JARI Research Journal
Online ISSN : 2759-4602
調査資料
MaaSの社会実装に向けた課題と目指す姿
― MaaSの社会実装における課題と解決案の模索 ― モビリティ研究会 調査報告 (7)
横山 夏軌田中 真一井澤 夏美谷本 琢磨中塚 喜美代大庭 敦
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー HTML

2024 年 2024 巻 6 号 論文ID: JRJ20240601

詳細
Abstract

MaaS(Mobility as a Service: 複数の交通手段を1つのサービスとして捉え,シームレスにつなぐ新たな移動の概念)は,地域の課題解決,利用者ニーズの変化に伴って,必要性が増しており,日本でも近年の交通手段の多様化やIoT(Internet of Things: さまざまなモノがインターネットに接続されて情報交換をする仕組み)技術の進化によって実装が進むことが期待されている.一方,実装に向けてはさまざまな課題があり,実装が思うように進んでいない状況にある.そこで,モビリティ研究会は,インタビューを通じて自治体や企業の取り組みや課題を整理することで,MaaS社会実装に向けて何が重要なのかを明らかにすることを試みた.その結果,利害関係者が多岐にわたることによる座組(プロジェクトの体制,メンバ構成)の複雑さや,受益者に対する満足度の評価の難しさなどが改めて浮き彫りとなった.

1. 日本におけるMaaSの状況

日本では,MaaSの普及促進を目指す組織として2018年12月「一般社団法人JCoMaaS(ジェイコマース)」1) が設立され,政府もMaaSを重要な施策と位置づけている.

MaaSの導入には,都市計画を推進する自治体と移動手段を提供する公共交通機関,サービスを提供する民間企業が連携することが一般的となっている.サービス内容としては,スマートフォンアプリを通じて,公共交通機関やシェアモビリティ,タクシーなどの移動手段を一元管理し,最適なルートや料金を提供するものが多い.

これらは既存の交通手段をつなぐことを主眼とするが,その一方で交通の空白を埋めようとする取り組みも進められている.あるいは人以外の移動によって課題解決を行おうとする事例もみられる.前者はコミュニティバスやデマンド交通などであり,後者としてはドローンによる物流などが模索されている.

2. 一般的な課題

こうした交通課題の解決におけるMaaSの必要性や有効性は論じられてきており,各自治体においても実証実験が進められている.

しかしながら,実装に移行するためには以下のような課題を解決する必要があると考えられる.

A)本質的な課題解決:例えば移動制約者のために手段を用意して終わり,ではなく,目的を明らかにした上で体制を構築し,手段を利用できない背景にまで目を向けて解決を図っていること.

B)持続可能性:一過性のものではなく,継続して利用され続け,また,継続して提供し続けられること.(座組も重要.官民連携,地元企業の参画など)

C)利用者ニーズへの訴求:サービス提供者が一方的に与えるのではなく,利用者の表面的な意見に流されるのではなく,真のニーズに答えられること.

D)事業性の確立:収益化とそのための座組を構築し,すべての利害関係者にとって納得感のある対価設定ができること.

E)技術の確立:安全で確実な技術が提供され,かつ,適正な対価で継続的に利用可能なこと.

F)コンプライアンスへの配慮:公平性やプライバシー保護など,社会的に受容される制度設計がなされること.

3. 調査および結果・分析

前述の課題の実態把握と解決策の模索のため,MaaS実装に向けた先進的な取り組みを行っているとみられる自治体や企業にインタビュー調査を行った.その結果から課題や工夫,考え方を横断的に俯瞰し,今後のMaaS実装を推進するための要点を整理することとする.

3.1 調査先の選定

インタビュー調査を行うにあたり,対象とする自治体を選定するため,以下項目について事前のWeb調査を行い,調査先の候補を絞った.

