本研究の目的は,精神科急性期病棟に勤務する看護師が自殺未遂患者に対して行っている再企図予防を意図したケアを明らかにすることである.
精神科急性期病棟に勤務する看護師6名を対象に半構成的面接調査を実施し,質的帰納的に分析した結果,再企図予防を意図したケアは,【自殺リスクに対して冷静な臨床的評価で関わる】【患者の言動や過去のエピソードから自殺リスクを統合的に判断する】【患者の状態変化に気づく環境を整える】【能動的な振る舞いや態度で死にたい気持ちに対して真正面に向き合いやり取りする】などの8つのカテゴリが形成された.
精神科看護師は,これまでの看護経験や専門的知識に基づき自殺未遂患者に対して主体的に接しており,再企図予防を意図したケアを遂行できる基盤には様々な患者事例に遭遇する看護経験が影響していると推察された.自殺未遂患者に対して行う直接的なケアに加えて,周囲や生活環境といった患者を取り巻く様々な要素にも意識を向けて,包括的なケアに努めていることが示唆された.
我が国の自殺率は,先進国の中で突出して高く(WHO, 2019),主に若年層や成人の死因で上位を占めている.国や関係府省の連携した自殺予防対策により2009年以降の自殺者数は緩やかな減少傾向にあったが,2020年には再度上昇に転じており,自殺対策は継続的な減少に向けて検討し続けることが重要である.
自殺に至るまでのプロセスは複雑であるが,自殺の発生要因の一つとして精神障害や精神保健上との関連が以前から指摘されており,我が国での心理学的剖検調査においては,自殺者の約90%に精神科診断がついている(張,2012).その上,自殺者の50%は死亡前1年間で精神科に受診した経歴が認められており(廣川ら,2013),精神科病院からの退院直後は特に自殺や自殺未遂が起きやすい(Baldessarini, 2019).また,自殺未遂の既往は自殺の最も明確な危険因子であることが明らかになっており(WHO, 2014),精神科治療に結び付きながらも自殺既遂に至る事例も存在することから,自殺既遂に繋がる再企図の予防に加え,より良い継続的な精神科治療および看護の追及が必要である.
そのような中,自殺未遂患者と接する看護師には,不安や葛藤といった様々な否定的感情が生じる場合がある(永島,2006;瓜崎・桑名,2009).自殺未遂患者に対しては,受容や共感といった対応が基本となるが(平田・杉山,2015),関わりを避けることなく,支援者側が主体的に接して再企図を予防していくといったケアに対する意図が重要であると考えられる.
精神科救急・急性期医療の役割は,自殺予防に限らず多岐にわたるが,看護師は自殺の危険の高い人を最初に発見するゲートキーパー的な役割を果たす状況に置かれることがあり(高橋,2006),自殺予防の観点において重要な役割を担っているといえる.台湾の文献レビューでは,自殺の警告や合図を精神科看護師が認識することは,計画的な自殺未遂を予防するための重要な介入方法の一つと示唆されている(Sun et al., 2005).一方,我が国では自殺未遂患者が1年以上再企図しなかった要因を調査した研究(西田ら,2017)や精神科急性期病棟の看護師が自殺未遂患者への関わりを十分に行うのが困難な現状等を報告した先行研究はあるが(児玉・夛喜田・藤澤,2020),自殺未遂患者に対して精神科看護師が行っている具体的なケアに着目した研究は見当たらない.
以上のことから,精神科急性期病棟で勤務する看護師が自殺未遂患者に対して行っている再企図予防を意図したケアを明らかにすることを本研究の目的とする.本研究で得られた知見は,自殺未遂患者に対するケアを振り返る際や,自殺予防に必要なケアを追及するうえでの基礎資料に繋がると考えられる.
再企図予防を意図したケア:再企図を予防するために,患者の状態や自殺の危険を専門的知識や臨床経験に基づき判断して行う看護行為.
自殺未遂:自殺とはどういう行為かを知っている者が,自らの意思で死を求め,自らの命を絶とうとしたが遂行できなかったこと(瓜崎・桑名,2009).
自殺未遂患者:自殺未遂をきっかけに入院した患者または入院中に自殺未遂があった患者.
