2025 年 34 巻 1 号 p. 105-113
【目的】精神科看護管理者のリカバリー志向を高めるための教育プログラムを評価することである.
【方法】精神科看護管理者に半構造化面接調査を実施し質的記述的に分析した.
【結果】教育プログラムの評価を分析した結果,173意味単位,159コード,49サブカテゴリ,22カテゴリ,【プログラムに参加したことによる管理者自身の変化】【プログラムに参加したことによる管理者間の関係性の変化】【プログラムの学びの看護への活用】【リカバリー志向の実践に向けた課題の気づき】【臨床現場の視点から捉えたプログラム】の5コアカテゴリに分類された.
【結論】教育プログラムに参加することで,看護管理者は患者のリカバリーに向けたかかわりの重要性に気づき,入院患者がリカバリーできるという期待を抱くなど,リカバリー志向を高められたと考える.今後は,教育プログラムの有用性を高めるために,プログラム内容の精選や評価方法の検討が必要である.
精神保健システムはリカバリー志向の実践へとサービスを移行している(Pincus et al., 2016).現在では,リカバリー志向の実践は,多くの国でメンタルヘルスサービスの標準的な枠組みになってきている(World Health Organization, 2019).リカバリー志向の実践では,患者の症状ではなく,夢や希望に焦点を当て,患者個々の価値観に基づいてケアを提供することへと変革が求められる(Slade, Adams, & O’Hagan, 2012).
しかし,日本は他国と比較し,問題解決志向がベースにあり,リカバリー志向へとシフトできていない現状がある.組織が患者のリカバリーを優先しない限り,新しいケアモデルはサービス全体の変化につながることはない(Dawson et al., 2021).Becker et al.(1998)は組織をリカバリー志向に変更するためのサポートとして,リカバリーの重要性を伝達する看護部長とこのビジョンを実現するための中間管理職の重要性を述べている.
リカバリー志向の実践に向けて精神科看護管理者のリカバリー志向の重要性は明らかになっているものの,看護管理者向けの教育プログラムは見当たらなかったため,リカバリー志向を高めるための教育プログラム(以下,教育プログラム)を開発し,実施した(松井・片岡・宮田,2024).本研究では,教育プログラムに参加した精神科看護管理者の学びや体験,対象者の内面に生じたリカバリー志向の変化を明らかにできる質的調査により教育プログラムを評価した.
リカバリー志向:精神保健医療においてリカバリーとは,病気や障害をもつ前の状態に戻るということではなく,Anthony(1993/1998),Deegan(1988)らの定義を踏まえて,疾患や障害があったとしても,自分らしさを大切にし,夢や希望をもちながら生きていく過程とする.志向とは,意識をある目的へ向けること,実現しようとしてこころがその方へ向かうこと(新村,2008)であり,本研究でのリカバリー志向とは,精神障害者の夢や希望を実現しようと支援者のこころが向かうこととした.
リカバリー志向の実践:精神障害者のリカバリーを支えるための自己決定とストレングスへの着目に基づいた支援であり(Deegan, 1988;Xie, 2013),そのためのプログラムの実施や言葉かけなど,精神障害者や家族に働きかける行為を示す.
質的記述的研究
2. 調査対象者調査対象者は,コロナ禍において教育プログラム実施の協力が得られた1精神科病院の看護部長,師長,主任を含む全看護管理者9名であった.なお,本施設は,3病棟150床の私立病院であった.
3. 調査期間2023年3月
4. データ収集方法教育プログラム実施終了後に教育プログラムの評価に関する半構造化面接調査を行った.データ収集内容は,対象者の基礎データ(年齢,性別,精神科臨床経験年数,管理者経験年数),教育プログラムに参加したことよる学びや体験,変化,気づき,改善点や要望であった.
