日本文化人類学会研究大会発表要旨集
Online ISSN : 2189-7964
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日本文化人類学会第55回研究大会
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分科会3 記憶と慰霊を媒介にした社会の新しい形―東日本大震災10年目の被災地をめぐって―
記憶の誘発
変化に直面する東北沿岸部において顕在化する場所へのこだわり
*デレーニ アリーン
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p. A11-

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抄録
 この発表では沿岸景観の急激かつ急速な変化を経験したコミュニティに関する継続中の研究成果を提示する。本研究は、海、風景、文化遺産、沿岸文化の関係をよりよく把握し、これらがどのように組み合わされて「場所へのこだわり/場所愛着(place attachment)」を形成するかを理解するために行われた。  3.11(2011年の東日本大震災)による津波の影響を受けた宮城県の2つのコミュニティにおいて、参加型および視覚化手法を用いて試験的フィールドワークを実施した。震災の結果として、防潮堤の建設、山地の切り崩し、沿岸部の土地の嵩上げなど沿岸防御の名の下に国が極端な措置を講じることとなり、これらすべては沿岸の景観および地域コミュニティを大きく変える一因となった。  沿岸地域は社会と文化に無数の価値をもたらす。歴史的に、沿岸地域は住民に生存、生活、建築材料のためのさまざまな天然資源を提供してきた。時の経過とともに、人間は沿岸環境に影響を与え、生活と資源収集を通じて変化を与えてきた。地域、海洋、沿岸の環境は同様に文化に影響を与え、海に近接した生活、海との緊密な相互作用の結果として、多様な習慣、儀式、文化的特質が発達した。  海もまた、生態系の公益的機能を過去から現在に至るまで提供しており、沿岸のコミュニティと社会はそこからより広く無数の利益を引き出してきた。過去15年ほどにわたり、この海岸や海に関連する市場性が低く非物質的な価値についての考察が増えている。具体的には、文化的な生態系公益的機能に該当し沿岸コミュニティの幸福感、充実感、経済的発展に直接貢献すると思われるこの価値についてである。これに加えて、水のある空間の役割、社会と海との動的なつながり、そしてこれが個人と社会の両方の幸福にどのように貢献するかについての研究も見られるようになった。  このように人為的な沿岸景観の急速な変化は、沿岸のコミュニティや住民にさまざまな影響を及ぼしてきた。本研究は景観と人工環境という観点から何が変わったのか、次世代などへの文化活動や知識の共有に関して何が変わったのか、そして地域住民にとって変化がどんな意味を持つのか、ということに焦点を当てたい。コミュニティの住民は「上」から課せられた劇的な変化の必要性について理解を表明するかもしれない。だが、育った風景の変化について人々が語った時に流した涙が意味するのは、場所へのこだわりが多くの人々の幸福と結びついていることの切実性である。  調査は地図、写真、ウォーキングツアーなど、さまざまな視覚的手法と記憶誘発手段を用いて行われた。自然界の社会的価値を理解するためのツールとして、参加型および視覚化技術を使用することが効果的であると最近言われている。今回の発表では、こうした手法を使いながら、沿岸空間の利用とアクセスの大幅な変更が個人の幸福感と場所に対する特別な思いに与える影響を調査し、これが将来の沿岸コミュニティにとって何を意味するのかを考える。
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