2023 年 18 巻 p. 1-12
新型コロナウイルス感染症の流行により腎移植後患者が抱いた思いと生活への影響を明らかにするため、腎移植後患者9名に半構造化面接を行い、質的記述的に分析した。思いは8個のカテゴリに分類され、そのうち【免疫抑制剤の内服継続に対する気持ちの揺らぎ】【移植後の自己管理行動が役立ち安心する】【これまでの通院経験が多いからこそ良い面も感じられる】ことは、腎移植後患者に特徴的な思いであったと考えられた。生活への影響は4個のカテゴリに分類され、中でも、【公私に渡り感染予防が優先され、人との関わり方や生活習慣が変化した】というカテゴリには、体重増加や体調の変化を示すサブカテゴリが含まれており、感染予防行動による移植腎の機能へのネガティブな影響が垣間見えた。コロナ等の新興感染症流行下では、腎移植後患者に特化した情報提供や、不安を抱きつつ服薬アドヒアランスを維持する患者への支援、低下した活動量に応じた生活指導、安心して受診できる受診体制の整備等の支援が必要であると考えられた。
The aim of this research was to clarify post-renal transplant patients’ emotions and the effects on their lifestyle after the start of the Covid-19 pandemic. Semi-structured interviews were conducted with nine post-renal transplant patients and were analyzed qualitatively. Emotions were categorized into eight categories, with “Fluctuating feelings over continuing immunosuppressants,” and “Feeling reassured about the usefulness of post-renal operative self-management skills,” and “Positive perceptions due to abundant experience as patient in past” particular to post-renal transplant patients. Effects on lifestyles were categorized into four categories, among these, “Prioritizing infection prevention in business and personal life resulting in changes in lifestyle and interpersonal relationships” includes weight gain, which indicate it was an effect that may contribute to decreased function in a transplanted kidney.
Interventions by health care providers, such as early provision of information specifically for post-renal transplant patients, support to maintain medication adherence for patient anxious about infection, timely updates to the content of patient education, preparation of a consulting system which limits fear of infection are necessary in the case of a future emerging outbreak.
腎移植は腎不全の唯一の根治療法であり、透析治療に比して医療費削減や治療に伴うリスクを低減できるため患者にQOLの向上や生活上の豊かさをもたらす治療法であるとされている。(坂本,2003)。腎移植手術後の移植腎の生着率は免疫抑制剤の発達によって向上し、移植後患者が腎機能を維持して生活するためには免疫抑制剤の内服が最も重要とされる(日本移植学会,2021)一方で、免疫抑制剤内服を常に必要とすることは感染症に罹患するリスクとの隣り合わせでもある。
2019年に中国武漢市で新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染者が確認されて以降、感染は世界的に拡大し、2020年3月に世界保健機関(以下、WHO)がパンデミックを宣言した(WHO,2020)。我が国でも2020年に初の感染者を確認(厚生労働省,2020a)して以降、感染拡大が続き、腎移植後患者の感染症例も報告されてきた(日本移植学会,2022)。流行早期より感染拡大防止のために、政府から生活様式の変容を求められた一般の人々の日常生活は一変し、多くの人が感染への不安(元吉,2021)や自粛要請による収入減少への不安、外出自粛へのストレスを抱えることとなった(橋元,2020)。疾患を有する人々の間では、パーキンソン病患者はコロナの重症化や医療機関等の利用による感染への不安を抱き(手塚他,2022)、乳癌患者では不安や不眠などの心身の変化、検査や治療の遅延など、生活に大きな影響を受けていることが明らかにされてきた(鈴木他,2022)。腎移植後患者はQOL向上を目的とした手術後であることから、そのQOLを維持しながら生活できることは重要であり、国内の腎移植後患者の生活に焦点を当てた研究の必要性が指摘されている(大橋,2016)。しかし、腎移植後患者が生活をする中で、コロナ流行によりどのような思いを抱き、生活への影響があったのかは、これまで明らかにされてこなかった。
