質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
断酒会における規範逸脱とその修正についてのナラティヴ分析
酒井 菜津子宮坂 道夫
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2013 年 12 巻 1 号 p. 119-137

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抄録
アルコール依存症者のセルフヘルプ・グループである断酒会では,「言いっぱなし,聴きっぱなし」という規則を設けて個人の語りの自由を保障しながら,〈断酒の継続〉という規範を維持するという,一見矛盾した語り合いが行われている。本研究では,〈集団〉での語り合いが,どのような仕組みで,参加する〈個人〉を断酒継続のための規範に従わせているのかを明らかにすることを目的として参加観察を行い,変則的場面に焦点をあて,規範から逸脱した語りと,それに対する他の参加者の反応を分析した。その結果,(1)必ずしも「断酒新生指針」などに明文化されていない,判断の難しい問題が語り合いの中で具体的に提示され,他の参加者から評定を受ける仕組みが存在する(2)「言いっぱなし,聴きっぱなし」という規則に加えて,〈主体の置換〉,〈名挙げの省略〉,〈脱焦点化〉,〈カテゴリーの拡大〉といった巧妙な言語学的方略が用いられることで,個々の題材に適した緩和が行われ,直接性や批判性が弱められていた。以上から,日本の断酒会には,AA をモデルとして構築されてきた,〈自己物語の再構築〉のためのストーリーモデル提供とは異なる断酒継続の仕組みが存在することが示唆された。
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© 2013 日本質的心理学会
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