バフチンには,『ドストエフスキイの創作の諸問題』(1929)とその改訂増補版『ドストエフスキイの詩学の諸問題』(1963)という 2 つのドストエフスキイ論がある。本稿では,これらの著書およびその周辺の著作を比較検討することにより,主として〈ポリフォニー〉,〈対話〉,〈声〉に関する見解の変化を確認することにした。その結果,1920 年代後半から 30 年代半ばまでに目立つ「社会(学)的」視点が 1960 年前後の著作には見られないこと,また 1920-30 年代にはもっぱら「さまざまな声があること」を強調していたのに対して,1960 年前後には「ともに声をだすこと」をも重視しはじめていることが,明らかになった。さらには,『ドストエフスキイの詩学の諸問題』では,〈ポリフォニー〉や〈対話〉こそが他者に対する格別の「能動性」を必要とすることが繰り返し強調されていることも再確認できた。こうした点を考え合わせると,バフチンの対話原理の要点は,「距離」を確保した「対話的能動性」を身につけてはじめて「心に染み入る対話」も可能になるとの主張にあるといえよう。