本稿では,住民の耐震補強工事選択に影響を与えると考えられる心理的要因について論じたのち,それを踏まえた補強工事促進に関する情報提供のあり方を提案する.すなわち,「災害の希少性ゆえ居住者が抱きかねない曖昧なリスク認知やある種のバイアスにより,正確なリスクの把握が阻害される人々が存在する」との仮説を問題意識として,その合理的でない意思決定を行う主体を明らかにし,原因を探るとともにその解決案を見出すことが本稿の目的である.具体的には,静岡県で2006年3月から4月に行われた耐震補強工事に関する意識調査のデータを用いて人々の正確な危機意識の認知を妨げるバイアスの存在を明らかにし,これらの人々に対し如何なる防災情報をいかに伝達するかについての具体的な提案を記述した.
概括して,上記の心理学的要因は「正常化の偏見」,「認知的不協和」,「高すぎるヴァルナラビリティ」などに分類され,それらを持ち合わせている人々は知識としてのリスク認知と減災行動の動機となりうるリスク認知に大きな乖離が生じているものと考えられる.その乖離を可能な限り小さくするには,助成制度と切り離されない防災情報の伝達や,様々なモデルケースの紹介により補強工事を「手の届かないもの」と諦めさせることのない意識啓発が重要である等の結論が得られた.