全体の傾向性を検討した結果,経験年数と陰性感情経験頻度得点との間に弱い相関関係や有意な減少傾向が見られた.これは,感情をコントロールする能力は臨床看護の経験を重ねることで育成・獲得されること(相馬,2012)や,中堅・ベテランは看護経験を重ねたことで感情をコントロールする能力が高くなり,探索的理解といった感情労働をより行っていること(林・近藤,2015)を明らかにした先行研究と同様の結果である.つまり,看護師としてのキャリアの蓄積は,陰性感情を抱く頻度を低減する要因のひとつとも捉えられる可能性も示唆された.

Ⅴ  本研究の限界と課題

本研究は,説明変数がアウトカムに与える影響を検討しているものであるが,重回帰分析によるR2が小さいことから今後は他の関連要因の検討も必要である.また,本研究は横断的研究であり,陰性感情に対して働きやすさやレジリエンスとの関連性は認められるが,その因果関係まで示すものではない.よって,因果関係を明らかにするための縦断的研究も必要である.

Ⅵ  結論

精神科看護師の患者に対する陰性感情に関連する要因として,職場の働きやすさと獲得的レジリエンスであることが明らかとなった.このことから働きやすい職場環境の整備や教育,経験によって後天的に獲得可能なレジリエンスの強化が陰性感情を抱く頻度の低減に関連する要因のひとつである可能性が示唆された.

謝辞

本研究にご協力くださいました看護師の皆様,研究内容についてご理解くださり調査への協力をご快諾してくださいました病院関係者の皆様に心より感謝申し上げます.

著者資格

YMは研究の着想から最終原稿作成に至るまで研究プロセス全体に貢献した.TEはデータ集計と分析,研究プロセス全体への助言に貢献した.YKは研究プロセス全体への助言,重要な知的内容に関する批判的な推敲に関与した.すべての著者が最終原稿を読み,承認した.

利益相反

利益相反は無い.

文献
 
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