  1.    国が支援するMaaS関連支援事業の受託状況(2019年~2023年の支援事業の公募結果)
  2.    各支援事業の取り組み概要の情報から,取り組みフェーズ(実証段階,実装段階,事業化段階)を確認した上で,フェーズの移行が見られる自治体
  3.    自治体を中心としたMaaS推進のための協議会(コンソーシアム)を設置し,現在進行で活動が行われている自治体

上記の条件を満たしている「静岡県 浜松市」,「静岡県 静岡市」,「長野県 塩尻市」を候補の自治体として,各行政機関へインタビューを依頼し,お引き受けいただいた.また,企業インタビューでは,多くの自治体にMaaS実装の支援を行っている「富士通Japan株式会社」にお引き受けいただいた.

表1で3都市の概要およびMaaSの取り組みについて紹介する.

表1 インタビュー先の概要

調査先 静岡県 浜松市 静岡県 静岡市 長野県 塩尻市
自治体の規模

面積(km2: 1,558

総人口(万人): 77.8

公共交通: 浜松飛行場(防衛省),鉄道(JR東日本,遠州鉄道,天竜浜名湖鉄道),バス(高速バス10社,路線バス6社)

鉄道駅の数:54ヵ所

面積(km2: 1,412

総人口(万人): 67.9

公共交通: ヘリポート,鉄道(JR東海,静岡鉄道,大井川鐡道),バス(高速バス10社,路線バス6社)

鉄道駅の数:26ヵ所

面積(km2: 290

総人口(万人): 6.6

公共交通: 松本空港(敷地半分以上),鉄道(JR東日本),バス(高速バス4社,路線バス5社),デマンドバス(のるーと塩尻)

鉄道駅の数:8ヵ所

都市の特徴

[土地] 日本で2番目に面積が大きい市で,面積の約7割が森林,面積の半分が過疎地域.

[産業] 健康寿命日本一.多様な産業(製造業,林業・農業,スタートアップ,等)が立地.

[土地] 縦長の土地,市街地(地方都市型)から,観光地,地方郊外,過疎地まである.限られた平坦部,土地の約70%が山林.

[土地] 長野県のほぼ中央に位置し地形は扇状地形で市街地の大半は平坦部.市街地周辺には豊かな自然が広がるとともに中山道宿場町等の歴史資源が点在.

都市の課題

[交通] 人口減少・少子高齢化を背景に,公共交通の維持をはじめとした交通課題に直面.

[生活] 生活サービス(買物や医療等)の維持も大きな課題.

[交通] 利用者の減少,運転手不足で需給バランスが崩れはじめている.

[生活] 人口減少,外出率の低下.コロナの影響により,地域活力の減退傾向(総人口70万人の維持).

[交通] 公共交通サービスの不足(サービスレベル,種類,担い手).

[生活] 住民の自家用車中心の生活による様々な弊害を減らすために自家用車所有からの脱却(利用者の意識改革)

都市交通分野の構想・戦略

  •    浜松市デジタル・スマートシティ構想(2021年3月策定)2)
  •    浜松版MaaS構想(2021年3月策定)3)
  •    浜松市デジタル・マーケティング戦略(2021年3月策定)4)

  •    静岡市地域公共交通網形成計画(2019年3月策定)5)

  •    塩尻市地域公共交通計画(2021年7月策定)6)
  •    塩尻市デジタル・トランスフォーメーション戦略(2021年3月策定)7)

MaaS推進体制

浜松市モビリティサービス推進コンソーシアム(2020年4月1日施行)8)

[設立の目的]

  •    人口減少・超高齢化社会において官民連携および異業種連携によりモビリティサービスを推進し,地域の移動手段の確立と移動サービスの連携による地域の活性化を通じ,持続可能な都市づくりを目指す.

[体制]

  •    共同幹事を浜松市,遠州鉄道株式会社,スズキ株式会社が務める.123団体が所属(2024年4月時点)

しずおかMaaS(静岡型MaaS基幹事業実証プロジェクト)(2019年5月27日発足)9)

[設立の目的]

  •    人口減少や高齢化社会が進行する中,ICT・AI等の最新技術を取り入れ,誰もが利用しやすい新たな移動サービスの提供とこれを活かした持続可能なまちづくりを目指す.

[体制]

  •    代表幹事を静岡市,静岡鉄道株式会社が務める.技術会員を含め,41団体が所属(2023年5月時点)

塩尻MaaSプロジェクト(2020年発足)10)

[設立の目的]

  •    免許返納者などの移動に課題を抱える皆様のための移動手段の確保,観光客などの移動手段の確保など,移動に対する様々なニーズや課題に応え,暮らしが便利になる公共交通の実現を目指す.

