メディアなどで多く取り上げられる,ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故の対策として,国土交通省と独立行政法人自動車事故対策機構(ナスバ)が推進する自動車アセスメント事業(JNCAP)において,ペダル踏み間違い時加速抑制装置の試験・評価が2018年より開始された.一般財団法人日本自動車研究所(JARI)は当該評価開始から試験の実施を通じて,安全な自動車の開発・普及の一端を担ってきた.本稿では,試験・評価に関するこれまでの活動内容と評価試験の方法について紹介する.
1. はじめに
一般財団法人日本自動車研究所(JARI)は,日本の自動車アセスメント事業(JNCAP: Japan New Car Assessment Program)における試験の実施を通じて,車の安全性を評価および安全な車の開発・普及に貢献している.JNCAPとは,国土交通省と独立行政法人自動車事故対策機構(ナスバ)が一体となって進める,新車販売されている自動車の総合的な安全性能について評価・公表する事業である.1995年から始まった衝突試験では,事故が発生したときの車内の乗員へのダメージを評価し,万が一事故が発生した際の被害を軽減する衝突安全技術の発展に寄与してきた.ここ十年で,事故の発生自体を未然に防ぐ予防安全技術が台頭してきたため,JNCAPでも従来の衝突安全に加え予防安全技術の試験・評価が2014年4月より開始された.ドライバーの不注意などにより,車両や歩行者との衝突リスクが高まったときに自動的にブレーキ制御をする衝突被害軽減ブレーキ(AEBS: Autonomous Emergency Braking System)や自車が車線からはみ出しそうになったときに車線に戻す制御をする車線逸脱抑制装置(LDPS: Lane Departure Prevention System)などの試験・評価が実施されている.本稿では,高齢化が進む日本においてメディアなどでも取り上げられることが多くなってきた,ブレーキとアクセルの踏み間違いに起因する事故に対する予防安全装置,「ペダル踏み間違い時加速抑制装置」について,JARIで実施している評価試験を紹介する.
2. JNCAP試験方法の紹介
2.1 試験導入の経緯
日本のJNCAPに対して,欧州でも同様の目的でEuro NCAPという取り組みが行われている.AEBSの試験・評価などについては,まずEuro NCAPが先行して開発し,JNCAPは日本の事故実態に合わせて試験条件等を変更した上で,試験・評価を行っている.一方,高齢化が進む日本では,高齢者のペダル踏み間違いによる事故が報道で多く取り上げられ世間の関心が高まったことにより,当該装置の評価ニーズが高まったため,JNCAPで試験・評価の開発を行い,2018年に世界に先駆け試験・評価が開始された.
2.2 試験方法の概要
JNCAP試験は,国土交通省が開催する自動車アセスメント評価検討会にて定められた「ペダル踏み間違い時加速抑制装置性能試験方法」1) に基づき行う.ペダル踏み間違い時加速抑制装置性能試験の概略図を図1に示す.ペダル踏み間違いによる障害物との衝突を模擬したFon(試験自動車が前進するシナリオ)およびRon(試験自動車が後退するシナリオ)の2種類の試験シナリオを実施する.試験用ターゲットに向かって停止した状態からアクセルを踏み込み,試験用ターゲットとの衝突を回避できるか,衝突速度を低減できるかを試験することで,装置の評価を行っている.
図1 ペダル踏み間違い時加速抑制装置性能試験の概略図(Fon)1)
2.3 試験用ターゲット
ペダル踏み間違いによる事故はコンビニなどにぶつかるケースを報道でよく目にする.一方で,交通事故統計2) によると,車同士の事故が約8割を占めている.図2に2018年から2020年の間に日本で起きたペダル踏み間違いによる事故件数を示す.なお,図2 b)の死亡重傷とは,死亡事故件数と重傷事故件数の合計であり,図2 a)の死傷とは,さらに軽傷事故を加えた事故件数である.図2 a) の死傷事故件数を見ると,車両相互が8割以上を占めており,コンビニなどの構造物に衝突した場合に分類される車両単独は2割に満たない.試験導入当初から,コンビニなどの構造物よりも小さい車両ターゲットによって「車両相互と車両単独」の両方を代表する評価試験を行っている.一方,図2 b)に示すように,死亡重傷に絞って見ると人対車両の割合は相対的に高い.すなわち歩行者との事故は,数は少ないものの被害が大きい傾向が見られる.導入当時は歩行者への対応は技術的に難しかったが,技術の進展に伴い,2023年度からは歩行者ターゲットに対する試験が追加され,「人対車両」の評価が開始された.
図2 ペダル踏み間違いによる事故件数(1当軽乗用,普通乗用,2018年~2020年)2)
2.4 試験の成立条件
ペダル踏み間違い時加速抑制装置は,ドライバーがペダルを踏み間違えた時の事故低減を目的とした装置であることから,ドライバーの意図に反して作動することを避けるため,自動車メーカーごとに一定の作動要件が設けられている.なお,オーナーズマニュアルなどに作動要件の概要は示されているが,細かい作動要件までは記載されていない.こうした中,試験では一般的な事故場面でかつ公平な評価をするために,試験成立のための条件が設けられており,不成立の場合は再度試験を実施する.成立条件は表1の通りである.
ブレーキオフ時位置は,試験開始時の試験用ターゲットとの相対距離であり,自動車メーカーが申告した位置(通常1.00 m)に対して,0.02 m以内に収まっていないと試験不成立となる.また,アクセルオン時速度は,ブレーキを離してアクセルペダルに最初にタッチしたときの速度であり,0.5 km/h以下と規定されている.これにより,アクセルが踏み込まれる時点におけるターゲットとの距離が統制される.アクセル踏み込み速度は,緊急制動(ドライバーが危険を感知してブレーキペダルを踏み込む速さ)と同等の速さで間違えてアクセルペダルを踏み込んだと想定し,アクセル開度0 %から100 %までの時間が0.13 s~0.25 sの間と定められている3).最大横ずれ量は,試験用ターゲットと試験自動車との横位置の規定であり,それぞれの中心が0.10 m以内でないと試験不成立となる.
