質的心理学研究
Online ISSN : 2435-7065
23 巻, 1 号
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  • 地域住民の健康増進を目的とした新規調査事業における連携の成立・持続の集団的達成過程の記述
    日髙 友郎, 鈴木 理恵子, 橋本 克枝, 井上 真理子, 寺田 幸子, 遠藤 翔太, 各務 竹康, 郡司 真理子, 阿部 孝一, 福島 哲 ...
    2024 年23 巻1 号 p. 5-24
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,地域住民の健康増進を目的とし新規調査を行う産官学連携事業の成立・持続過程の記述的分析 を通じ,事業全体としての持続に重要な要素を明らかにすることである。地域住民の糖尿病対策のために開始さ れた産官学連携事業をフィールドとし,約2 年の期間の中で生じた出来事が電子メールおよび会議議事録等の資料から収集され,複線径路・等至性アプローチ/モデルを用いて時間軸に沿って整理・分析された。成果は,産官学連携事業に係る実務的示唆,および文化心理学に係る理論的示唆として整理された。前者について,連携体制の「成立期」には,必ずしも当初目標として設定された形式でなくとも産官学三者が納得できる「セカンドベスト」の形式で事業を開始することが有効でありうること,「実行期」においては「解の共有」としての「理念」の設定が必要となること,そして「持続期」においては各セクターの歴史,あるいは事業そのものが培ってきた資源を活用することによって,不定な未来へと歩みを進めていくための社会的助勢が配置可能となることが明らかとなった。後者については,「集団的・組織的becoming」と呼ぶべき集団としての変容過程の存在を実例として示した。産官学連携に対する社会的な期待は増大しており,人文・社会科学の貢献も求められる状況にある。本研究は産官学連携の過程の分析により,連携を円滑に進めるためのモデルを提示したものである。
  • 矢守 克也
    2024 年23 巻1 号 p. 25-32
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本論文は,自然災害を対象とした防災・減災,復旧・復興に関する研究・実践における「産官学民」の関係について,日本社会を念頭に,その歴史的な概観,成果と課題の概括を試みたものである。明治の近代化は,それ以前,主に「官」と「民」による緩やかな連合によって担われていた日本社会の防災・減災,復旧・復興に大きな変化をもたらし,その後,それは,明確な機能分化(縦割り)を伴った「官+産学」の体制へと移行する。「学」(科学)と「産」(技術)を「官」が統括する体制は,太平洋戦争後,特に伊勢湾台風(1959 年)以降の高度経済成長期に花開き,長年にわたって大きな成功をおさめる。しかし,そこに大きな落とし穴が潜んでいたことが,阪神・淡路大震災(1995 年)と東日本大震災(2011 年)という2 つの大震災を通して露呈する。「官+産学」への過剰な依存に対する反省は「安全神話の崩壊」「想定外」といった言葉で,他方で,「民」の復権は「ボランティア元年」「自助・共助・公助」といった言葉で表現された。もっとも,この新たな社会的配列「産官学民」への移行はスムーズではない。「産官学民」の表面的連携に自足することなく,そこに生じている葛藤や矛盾こそが真の連携にとって重要な礎石であるとの認識が重要である。
  • スマートフォンアプリ開発過程のイノベーションをめぐる分析を例に
    杉山 高志, 矢守 克也
    2024 年23 巻1 号 p. 33-46
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究は,津波避難訓練支援アプリ「逃げトレ」をめぐる産官学の連携について,質的研究の観点から分析したものである。特に,本研究の対象とした産学官連携の開発者間で,どのような意味合いでイノベーションが起きていたと認識されていたかという問いを立てて考察を行った。筆者らは,2015 年から「逃げトレ」の開発スタッフとして携わり,システム設計やデザインを担当する民間企業の職員や津波シミュレーションを行う他研究機関の職員,太平洋・瀬戸内海沿岸部の行政職員らと共にスマートフォンアプリの開発に取り組んできた。そのプロセスを,半構造的インタビュー調査による質的研究の手法を用いて分析した。その結果,開発に携わった民間企業の職員や行政職員はいずれも,開発の過程でイノベーションが生じていたと感じていたものの,イノベーションとは技術が新しくなることだけではなく,組織的なつながり方が変化するなどという多義的な意味合いで認識されていたことがわかった。