精神科急性期病棟:本研究では,精神科救急入院料病棟に限定した.
2. 研究デザイン質的記述的研究
3. 研究対象者研究対象者は,Benner(1984/1992)とJasper(1994)のエキスパートナースの特性を参考に,①精神科急性期病棟での臨床経験が5年以上である,②自殺未遂患者のケアに関わったことがある,③自身が行っている精神科看護について語ることができる,の3条件すべてを満たしている看護師とした.
4. データ収集方法2021年8月~11月にプレテストを行い,その後の修正を経たインタビューガイドを用いて,同意の得られた研究対象者に半構成的面接調査を実施した.Covid-19の感染拡大の影響によりZoomを用いたオンラインでの面接とした.面接時間は1時間程度とし,面接内容は研究対象者の許可を得て録音した.
我が国の心理学的剖検調査では,自殺死亡者の精神医学診断が推計されており,調査結果では気分障害が高い割合を示しているが,統合失調症や物質関連障害も10%を超える割合で算出されている(張,2012).精神科急性期病棟で行われている再企図予防を意図したケアというインターベンションとしての関わりを明らかにする際に,疾患や状態を限定することは本研究の目的にそぐわないと考え,患者事例の制限を設けずインタビューを実施した.
5. 分析方法録音データから逐語録を作成し,自殺未遂患者に対して行っている再企図予防を意図したケアに関連する内容を抽出した.記述した分析単位ごとにコード化し,その性質や表している意味内容の類似性・共通性により集約し,カテゴリ化,サブカテゴリ化を行った.
6. 研究の妥当性・真実性の確保分析期間を通して複数名の研究者から繰り返し助言を受け,研究者の解釈によりデータの意味内容から飛躍していないか,カテゴリ化,サブカテゴリ化の段階では,コードの意味内容を表すカテゴリ名となっているか等の検討を重ねた.
7. 倫理的配慮研究対象者に研究目的,方法,参加の任意性と中断の自由,不利益の回避,公表に際しての個人情報保護に加え,研究対象者の看護行為を評価するものではないことを口頭および文書で説明し同意書に署名を得た.本研究は,日本赤十字秋田看護大学の研究倫理審査委員会による承認を得た後に実施した(承認番号2021-101).
研究対象者は,計2施設の精神科急性期病棟に勤務する看護師計6名であった.男性が1名で,女性が5名,年齢は30代が2名,40代が4名,平均の看護師経験年数は21.3年(SD = 5.4),平均の精神科急性期病棟勤務年数は11.1年(SD = 5.0)年であった.面接の平均時間は47分,研究対象者の所持資格は,精神看護専門看護師が1名,精神科認定看護師が3名であった(表1).
No | 性別 | 年齢 | 看護師経験年数 | 精神科急性期病棟勤務経験年数 | 所持資格 |
---|---|---|---|---|---|
A | 女 | 40歳代 | 25年 | 11年 | ― |
B | 女 | 40歳代 | 26年 | 5年 | ― |
C | 男 | 40歳代 | 21年 | 14年 | 精神科認定看護師 |
D | 女 | 40歳代 | 27年 | 20年 | 精神科認定看護師 |
E | 女 | 30歳代 | 12年 | 6年 | 精神科認定看護師 |
F | 女 | 30歳代 | 17年 | 11年 | 精神看護専門看護師 |
研究対象者6名の逐語録から,コードを意味内容の類似性に基づき分析した結果,再企図予防を意図したケアは,22のサブカテゴリになり最終的に8つのカテゴリが構成された.以下にカテゴリ,サブカテゴリを抽出した一覧表を示す(表2).