5. 分析方法分析方法は,分析対象とする記述から傾向を明らかにし,その内容を生んだ原因,内容が引き起こす結果を明らかにできる内容分析の手法(舟島,2007)を用いた.録音された面接データの逐語録を作成し,教育プログラムの評価に関する文章を抽出し,分析の単位を構成する1つの意味単位にまとめた.コーディングは,意味単位から要約された意味単位を生成し,要約された意味単位を抽象化し,コードでラベル付けした.コードの類似性から代表されるような名前をつけ,サブカテゴリ,カテゴリ,コアカテゴリとした.分析過程において,質的研究を熟知している研究者よりスーパーバイズを受け,作成したカテゴリが適切であるか,結果を検討しながら同意が得られるまで分析を繰り返した.
6. 精神科看護管理者のリカバリー志向を高めるための教育プログラム教育プログラムは,香田・園・贄川(2013),田村ら(2023)を参考にし,先行研究(Matsui, Kataoka, & Tanimura, 2023;松井・片岡,2023)のリカバリー志向やリカバリー志向の実践に影響を及ぼす要因にアプローチする内容とした.教育プログラムの実施方法は,長時間,病棟を不在にすることが困難な看護管理者を対象とするため開催時間に配慮し,1回60分程度,月2回,全5回の構成とした.全5回の構成は,ラーニングピラミッド理論をふまえて,受講者参加型の研修にすることで学習効果を高めることできる(泉・小林,2020)ように知識の習得,体験,実践の順番で行った.
第1回目は,リカバリー志向の実践に組織の文化や風土,構造が影響するため,当該施設の組織の状況を把握するSWOT分析を行った.SWOT分析とは,看護管理の対象とする組織や個人について,外部環境や内部環境の強み(Strengths),弱み(Weaknesses),機会(Opportunities),脅威(Threats)の4つのカテゴリで要因を分析するもので(藤本,2019),戦略的管理における最も一般的なツールの1つである(Terzic-Supic et al., 2015).SWOT分析の結果,強みとして看護部を変化させようとしている段階であるところ,リーダーシップを発揮できる中間管理職の存在が抽出された.弱みには,管理者の精神科の知識不足があり,機会には,医師が看護師の自立性を尊重してくれていること,脅威には,医師との関係性が病棟ごとに異なることなどが抽出された.以上のことから,組織改革の流れを意識している看護管理者の存在がリカバリー導入の促進剤になること,その一方で,リカバリーに関する基礎的な知識を提供する必要があると判断した.第2回目は,リカバリーに関する知識がリカバリー志向の実践に影響を与えていたこと,第1回目のSWOT分析結果ふまえて,リカバリーに関する知識を基礎から習得するための講義を行った.第3回目は,対象者が看護管理者であることをふまえて,リカバリー志向の実践を行うことによる組織への影響についての講義とリカバリー志向の実践の導入において自施設の強みまたは弱みとなることについてディスカッションを行った.第4回目は,リカバリーに関する知識を得たうえでピアサポーターのリカバリーストーリーの語りを聞く講演会を行った.第5回目は,知識を習得し,精神障害者のリカバリーを体験したうえで,ストレングスモデルの事例検討を行った.
7. 倫理的配慮対象者に対して,研究の目的,方法,データの管理方法,結果の公開方法,研究への参加は自由意思であり,同意を撤回しても不利益がないことなどについて文書と口頭で説明をし,同意を得た.面接調査の日時と方法について,プライバシーが保護できる場所,方法を検討し,COVID-19による感染のリスクに留意し実施した.なお本研究は,三重大学医学部附属病院医学系研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号U2021-036).
研究への同意が得られた者は女性7名,男性2名の9名であった.教育プログラムを完遂した7名(女性6名,男性1名)を分析対象とした.調査対象者の年齢は,51.7(SD = 8.5)歳,精神科臨床経験年数13.0(SD = 11.4)年,管理者経験年数3.7(SD = 2.7)年,面接時間は26.9(SD = 5.6)分であった.
