抄録
学術研究の表現はともすれば無機質である。それがどれだけ血の通った人間を対象としていても,そこに求められるのは客観的な科学的現象の記述であり,個人を超えた普遍性を持つものでなければならない。かくして学者の書く論文の文章も,話す講義も,抽象化され非個性化されたことばで埋め尽くされる。科学的厳密さの前に,人間の心のなまめかしいうごきは封印されるのである。仮にその科学がどれだけ心のなまめかしさを扱っていようとも。だがこのことは研究者が人を対象とした実験を行う現場でも無機質に振る舞ってよいことを正当化しない。研究者も被験者もそれぞれが生きた人間であり,実験室はそのような生きた人間同士が出会う場である。研究倫理とは,そうした研究場面という特殊な人間関係や契約関係が作り出す葛藤に生まれる問題である。倫理判断は原則として法に基づくものではなく,基本的に人倫に関する当事者たちの良識に基づくものであり,研究領域ごと,あるいは研究施設ごとに,様々な慣習的手続きが作られている。