[体制]

  •    塩尻市及び一般財団法人塩尻市振興公社が民間企業と共同で推進

主な支援事業の受託実績

  •    デジタル田園都市国家構想交付金 TYPE211)
  •    国土交通省日本版MaaS推進・支援事業(2020)12)
  •    経済産業省地域新MaaS創出推進事業(2020)13)

  •    経済産業省地域新MaaS創出推進事業(2020)14)
  •    国土交通省日本版MaaS推進・支援事業(2020)15)
  •    国土交通省日本版MaaS推進・支援事業(2021)16)

  •    経済産業省地域新MaaS創出推進事業(2020)17)
  •    経済産業省地域新MaaS創出推進事業(2022)18)
  •    内閣府未来技術社会実装事業(2022)19)

主な取り組み

  •    オンライン診療(春野医療MaaS)
  •    モデル地区における共助型交通の実証およびSee MaaS(MaaSデータ基盤)20) を活用し様々なMaaSデータ利活用を検証

  •    AI相乗りタクシー
  •    AIオンデマンド交通と併せた各種サービスの提供(エリア別のサービスを検証)

  •    自動運転(バス型,タクシー型)
  •    AI活用型オンデマンドバス「のるーと塩尻」(市街地コミュニティバスを代替するサービス)
  •    MaaS(交通DX基盤として新たなサービスを開発・実装)
  •    公設クラウドソーシング事業「KADO」21)(登録者数約800名(2024年1月時点),地域デジタル人材の育成)

3.2 インタビュー結果

インタビュー調査では,各自治体から最近のMaaS取り組み状況の紹介と,前述した一般的な課題の各項目A)~ F)および今後の方向性について話を伺った.各自治体及び企業へのインタビュー結果を以下のように整理した.

3.2.1 浜松市

浜松市では都市の特徴を活かし,デジタルを活用したまちづくりを推進している.持続可能な都市経営を行財政改革と産業振興の2軸で進めきており,現在はこれらに加え,デジタル,モビリティを活用し,全国のモデル都市を目指している.浜松市におけるMaaSの位置づけは,デジタル・スマートシティの取り組みの一環であり,持続可能な,まちづくりの指針となる「浜松版MaaS構想」は,一般的なMaaSの定義である「一気通貫」のサービス提供ではなく,地元の課題に向き合ったモビリティサービスを創出することを念頭に策定している.その実現には,産業政策の観点からもMaaSへのアプローチが必要と考え,官民連携の体制として「浜松市モビリティサービス推進コンソーシアム」を設置している.浜松市の取り組みの特徴および課題を表2に整理する.

表2 浜松市の取り組みにおける特徴および課題

A)

MaaSを推進する体制について

  •    コンソーシアムは法定協議会とは異なり,法律に基づいた承認機能を有しない.課題解決を官民で取り組む場として設置.企業側は新しいビジネスにチャレンジできる.
  •    官民連携の取り組みでは,熱量を持ったコアメンバでチーム形成ができるかが成功のポイントとなる.

目標設定および評価について

  •    コンソーシアムでのKPI(重要業績評価指標)と評価に対するアプローチに課題あり
  •    コンソーシアムの活動は,インプットの共有が主でインパクト評価に不足あり.
  •    アプローチは,自前ソリューションの実装と収益化の議論が中心になりがち.
  •    新たなアプローチとして「地域幸福度(Well-Being)指標」を活用したサービス設計に着手22)

B)

持続可能性について

  •    人口減少等の社会変化に対応するには,現状の延長で取り組むのではなく,バックキャストで新しい時代に合ったソリューションの導入が必要.
  •    ソリューションは,モビリティやデジタルが前提ではない.持続可能にするには,アナログの部分の再考が必要.
  •    今あるものからの置き換えではなく,地域の中で動いているモノを重ね合わせ協調領域を作り,持続可能なモデルを組み立てていくことも重要.