2. 面接調査による教育プログラムの評価(表1)コアカテゴリ | カテゴリ | サブカテゴリ |
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プログラムに参加したことによる管理者自身の変化 | リカバリーを学ぶ必要性の気づき | 新しいことを学ぶいい機会となった研修への参加 |
リカバリーについて学ぶ機会 | ||
自ら勉強しようと思えた研修の機会 | ||
リカバリーを浸透させるための管理者への教育の重要性 | スタッフ教育につなげるための管理者への教育の重要性 | |
リカバリー志向の実践に向けた管理者を育てるための研修の機会 | ||
新しいことを始める際の方向性を決める管理者の考えの重要性 | ||
これまでの看護を振り返る機会 | これまでの看護がリカバリーに向けた裏付けとなった研修の機会 | |
ピアサポーターに出会ったことで気づいたこれまでのかかわりの反省点 | ||
患者のリカバリーを信じられる体験 | ピアサポーターの口からリカバリーストーリーを聞くことができた体験 | |
リカバリーストーリーを聞いたことで可能になった入院患者のリカバリーする姿の想像 | ||
入院している患者もリカバリーできるのではないかという期待 | ||
患者のリカバリーを支えたいという思い | ストレングスモデルを学んだことによる患者の強みの気づき | |
患者の声に寄り添った看護がしたいという思いの芽生え | ||
患者のリカバリーに向けた看護師のかかわりの重要性への気づき | 看護師のかかわりが患者のリカバリーにつながるという気づき | |
管理者自身の課題の気づきと意識・行動の変化 | 看護管理における課題の気づきと意識の変化 | |
リカバリーの知識を得たことで変化したスタッフへの発言 | ||
看護で困った時の対処方法の獲得 | ||
プログラムに参加したことによる管理者間の関係性の変化 | 管理者間の関係性の構築につながった交流の機会 | お互いの看護について知る管理者間の交流の機会 |
管理者間の風通しのよさにつながった話し合いの機会 | ||
プログラムの学びの看護への活用 | リカバリーストーリーを聞いたことによる管理者の気づきを看護へ活用 | リカバリーストーリーを聞くことによって理解できた患者へのかかわり |
行動制限最小化に向けてピアサポーターの話を聞く機会の活用 | ||
リカバリーストーリーをスタッフ・患者・家族に聞いてほしいという管理者の思い | どんなかかわりが患者のリカバリーにつながるのかスタッフが理解するためのリカバリーストーリーを聞く機会の必要性 | |
患者や家族にリカバリーストーリーを聞いてほしいという思い | ||
リカバリー志向の実践を活用していくことへの期待 | スタッフがリカバリーを理解することでかかわりをかえられるという期待 | |
スタッフにリカバリーについてうまく伝達することでいい看護ができるという期待 | ||
リカバリー志向の実践は理解や環境が整えばすぐに活用できそうだという期待 | ||
リカバリー志向の実践をスタッフと一緒にやっていきたいという思い | ||
研修の学びをスタッフに伝えたいという思い | リカバリーについて学んだことをスタッフに伝えていきたいという思い | |
リカバリーに向けた実践を組み込んだ次年度の病棟目標 | 管理者のリカバリーに向けた強い思いを反映した病棟目標・計画 | |
病棟にストレングスモデルの導入を検討 | 病棟でストレングスモデルを活用していくことを検討する機会となった研修への参加 | |
ストレングスモデルを活用したいという思いの芽生え | ||
患者のストレングスを看護師と患者で共有 | ||
リカバリー志向の実践に向けて他職種や外部の力を活用したいという思い | リカバリーに向けて他職種と協力していきたいという思い | |
外部の力を活用したリカバリーの理解の促進 | ||
リカバリー志向の実践に向けた課題の気づき | スタッフの経験と知識の不足 | 看護師が退院後の患者の姿を見ることがなく患者がよくなっていく体験の不足 |
研修を受けたことで気づいたスタッフの知識の不足 | ||
スタッフへのリカバリーに関する教育の課題 | 管理者のリカバリーに関する理解度によるスタッフへの伝達の不安 | |
管理者によるリカバリーに関するスタッフ教育の困難さ | ||
臨床現場の視点から捉えたプログラム | 適当であったプログラム内容・資料・構成 | 理解をスムーズにしたプログラムの構成 |
1時間という制限内でのプログラムの展開 | ||
講義・SWOT分析・リカバリーストーリーと満足感が得られた研修内容 | ||
わかりやすくポイントがまとめてある資料 | ||
いいタイミングでのプログラムの開催時期 | ||
プログラムに関する課題 | 管理者のレベルに合わせた研修内容と時期 | |
理解を促す研修方法の改善 | ||
研修プログラムの説明不足 | ||
プログラムの学びを看護に活用する困難さ | 研修の学びを実践に反映させることの困難さ | |
他病院でのリカバリーに向けた実践への興味 | 他病院のリカバリーに向けた実践の具体例への興味 | |
プログラムに参加したことによる満足感 | 満足感につながったプログラムへの参加 |
調査対象者が語った教育プログラムの評価を分析した結果,173意味単位,159コードが抽出された.さらにコードは49サブカテゴリ,22カテゴリ,【プログラムに参加したことによる管理者自身の変化】【プログラムに参加したことによる管理者間の関係性の変化】【プログラムの学びの看護への活用】【リカバリー志向の実践に向けた課題の気づき】【臨床現場の視点から捉えたプログラム】の5コアカテゴリに分類された.