そこで本研究では、日常生活を営む腎移植後患者がコロナの流行によって抱いた思いと生活への影響を明らかにすることを目的とした。このことが明らかとなれば、コロナのみならず、新型インフルエンザ等の新興感染症の出現が相次ぎ、今後も新たな新興感染症の流行が予測されている(竹内,2021)現在において、新たな新興感染症の出現時にも腎移植後患者への支援についての示唆が得られると考えた。
思い:日常生活を営む中で抱いた感情、気持ち、考えや心の状態を含むもの。
生活への影響:日常生活を営む上で認識した生活・行動様式または価値観等に関して受けた影響であり、その影響による変化を含むもの。
質的記述的研究デザイン
2.研究対象者西日本の腎移植実施施設であるA病院で腎移植手術を受け、外来通院中の腎移植後患者のうち、自宅での日常生活が可能な水準の良好な腎機能を維持し、心身ともに安定した成人患者を対象とし機縁法を用いて選定した。研究参加の自己判断が困難な患者や、意思疎通が十分に図れない患者は除外した。
3.データの収集方法半構造化面接により、コロナ流行によりどのような思いを抱き、生活に影響があったのかを尋ねた。また、面接内容は事前に対象者の了承を得てICレコーダーに録音し逐語録を作成し、対象者の了承を得て基本属性や病歴を診療録から情報収集した。
データ収集期間は、インタビューによる対象者のコロナ感染リスクを回避するため、第3波が収束した2021年2月から2021年3月までとした。
4.データの分析方法逐語録からコロナ流行によって腎移植後患者が抱いた思いや生活への影響に関する記述を抽出し、要約してコード化した。次に、コードの意味内容に注意し、関連性に従って分類し、サブカテゴリを作成した。さらに、サブカテゴリの意味内容の関連性について検討を重ねながらひとまとめにし、カテゴリを作成した。
データの分析過程において質的研究方法の経験が豊かな研究指導者からスーパーバイズを受けながら検討を重ね、分析終了後には全対象者へメンバーチェッキングを行うことで信用性を確保した。
研究目的と方法、研究参加は自由意思であり、研究参加の同意が得られなかった場合や同意の撤回の場合にも診療等に不利益はないこと、個人情報の保護、データの厳重な管理、結果公表について文書と口頭で説明し、同意書の署名をもって同意を得た。また、インタビューは必要最低限の外出機会である定期受診の待機時間を利用し、コロナ対策を講じて実施した。なお、各コードと対象者の概要から個人が特定さないよう、匿名化の確保に厳重に注意した。本研究は熊本赤十字病院倫理審査会(R2-11号)の承認を得た。
対象者は男性5名、女性4名であり、年齢は20~70歳代であった。移植後経過期間は平均2年5カ月であり、透析経験者は5名、その他は先行的腎移植であった。
表1 対象者の概要
対象者 | 性別 | 年齢 | 生体/献腎 | 移植後経過期間 | 移植前の腎代替療法 | 同居家族の有無 | 就業の有無 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
A | 男性 | 50歳代 | 生体 | 1年2ヶ月 | 腹膜透析 | 有 | 有 |
B | 女性 | 70歳代 | 生体 | 6年1ヶ月 | 無 | 有 | 無 |
C | 男性 | 60歳代 | 生体 | 2年4ヶ月 | 無 | 有 | 有 |
D | 男性 | 30歳代 | 生体 | 2年2ヶ月 | 無 | 有 | 有 |
E | 女性 | 50歳代 | 献腎 | 2年2ヶ月 | 血液透析 | 有 | 無 |
F | 男性 | 50歳代 | 生体 | 1年6ヶ月 | 血液透析 | 有 | 有 |
G | 女性 | 20歳代 | 生体 | 3年2ヶ月 | 無 | 有 | 有 |
H | 男性 | 40歳代 | 献腎 | 1年8ヶ月 | 血液透析 | 有 | 有 |
I | 女性 | 70歳代 | 生体 | 1年5ヶ月 | 血液透析 | 有 | 無 |
コロナ流行により腎移植後患者が抱いた思いに関連する語りの内容は422文であり、253個のコードが抽出され、そこから25個のサブカテゴリ、8個のカテゴリが抽出された。以下、カテゴリは【】、サブカテゴリは[ ]、対象者の語りは「斜体」で示す。
1)【感染の不安や恐怖】このカテゴリは[コロナの感染による死や重症化の恐れ][空間や物を共有する嫌悪感や感染の不安][ドナーにもらった腎臓への影響の心配][他者へ感染させる恐怖や罪悪感][ドナーを含む家族の感染リスクと体調の心配][感染が不安なため感染予防行動を徹底しなければならない]の6個のサブカテゴリで構成され、自身や他者の感染、コロナによる移植腎への影響に恐怖や不安を抱いたり、感染への不安から感染予防行動を徹底しなければならないという思いを抱いていることを表す。
2)【免疫抑制剤の内服継続に対する気持ちの揺らぎ】G氏「人にうつすのも不安ですけど、自分が罹る方がやっぱり怖いです。高齢の親から腎臓を貰っているので、それを逆にダメにする方が嫌なので。コロナに罹って腎臓がどうなるか分からないから。」
このカテゴリは[免疫抑制剤による感染リスクは嫌だが移植腎を守る方が大事][免疫抑制剤の内服を継続する一方で抱く感染リスクの不安]の2個のサブカテゴリで構成され、コロナの感染リスクを不安に思いながらも、移植腎を守るために内服を継続する方を優先したいという思いや、内服は継続している一方で感染リスクに不安や心配を抱いているという状態を表し、免疫抑制剤の内服継続の恩恵とリスクの間で揺らぐ気持ちを抱いていることを表す。
