本研究は,急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて精神科中堅看護師が感じた困難とその対処,および工夫を質的に記述することを目的とした.精神科急性期治療病棟もしくは精神科救急病棟に所属している中堅看護師7名に対し,個人面接による半構造的インタビューを行った.分析には質的記述的手法を用いた.
その結果,中堅看護師の困難として【限られた人的資源の中では解除が制限される】【チームメンバーへの暴力リスクは解除をためらわせる】【責任をおいきれない中での拘束解除は推進しづらい】等4カテゴリ,困難への対処,および工夫としての看護実践において【平等に看護師間で意見できる環境をつくる】【拘束解除による事故の予防策を率先してとる】等6カテゴリが明らかとなった.中堅看護師は,多様な困難を感じながらも,チームづくりのほか,患者やチームの状況を捉えた看護実践により対処していることが考えられた.
The present study aimed to describe mid-career nurses’ experiences of the difficulties qualitatively working on early release of physical restraints on acute psychiatric patients, and describe ingenuity in addressing early release and practices to cope with their difficulties.
Semi-structured interviews were conducted with seven nurses from an acute psychiatric or psychiatric emergency ward. The data were analyzed qualitatively and descriptively. We identified four categories of nurses’ difficulties: “the release of physical restraints was limited due to insufficient resources of nursing personnel”; “the hesitation to release physical restraints due to the risk of violence against team members of nursing care”; “it is hard to promote the early release of physical restraints with limited authority in nursing care”; “there are difficulties in cooperation with the primary psychiatrist for releasing physical restraints,” and six categories for nursing practices; “such as creating a work environment where nurses can express their opinions”; “taking preventive measures actively against accidents due to the release of physical restraints,” etc. Mid-career nurses may encounter challenges in releasing physical restraints early but overcome them to foster effective teamwork and provide comprehensive nursing care.
精神科入院医療における行動制限の一つとして身体的拘束がある.身体的拘束は,切迫性,非代替性,一時性を判断の要素として,精神保健指定医が行動の制限を必要と判断する場合に,患者の人権に配慮しつつ,病状に応じた最も制限の少ない方法で患者の生命の保護及び重大な身体損傷を防ぐために実施することが精神保健福祉法第36条と第37条ならびに関連告示において定められている.その実施件数は,精神科入院医療のなかでも,精神科救急病棟が最も多い(長谷川,2016).
身体的拘束は,厚生省告示第130号(厚生省,1988)において早期の終了が定められており,患者の心身への侵襲の高さからも早期の解除が求められる.一般的には,深部静脈血栓症や褥瘡の発生リスクといった身体面への影響のほか,精神面においても身体的拘束によるトラウマを生じたり,医療職者との関係性への影響から孤立を感じやすくなったりすること(Brophy et al., 2016)が報告されている.しかし,日本の精神科医療における一回あたりの身体的拘束施行期間は82時間(中央値)であり,オランダの35.5時間,ドイツの9.0時間(Noorthoorn et al., 2015)という諸外国の値と比較すると著しく長い.長期化の背景として,日本の精神科病棟の看護師配置はフィンランドの約4分の1であり(野田ら,2013),他国と比較して人員配置が少なく拘束以外の代替技法を採りづらいことが挙げられる.また,拘束の再実施が必要となった際に,看護判断のみでは実施することはできず,必ず精神保健指定医の診察を経て開始決定がなされることから,その手続きの厳密性により拘束解除に躊躇してしまう事情があることも指摘されている(野田ら,2016).さらに,拘束に伴う二次的合併症の併発や,拘束を解除することで何か起きてしまっては困るという看護師の予期不安の影響(畠山,2007)も挙げられる.
身体的拘束の解除における看護師の役割は大きく,特に精神科病院における患者の隔離や身体的拘束を最小化するために,看護師は患者との協働関係を目指した関わりなどを行っている(川内ら,2014).また,病院で実践された身体的拘束最小化に向けた看護の取り組み事例,例えば,カンファレンスを通して看護チームが患者理解と対応について共通認識をもつことが身体的拘束最小化につながった事例(榮口ら,2018)が報告されている.一方,精神科熟練看護師であっても,拘束解除への合意を医療チームで得づらい,自殺企図や暴力のリスクがあるなかで解除に取り組むことに困難を感じる(関口ら,2021)など,拘束解除に苦慮している.