カテゴリ | サブカテゴリ |
---|---|
【自殺リスクに対して 冷静な臨床的評価で関わる】 |
いざという時の自殺未遂に対する衝動性や行動力を軽視しない |
再企図が生じる可能性に考慮して油断せずに接する | |
【患者の言動や過去のエピソードから自殺リスクを統合的に判断する】 | 患者の状態に合わせた表現・方法で希死念慮を確認する |
入院のきっかけや自殺未遂のエピソードをリンクさせて自殺リスクを判断する | |
ノンバーバルなサインの部分からも病状を読み解こうとして自殺リスクをアセスメントする | |
【患者の状態変化に気づく 環境を整える】 |
患者の変化に意識を向け普段とちょっと違うという感覚を大切にする |
自殺リスクに対する感度をスタッフ全体で一定の水準まで高めて関わる | |
【能動的な振る舞いや態度で 死にたい気持ちに対して 真正面に向き合いやり取りする】 |
指切りを行い自殺しないことを約束してもらう |
自殺についてはっきりと尋ねて心配している看護師の気持ちを明確に伝える | |
希死念慮がある場合は死にたいと思う理由にフォーカスを当てる | |
【患者に向けている肯定的な気持ちを反映した行動をする】 | 患者の言動や気持ちに対する肯定的な関心を伝達する |
関係性を築くためのプロセスとして患者の話を聞くことに重きを置く | |
自殺リスクや現在の状況を患者が理解できるように説明を繰り返す | |
【患者の自殺未遂の経験に 価値を見出しケアに反映する】 |
自殺未遂の経験を同じ問題を抱える他者のケアに活かす |
自殺未遂の経験をケアに組み込み患者の自尊心向上を目指す | |
【病棟スタッフ全体でアセスメントを行い自殺リスクの低減を目指す】 | スタッフ間で意見が分かれたとしても自殺リスクが高いという見立てを伝え続ける |
再企図が予見される状況での安全が確保できる治療環境を検討する | |
自殺リスクの評価や気掛かりについて他スタッフと確認を続ける | |
【時間軸を未来に向けて ケアを行い 本人・周囲・ 生活環境に働きかける】 |
入院中から退院後の生活を見据えてコーピング行動へのフォローを行う |
孤独を避けるために家族も含めた人的資源を整えて支える | |
急な状態変動や自殺未遂のリスクについて家族や支援者と情報共有を行う | |
自殺へのアクセスを遠ざけるという視点を踏まえて退院後の住宅環境に関心を向ける |
次に8つのカテゴリについて説明する.なお文中では,【 】はカテゴリ,『 』はサブカテゴリの内容を示し,各カテゴリの抽出に繋がった代表的な語りを斜体文字で「 」,で表記した.“ ”内の記述は語りの中でセリフとして捉えた部分,( )内の記述は研究者が状況をより分かりやすくするために補足を加えた部分である.
1) 【自殺リスクに対して冷静な臨床的評価で関わる】このカテゴリは,『いざという時の自殺未遂に対する衝動性や行動力を軽視しない』『再企図が生じる可能性に考慮して油断せずに接する』という2つのサブカテゴリから構成された.
B氏からは「何かやっぱり油断できないですよね.希死念慮があったり企図とかしてきた患者さんって.何か“大丈夫”って言われれば大丈夫かなって,やっぱり思いたいけど.結構患者さんって裏切るじゃないですか,そういう気持ち.なので表面では“信じてるよ”みたいなことを言うけども,結局最後まで信じられないです.企図するかもしれないっていうふうに思って接します」といった語りがあり,F氏は「こんなに普段穏やかなのに,そのこと(自殺未遂のきっかけになったような出来事)が絡んでくると一気に変わっちゃうんだと思うと,何か油断できないですよね」と話すなど,患者の衝動性や行動力を軽視せず,再企図が生じる可能性を考慮し.自殺リスクに対して冷静な臨床的評価で患者に関わっていた.
2) 【患者の言動や過去のエピソードから自殺リスクを統合的に判断する】このカテゴリは,『患者の状態に合わせた表現・方法で希死念慮を確認する』『入院のきっかけや自殺未遂のエピソードをリンクさせて自殺リスクを判断する』『ノンバーバルなサインの部分からも病状を読み解き自殺リスクを判断する』という3つのサブカテゴリから構成された.