  • 産学官連携に質的研究をどのように役立てるか
    サトウ タツヤ
    2024 年23 巻1 号 p. 47-55
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本論文は,産学官連携における質的研究の適用に焦点をあて,対立から相補性への転換と,多様性の概念を超越した複線性の採用を提唱する。そこで,複線性の視点から「異床同夢」─異なる基盤にいながら共通の目的や夢を共有することの重要性を強調する。第1 項では対立と多様性の問題を検証し,対立ではなく相補性を,多様性に時間的な次元を加えた複線性を,それぞれ重視すべきと論じる。第2 項では,産学官連携における複線径路等至性アプローチ(TEA)の適用事例を紹介し,質的研究が製品開発や市場理解にどのように貢献するかを示す。第3 項では,「ものづくり」「ことづくり」「しなづくり」という三鼎構造を提案し,これらが相互に連携し機能する過程を説明する。最終節では,TEA の理論とシモンドンの展結の概念を統合し,モード論における学融に時間軸を加えることの意義を論じる。また,最後に社会が間違っている場合を想定する必要があること,それに備えて常に歴史から学ぶことが重要であることを指摘する。
  • 食べ物の変形と食事道具の利用の観点から
    青木 洋子
    2024 年23 巻1 号 p. 59-77
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究はスプーン食べ期の保育園1 歳児クラスの子ども2 名の食事場面を縦断観察し,スプーン操作の中でも特に難しい「食べ物を食具に載せる」操作を生態心理学的観点から分析した。「食べ物を食具に載せる」操作は,主に食べ物の変形に関連する「食べ物を食具に載せる前の調整タスク」と,食器とスプーンの接触様態が関連する「食べ物を食具に載せるタスク」に分けて分析した。分析対象の食べ物は,保育園でよく提供される主食のごはんであった。分析の結果,対象児は食べ物の粘性による分割しにくさには対処できたが,粒状で食器内に散らばるとかき集めるのが困難なこと,予期性が及ぶと仮定されるのが「一口」の範囲内であること,食器とスプーンを組み合わせて食べ物を押さえるアフォーダンスを作り出す際,身体の可動域の点から食器の手前もしくは左側が使いやすい位置となることが推測された。また,運動発達の観点からスプーン操作を研究したコノリーとダルグレイッシュ(Connolly & Dalgleish, 1989)が最も高度なすくい方としている「手首の回転」は,環境との調整の観点からはスプーンのボール部の丸みと食器の面を曲線状に沿わせ,スプーンの上の食べ物と食器の面の接触面積を増加させて「食べ物を食具に載せる」ゴールをより確実に遂行する動きと解釈された。
  • M-GTAによる首都圏近郊の学生インタビューの分析
    新原 将義, 金馬 国晴
    2024 年23 巻1 号 p. 78-97
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究ではパフォーマンス心理学の観点から,従来の欠如モデル・獲得モデルに偏ることなく,首都圏近郊の大学生・大学院生の政治的主体としての発達プロセスを明らかにすることを試みた。2 大学の大学生・大学院生計19 名のインタビューデータの分析から,政治的主体としての「知ることに頼らない成長」のプロセス,および政治的無関心の学習プロセスを記述した。また結論として(1)教育現場での実体験よりも政治的無関心のパフォーマンスと「政治教育の不在」という一般的な言説に基づいた正当化のほうが強い支配力をもつこと,(2)政治的無関心が単なる個人的態度ではなく,政治的な話題を避けたり他の話題と区別したりするような対話実践によって協働的に構成されていること,(3)「知ることに頼らない成長」や自身の政治思想に対する内省を伴うパフォーマンスが高度な批判的思考による投票行動につながる可能性,(4)友人同士のネットワークのなかで投票の有無が可視化されたり重要な話題となった場合,それが投票行動を促進すること,の4 つを指摘した。