臨床現場では熟練以外にも様々なレベルにある看護師が早期解除に取り組んでいることが推察されるが,その実際は明らかではない.特に中堅看護師に着目すると,彼らは一般的に組織における看護の質を左右する(嶋田,1999)とされる存在であり,知識や技術に裏付けられた看護の提供やリーダーシップの発揮など多様な役割を期待されている.精神科領域では,それに加えて,アイデアの実現化や働きやすい職場づくりといった役割(徳江,2009)が求められる.一方で,中堅看護師は医師との連携のしづらさを抱えていること(内田・中村・室岡,2023),求められる役割遂行のうえで知識や能力不足を感じていること(播磨,2023)が知られている.これらのことから,豊富な経験に加えて,多くの推論をもち看護行為の選択肢の幅をもつ(藤内・宮腰,2005)熟練看護師と比較し,中堅看護師は,身体的拘束の早期解除に向けて,より強い,あるいは異なった困難を抱き,対処していることが推測される.
そこで,本研究は,急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて精神科中堅看護師が感じた困難とその対処,および工夫を質的に記述することを目的とする.これらを明らかにすることは,多様な役割を求められると同時に困難も感じている中堅看護師にとって,早期解除に向けた看護実践の糸口を得るための一助となると考えられる.また,臨床現場で行われている拘束解除のための看護実践の広がりや質の向上に寄与できると考えられる.
身体的拘束:本研究では,厚生省告示第130号(厚生省,1988)を参考に,「身体的拘束を行うために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用して,当該患者の運動を制限すること」と定義した.
早期解除:厚生省告示第130号(厚生省,1988)を参考に,身体的拘束をできる限り早期に終了すること,つまり「身体的拘束期間の最短化」と定義した.
中堅看護師:Benner(1984/2005)は5段階で技能習得レベルを示すドレイファスモデルにおいて,第4段階の中堅レベル看護師について「中堅者の実践は通常,類似の科の患者を3~5年ほどケアしてきた看護師にみられる」(p. 26)と記載している.これを参考に,本研究では「精神科経験年数が4年以上であり,役職をもたない看護師」を中堅看護師と定義した.
2. 研究デザイン質的記述的研究デザイン
3. 研究参加者近畿圏内の精神科病院に勤務しており,①精神科急性期治療病棟もしくは精神科救急病棟に所属していること,②スタッフナースであること,③精神科経験年数が4年以上であること,④所属する病棟で認知症・身体合併症を除いた急性期患者の身体的拘束の早期解除に日常的に取り組んでいること,の条件を満たす看護師を研究参加候補者とした.所属先の看護部長あるいは看護師長より紹介され,研究の趣旨を理解かつ研究参加の同意を得た者を研究参加者とした.
4. データ収集期間2021年10月から2022年1月に行った.
5. データ収集方法データ収集は,半構造化インタビューを用いた.インタビューは研究参加者個別で行い,認知症・身体合併症を除く急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けた働きかけの中で困難を感じたケースの概要,そのケースにおける判断や考え,対処等について問うた.インタビューは対面あるいはオンラインのいずれかで実施し,研究参加者の同意を得てICレコーダーに録音した.
6. 分析方法インタビューデータから逐語録を作成した.その後,「急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて精神科中堅看護師が感じた困難」と「早期解除に向けて感じた困難への対処,および工夫」の2点に沿う内容が現れていると考えられる箇所を抽出し,コード化した.作成したコードを上記の2視点で分類し,「困難」と「対処,工夫」の各分類の中でコードの類似性・相違性に着目しながらサブカテゴリ,カテゴリを生成した.分析の過程では,分析の妥当性を確保するために,研究者間で検討を繰り返した.
7. 倫理的配慮本研究は,神戸市看護大学倫理審査委員会の承認(第2110306号)を得て実施した.研究参加者に,研究目的や方法,研究参加は自由意思に基づくこと,参加を拒否しても不利益を被らないこと,研究データの匿名性の保持,個人情報の管理や取扱い,研究結果の公表等について書面と口頭で説明した.研究参加の同意を確認した後,同意書への署名を得た.
対面でのインタビューは,研究参加者が所属する施設内のプライバシーを保つことができる個室で行った.オンラインでのインタビューは研究参加者,インタビュー実施者ともにプライバシーを保つことができる個室,かつそれぞれが所属する施設内のネットワークに接続したパソコンを用いて実施した.
