2012 年 10 巻 p. 77-90
東日本大震災では、大勢の人が、強く長い揺れを感じたあとで、さらに津波警報などの危機を知らせる情報を手にしたにもかかわらず、適切な避難行動をとることができなかった。これは、換言すれば、『いますぐに避難しなければならない緊急事態である』という「社会的なリアリティ」を、津波襲来までの限られた時間の中で、共同的に構築することができなかった可能性を示唆している。
本研究では、その一因を探るために、当該災害対応事象を、社会心理学における「メディア・イベント」論のフレームに即して、多様な「リアリティ・ステイクホルダー」が相互に作用し合って「社会的なリアリティ」を共同構築する動的な過程ととらえ直し、その構造自体(フォーマット)にどのような課題が抽出されるか検討することにした。そこで、重要な「リアリティ・ステイクホルダー」のひとつ、メディア、とりわけ、日本放送協会(NHK)のふるまいに焦点をしぼって、緊急報道の内容分析をおこなったところ、大きく2つの課題が浮かび上がった。1つ目は、「東京中心」の放送体制においては、情報の「ローカリティ」が確保されず、個別・具体的な避難行動に関する呼びかけが不足していたこと、2つ目は、より大勢の人が「リアリティ・ステイクホルダー」としての役割認識を持てるような、関係性の構築を促す呼びかけがなされていなかったことである。
上記の結果から、災害対応時において、これまでメディアが担ってきたとされる「情報の送り手」(事態の外在者)としての確固たる役割(立場)には限界があったことをふまえて、あらためてメディアを「リアリティ・ステイクホルダー」(すなわち、「メディア・イベント」の内在者)の一員として位置付けなおすことの意義に関して、一般的な考察をおこなった。