  • 延命治療拒否のリビングウィルをめぐる救急患者の事例から
    今井 多樹子, 永井 庸央, 中垣 和子, 門田 清孝
    2024 年23 巻1 号 p. 98-113
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    看護学生の倫理検討の視点を,延命治療拒否のリビングウィルをめぐる救急患者の事例を基に記述した。急性期 看護実習修了直後にクリティカルケア看護論を履修した4 年次生47 名のグループワークの成果をKJ 法で再構築 し構造化した。その結果,10 の島に収束し,島同士の関連性から,学生の倫理的視点の構造は,意思能力が低 下した患者の言葉の曖昧さに端を発し【患者の言葉(意思表示)の信憑性に対する批判的な視点】を起点とした。 これには強力な【患者の意思尊重を重要視する視点】を背景に,医療者としての【苦痛緩和による予後悪化のリ スクを査定・予見する視点】が起因した。これら2 つの視点を要に,家族の代理意思決定による【治療の信憑性 に対する倫理原則に基づく批判的な視点】から,延命ではなく鎮静の選択に至った最終的な治療方針を,家族と 医療者の果たすべき役割を通して,倫理原則に基づき批判的に吟味する様が浮き彫りとなった。学生の倫理検討 の視点は患者中心であった。学生は,授業で習った倫理原則に基づいて事例検討する中で,現実には倫理原則同 士が衝突することが多々ある現状を踏まえて,そこから考え抜き,その時の最適解を導き出す力の素地が醸成で きていることが考えられた。
  • 指導形態との関連に着目した小学校教員の語りの分析
    坂本 篤史, 三島 知剛, 一柳 智紀
    2024 年23 巻1 号 p. 114-132
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,小学校の教育実習指導を通した実習指導教員の学びと実習指導のあり方との関連について,実習指導教員への実習期間中の面接調査から明らかにすることである。面接調査は,4 週間にわたる実習指導期間の前後および,期間中の毎週末に非構造化面接により行われた。2 名の小学校教員の語りに対し質的コーディングを用い,実習指導教員,実習生,子どもの三者の関係に着目し,実習指導の時間的経過に伴う実習指導教員の学びについて分析した。数量的分析と質的解釈の結果から,第一に,実習指導が自身の指導への省察となっていること,第二に,実習指導が時系列的変化を伴いながら,実習生との協働的な関係や,子どもとの連携的な関係で行われ,そのことが実習指導教員の学びを促すことなどが明らかになり,実習指導教員が偶然を生かしつつ,自身の学びにもつながるような実習指導を行っていることが示唆された。今後の課題として,学校全体の組織体制の検討が挙げられた。
  • 認知症の疑われる女性の書いた日記のドキュメント分析
    田中 元基, 大橋 靖史
    2024 年23 巻1 号 p. 133-154
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,家族から認知症を疑われた女性の20 年間にわたる日記を対象に,クルト・レヴィンの生活空間を枠 組みとしたドキュメント分析を行い,生活空間の変容を描き出した。その結果,日記著者の生活空間には,関係性的要因と時間的要因の変容が見出された。関係性的要因は,①著者と日記の関係性の変容:日記の内容が,備忘録の多かった時期から心情表現の多くなる時期へ変容する。②登場人物の関係性の変容:家族以外の人物の記述の多かった時期から家族中心の記述の多くなる時期へ変容する。時間的要因は,①時間連続性の変容:出来事を記述する順番が,出来事の起きた順番通りに記述していた状態から,次第に不連続に記述することが目立つようになる。②時間指向性の変容:日記に記述される時間範囲が狭まり,不明瞭なものになる。日記著者の生活空間は,一般的な成人の生活空間と考えられる時期(第Ⅰ期)から,次第に領域の境界があいまいになり(第Ⅱ期),関心が現在指向になるとともに,生活空間内での移動範囲が狭まる時期(第Ⅲ期)へ質的に変容していった。生活空間を枠組みにすることによって,加齢的変化や認知症の病的変化といった側面から対象の体験を切り分けて理解するのではなく,個人の体験の全体的な理解が可能になると考えられた。