研究参加者は近畿圏内の精神科病院3施設に勤務する看護師7名(男性4名,女性3名)であった.年代は30歳代~50歳代,看護師経験年数は平均17.6年(9~30年),うち精神科勤務経験年数は平均13年(9~18年)であった.インタビュー時間は平均38分(30~48分)であった.すべての参加者においてインタビュー実施回数は1回であった.
2. 分析結果 1) 急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて精神科中堅看護師が感じた困難分析の結果,8のサブカテゴリと4のカテゴリが生成された(表1).なお,カテゴリは【 】,サブカテゴリは〈 〉,研究参加者の語りを「 」で示す.
急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて精神科中堅看護師が感じた困難
カテゴリー | サブカテゴリー | データ(代表) |
---|---|---|
限られた人的資源の中では解除が制限される | 勤務者のバランスに応じた拘束解除のための人員配置が難しい | 男性(看護師)であれば何とか拘束解除できるけど,女性(看護師)も見ないといけない状況もあったりとか,夜間帯であると配置,看護師の人数が少なく限られる.入院患者さんの数が最大で40人とすこしになってくると,複数名対応に時間を割くのが難しくなってくるので,どうしても拘束解除の時間を長くするっていうのが難しい状況ではありますね.(C氏) |
ケアの公平な分配から拘束解除のための時間が制限される | 急性期ならではと思うんですけれど,入院が立て込んでいたら,ちょっと申し訳ないけれど今(拘束を)外して様子を見てあげる時間を取れないから,今日はちょっともうこのまま(拘束したまま)過ごしてもらおうかってどうしてもなってしまうときもあります.(中略)(入院患者に)看護師の観察とか介入が必要になるかもっていう予測がつかない状況だったり,例えば他の業務が入ってきたりっていう場合も申し訳ないけれど,ちょっとそこはもう外せなかったり.(A氏) | |
チームメンバーへの暴力リスクは解除をためらわせる | 理想を追うことでチームメンバーが暴力に晒される | 精神科の身体拘束では,案件によっては訴えられて,っていうことがあったりするので,最小化の動きが慌ただしく進んできてる状況.うちの病院もどんどん(拘束を)外していこう,どんどん解除していこうっていう取り決まりになってて,そういうかたちで動いているんですけど,やっぱり暴力受けてる人もたくさんいる状況.私たちもやっぱり,それに対して最小化したい気持ちはやまやまであるし,今の時代の流れで本当に行動制限をしない方向で行きたいっていうのはあるんですけれど,(中略)現状慎重にならざるを得ないっていう.(C氏) |
チームメンバーの力量不足から解除をためらってしまう | (中堅である)私たちでは外せるなって思った患者さんでも,(精神科経験が乏しく暴力を受けやすい看護師は)暴力を受けると陰性感情が看護師も湧くので,そのときに,まだ早いのではないか,また暴力を受けてしまうのではないかっていう.そういうところから,先生も踏み切れないっていうか,一回暴力を受けたらまたあるかもしれないっていうところで(医師・看護師ともに躊躇して)拘束が長期化してしまう.(C氏) | |
責任をおいきれない中での拘束解除は推進しづらい | 解除後の対応を他者に任せざるを得ない | (拘束を)安易に外してしまって,次の日来たときに,夜,大変だったんだなっていうことがあったりすると,「ああ(外さなければよかった)」って思っちゃったりするじゃないですけど,ああ,ちょっと安易だったかなって.そういうところ(拘束解除のタイミングを誤ったかもしれないという思い)も,もしかしたら,長引く理由の一つにもなり得るのかなって思います.(中略)そういった経験っていうところが,(拘束解除することを)びびらせるじゃないですけど,自分を(尻込みさせてしまう)っていうところもあるのかなと思います.(G氏) |
拘束解除の判断に責任を負えない | そういうふうな(拘束解除によって患者に事故が起きるような)誤った判断,(中堅看護師)一人での誤った判断によって,その患者さんがとても不利益を被るような場合,もしくはスタッフが怪我をしたりとか,不利益を被った場合,どうするんだ(誰が責任を取るんだ)っていうふうなところを考えてしまいますね.(A氏) | |
解除に向けた医師との協働のしづらさがある | 医師と看護師の考えが一致しない | (医師の治療方針を)全然くめなかった,理解できなかったっていうのはナースサイドとしてはあって.その辺もあって,余計に精神的にもストレスがありましたね.患者さんの容態も良くならない,主治医の方針も理解できない.なんでそんなこと(看護師からみて適切ではない治療内容)をするのっていう状態でした.(E氏) |
医師と協働することへの看護師の諦めがある | やっぱり医師にかたくなな部分っていうのがあって.(患者の状態を報告しても,治療内容に)あんまり変化が見られなかったっていう記憶がありますね.もうナースサイドとしても,認識として,言ってもあれかな(聞き入れてもらえないかな)みたいな,雰囲気もちょっとあったりもしましたね.(E氏) |
精神科中堅看護師は夜勤帯の看護師の少なさや,業務の多さから【限られた人的資源の中では解除が制限される】ことを困難に感じていた.また,早期解除は必要と感じながらも【チームメンバーへの暴力リスクは解除をためらわせる】といったようにチームメンバーが暴力への怖さを感じている中で積極的に早期解除を行うことや,管理者ではない一看護師という【責任をおいきれない中での拘束解除は推進しづらい】という困難を感じていた.このほかに【解除に向けた医師との協働のしづらさがある】ことも困難に感じていた.
