抄録
本論文は、文化と起業の関係を捉える新たな理論的視角を提示することにある。先行研究において文化は、人々を起業へと動機付け、起業に際して必用な資源動員を可能とする正統性として機能するとされてきた。しかしながら、近年の制度的企業家論において、正統化戦略の一つとして文化の変革・構築が指摘されるに至り、文化に動機づけられた企業家が、何故、文化を変える動機を獲得しうるのかを問うことが出来ない、循環論的定義に陥るという課題を有することになった。Guard et al.(2007)らはこの問題について、企業家を文化に「埋め込まれた」存在としてとらえ、その企業家精神の発現メカニズムを捉えていくことを企業家研究の課題として指摘する。本論文ではこの「埋め込まれた企業家」の企業家精神の発現メカニズムについて、神戸元町の在日華僑の起業の事例を通じて、人々がその内に経験する「断絶」を経域に、自らのアイデンティティを問い直し、文化を再構成するプロセスとして明らかにしていく。