E氏は,「例えば入院前のきっかけがちょっとした環境変化で状態が揺れたとか,入院後に例えば今日お部屋を替わりましたとか,そういうとこでの環境変化が重なったり,~(中略)~そういう企図となるきっかけとなるようなエピソードと重なったような出来事があったりしたときには,注意するようにしたり」と,入院中の生活において,入院のきっかけや自殺未遂のエピソードをリンクさせて考え自殺リスクを判断している様子が伺えた.またC氏は,「死にたいと思っている人には生きたいとも思っているもんで,両価性かなあって思っているんですけど.だから“死”という言葉をあまり直接使いたくないんです」と患者の状態に合わせた方法で希死念慮を確認していた.またF氏は患者が直接訴える言語の表現に限らず,ノンバーバルなサインの部分からも病状を読み解こうとしていた.
3) 【患者の状態変化に気づく環境を整える】このカテゴリは,『患者の変化に意識を向け普段とちょっと違うという感覚を大切にする』『自殺リスクに対する感度をスタッフ全体で一定の水準まで高めて関わる』という2つのサブカテゴリから構成された.
B氏から,「希死念慮があり,あんまり言語化できないので様子をよく観察したことと,普段と違うっていうふうに感じたところで,企図まで至らず発見できてよかったって,何か自分でほっとしたっていうか」と,普段とちょっと違うという感覚から,自殺未遂を未然に防いだ経験が語られた.E氏からは「経験年数関係なく新人でも誰でも同じようにというか,スケールを使用して患者の気持ちの変化を確認したり,一定のラインを保てるようにという部分は,教育のほうでも意識してやっていると思います」と,新人看護師も含め,スタッフ全体の自殺リスクに対する感度を一定の水準まで高めようとしている教育方針が語られ,病棟の看護師全体で,患者の状態変化を感じ取るよう努め再企図予防に繋げていた.
4) 【能動的な振る舞いや態度で死にたい気持ちに対して真正面に向き合いやり取りする】このカテゴリは,『指切りを行い自殺しないことを約束してもらう』『自殺についてはっきりと尋ねて心配している看護師の気持ちを明確に伝える』『希死念慮がある場合は死にたいと思う理由にフォーカスを当てる』という3つのサブカテゴリから構成された.
F氏は,「“死に直結するようなことを平気でぽーんってやるから,何かそこの衝動性のところがすごい心配だから”っていうのを本人に伝え続けていて」と語り,患者に看護師の心配している気持ちを明確に伝えていた.また,D氏は,希死念慮を確認する際は指切りをして自殺しないように約束を交わし,C氏は患者が死にたいと思う根拠や病状等を確認するように努め,再企図予防に繋げていた.
5) 【患者に向けている肯定的な気持ちを反映した行動をする】このカテゴリは,『患者の言動や気持ちに対する肯定的な関心を伝達する』『関係性を築くためのプロセスとして患者の話を聞くことに重きを置く』『自殺リスクや現在の状況を患者が理解できるように説明を繰り返す』という3つのサブカテゴリから構成された.
C氏は,「初対面でお話してケアといっても,なかなか話もしてくれないし,話していく中での信頼関係,ラポール形成って非常に大事だと思うんですよね」と語り,様々な背景を抱えた患者に対し,関係性を築くためのプロセスとして話を聞くことに重きを置いていた.また,A氏やD氏の語りから,患者に対して現在の経過や自殺リスクを理解してもらえるよう丁寧に説明を行っている様子が伺えた.研究対象者によって語られた患者事例は様々であったが,患者の言動や気持ちに各々が肯定的な関心を示していることが語られ,実際に行動にも反映させ積極的に関わり再企図予防に繋げていることが分かった.
6) 【患者の自殺未遂の経験に価値を見出しケアに反映する】このカテゴリは,『自殺未遂の経験を同じ問題を抱える他者のケアに活かす』『自殺未遂の経験をケアに組み込み患者の自尊心向上を目指す』という2つのサブカテゴリから構成された.