(1)【限られた人的資源の中では解除が制限される】
日勤帯と比較し夜勤帯は勤務している看護師が少ないことや,勤務者の力量に偏りが発生しやすく〈勤務者のバランスに応じた拘束解除のための人員配置が難しい〉こと,病棟特性により予定入院・予定外入院の患者が多く,これらの患者への細やかな看護も求められるといった〈ケアの公平な分配から拘束解除のための時間が制限される〉ことから,繁忙な時間帯に限りある看護人員で早期解除を行うことに精神科中堅看護師は困難を感じていた.
「男性(看護師)であれば何とか拘束解除できるけど(中略)夜間帯であると配置,看護師の人数が少なく限られる.(中略)どうしても拘束解除の時間を長くするっていうのが難しい状況ではありますね.」(C氏)
(2)【チームメンバーへの暴力リスクは解除をためらわせる】
所属施設で求められている行動制限最小化に向けて行動しようとするが,その〈理想を追うことでチームメンバーが暴力に晒される〉リスクが高いことや,ある程度のスキルを有する中堅看護師にとっては問題なくとも,〈チームメンバーの力量不足から解除をためらってしまう〉という状況における早期解除の推し進めづらさを精神科中堅看護師は感じていた.
「(中堅である)私たちでは外せるなって思った患者さんでも,(精神科経験が乏しく暴力を受けやすい看護師は)暴力を受けると陰性感情が看護師も湧くので,(中略)一回暴力を受けたらまたあるかもしれないっていうところで(医師・看護師ともに躊躇して)拘束が長期化してしまう.」(C氏)
(3)【責任をおいきれない中での拘束解除は推進しづらい】
シフト勤務制のため日勤帯における〈解除後の対応を他者に任せざるを得ない〉状況で,次の勤務帯である夜勤帯に何か起きるかもしれないという不安や何か起きてしまった場合の申し訳なさを抱えながら拘束解除を行うことや,〈拘束解除の判断に責任を負えない〉という状況で早期解除を積極的に医師へ提案することを精神科中堅看護師は困難に感じていた.
「(拘束を)安易に外してしまって,次の日来たときに,夜,大変だったんだなっていうことがあったりすると,(中略)ちょっと安易だったかなって.そういうところ(拘束解除のタイミングを誤ったかもしれないという思い)も,もしかしたら,長引く理由の一つにもなり得るのかなって思います.(中略)そういった経験っていうところが,(拘束解除することを)びびらせるじゃないですけど,自分を(尻込みさせてしまう)っていうところもあるのかなと思います.」(G氏)
(4)【解除に向けた医師との協働のしづらさがある】
拘束解除にむけては薬物療法による精神症状の安定を図る必要があるが,それに対する医師の方針が理解できないなど〈医師と看護師の考えが一致しない〉ことや,その積み重ねで〈医師と協働することへの看護師の諦めがある〉ことにより,解除に向けた医師との協働をしづらい状況で早期解除を行うことに精神科中堅看護師は困難を感じていた.
「(医師の治療方針を)全然くめなかった,理解できなかったっていうのはナースサイドとしてはあって.(中略)患者さんの容態も良くならない,主治医の方針も理解できない.なんでそんなこと(看護師からみて適切ではない治療内容)をするのっていう状態でした.」(E氏)
2) 急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて感じた困難への対処,および工夫分析の結果,6のカテゴリと13のサブカテゴリが生成された(表2).