以下に,コアカテゴリは【 】,カテゴリは〈 〉,サブカテゴリは[ ],対象者の語りを「斜体」で示す.
教育プログラムの評価として,教育プログラム前後で【プログラムに参加したことによる管理者自身の変化】と【プログラムに参加したことによる管理者間の関係性の変化】が語られていた.看護管理者は教育プログラムに参加することで〈患者のリカバリーを信じられる体験〉をし,〈患者のリカバリーを支えたいという思い〉を抱いていた.また,〈リカバリーを学ぶ必要性の気づき〉があり,〈研修の学びをスタッフに伝えたいという思い〉と,〈病棟にストレングスモデルの導入を検討〉するなど,【プログラムの学びの看護への活用】を検討していた.一方で,学びを得たことで新たに【リカバリー志向の実践に向けた課題の気づき】があった.全体としては,〈適当であったプログラム内容・資料・構成〉や〈プログラムに参加したことによる満足感〉などの【臨床現場の視点から捉えたプログラム】評価がされていた.
【プログラムに参加したことによる管理者自身の変化】看護管理者は,教育プログラムに参加したことで〈リカバリーを学ぶ必要性の気づき〉,〈リカバリーを浸透させるための管理者への教育の重要性〉を感じていた.また,ピアサポーターの語りを聞くことで,〈患者のリカバリーを信じられる体験〉をし,〈これまでの看護を振り返る機会〉となっていた.〈患者のリカバリーに向けた看護師のかかわりの重要性への気づき〉,[患者の声に寄り添った看護がしたいという思いの芽生え]など,〈患者のリカバリーを支えたいという思い〉を抱いていた.その結果,〈管理者自身の課題の気づきと意識・行動の変化〉につながっていた.
「なんか,(ストレングスを)見れるようになると実はいいところがたくさんあったんだって.結局なんだろ,弱みも強みもなんか紙一重なのかなって思えるようになりました.弱みだと思ってたことも見方を変えると実は強みになるんだなぁっていうのをすごくわかってよかった(a氏)」
「新しいことを始めるにしても管理職,病棟のトップがやっぱり違うと,考え方も方向性も違ってくるし,教育の内容も変わってくるんで,そのトップが何を大事にして,どうしたいかっていう部分はすごく大事だと思う(d氏)」
「今までは,退院したいとか,ここから出ていきたいとか言われても,やっぱりその背景っていうのを古い患者さんは知ってるから,おうちには帰れないでしょとかって,そういう声掛けをしてたことも多々ありました.(中略)でもご本人がここから出たい,施設に行きたいって言われれば,そこはなんとか,やっぱり私達看護だけじゃなくて,周り多職種も含めて,本当に無理なのかっていうところをやっぱりつきつめていって,その患者さんの声にできるだけ寄り添えるような看護がしていけたらいいなって(e氏)」
【プログラムに参加したことによる管理者間の関係性の変化】看護管理者にとって,教育プログラムに参加したことが[管理者間の風通しのよさにつながった話し合いの機会]となり,〈管理者間の関係性の構築につながった交流の機会〉となっていた.
