抄録
本研究は,心理学の観察研究において,従来の客観性と普遍性を重視する科学的記述では描き出すことが困難な人々の情感を捉えるために,二人称的記述という新たな記述方法を提案することを目的とした。そこで本論では,レディの二人称的アプローチの理論を中心として,科学的研究の枠組みとは異なる視点から現象を捉えようと試みたバーク,ブルーナー,メルロ= ポンティの理論,さらにバフチンのポリフォニー小説の理論を通じて議論をおこない,新たな記述方法を検討した。結果,人々の情感を捉えて現象を描き出すためには,多義的で多角的な視点から現象を捉えること,他者の情感に対する研究者の知覚を認めること,研究者が観察者の立場にありつつも他者に共感的にかかわる視点を持つという研究者の姿勢の変化が必要であることを見出した。さらに,知覚された人々の情感を事例として読者に伝えるためには,登場人物の対話に読者を巻き込むかのような対話的な物語として事例を描き出す必要があることが見出された。本論での議論を通じて,研究者が研究対象である他者と読者双方の視点に立ち,対話的で共感的な姿勢を伴って現象を描き出す記述を二人称的記述として提案するに至った。最後に,実際の母子絵本読み場面における親子の想いのすれ違いを二人称的記述によって表したことにより,科学的記述では表現できなかった親子の情感の流れを物語として表現することが可能となった。