急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて感じた困難への対処,および工夫
カテゴリー | サブカテゴリ― | データ(代表) |
---|---|---|
拘束解除に向けた協働を患者に働きかける | 拘束解除に向けた動きを患者-看護師間で確認する | こういうふうにやれば少しでも(拘束を)外せていけるんじゃないかとか,患者と約束事を2人で決めていって(拘束解除に向けて動く).(C氏) |
拘束についての看護師の思いを伝える | 落ち着いて過ごせているのであれば拘束は要らないと.私たちもしたくないと本人に説明をして.(C氏) | |
平等に看護師間で意見できる環境をつくる | まずは後輩の意見に耳を傾ける | 師長・主任を除いたら一番目,二番目ぐらい(のポジションに自分がくる).(中略)自分の意見を押し通そうとはしないですね.やっぱり,みんなの意見を聞くようには気を付けています.(中略)長いものに巻かれる,じゃないですけど.後輩に圧力をかけているつもりはないんですけど,もしね,それがそういう(自分の発言が圧力をかけている)ふうになってても嫌だなと思うので.自分の意見を言うんじゃなくてみんなに言ってもらうように気を付けています.方法として.(A氏) |
リーダーとして率先したチームの雰囲気づくりをする | 相談してやっていける雰囲気づくりって大事なのかなと思っています.(中略)仕事中に話しているだけでは(チーム内の)関係は作れないと思うので.普段から話し掛けるように.しゃべりやすい,相談しやすい雰囲気をつくっていくように,休憩の時とか,ご飯の時とか心掛けてます.(B氏) | |
あらゆる視点から得た患者情報を解除の判断に活かす | 拘束解除につながる情報を意図的に収集する | 一時オフっていう,例えばトイレであったり,お風呂であったりっていうようなところはなるべく(患者に)行ってもらえるようにして,そういったときにどういうふうな行動に出るのかっていうところをきちんと観察させてもらって,なるべく解除に向けてっていうところで動いています.(G氏) |
自己の指針に基づき患者の状態を見極める | まず,疎通が取れるかどうか,そこを一番に判断します.(中略)その中でも(疎通が取れるかどうかにおいても)つながってる時間,つながっていない時間っていうのがあって,つながってるときはどの程度理解できているのか.お話ししたことを,その後に覚えてるかどうかの確認であったりとか,その日は調子が悪くて幻覚がものすごく激しい状態であったら,幻覚,妄想があまりない時間を見つけてお話しして,そのお話しした内容を覚えてるかどうか.覚えてるのであれば拘束解除の判断基準にもなる.(C氏) | |
拘束解除に関する方向性を看護師間ですり合わせる | カンファレンスで拘束解除について積極的にチームメンバーに働きかける | 疎通が取れるかどうか.落ち着いて過ごせてるかどうか.患者の状態の観察したことをみんなで共有していって,理解が得られているかどうか.少しでも理解が得られてたらトライしてみようかなってみんなも思えるようになるので,そのあたりをまず一番に共有しています.(C氏) |
拘束解除について意識的に他者に意見を求める | (ある程度の経験を積んだ)私でも(拘束の要否の判断に)自信がないときがあるので「私はこう思うけど,どう思う?」みたいな感じで(他のチームメンバーから意見をもらうようにしている).(B氏) | |
拘束解除による事故の予防策を率先してとる | 人手を集めやすい日中に一時解除を試みる | (暴力)リスクが高いうちは,私たちも身の危険もあるので(解除には)慎重にならざるを得ない状況.(でも)本当に全く外せないっていうわけではなくて,昼間の看護師の多い時間帯に短時間だけでも拘束解除して自由な時間をつくるっていう努力をしています.(C氏) |
徹底した複数対応のもと拘束解除を行う | 手が出そうな状況って,大体1人で対応してるときなので,男性2名で,女性であれば女性2名と男性1名とか,大体2人対応を必ずするようにして,暴力が出そうでも何とか2人だったら暴力出る前に静止する.それで身体拘束を少しでも外せるように,っていう工夫はしています.(C氏) | |