C)

利用者ニーズの訴求について

  •    MaaSデータの利活用の検証をする中で,いくつかの問題点が浮上.
  •    個人情報保護の観点でデータをマスキングすると経路特定ができず,渋滞の発生ポイントを検出できない.自動車の量が少ないと個車の特定に繋がる,等.解決策を検討中.

また,浜松市には『浜松市はモビリティを実装するには,覚悟と本気でかかっていくことが大事 』との強い思いがあり,今後については,『持続可能で安全・安心なモデルを築き,さらにWell-Beingを重ねてより豊かに生活していくことにモビリティの側面から貢献したい』とインタビューで述べられた.

3.2.2 静岡市

静岡市では,MaaSを公共交通の現状と課題を解決する手段として位置づけた取り組みを推進している.その理由は,都市の特徴にある.市内は,市街地および観光地,過疎地域もあるが,公共交通事業者が一定数いる中で,MaaSによる交通連携で課題解決できそうだと判断に至った.そのため,過度に自家用車に頼らなくても,誰もが安全・安心・快適に移動することができ,多彩な市民活動や住み続けられるまちを下支えする社会インフラとして,MaaS(デジタル技術の活用)とリアルサービス(端末交通)の実装を両面から行うことを打ち出し推進している.静岡市の取り組みの特徴および課題を表3に整理する.

表3 静岡市の取り組みにおける特徴および課題

A)

MaaSを推進する体制について

  •    プロジェクトメンバは交通事業者及び行政を中心に組織化.
  •    MaaSに必要なシステム等の技術・ノウハウは「技術会員」を設け,静岡市をフィールドとした実証実験を行う等のチャレンジしたい企業へ呼びかけをしている.
  •    静岡市には行政の法定協議会もあるが,プロジェクト化することで機動的に実験実施ができるなどの利点あり.

目標設定について

  •    プロジェクトでは今取り組むべきことをロードマップに記載.ただし,資金面での課題があるため,目標値の設定はしていない.

B)

持続可能性について

  •    実装をしても利用されないと社会的なメリットはでてこない.利用者側の意識醸成は合意形成だけではできない.
  •    関係者で協力する形を作り進めていくことが重要としている.

C)

利用者ニーズの訴求について

  •    実績データ(AIオンデマンド交通のログデータ,等)とアンケート調査(支払額,外出頻度,免許返納意思)等,色々な手段でニーズ確認を実施.
  •    利用者とのディスカッションも繰り返し実施.特に60代の関心が高く協力をいただくが,回答の多くは将来に想定される困り事が大半.喫緊の困り事の吸上げができていない.

D)

事業性の確立について

  •    一番の課題は「収益化」と「地域内の合意形成」.今のところ事業性の見込みは立っていない.
  •    実装に移るために民間が事業実施する場合は,「収益化」が必須.行政支援を入れる場合は,「社会的意義」が必要.

E)

技術の確立について

  •    技術の選定基準は設けていない.
  •    行政側は「企業の意欲,目指す方向性が合致するか,費用感,ノウハウ(技術・運用の引き出し)の多さなど」や信頼感・安心感を重要視.その判断をする上で,技術会員を設置したことで関係者に必要な技術を見出す力がついた.

静岡市の推進体制は,官民連携コンソーシアム(MaaSコンソーシアム)を組成し,官民連携で検討を進めている.MaaSコンソーシアムは,市内における各分野の主な団体が参画する「幹事会」とシステム会社,コンサル等が参画する「技術会員」で構成される.一方で,インタビュー調査の段階では,これまでの取り組みを踏まえ,利用者側のニーズの実感はあるものの,今後の推進体制について見直しをしている段階であった.

3.2.3 塩尻市 

塩尻市では,MaaSをDX(Digital Transformation:進化したデジタル技術を活用して,生活をよりよく変革すること)戦略の中で地域DXのリーディングプロジェクトに位置付け,モビリティ関連の各種取り組みを積極的に推進している.当初は,自動運転が次世代の地域交通を支える基盤技術となると考え,導入の検討を開始した.その過程において,MaaSの取り組みについても,塩尻市における必要性に関するストーリを立て,自動運転,MaaSの検証を進めている塩尻市の取り組みの特徴および課題を表4に整理する.