「なかなか他の病棟って行きにくいけど,あぁやって集まって話し合えることで,風通しも前よりはよくなったのかな,その病棟間の(a氏)」
「まず相互理解と言うか,自分の所属する部署のことしか眼中にないって人たちが,他の部署が今どういう状況にあって,何に困ってるか,今までは結果を出していないことに批判するだけってかたちだったのがその背景にあるものをちゃんとみることができるようになった(b氏)」
「今回のリカバリーの(教育プログラム)で主任たちも顔を合わせて,自分達のリカバリーに対する考えも言いあえて,すごくよかったっていう風に思ってます(f氏)」
【プログラムの学びの看護への活用】看護管理者は,教育プログラムに参加し,〈リカバリーストーリーを聞いたことによる管理者の気づきを看護へ活用〉しようとしていた.[どんなかかわりが患者のリカバリーにつながるのかスタッフが理解するためのリカバリーストーリーを聞く機会の必要性]を感じ,〈リカバリーストーリーをスタッフ・患者・家族に聞いてほしいという管理者の思い〉や〈研修の学びをスタッフに伝えたいという思い〉を抱いていた.また,[スタッフにリカバリーについてうまく伝達することでいい看護ができるという期待]や[リカバリー志向の実践をスタッフと一緒にやっていきたいという思い]が芽生え,〈リカバリー志向の実践を活用していくことへの期待〉を抱いていた.実際に,〈病棟にストレングスモデルの導入を検討〉したり,〈リカバリーに向けた実践を組み込んだ次年度の病棟目標〉を掲げていた.さらに,[リカバリーに向けて他職種と協力していきたいという思い]など〈リカバリー志向の実践に向けて他職種や外部の力を活用したいという思い〉を抱いていた.
「患者さんもそういう成功した,うまくいって,リカバリーがうまくいってる方の話を聞くのも大事だけど,スタッフもこんな風に自分たちのかかわりでなれる,どうしたらいいんだろっていう風に興味を持つという意味では,こういう機会はあった方がいい(c氏)」
「症状がすごく悪化してるときに,わかってる部分もあるだろうし,あやふやになってる部分ももちろんあるんだろうなって,想像しながら看護はしてるけれど,実際に患者さんはどう感じてるのかっていうところは(中略)そこまで及ばない部分もあったりするので,実際に体験を聞いてみると,あぁ,そういうところにも配慮しなきゃいけないんだなってことが,ヒントとして分かった(d氏)」
「すごく前向きな看護になっていくんじゃないかなって思いますね.なかなか患者さんの希望って聞く機会がなかなか作らないとないので(g氏)」
【リカバリー志向の実践に向けた課題の気づき】看護管理者は,教育プログラムに参加し,[看護師が退院後の患者の姿を見ることがなく患者がよくなっていく体験の不足]など〈スタッフの経験と知識の不足〉を感じていた.また,学びを深めたことで[管理者によるリカバリーに関するスタッフ教育の困難さ]など〈スタッフへのリカバリーに関する教育の課題〉を感じていた.
「スタッフに今度,これがいいことだってどうやって伝えていくかを間違えちゃうと,台無しになりかねないし,間違った形で伝わっちゃうと,せっかくいいものがピントがずれちゃうともったいないなぁって(b氏)」
「退院後のかかわり方とか,またそれへの準備を病棟でどうしていくのかとか,もうちょっとよくなるんだってっていう例を知らないだけに,知る機会がないだけに,そういうことがちょっとおろそかになってたような気がします(c氏)」
「自分のなかでうまくかみ砕いてうまくスタッフに伝えてく.だから,今,リカバリーは必要なんだよって.患者さんのニーズに沿って,看護をしていくためにはこれが必要なんだよってっていうのをどのように伝えていくのか(e氏)」
【臨床現場の視点から捉えたプログラム】臨床現場の視点から捉えた教育プログラムの評価として,[理解をスムーズにしたプログラムの構成]〈適当であったプログラム内容・資料・構成〉など,〈プログラムに参加したことによる満足感〉や,〈他病院でのリカバリーに向けた実践への興味〉を抱いていた.一方で,[研修の学びを実践に反映させることの困難さ]など〈プログラムの学びを看護に活用する困難さ〉を感じていた.また,〈プログラムに関する課題〉として,[理解を促す研修方法の改善]があげられていた.