多職種チーム協働のための医師の方向付けを支える | 治療効果の判断材料としての情報を医師に提供する | 気分の変動とか,1日の調子のむらっていうところもあるので,夜勤からの状態とか,1日の中でどうだったりとか,今は穏やかだけど,夜は実はこんな感じでしたよであったりとか,あとは,夜は逆によく寝てますけど,昼間はこういう感じですっていうところを(診察時に医師に)意識して伝えるように,っていうところはしてます.(G氏) |
拘束解除に向けた医師役割を明確にする | こういう精神状態で,こういうふうにやれば少しでも外していけるんじゃないかとか,患者と約束事を2人で決めていって,ドクターも交えて(看護上の)統一事項をつくって,看護師全体がそれで統一して看護を提供できるように.個人として関わっていく中では対応がばらばらになったりもするので,(拘束解除について)何か取り決めを決めて,患者さんと約束,で,医師にもそれを説明してもらう.それで外していってる,最小化していってるっていうところはあります.(C氏) | |
医師-看護師間で拘束解除の方向性を確認する | チームで動いているので,それぞれの認識に違いがないように.そこは話し合いとか意見とかで出していって,みんなが意思統一して,主治医に看護の考えてる方向性を伝えて,医師と治療方針を一緒に考えていく.(B氏) |
拘束解除に関わるすべての人物が納得したうえで解除に向けて動くことができるよう,精神科中堅看護師は,患者に向けて【拘束解除に向けた協働を患者に働きかける】とともに【平等に看護師間で意見できる環境をつくる】ことや,【あらゆる視点から得た患者情報を解除の判断に活かす】ことをしながら【拘束解除に関する方向性を看護師間ですり合わせる】ことを行っていた.また,看護師に向けて,すべての看護師が脅かされずに拘束解除に取り組めるよう【拘束解除による事故の予防策を率先してとる】ことを行っていた.このほか,多職種への働きかけも行っており精神科中堅看護師は【多職種チーム協働のための方向付けを支える】ことで医療チームが一体となって拘束解除に取り組めるよう働きかけていた.
(1)【拘束解除に向けた協働を患者に働きかける】
拘束解除に向けて,拘束に至った理由のほか,どうすれば拘束を解除できるのか,といった内容を具体的に患者-看護師間で共有する〈拘束解除に向けた動きを患者-看護師間で確認する〉ことや〈拘束についての看護師の思いを伝える〉ことを通して,精神科中堅看護師は,患者主体で拘束解除に向けて動き出せるような働きかけを行っていた.
「こういうふうにやれば少しでも(拘束を)外せていけるんじゃないかとか,患者と約束事を2人で決めていって(拘束解除に向けて動く).」(C氏)
(2)【平等に看護師間で意見できる環境をつくる】
精神科中堅看護師は,先輩看護師である自分の意見が後輩への圧力にならないよう〈まずは後輩の意見に耳を傾ける〉ことで経験の浅い看護師が意見を表出しやすくなるよう工夫していた.また,チーム内のすべての看護師がお互いに意見交換したり,相談し合ったりするために,些細な場面での声掛けを常日頃から行うなど〈リーダーとして率先したチームの雰囲気づくりをする〉ことで様々な年代,背景をもつ看護師がチーム内で平等に意見できる環境をつくることを心掛けていた.
「師長・主任を除いたら一番目,二番目ぐらい(のポジションに自分がくる).(中略)自分の意見を言うんじゃなくてみんなに言ってもらうように気を付けています.方法として.」(A氏)
(3)【あらゆる視点から得た患者情報を解除の判断に活かす】
排泄や入浴に伴う一時解除を行う際,患者の状態をただ観察したり見守ったりするのではなく〈拘束解除につながる情報を意図的に収集する〉ことや,今までの経験を通して培われた〈自己の指針に基づき患者の状態を見極める〉ことを通して,現時点における拘束解除の可否の判断を行っていた.
「一時オフっていう,例えばトイレであったり(中略)そういったときにどういうふうな行動に出るのかっていうところをきちんと観察させてもらって,なるべく解除に向けてっていうところで動いています.」(G氏)
(4)【拘束解除に関する方向性を看護師間ですり合わせる】
カンファレンスで患者の情報やアセスメントを看護師間で丁寧に共有することにより,チーム全体で拘束解除を考えられるよう〈カンファレンスで拘束解除について積極的にチームメンバーに働きかける〉ことを精神科中堅看護師は行っていた.また〈拘束解除について意識的に他者に意見を求める〉ことで,拘束解除の方向性を看護師間ですり合わせていた.