E氏から,「自殺の経験が価値のあるものになるっていうかちょっとそういう役に立てるっていうような思いをちょっと経験してもらいたくて,看護師の研修のための資料として死にたい気持ちとかそういったこと(自殺の経験)をちょっとインタビューさせていただいたってことがありました~(中略)~患者さんにも自分の経験を価値のあるものとして捉えてもらえるっていうところに,私はすごく意味を感じています」といった語りがあった.また,「依存症の人たちって自助グループとかで自分たちの語りを他の人たちに役立てるっていう経験をして,そして回復していくっていうことが多いので,それにならってというか,自己肯定感に働きかけるような感じで,(自殺の経験を語ってもらい)自分がちょっと役に立っているっていうのを感じてもらえたらいいなと思って」と語り,自殺未遂の経験を語ってもらうことをケアに組み込み,その経験に価値を見出すことに加え,語られた経験を同じ問題を抱える他者のケアに活かすことで,再企図予防に繋げていた
7) 【病棟スタッフ全体でアセスメントを行い自殺リスクの低減を目指す】このカテゴリは,『スタッフ間で意見が分かれたとしても自殺リスクが高いという見立てを伝え続ける』『再企図が予見される状況での安全が確保できる治療環境を検討する』『自殺リスクの評価や気掛かりについてスタッフと確認を続ける』という3つのサブカテゴリから構成された.
A氏は「他の病棟でその患者さんと関わっていた看護師もいたので,カンファレンスの時に“前とは先生違うよ”っていう話もしてくれてはいたんですけど,なかなかちょっと分かってもらえなくて」と語り,スタッフ間で意見が分かれることもあったが,自殺リスクが高いという看護師の見立てを他スタッフに伝え続け,再企図を予防しようとしていた.また,D氏はケアに正解がない分,医師を含めたスタッフと関わり方の確認を続けたり,治療環境の検討含め,病棟スタッフ全体で自殺リスクの低減を目指し再企図予防に努めていた.
8) 【時間軸を未来に向けてケアを行い本人・周囲・生活環境に働きかける】このカテゴリは,『入院中から退院後の生活を見据えてコーピング行動へのフォローを行う』『孤独を避けるために家族も含めた人的資源を整えて支える』『急な状態変動や自殺未遂のリスクについて家族や支援者と情報共有を行う』『自殺へのアクセスを遠ざけるという視点を踏まえて退院後の住宅環境に関心を向ける』という4つのサブカテゴリから構成された.
A氏は,退院支援について「退院にあたっては他の人と繋がりとか家族には協力してもらえるように,訪看等と他職種連携していったりとか,入れ替わり立ち代わり毎日誰かが関われるような支援に繋げていきました」と語り,F氏も若年層の患者に対して,保健師やデイケアのスタッフといった親以外の頼れるところを見つけるためのサポートを行っていた.
E氏は「過去に退院した1週間後ぐらいに自殺してしまった方がいて,その患者さんも7階とか高層に自宅があり,振り返りしたときに自宅の環境とかをちゃんと見ていなかったっていうか~(中略)~アクセスを遠ざけるっていうことは一つすごく予防にはなるのかなっていうふうに考えています」と語り,過去に飛び降りで自殺既遂に至った事例なども踏まえ,退院後の生活・居住環境に着目する重要性を語っていた.また,D氏からは,自殺リスクの低減や保護因子の強化を目指す目的で言語化が苦手な患者に,SOSを出す訓練を入院中から行ったり,クライシスプランの作成に着手したことが語られ,入院中からケアの時間軸を退院後の生活に見据えながら関わり,患者本人だけでなく,周囲の人的資源や生活環境もケアの対象に含めて,様々な方面に関心を向け働きかけることで,再企図予防に繋げていた.
本研究では,精神科急性期病棟で勤務する看護師が自殺未遂患者に対して行っている再企図予防を意図したケアが8つのカテゴリに集約された.以下からは,本研究の対象者にあたる「精神科急性期病棟で勤務する看護師」を「精神科看護師」,対象者の語りに関連する「自殺未遂患者」を「患者」と省略して表記する.
1. 再企図予防を意図したケアの基盤となる精神科看護師の専門性河西(2009)は,「自殺の危険がある人に対して,医療者の価値観や人生観で対応したり判断するのではなく,冷静に知識と技術を活用しなければならない」と述べている.B氏は,患者の発言を信じたい看護師の気持ちを患者は裏切ることがあり再企図に関して油断できないと考えており,F氏は自殺未遂のきっかけになったような出来事が絡むと患者の状態が一気に変わってしまう懸念を語り,『再企図が生じる可能性に考慮して油断せずに』接していた.これらの語りから,ある一時点での精神状態に対する判断ではなく,再企図が生じてしまう可能性に配慮しながら,【自殺リスクに対して冷静な臨床的評価】を行っていると推察された.加えて,「表面では“信じてるよ”みたいなことを言うけども,企図するかもしれないっていうふうに思って接します」といった語りがあったように,患者に対して精神科看護師の内面で抱えている気持ちを必ずしも表出をせず,本心をくみ取られないよう意図して接するといった点は精神科看護ならではの専門性が反映されたケアの一つであると考えられる.