  • 対話的な物語による現象の解釈
    関根 佐也佳
    2024 年23 巻1 号 p. 155-173
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究は,心理学の観察研究において,従来の客観性と普遍性を重視する科学的記述では描き出すことが困難な人々の情感を捉えるために,二人称的記述という新たな記述方法を提案することを目的とした。そこで本論では,レディの二人称的アプローチの理論を中心として,科学的研究の枠組みとは異なる視点から現象を捉えようと試みたバーク,ブルーナー,メルロ= ポンティの理論,さらにバフチンのポリフォニー小説の理論を通じて議論をおこない,新たな記述方法を検討した。結果,人々の情感を捉えて現象を描き出すためには,多義的で多角的な視点から現象を捉えること,他者の情感に対する研究者の知覚を認めること,研究者が観察者の立場にありつつも他者に共感的にかかわる視点を持つという研究者の姿勢の変化が必要であることを見出した。さらに,知覚された人々の情感を事例として読者に伝えるためには,登場人物の対話に読者を巻き込むかのような対話的な物語として事例を描き出す必要があることが見出された。本論での議論を通じて,研究者が研究対象である他者と読者双方の視点に立ち,対話的で共感的な姿勢を伴って現象を描き出す記述を二人称的記述として提案するに至った。最後に,実際の母子絵本読み場面における親子の想いのすれ違いを二人称的記述によって表したことにより,科学的記述では表現できなかった親子の情感の流れを物語として表現することが可能となった。
  • 田中 文菜
    2024 年23 巻1 号 p. 174-194
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    社会性の発達の基礎として,乳幼児期に特定の養育者と親密な関係を築くことが必要であるという愛着理論は, 南部アフリカ狩猟採集民の母子密着が示されたことにより,その妥当性が確認された。しかしその後,中部アフリカ狩猟採集民で,母親以外の人も授乳し,多くの養育者が世話をするマルチプル・ケアテーキングが指摘され,愛着理論の再検討の必要性が言われた。そこで本研究の目的は,中部アフリカ狩猟採集民バカの幼児が,誰に愛着行動を示し,誰を「安全基地」として集団活動に参加するのかを明らかにすることである。バカのもとで参与観察を行い,遊戯的な歌と踊り「ソロ」の動画を撮影し,それらをもとに幼児と周囲の人々との相互行為を,文脈を踏まえて質的に記述し分析した。その結果,幼児にとって母親が主要な愛着対象であり,早い時期から複数の愛着対象がいるという,二項対立的な議論のどちらをも支持する結果が得られた。これは,自然場面での子どもとそれを取り囲む人々の関わりを記述・分析するという民族誌的アプローチをとったからこそみいだせた結果であろう。母子密着とマルチプル・ケアテーキングのどちらが本質的かを結論づけるための議論よりも,愛着という概念を考え直し,初期の養育者と子どもの関係を別の枠組みで理解していくことの必要性を主張したい。
  • 坂岡 大路
    2024 年23 巻1 号 p. 195-212
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    いわゆる「宗教2 世」問題をはじめとした親の宗教的信念を巡る子の葛藤については,当事者視点における体験的意味の研究が不足している現状がある。子の信教の自由や意見表明権を実質的に保障するためには,子がどのような苦しみや葛藤を通して己の思想信条の自由を全うするのかについて探求しなければならない。そこで,本研究では,親の宗教と葛藤する子同士の語り合いから,親子間で生じる葛藤体験およびディスコミュニケーションの構造を探索的に検討した。その結果,①主語のすり替わりによる対話的関係の遮断,②集団対個(子)という特殊な規模の孤立無援感,③壊れの予兆に気づいて手放すことによる自己形成の保障という,三つの構造を見出すことができた。以上の結果を基に考察を行い,さらに以下の発展的な課題が浮き彫りになった。①「私は」・「あなたは」といった主語を取り戻すことは親子の関係構築においてどのような機能を果たすのか。②子の自己形成において,教団外他者とのつながりはどのような役割を果たすのか。③親が子との間で適度に距離を置けるようになるための親支援はいかにして可能か。