「開催の回数自体も少なくも多くもなく,かといって,ちゃんとわかりやすかったし,話の流れも,すごくわかりやすかった(a氏)」
「リカバリーっていうのをじゃぁ,どう,どこに活かせるのかみたいな,(中略)目的じゃないですけど,これは何のためにやってるのかっていうのがもうちょっとわかりやすいと,研修の1回1回のねらいみたいなのがわかりやすくてよかった(d氏)」
「研究に参加して,研修を受けて,今後どう活かすかっていうのはまだまだこれからっていう段階なんで,それをじゃぁスタッフたちにどう活かしていくかとか,自分の中でどう活かしていくかってところまでには至っていない(d氏)」
本研究は,精神科看護管理者のリカバリー志向を高める教育プログラムを実施し,教育プログラムについて構成,効果の視点から,教育プログラムを質的に評価した.
1. 教育プログラムの構成看護管理者のリカバリー志向を高めるための教育プログラムとして,対象者を看護部長,師長,主任とした.面接調査の中で,教育プログラムに参加したことが[管理者間の風通しのよさにつながった話し合いの機会]となり,〈管理者間の関係性の構築につながった交流の機会〉となるなど,リカバリー志向の実践に向けた協力関係を築くことができていた.リカバリー志向の実践の成功の可能性を高めるために,複数の病棟にまたがる主要な管理者による体系的な介入アプローチが重要(Lorien, Blunden, & Madsen, 2020)だとされており,対象者に師長や主任の中間管理職を含めたことは効果的だったと考える.
教育プログラムの構成を,1回60分程度,月に2回,全5回とした.面接調査の中で,[理解をスムーズにしたプログラムの構成][1時間という制限内でのプログラムの展開]など,教育プログラムの実行可能性が語られていた.中込ら(2023)の研究より,看護管理者の研修を開催する上での困難に研修時間の確保があげられていたが,1回60分程度という設定は,病棟にとって組み入れやすく,時間的負担が少なく参加できるため導入しやすいと考えられる.
プログラムの導入には,病院の特徴をふまえた柔軟性が求められる.しかし,精神科病院の約9割が民間病院であり(厚生労働省,2020),環境や組織文化,風土などの状況は病院によってさまざまである.SWOT分析を活用し,病院の特徴をふまえた教育プログラムを実施した結果,看護管理者から,プログラム構成,内容,資料の適正が語られた.リカバリー志向の実践への変更には,組織文化の介入前の調査が必要であり(Bhanbhro et al., 2016),SWOT分析の結果をふまえたうえで教育プログラムを構成したことにより,内容妥当性を高められ,対象施設の特徴を踏まえた教育プログラムが作成できたと考える.
2. 教育プログラムの効果看護管理者の語りでは,リカバリーに関する知識を得たことで[スタッフにリカバリーについてうまく伝達することでいい看護ができるという期待]を抱いていた.また,ピアサポーターのリカバリーストーリーを聞くことで,〈患者のリカバリーを信じられる体験〉をし,[入院している患者もリカバリーできるのではないかという期待]をもち,退院をあきらめていた気持ちから〈患者のリカバリーを支えたいという思い〉へと変化していた.病院で働くスタッフは,患者の症状がより重症な時に出会い,さらに入院が長期的かつ再発を繰り返す患者も多いため,リカバリーへの態度が否定的だと言われている(Hansson et al., 2013).しかし,スタッフがピアサポーターと退院後の体験を共有することで患者のリカバリーに対するより前向きなアプローチにつながる(Hornik-Lurie et al., 2018)ことが明らかになっている.看護管理者も同様にリカバリーストーリーの語りを聞くことは,患者のリカバリーを信じられる体験となり,患者のリカバリーに対する思いの変化につながったと考える.さらに,ストレングスモデルでの事例検討により,[ストレングスモデルを活用したいという思いの芽生え],〈リカバリーに向けた実践を組み込んだ次年度の病棟目標〉につながるなど,行動に変化があらわれていた.リカバリーに関する知識を得ることやリカバリー志向の事例検討がリカバリー志向を高めるのに有効であることは明らかになっており(Salgado et al., 2010;Chang et al., 2021),本研究においても,リカバリーに対する意識や行動の変化がみられており,これらの変化は本教育プログラムの効果であると考える.