表4 塩尻市の取り組みにおける特徴および課題

A)

MaaSを推進する体制について

  •    「塩尻MaaSプロジェクト」を2020年に発足.プロジェクトの中に,自動運転およびMaaSの2つのコンソーシアムを設置.
  •    両者とも行政政策とリンクはしていないが,メンバとして行政も参画し,利用者ニーズや課題情報を提供する役割を担う.
  •    自動運転コンソーシアムは,将来の絵姿を描き,自動運転がもたらす地域社会および価値を探索.
  •    MaaSコンソーシアムは,MaaSアプリの開発など個別のプロジェクトを立ち上げ活動中.
  •    各コンソーシアムは国の補助金を活用した取り組みのレビューの役割も担う.レビューには地域のステークホルダや大学側からも協力あり.
  •    塩尻市の法定協議会とは必要に応じて連携.コンソーシアムで実証段階を経て次のステップに入った段階から必要に応じ法定協議会へ議題をあげている.

目標設定について

  •    行政政策の総合計画書に掲載している.塩尻MaaSプロジェクトでは,数値を重視せず,シンプルに目標として自家用車の削減,高齢者事故の削減を設定.

B)

持続可能性について

  •    社会実装を実現する姿には,行政か民間かの2つのアプローチがある.
  •    どちらのアプローチにおいても,利用者のニーズ,受容性,地域に合った形でないと実装は困難.一連の流れをルーチン化して検証を進め見極めている.
  •    最近の取り組み例として,交通を基軸にした街づくりに着手.
  •    具体的にモビリティ・ハブの取り組みになるが,トリップデータを取得してビジネスの可能性を先に考え,公共性の高さが見えた段階で行政サービスに切り替える方針で進行中.
  •    新しい技術領域と導入したものに固執せずに常に見直す.新しいオペレーションにはKADOのような地域密着型のデジタル人材の育成が必要.

C)

利用者ニーズの訴求について

  •    地域DXセンター「core塩尻」に来訪する高齢者,若者,関心をもって“場”を利用している人へのアンケートにより利用者ニーズをヒアリング.
  •    デジタルデータの活用も実施.「のるーと塩尻」で初めてOD(Origin Destination:出発地から目的地の間をいつ,どのくらい,なぜ移動したか)データを取得.
  •    今後もODデータを取得するための方策を検討中.MaaSアプリを介してアンケート調査やプッシュ型での案内時の反応やニーズも取得中.デジタルデータを分析することで利用者ニーズの見える化に手応えあり.
  •    現在は全ての公共交通でODデータの取得に至らず.また,取得できる環境が整ったとしても適切な評価ができているか,評価の知見不足も課題

D)

事業性の確立について

  •    のるーと塩尻の例では,収益は出ないが行政の補助金をベースにコストダウンを図り,予算の範囲で運用.
  •    塩尻市は,地域インパクトを社会や別のお金にシフトさせることも実行中.別のお金にシフトさせるには,ODデータ,関係データの見える化が必須.
  •    事業性を確立するためには,塩尻市のフィールドだけでは困難.塩尻市のモデルを全国に広めることで企業の収益に繋がる可能性も含め検討中.

E)

技術の確立について

  •    パートナになりうる企業か否かの選別は,技術で判断はせず,実証の仕方を重視.
  •    サービスを売りたいのか,一緒に地域課題を解決してくれるのか.塩尻市に伴走をしてくれるかが判断基準.
  •    費用面の課題は,地域の取り組みにも効果をもたらすか,という点.自動運転はKADOの仕事に繋がり新たな雇用を生み出し中.

F)

コンプライアンスへの配慮について

  •    会津若松市の“市民が自らの意思でデータを共有”の考えを尊重.
  •    公平性ではKADOを活用した情報格差対策を推進中.

塩尻市は,スマートシティのような大きな絵を描くのではなく,地域の規模に合わせた小さな絵からではないと住民が実感できるサービスづくりはできないとの考えのもと,地域を巻き込み,着実に階段を上るようにして進められている.その工程で行政側のリテラシーの向上にも努め,10年かけて共創プロジェクトの推進者としての行政職員の育成にも取り組んでいる.

