地溝は, 縦ずれ断層によって形成された地形的凹地として, 地質学的に定義されるものである. 房総半島南部には, 地形学的にも地質学的にも十分な検証がなされないまま, 地溝の典型として“鴨川地溝帯”という名称が使用されてきた. 地形学的・地質学的資料に反射法地震探査法を適用して, それが地溝かどうか?について再検討を行い, 房総半島南部の地形が構造運動によるものではなく, 組織地形として成立してきた可能性について考察した. その結果, 反射法探査イメージには地溝の地質構造がみえないこと, これまで活断層とされてきたリニアメントに沿って累積的な変位や沈降がみられないことから, いわゆる鴨川地溝帯の実体はないことが判明した. 上総丘陵と安房丘陵の間にある, みかけの凹地を画する2つのリニアメントは, 断層線谷や逆従断層線崖などの組織地形の様相を示す. 北側のリニアメントに沿っては, そのような侵食地形が破砕した保田層群の頁岩と三浦層群の泥岩の接触部に発達する. 南側のリニアメントでは, その地表トレースは曽呂川断層と一致し, 断層を境にして接する保田層群の頁岩同士, あるいは頁岩・砂泥岩との接触部に沿って, 侵食地形が連続する. これらは, 差別侵食がそのような場所に発生し, 岩石における抵抗性の違いに由来する地溝状の凹地を生み出したことを示唆している. とくに, 風化の著しい頁岩部における選択的侵食低下が著しい. 推定される古水系や逆従断層線崖の存在に基づくと, かつて現在の嶺岡山地をおおう山地が存在し, その斜面上に必従河川の水系が発達していたと考えられる. このように, 房総半島南部の地形は, 地質構造や岩石 (地層) の性状に大きくに影響を受けた組織地形として成立してきたものであり, 鴨川地溝帯とされてきた地形は地溝ではなく, 組織地形の一部と考えられる.