また,自殺の危険が差し迫っている患者の心理として,生と死の間で揺れ動くという両価的な感情を持っているという特徴が挙げられる(高橋,2022).精神科看護師は『患者の状態に合わせた表現・方法で希死念慮を確認』していたが,C氏が「死にたいと思っている人には生きたいとも思っているもんで,両価性かなあって思っているんですけど」と語ったように,自殺未遂患者が抱く両価性に着目できるといった専門的知識等は,患者の自殺リスクを統合的に判断できる基盤にあると考えられた.
精神療法的なアプローチの一つとして,「患者が語る内容を援助者がどう意味付けをするかが重要で,患者が語る否定的な内容を援助者も同じように否定的に見ていては,結局のところ同じような発想に陥り,解決の糸口を見つけるのが難しい」と考えられている(宋・東・黒沢,2021).精神科看護ではコミュニケーションに困難が生じやすく(武井,2001),自殺未遂患者に対するケアについての看護師の知識不足は希死念慮の確認に支障をきたすと報告されているが(青木・片山,2017),本研究では,『希死念慮がある場合は死にたいと思う理由にフォーカス』を当て,『関係性を築くためのプロセスとして患者の話を聞くことに重きを』置いていた.自殺に関する話題を避けたり,表面的な最低限の関わりをするのではなく,希死念慮をはじめとする可視化された自殺リスクについて正面から向き合うことができるということは,精神科看護師の専門性の一つといえる.加えて,患者に肯定的な気持ちを向けるだけではなく,実際に【患者に向けている肯定的な気持ちを反映した行動】をすることで,再企図予防に努めていたと考えられる.
一方で,一般科病棟に勤務する看護師同様に,精神科病院の臨床経験が1,2年の新人看護師は自殺未遂患者に対して行うケアに不安や葛藤を抱えていると報告されている(豊永・吉田・清田,2016).そのような中,【患者の状態変化に気づく環境を整える】のカテゴリでは,経験年数関係なく一定のレベルまでケアの水準を高めるようにしているといった教育方針や病棟の風土が語られた.自殺予防は,画一的な要素が少なく答えがない分,ケアを展開していく中で不安が生じる場合も多いといえるが,『自殺リスクの評価や気掛かりについてスタッフと確認』を続けて,『スタッフ間で意見が分かれたとしても自殺リスクが高いという見立てを伝え続ける』といったように,どのようにしたら再企図を予防できるかという視点で【病棟スタッフ全体でアセスメントを行い自殺リスクの低減】を目指していた.臨床で関わる精神科看護師の姿勢として,自殺の問題や自殺未遂患者に向き合うことを恐れず,アセスメントすることが重要であるが(田中ら,2010),本研究結果から,精神科看護師は主体的に自殺未遂患者に接し状態の変化に留意し,必要に応じて病棟スタッフとも連携しながら再企図予防に努めていたと考えられる.
また,自傷行為を繰り返す患者の自殺未遂においては,自殺の危険性が過小評価される場合があると報告されている一方で(Stanley et al., 2001),本研究では,これまでの看護経験や自殺既遂に至ってしまった患者事例に遭遇した経験から,急な状態変動に注意しながら,再企図が生じる可能性に考慮して油断せずに接していた.精神科看護師が自殺未遂患者と「自殺行為の振り返り」や「行動化しない約束」を交わすといった,直接的なケアを提供するには,それまでの看護経験が重要な影響を及ぼしていることが示唆されており(永島,2006),本研究結果からも自殺未遂患者にケアをしてきたこれまでの看護経験は主体的な関わりを生じる要因の一つになり,再企図予防を意図したケアを行う上で大きく影響していたと推察される.