3.2.4 企業へのインタビュー調査結果 

企業視点での課題認識,事業性の探索について要点を整理するため,多くの実装実績を有する富士通Japan株式会社にインタビューを実施し,表5に整理する.

表5 企業へのインタビュー調査結果

A)

MaaSを推進する体制について

  •    実証実験の企画推進していくためには,自治体・交通事業者・コンサルティング業者・住民団体・システム開発業者でコンソーシアムを組み進めることが多いが,全体設計ができることが重要で,必ずコンソーシアムに入ってもらっている.さらにそのコンソーシアムを中心とし,住民を巻き込みながら勉強会・検討会を重ねるようにリードして進めている.
  •    多くの地域で実践を進めているが,富士通Japanは各地方自治体と連携しており,その営業アカウントが自治体の声を聴き,実験対象地域を探索している.

目標設定について

  •    人の移動の最適化を通して地域スマートシティ醸成に貢献.実験で留まるのではなく,持続可能なモデルを構築していく.

  •    住民のためにならないといけない.人口が一万人以下の地域を対象とすることが多いが,特に通学で困っている学生,車での移動が困難となった高齢者のためにも実情をしっかり分析し対応している.これを解決するために,AIコンシェルジュをMaaSコントロールセンタに搭載していく計画である.

B)

持続可能性について

  •    現状は,既存交通に人が合わせて移動しているが,今後,これでは持続が難しくなってきており,人の移動目的・デマンドに移動手段がついてくるという移動社会となる
  •    各地域の既存交通事情を踏まえ,資産を活かすことを考えると,個別最適化していかなくてはならないが,ある程度パターン化ができつつある状況.
  •    事業として成立させることは非常に難しいのが実情であるが,各地域での実証実験や社会実装を通して,事業性が確保できるモデルを探索している段階.中には,止める判断もしている.
  •    今はシステムを提供しシステム利用料・運営費を得るモデルであるが,移動手段に加え,目的である買い物やレジャー,通院等の目的地の施設と連携することで新しいビジネスモデルを作るチャレンジをしている.

C)

利用者ニーズの訴求について

  •    オンデマンド交通を導入した後も,移動の目的データも取っていくことで,行動変容を促し,デマンドを調整できればさらに効率的な運行につながるので,データ取得が重要.プライバシーデータに当たるので,実験においても事前に許諾をとるなどの対応もしている.
  •    住民の声を聴く機会も多く持つが,周囲環境のバランスを考えていく.例えば,ある地域ではオンデマンドと並行して町営バスを残したが,どっちつかずになってしまい,住民の使い勝手が悪くなったため,オンデマンド交通一本に変更した.合意形成と意思決定が重要.

E)

技術の確立について

  •    MaaSコントロールセンタで差別化されたオンデマンド化ソリューションをコアとして実装中.

  •    今後も先進的なケースにトライしながら,個別最適対応からパターン化を進め効率化しながら,オンデマンド交通が当たり前にあるような社会システムを作っていく.

MaaS成功の鍵は,いかに上手く住民のニーズを拾うかと,個人が自ら交通手段を確保する「自助」,行政などが移動サービスを提供する「公助」に加え,地域やまちづくり系の市民団体が移動手段を確保する「共助」の仕組みを上手く構築していることがポイントとしている.同時に,既存交通事業者とのしがらみも多くみられることもあり,多様なステークホルダを取り込んだ座組の構築が重要であるとの指摘もあった.

3.3 共通事項に着目した分析

各自治体へのインタビュー調査からはいくつかの共通箇所が見られた.「課題(表1)」,「推進体制(表2,3,4 A)」,「利用者ニーズへの訴求(表2,3,4 C)」項目について,事前調査やインタビューで得られた意見と共に紹介する.

課題(MaaS導入の理由)

都市の大小に限らず,移動の需給バランスの崩れがMaaS導入を検討するきっかけになっている.

