抄録
本研究は,発達障害児の母親が語る,子と父親(夫)と暮らす日常生活のエピソードに着目し,母親が家族との関わりのなかでどのように生きているかを描き出す試みである。母親の日常生活の意味世界に近づこうとする本研究は,従来の障害児の母親のストレス研究が問題発見・解決型の研究とすると,物語発掘型の研究といえる。発達障害児を育てる母親にインタビューをおこない,母親-子,母親-父親の二つの関わりについて,それぞれの語りを修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)で分析した。その結果,母親は子との関わりにおいて,「障害児」というより「我が子」を知りたいという思いを軸に,専心的な二者関係で子とつながっていた。父親との関係では,足並みが揃わずとも母親は心のなかで折り合いをつけることでつながりを保っていた。二つの結果から,家族というフィールドにおいて主体的に子や父親と関わり,日々の課題に対して自ら考え,乗り切ろうと実践し続ける母親の姿が浮かび上がってきた。本研究は,従来の障害児の母親研究で描かれてきた「葛藤の物語」ではない,平穏な日々を願いながら家族をつないでゆく母親の「しなやかな実践の物語」を発掘した。