抄録
20世紀後半の予防医学の広がりにより、健康と病気の境界はこれまでになく曖昧となった。その結果、予防医学において、一般的に主訴と呼ばれる症状、あるいは特定の個人の周囲にいる者が気付く、当該個人の言動の異変といった認識は、医師と患者を繋ぐ媒介項としての意義を薄くする。代わりの媒介項として現れるのが、数値や波形、あるいは画像といった、身体の状態を表すとされ記号の数々である。結果、予防医学の臨床において、想像力が重要な役割を果たすことになった。記号としての疾患の兆候はあるが、患者に自覚症状がない場合、医療者は患者の想像力に介入し、将来罹患しうる疾患のイメージを持たせ、行動変容を促す以外にないからである。本発表は、文化人類学一般における想像力の研究と、医療人類学におけるその扱いを接合させる。その上で発表者が行った、漢方外来と循環器疾患外来の調査の結果をもとに臨床現場と患者の日常での想像力の使われ方、現れ方、その機能を検討する。