(具体例:表1)

  •    いずれの自治体も地域内に都市部および中山間部を持ち,既存の公共交通も整備されているが,維持という面において持続可能なまちづくりを課題に挙げている.
  •    人口減少・超高齢化等の社会変化が,生活をする上で必要な”移動”に対し,供給側(交通サービスの不足(担い手・サービスレベルの維持,等))・需要側(利用者の減少)の両面で影響を及ぼしている.
  •    持続可能なまちづくりを目指すために,都市のDX化が必要になる.そこで必要になるのが繋がりを支える移動だが,移動手段を確保するためのアプローチは都市の状況により異なる.

推進体制

MaaSを検討するための官民体制の設置.課題に対し素早くチャレンジする体制づくりとその「座組」の重要性,行政の強い推進力.

(具体例:表2A),表3A),表4A))

  •    MaaSを推進するための座組(官民連携で地域内外のステークホルダから構成)や役割(例えば,行政側の役割は民間のビジネス機会創出のサポートや利用者の声を吸い上げ活動にフィードバック)があった上で,コンソーシアム側の「機動性」や行政側の「推進力」が重要になる.そのため,いずれの自治体も法定協議会との棲み分けを意識し活動をしている.

利用者ニーズへの訴求

利用者視点,市民の声を活動に反映させることの重要性,その牽引役として行政が役割を担う.

(具体例:表2C),表3C),表4C))

  •    導入に際しては,利用者視点,市民の声が重要.行政が中心となりさまざまな方法で声の吸上げに取り組み,足で稼ぐ活動を熱心に行っている.また,取り組みに対する評価について「データ利活用」の必要性を挙げている.一方でいずれの自治体も評価方法は課題である.

3.4 相違事項に着目した分析

3.3節でいくつかの共通事項が見られたが,同項目「課題(表1)」「推進体制(表2,3,4 A)」「利用者ニーズへの訴求(表2,3,4 C)」「事業性の確立(表2,3,4 D)」の詳細に触れると地域の違いによる課題も見られた.

課題(MaaS導入の理由)

各地域の規模や既存交通手段といった実状に合わせ,MaaS実践の形には違いがある.

(具体例:表1)

  •    人口規模や既存交通手段の違いなどを背景として,グリーンスローモビリティ(時速20 km未満で公道を走ることができる電動車を活用した小さな移動サービス)といった新しいモビリティを加えた複数の移動手段を繋ぐことで移動手段の選択肢を提供する地域と,1つの既存交通手段をオンデマンド化や自動運転化で使いやすく安全に運行することを目指す地域があり,各地域の実状に合わせたソリューションが試されている.また,MaaSに移動目的である医療や買い物を組み合わせることにより移動そのものだけでなく生活をより良いものにすることも試みられている.
  •    デジタルファースト・デジタルスマートシティといった広い領域で総合的に推進するパターンと,地域DXの先導的なプロジェクト事業(リーディングプロジェクト)としてMaaSに注力しているパターンや公共交通計画策定に沿ったMaaSに実サービスを繋げることを当初から想定して取り組むパターンといった差異がある.

推進体制

地域の中で連携するか,地域の外から呼んでくるか.ここのデメリット,メリットを踏まえて特色ある体制づくりがなされている.

(具体例:表2A),表3A),表4A))

  •    3.3で述べたように,いずれも法定協議会と連携しながら,コンソーシアムとして棲み分けを行い,機動性をもって推進されているが,コンソーシアムも地域内の有識者・企業・地域ステークホルダで構成するパターンと,広く地域外から積極的に企業を招聘して推進するパターンがある.比較的規模の小さな自治体では,地元で開発ができる企業がなく,必然的に地域外から呼び込むしかないが,地域内に適切な企業がある場合は,やはり地元で熱量をもって取り組んでもらえるメリットがある.
  •    地元人材を推進の中心として積極的に活用する自治体もあり,地元人材によりMaaSのためのデータ作成から運用まで実行することが,予算面においても有利になり,さらに地元人材育成・参加促進・地域活性化の観点でもうまく貢献できている.

利用者ニーズへの訴求

実験データを取得して移動データを分析する手法と,住民の意見を対話中心で定性的なニーズとして入手する手法があり,ニーズ把握場面での違いがみられる.