  • 発達障害当事者ならではの活動とその意味
    徳光 薫
    2024 年23 巻1 号 p. 213-227
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,発達障害のセルフヘルプグループ(以下,SHG)を支援する団体の代表者でもある,大人の発達障害当事者の語りから,発達障害当事者がSHG を支援することの意味について,現象学的方法を用い明らかにすることを試みた。この方法は,「生きられた経験」を記述するものなので,「ある一事例の現象がもつ意味」を取り出すことを目的とした本研究に適すると考えた。この社会では,多少無理をしても,発達障害特性(デコボコ)が目立たないようにふるまうことが,多くの発達障害者たちにとって,非難を受けずに生きようとする手段となっている。しかし,この支援団体の代表者は「(一般の人を含め)みんながデコボコだから,みんなそのままでいい」と語る。このように,彼女は発達障害特性を問題ととらえず,〈ありのままに生きる〉ことに基づいた「新たな障害観」が社会で語られ理解されることを目指している。こうした取り組みは,私たちの生きる社会が,障害の有無にかかわらず誰もが自分らしく生きていける社会へと変化するきっかけになり得ると考える。
  • アブダクションに着目した陰謀論ブログのケーススタディ
    大山 星馬
    2024 年23 巻1 号 p. 228-242
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    インターネットの普及によりポスト真実の問題は身近で甚大なものとなっている。例えば,米国ではオンラインメディアを通じてQ アノンと呼ばれる陰謀論に人々が動員され,米国連邦議会議事堂を占拠する集団的運動に至り,これと同様の事例が日本でも生じている。このような中,近年心理学においても陰謀論的信念が一つのテーマとなってきている。しかしながら,これまでの心理学研究では陰謀論を信じるということが具体的にどのような現象であるのか検討してこなかった。本研究では,陰謀論に基づく社会運動の発端となったブログのテキストを対象とし,ヴァーチャルエスノグラフィーの手法を採用して,アブダクションという観点から,陰謀論の特徴と集団的運動における相互行為的特徴による陰謀論的信念を考察した。その結果,本研究が対象とした陰謀論には,陰謀組織についての言説だけではなく,陰謀組織に対抗する存在についての言説が含まれ,それが集団的運動の契機となっていたことが明らかとなった。そして,その集団的運動では,陰謀組織やそれに対抗する存在に働きかけるための媒介物が製作されていた。さらに,報道される出来事や運動への批判などの様々な事象が媒介物によって陰謀組織へ働きかけた結果として解釈され,それによる陰謀への確信が新たな集団的運動へと方向づけていた。
  • Mさんのライフストーリーから
    日高 直保
    2024 年23 巻1 号 p. 243-261
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/01
    ジャーナル フリー
    本研究では,ライフストーリーの記述を通じ,不妊治療を行わない選択をした女性の経験を詳細に描き出すことで,不妊に関する可視化されにくい声を可視化し,社会において支配的なストーリーとは異なる生き方の可能性を提示することを目指した。具体的には,子宮内膜症を患い,不妊の可能性を認識しながらも不妊治療を行わない選択をした女性1 名にインタビューを行い,得られた語りをもとに,ライフストーリーの記述と考察を行った。語りからは,何かを「育む」ことを独自に実現しながら,「子どもを産めないかもしれない」可能性を「受け入れ」つつ,「子どもどうする」という問いについて「考え続け」る姿が描き出された。そして,不妊に関する可能性の「受け入れ」は,長いスパンという時間性を持ち,経験への意味づけという行為と,子育てに関わるうれしさの発見という,感情的な側面を含んだ経験であると考えられた。また考察では,「生成継承性」の発揮および実現が,不妊治療に際する意思決定や,不妊に関する可能性の「受け入れ」の一因になりえることを示した。次いで,本研究で得られた知見が,不妊に悩む当事者への支援に資する可能性について言及した。
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