「(ある程度の経験を積んだ)私でも(拘束の要否の判断に)自信がないときがあるので『私はこう思うけど,どう思う?』みたいな感じで(他のチームメンバーから意見をもらうようにしている).」(B氏)
(5)【拘束解除による事故の予防策を率先してとる】
患者の暴力リスクにより拘束解除しづらい状況であっても〈人手を集めやすい日中に一時解除を試みる〉ことや〈徹底した複数対応のもと拘束解除を行う〉ことをチームに意識づけることを通して,患者・看護師双方が安全に早期解除できるよう努めていた.
「手が出そうな状況って,大体1人で対応してるときなので,(中略)2人対応を必ずするようにして.暴力が出そうでも何とか2人だったら暴力が出る前に静止する.それで身体拘束を少しでも外せるように,っていう工夫はしています.」(C氏)
(6)【多職種チーム協働のための医師の方向付けを支える】
看護師は患者の24時間の状態を把握していることから,医師の知らない患者の一面を診察時に積極的に伝えたり,看護記録で情報提供したりするなど〈治療効果の判断材料としての情報を医師に提供する〉ことや,患者との約束事の説明を医師に依頼するなどして〈拘束解除に向けた医師役割を明確にする〉ことで拘束解除のプロセスに医師を巻き込むこと,〈医師-看護師間で拘束解除の方向性を確認する〉ことを通して精神科中堅看護師は多職種チーム協働のための方向付けを支えるということを行っていた.
「気分の変動とか,(中略)あとは,夜は逆によく寝てますけど,昼間はこういう感じですっていうところを(診察時に医師に)意識して伝えるように,っていうところはしてます.」(G氏)
精神科中堅看護師は【限られた人的資源の中では解除が制限される】ことや【解除に向けた医師との協働のしづらさがある】こと,【責任をおいきれない中での拘束解除は推進しづらい】といった困難を感じていた.これは,自身のスキルや患者への関わりに関連した困難というよりは,早期解除に向けた中堅看護師としてのリーダーシップを発揮するなかで生じている困難といえる.
中堅看護師に期待される役割として,一般的に「後輩の意欲を引きだし指導する力」「リーダーとしてチームを率先する力」(荒添ら,2016)が挙げられる.特にリーダーシップにおいては,臨床現場で中堅看護師はチームリーダーとして個々の能力に応じた業務調整や円滑な業務進行のための指示,医師をはじめとした多職種への積極的な働きかけを行っている.しかし,期待される役割を担う一方で,中堅看護師は病棟看護師長のような管理職者ではない立場であり,判断や行動の結果に責任を負うことができない状況であることから【チームメンバーへの暴力リスクは解除をためらわせる】と感じていた.長谷川(2016)によると,隔離・身体的拘束の実施理由において,不穏,多動に次いで暴力行為・粗暴行為が多いとされている.このことから,解除可能と医師や看護師が十分にアセスメントした上での早期解除であっても暴力リスクが存在しないとは言い難い.また,暴力曝露の要因として年齢,教育レベル(Jang, Son, & Lee, 2022)が挙げられることから,年齢が若く臨床経験の浅い,CVPPPをはじめとする暴力回避トレーニング等の学習・熟達に乏しい看護師が,早期解除時に暴力に遭遇する可能性は考えられる.つまり,十分な臨床経験,知識をもつ中堅看護師であれば回避できる暴力であっても新人や若年看護師ではそうとは限らないといえる.このように,リーダーシップと同時に,安全管理において,「職場の環境・安全を管理する能力」(荒添ら,2016)も求められることも,本研究が示した困難を感じる背景にあることが考えられた.
看護師長や主任といった役職も担う熟練看護師は,拘束解除に関連した目標や考えを他の看護師や医師に賛同し行動してもらうことの難しさに基づく困難(関口ら,2021)を感じていた.中堅看護師はリーダーシップを求められるものの,その権限には制限があることや,全体の状況を考慮しながら目標に向かうと同時に安全管理にも配慮した行動が求められるというフォロワーシップも担う点で,熟練看護師とは異なる困難を感じているといえる.