(具体例:表2C),表3C),表4C))

  •    利用者ニーズの把握について,バス運行データ,自家用車のプローブデータ(車両の位置情報や速度・加速度といった走行記録のデータ),MaaSデータ基盤で吸い上げるデータを活用して,移動に係るデータを可視化し,ニーズを分析する場合は,客観的に住民の動線分析を行うこと等,既存交通への影響を検証するのに最適である.一方,住民との対話機会を多く設け,アンケートによりニーズを把握するやり方では,共通認識を持ちながら進めることができる.これらの使い分けをうまく行っている自治体もある.

事業性の確立

 いずれも事業性確保が難しく,課題であるが,解決策の方向性や考え方に地域の違いがある.

(具体例:表3D),表4D))

  •    社会インフラとしてしっかり取り組むという姿勢は共通であるが,事業者のビジネスチャンスをサポートすることで収益性も検討している地域や,既存の路線バスへの赤字補填と相殺するもの,社会保障の一部とするものなどプロジェクトによって考え方が異なる.

4. まとめ

今回インタビューした自治体は,住民の移動の需給バランスの崩れがMaaS導入を検討するきっかけになっている.MaaS推進体制は,いずれも強い行政の推進力を背景に,官民連携体制(コンソーシアム)を設置して,その座組の中で課題に対し素早くチャレンジする体制づくりを行っている.座組の構成は必ずしも同一でなく,地域の中で連携するか,地域の外メンバを招待して連携するかが異なる.ここのデメリット,メリットを踏まえて特色ある体制づくりがなされている.

いずれの自治体でも人口減少が進んでいる中で,公共交通機関ドライバの高齢化も進んでおり,サービス提供の困難性,安全性低下懸念など共通事項はあるが,交通の課題感や既存交通機関の存在により地域毎に交通課題は異なるため,MaaS実践の形態は,自治体ごとにカスタマイズされている.

また,各自治体とも,利用者視点,市民の声を活動に反映させることが重要であると説明している.例えば,さまざまな人が集まる場や協議会を作り,そこへ参加する住民の意見をしっかり聴くことによる定性的なニーズ入手と,移動データ分析による手法を使い分けている.例えば,デジタル庁が推進しているLWC(地域幸福度)23) 指標の導入や,独自のインタビュー等によって利用者たる住民の利便性について積極的に考慮し,取り組みに反映している.中でも,塩尻市はKADOを主体とした運用や地図等のアプリへの地域住民の協力といった地域事業の拡充も考慮されており,ユニークであった.自治体や事業者中心で行う実証実験で終わってしまうのではなく,利用者の満足度をモニタしつつ,取り組みに都度フィードバックをしながら,着実に進めていくことが肝要である.

一方,いずれの自治体もMaaS導入による事業性の確保は難しいが,既定路線での収益確保の考え方ではない検討が進んでいる.例えば,事業者のビジネスチャンスをサポートすることで収益性も検討している地域や,既存の路線バスへの赤字補填と相殺するもの,社会保障の一部とするものなどプロジェクトによって考え方が異なる.

事業者からのヒアリングでは,MaaS成功の鍵として,住民のニーズをうまく拾うこと,自助共助公助の仕組みの構築,特に共助の仕組みの構築がポイントとして示された.

同時に,既存交通事業者とのしがらみも多くみられることもあり,多様なステークホルダを取り込んだ座組の構築が重要であるとの指摘もあった.

現段階で,地方自治体におけるMaaSサービスが単体で収益性を確保し,すべてのステークホルダが満足することは大変困難である.MaaSを単なるモビリティサービスと捉えるのではなく,医療や福祉などを含めた地域サービスとして総合的に考えるという長期的な視座に立ち,実際にサービスの提供を受ける利用者である住民の意見や満足度を十分にモニタした上で,一歩一歩着実に進めていくことが必要である.

謝辞                   

本研究では,以下の事業体にアンケート・インタビューへのご協力をいただきました.ここに感謝申し上げます.

(順不同)

 静岡県 浜松市,静岡県 静岡市,長野県 塩尻市,富士通 Japan株式会社

                

References
 
© 一般財団法人日本自動車研究所
feedback
Top