抄録
文化心理学の学的潮流におけるブルーナーの位置づけは1990年に上梓された著書『Acts of meaning』をもってなされるのが主である。一方で,その受容は宣言としての評価が一般的なものであり,その構想の実が体系立てて論じられ,十分な吟味検討に晒される機会は,これまで必ずしも多くはなかった。そこで本稿では,同著を基軸として彼の文化心理学構想を再訪し,その構想の射程を論究することを目的とした。その結果本稿で明らかにし得たことは,彼の仕事に内在する「人間の精神の働きはあらゆる認識論に先行する」という命題である。この命題ゆえに,彼の文化心理学は,人間の精神の働きを人々の日常的な実践の所産として立ち現れる多義的な意味の内に捉えることを企図して展開する。彼の文化心理学は人びとの心理学的常識としてのフォークサイコロジーをその方法論的な対象に据える。そして,人びとの日常的な実践において最もなじみ深く,影響力を持つ文化的道具の一つをナラティヴとして措定する時,彼の文化心理学の基底に据えられるフォークサイコロジーへの探求は,人びとの実践の中のナラティヴの探求へと向かうことになる。ここに彼の文化心理学構想をナラティヴの文化心理学として再定式化することの可能性が拓かれる。