2. 急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて感じた困難への対処,および工夫精神科中堅看護師は【拘束解除による事故の予防策を率先してとる】ことや【平等に看護師間で意見できる環境をつくる】のように,拘束解除のみに着目するのではなく,拘束解除が及ぼす影響を考慮した看護実践を行っていた.早期解除時の患者の行動をすべて予見できないことから,早期解除により患者や看護師への事故が発生する可能性はある程度存在する.そこで,中堅看護師は【拘束解除による事故の予防策を率先してとる】ことを行い,拘束解除による負の影響をできる限り低減する工夫を行っていると考えられた.
このように,ただ単に早期解除を行うのではなく,解除後のことも見据えた一連の看護実践を行うことができるのは,「経験に基づいた,全体像を把握する能力がある」(Benner, 1984/2005, p. 24)とされる中堅看護師ならではと考えられた.しかし,予防策をとったうえで早期解除を行えばそれでよい,というわけではない.早期解除にあたって看護師が個々の思いや考えを抱いていることは想像に難くない.また,方向性がすり合わされないまま早期解除に向けて動くと判断基準の相違について語り合えなかったり,周囲の動きに流されてしまったりするという看護師間のコミュニケーション不足を生じ,患者の拘束について看護師に多様な葛藤(柴田,2009)をもたらす.さらに,意見を言えないまま行動せざるを得ない状況は,考えを押し付けられている感覚を看護師にもたらし,早期解除に向けたモチベーションの低下にもつながってくることが推測される.日頃からプリセプターとして後輩指導や相談役を担うなど,若年看護師と積極的にコミュニケーションしている中堅看護師が,職場へのなじみづらさを感じている(谷口ら,2014)とされる新人看護師も含めて周囲の若年看護師を気にかけながら【平等に看護師間で意見できる環境をつくる】ことで【拘束解除に関する方向性を看護師間ですり合わせる】ことは,単にチーム一丸となって拘束解除に取り組むということのほかに,それぞれの看護師がチームとしての判断に納得し主体的に拘束解除という目標に向かって積極的に行動できるようにするという意味もあることが考えられる.
以上のことから,中堅看護師は,一看護師という責任をおいきれない立場でありながらも早期解除に向けたリーダーシップを求められるという自身の役割に起因する困難を感じる一方で,患者やチーム全体の状況のほか,拘束解除に伴う影響を捉えられるという中堅看護師であるからこそ持ち得る能力を活かすことで対処しているといえる.
3. 看護実践への示唆Doedens et al.(2020)によると,看護師が安全であると感じられることが身体的拘束や隔離といった制限的手法の使用と関連している可能性が示されている.今回の結果から,中堅看護師は,早期解除に向けて困難を感じながらも,目標達成に向けて個々が行動できるチームを土台に,暴力や事故という拘束解除による負の影響をできる限り低減する工夫を行っていることが考えられた.これらの実践は,拘束解除に取り組む看護師が安全を感じられるかどうかという点に影響を与えるものであり,早期解除に向けた看護実践の糸口となるといえる.
本研究は3施設に勤務する看護師7名と対象施設数や対象者数が限られていることから,施設間の差異がデータに影響を与えた可能性が考えられる.また,研究参加者の精神科勤務経験年数は平均13年(9~18年)であり,中堅看護師の経験年数のなかでは高めである.状況の全体を捉えた発展的,あるいは複雑な看護実践が結果に反映されている可能性も否定できない.そのため,今後は対象施設数や対象者数を増やすほか,対象者の経験年数をより限定したデータを得る必要がある.
精神科中堅看護師は,急性期患者の身体的拘束の早期解除に向けて取り組むうえで多職種との連携のほか,リーダーシップをとりながら看護業務を滞りなく進めるとともに,チームメンバーの安全を確保することを困難に感じていた.これらに対し,中堅看護師は拘束解除に向けたチームづくりを意識し,拘束解除のみに着目するのではなく,解除が及ぼす影響を考慮した看護実践を行うなど,中堅看護師であるからこそ持ち得る能力を活かしていた.
本研究の実施にあたりご協力くださいました研究参加者の皆様,病院関係者の皆様に心より感謝申し上げます.なお,本研究は2021年度神戸市看護大学共同研究助成を受けて実施した.また,本研究の一部を第33回日本精神保健看護学会学術集会にて発表した.
本研究における利益相反は存在しない.
本研究ではESが研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,解釈,論文の作成と研究プロセス全体の統括を行い,AFは研究プロセス全体への助言,分析,論文作成,HFとYYは研究デザインへの助言,分析,論文作成を行った.すべての著者が投稿論文を確認し,承認した.