表1 試験の成立条件
ブレーキオフ時位置 | アクセルオン時速度 | アクセル踏み込み速度 | 最大横ずれ量 |
---|---|---|---|
±0.02 m | ≦ 0.5 km/h | 0.13 s ≦ 0.25 s | ±0.10 m |
2.5 試験機器
試験の成立条件を満たすために,JNCAP試験で使用する運転操作ロボットなどの機器の搭載状況を図3に示す.ステアリングホイール操作を行うステアリング操作ロボット(図3 a)と,アクセルペダル操作を行うアクセル操作ロボット(図3 b)によって,試験時の車両制御を行う.車両の位置は,GNSS(Global Navigation Satellite System)注1) で測定する.さらに,RTK方式注2) とIMU注3) による補正を組み合わせることによって,位置精度は0.02 m以内,速度精度は0.1 km/h以内での測定が可能である.
図3 運転操作ロボットの搭載状況
2.6 試験手順
運転操作ロボットを使用して行なった,JNCAP試験「Fon対車両」の試験風景を図4に示す.地上に置かれた試験用ターゲットの中心と試験自動車の中央とが合うように,運転操作ロボットがハンドル操作を担い進入する.その際,試験用ターゲット20 m手前の位置で一度エンジンを切り,再度エンジンを始動して1 mの位置までクリープで進入して停止する.その後,試験ドライバーのブレーキオフをきっかけにして,あらかじめ設定された速度で運転操作ロボットがアクセルペダルを踏み込むことで,試験が開始される.位置情報の測定結果を用いて,試験自動車が試験用ターゲットの座標を超えたときは衝突判定となる.衝突判定となった場合は,試験用ターゲットがない状態(Foff)で,試験自動車単独の1 m到達地点の速度を測定する.Foffの結果に対するFonでの速度変化率を算出し,0.3(衝突エネルギー半減)以上の速度低下が認められれば抑制判定となる.Fonで衝突判定より前に速度が0を下回った場合は,回避判定として試験終了となる.後退シナリオや歩行者ターゲットに対する試験も同様の手順で行う.このように,試験は決められた手順に従って実施されるが,実際に事故が発生する状況では,試験とは異なる様々な状況が想定されるため,必ずしも装置の動作が試験と同じになるとは限らない.
図4 Fon 対車両の試験風景4)
2.7 結果の一例
試験結果の一例として,図5に試験自動車のa) 時間経過およびb) 相対距離変化に伴う速度の計測データのイメージを示す.試験自体は,1秒から2秒程度と短時間である.しかし,加速抑制および制動制御が行われなかった場合,図中破線の示すように速度が徐々に増していき,1 m進んだ時点で約10 km/hに到達する.一方,図中実線の例では,一旦速度が上がるものの,装置により減速し,試験用ターゲットまで0.5 m程度を残して停止回避している.たとえ10 km/hだとしても,衝突が発生した場合は報道で目にするような悲惨な状況になることから,このわずか数秒に対する当該装置の貢献度は非常に大きなものと言える.また,抑制機能のみの場合では,衝突は発生するものの途中から加速が抑制されることで,衝突時の速度が低下し被害を抑えることができる.
図5 計測データのイメージ
3. 今後の見込み
現在,ペダル踏み間違い時加速抑制装置の評価試験は,JNCAPとして日本のみで実施されている.JNCAPの現在の試験法は,駐車場などにおける極低速でのペダル踏み間違いを対象としており,走行中に発生したペダル踏み間違いによる事故はカバーできていない.JNCAPのロードマップ5) では,走行中に発生したペダル踏み間違い時加速抑制装置の評価への対応の2026年導入を目指し検討が進められている.また,Euro NCAP Vision 2030 6) によると,「Pedal misapplication」として2026年よりペダル踏み間違い時加速抑制装置の試験・評価導入が計画されており,国際的な関心が高まりつつある.さらに,国連WP29において,国際基準化7)により近い将来すべての自動車に搭載される事が検討されており,先行しているJNCAP試験はますます注目されることが見込まれる.
4. まとめ
本稿では,JNCAPのペダル踏み間違い時加速抑制装置の試験・評価を紹介した.この試験により,抑制機能が正常に作動すれば,車は大きく加速しない,あるいは一旦動き出した直後に停止するといった試験自動車の挙動が示されている.しかし,抑制機能がついていない場合や正常に働かなかった場合,車は約10 km/hで衝突する.試験に基づく結果を参照すると,現実世界においては,報道で目にするような重大な事故に繋がる可能性もあるため,本機能は重要な役割を果たしていると考える.読者の方には,ぜひナスバホームページからJNCAPの試験結果をご覧いただき8),自動車を購入する際,安全性の高い車を探すためにJNCAPの情報を活用していただけると幸いである.JARIとしては,これからも紹介したような正確・公平な試験を確実に実施していく所存である.また,読者には,評価結果だけを見て機能を過信することなく,装置にはそれぞれの作動要件があるため,状況によっては期待される効果が得られない場合もあることを理解いただいた上で,日常の安全運転を心掛けていただきたい.
JARIは直接的な技術開発に携わっているわけではないが,試験機関として正確・公平な試験を行い,その結果が公表されることによって,自動車ユーザーへの情報提供を通じて,今後も自動車メーカーのさらなる技術開発の促進に貢献していきたい.