看護管理者らは,教育プログラムに参加することで,〈リカバリーを学ぶ必要性の気づき〉や〈患者のリカバリーに向けた看護師のかかわりの重要性への気づき〉,〈研修の学びをスタッフに伝えたいという思い〉をもっていたことから,リカバリーに関する知識を習得できたと考える.リカバリー志向の実践の実現に向けて,医療従事者への教育に当事者が関与することの重要性が明らかになっている(Happell et al., 2014).知識の習得に加えて,座学では学ぶことができない〈患者のリカバリーを信じられる体験〉をしたことで,[入院している患者もリカバリーできるのではないかという期待]をもつなど,患者のリカバリーの可能性を感じられるようになったことが考えられた.これらは看護管理者のリカバリー志向に働きかけるものであり,教育プログラムの一定数の有用性は確保できたと考える.
看護管理者の語りでは,〈リカバリー志向の実践を活用していくことへの期待〉をもてた一方で,〈プログラムの学びを看護に活用する困難さ〉を感じていた.先行研究においても,リカバリーの原則に関する知識を実践に移すことに苦労していた(Hungerford, & Fox, 2014).学びを活用していくためには,病棟の特徴をふまえた実践方法や既存のプログラムとの統合など,持続可能性を高めるための日常業務に実践を組み込む工夫が必要(Bhanbhro et al., 2016)であり,教育プログラムの課題が明らかになった.今後は,教育プログラムの有用性を高めるためにも,プログラム内容の精選や方法の検討が必要である.
3. 精神科看護管理者のリカバリー志向を高めるための教育プログラムに向けた提言精神科看護管理者のリカバリー志向を高めるための教育プログラムの作成に向けて,下記の2点を提言する.
1つ目に,ピアサポーターの積極的なプログラムへの関与,もしくはリカバリー志向の実践に近い教育プログラムの内容の検討が必要である.リカバリーに関する教育は,知識の習得だけでなくリカバリー志向の実践の具体例を必要としており,今後は,ピアサポーターの積極的なプログラムへの関与や,患者と共同したストレングスモデルの計画立案など,よりリカバリー志向の実践に近い形の具体的な内容について検討が必要である.
2つ目に,教育プログラム後の継続的なフォローの必要性である.病院にリカバリー志向の実践が組み込まれるまでには時間がかかるため,リーダーからの持続的なサポートと高いレベルのコミットメントが必要(Repique et al., 2016)とされている.管理者はスタッフへのリカバリーに関する教育に困難さを感じており,管理者がリカバリーを理解するための継続的な教育と,病棟での実践を変化させていくための具体的な方法の検討が必要である.
本研究の限界として,対象は1精神科病院の看護管理者7名であり,教育プログラムの一般化には限界がある.教育プログラムの様子を一緒に振り返ったり,対象者の疑問に答えるために,面接調査を教育プログラムの開発者が実施した.そのため,対象者の率直な語りを聞くことができていない可能性がある.今後は,教育プログラム実施施設の拡大と面接調査におけるインタビュアーの検討が必要である.
精神科病院におけるリカバリー志向の実践に向けて看護管理者のリカバリー志向を高めるための教育プログラムを実施し,対象者への面接調査より評価した.
看護管理者は教育プログラムに参加することで,リカバリーを学ぶ必要性や患者のリカバリーに向けた看護師のかかわりの重要性に気づき,プログラムでの学びをスタッフに伝えたいという思いや,入院患者がリカバリーできるという期待を抱いていた.
本研究にご協力いただきました看護管理者の皆様に心より感謝申し上げます.本研究は,科学研究費助成事業若手研究(19K19779)の助成を受け,三重大学大学院医学系研究科に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものである.
MYは,研究の着想,研究のデザインと実施,分析,執筆のすべてを行った.KMは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.