2. 退院後の生活を見据えた精神科看護師の関わり自殺総合対策大綱(2022)では,社会において直面する可能性のある様々な困難・ストレスへの対処方法を身に付けるために「SOSの出し方に関する教育等」の推進が打ち出されている.言い換えると,国で推進・支援が必要なほど自殺に関するSOSの発信には困難が生じるといえる.D氏は,患者に何らかのきっかけが生じたり,問題を抱えたときに自殺未遂に及ぶのではなく,SOSを出す訓練を行ったりして『入院中から退院後の生活を見据えてコーピング行動へのフォローを』していた.自殺の危険が差し迫っている患者に対して治療を行うには,心理的視野狭窄の状態を和らげ,他の可能な選択肢を試みてみるという気持ちを強めていくことが重要であり(Shneidman, 1993/2005),より適応的な選択肢を対処行動に組み込むことができるように,入院時から退院後の生活を見据えて【時間軸を未来に向けてケアを行い本人に働き】かけていたと考えられる.
太刀川(2019)は,「自殺予防とは,自殺を考える個人のこころを社会に再びつなげることである」と述べており,本人のこころを周囲や社会と精神的に繋げることが自殺を防ぐうえで重要であると考えている.自殺総合対策大綱(2022)においても「SOSの出し方に関する教育」と併せて,生きることの包括的な支援として孤独・孤立を防ぐための対策等が推進されている.【時間軸を未来に向けてケアを行い本人・周囲・生活環境に働きかける】のカテゴリでは,『孤独を避けるために家族も含めた人的資源を整える』ケアが語られ,本人だけではなく,周囲の環境を踏まえた包括的な視点で再企図予防に努めていると考えられた.
また,E氏は高層に住んでいた患者が退院後に飛び降りて自殺既遂に至ってしまった事例を振り返った時に,退院後の生活環境にも目を向ける必要性を感じたという経験をしており,『自殺へのアクセスを遠ざけるという視点を踏まえて退院後の住宅環境に関心』を向けていた.自殺へのアクセスを遠ざけるという対象に,退院後の居住環境も組み込むということは,精神科看護師としての経験に裏付けられた視点であるといえる.精神科看護師は病院に属しているため,退院後の生活に向けて実施できるケアに限界はあるが,入院中の安全な治療環境の提供に加えて,退院後の生活環境にも関心を向け退院後の生活も見据えるという視点は,再企図を予防するという観点からも重要であると考える.
3. 研究の限界と今後の課題本研究では,精神科認定看護師,精神看護専門看護師の専門的な資格を所持している対象者が半数以上を占め,対象者全体の看護経験年数の平均が20年を超えていたため,新人看護師も含めた精神科急性期病棟で勤務する看護師全体のケアを反映することは困難であった.加えて,施設がある地域の特性がケアに反映された可能性も否定できない.また,インタビュー対象者が看護師であり,ケアの受け手側からの評価を実施できていない点も課題であるといえる.今後は対象を広げてより包括的な研究を行い,ケアに対する効果の検証をはじめ,ひいては自殺予防に向けた看護教育や指針へと繋がるような研究の発展を目指したい.
精神科看護師は,これまでの看護経験や専門的知識に基づき自殺未遂患者に対して主体的に接しており,再企図予防を意図したケアを遂行できる基盤には,精神科看護師の専門性と様々な患者事例に遭遇する看護経験が影響していたと考えられる.本研究では,精神科看護師が自殺未遂患者に対して行う直接的なケアに加えて,周囲や生活環境といった自殺未遂患者を取り巻く様々な要素にも意識を向けて包括的なケアに努め,再企図を予防していることが示唆された.
ご協力いただいた関係者の方々,貴重な助言をしてくださった新田純子教授,高田由美教授,齋藤貴子准教授に深謝いたします.本研究は,令和3年度「学校法人日本赤十字学園教育・研究及び奨学金基金」を得て実施した.本稿は,日本赤十字秋田看護大学大学院看護学研究科に提出した修士論文を一部加筆・修正したものである.
本論文の一部は,第32回日本精神保健看護学会学術集会にて報告した.
AIは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文の作成を行い,最終原稿を読み承認した.
本研究における利益相反は存在しません.