D氏「免疫抑制剤を内服することで感染のリスクが高まることの不安は無いとは言わないですけど。(中略)どっちが優先ってなったらやっぱり薬の方が優先なんで飲まないとですね。」
表2コロナ流行により腎移植後患者が抱いた思い
カテゴリ | サブカテゴリ | 代表するコード | 該当対象者 |
---|---|---|---|
感染の不安や恐怖 | コロナの感染による死や重症化の恐れ | 感染したら死ぬと思う | B,D,E,H,Ⅰ |
移植しているからコロナに感染したら大変だ | |||
空間や物を共有する嫌悪感や感染の不安 | 他人の物を触ることに対して嫌悪感を抱くようになった | A,B,D,E,F,H,I | |
外食した後に翌日目が覚めないのではないかと思う | |||
ドナーにもらった腎臓への影響の心配 | コロナに感染して親からもらった移植腎がだめになるのは申し訳ない | D,G | |
コロナが移植腎にどう影響するか分からず腎臓をダメにするのが嫌だ | |||
他者へ感染させる恐怖や罪悪感 | 他人にうつしたら罪悪感だと思う | A,B,E, F,G,H |
|
透析している知人に感染させることがだめだと思う | |||
発熱で受診してコロナだったら、病院スタッフにうつしてしまうと大変 | |||
ドナーを含む家族の感染リスクと体調の心配 | 同居家族のためにも予防をしなければいけないと思った | A,D,E,F | |
ドナーである母親がコロナ患者の入院する病院で勤務することが不安 | |||
感染が不安なため感染予防行動を徹底しなければならない | 周囲が感染予防をするようになっても安心できないため、自分で感染予防をしなければと思う | B,D,F,H,I | |
感染対策をどれだけしても不安や心配はあるが、一生懸命感染対策を徹底しなければならないと思う | |||
免疫抑制剤の内服継続に対する気持ちの揺らぎ | 免疫抑制剤による感染リスクは嫌だが移植腎を守る方が大事 | 免疫抑制剤内服による感染リスクは嫌だが、内服継続により移植腎を大切にしたい | A,C,D,H,I |
感染リスクがあると思うと免疫抑制剤の内服を不安には思うが、移植後の体を守るには内服の継続を優先したい | |||
免疫抑制剤の内服を継続する一方で抱く感染リスクの不安 | 薬は飲み慣れているが、免疫抑制剤内服による感染リスクが高まることへの不安は無いとは言えない | B,D,E,I | |
免疫抑制剤の内服は続けているが感染リスクがあり心配だ | |||
移植後の自己管理行動が役立ち安心する | 継続している自己管理行動が自信になりコロナ禍でも安心する | 日常的に体調管理をしているため不自由に感じず継続してきて良かった | A,B,C,E,F,G, I |
移植後の体調管理と感染予防対策をしていたら不安はない | |||
使用し続けているマスクの効果と必要性を再認識する | インフルエンザも流行らなくなりマスクの効果を感じた | E | |
移植後の定期受診によりコロナ禍でも安心する | コロナ禍で不安ななか定期受診できる場がありプラスに感じる | A,B,E, F,G,I |
|
医師に気軽に相談できるため不安が軽減でき助かっている | |||
変化した生活に感じる不安や仕方なさ | 社会的役割を失う不安や残念さ | 感染流行により同業者が職を失くしたため、自分たちも仕事がなくなるのではないかという不安があった。 | A,D,E,F |
移植の会の役員としての役割を担いたかったが何もできなかったため、ジレンマを感じた | |||
娯楽や人との関わりが減ることで感じる寂しさや仕方なさ | 陶芸などの趣味を一切しなくなって寂しいが仕方がない | A,D,E, F,G,I |
|
移植の会は元気がもらえる場だったため集まれなくなってさみしい | |||
コロナと共存していかなくてはならないことはどうしようもない | コロナ流行から暫く経過し気持ち的に慣れてきているとは思うが、今後もずっと感染しないように生活していくしかない | C,D,F,G,H,I | |
コロナに対する憤りや不安はあるが自分ではどうしようもできないため、なるべくストレスを溜めないようにしていかないといけない。 | |||
今後状況が好転することへの希望 |
コロナ収束後の娯楽への希望 | コロナが落ち着いたらやりたいことが出来るようになることを楽しみにしている | A,E,I |
県外に住む家族や友人に会えるようになると信じている | |||
ワクチン接種ができたら安心できると思う | 免疫抑制剤を内服しているためワクチンの副作用が心配だがワクチンを受けれたら少しは安心する | A,F,G,I | |
ワクチンをいつ受けられるかは分からないが接種することで安心すると思う | |||
今後の見通しが立たない不安 | コロナ流行は災害と同様に今後どうなるのかがわからないことが不安 | コロナも、洪水被害が近所であったのと同じで、いつどうなるか分らないことが不安 | A,E,F |
コロナが流行した時、テロが起きた、東北の災害の時みたいだと感じ、どうなるんだろうと案じた | |||
これまでの通院経験が多いからこそ良い面も感じられる | 多くの通院経験によって病院の感染対策を知っており、安心する | 昔から通院しているためコロナ後も受診に抵抗はない | A,B,D,F,H,I |
病院が感染管理をしているのが分かっているから安心して来院できる | |||
コロナ流行で患者数が減り他者との接触が減ることで安心する | 受診者数がコロナ流行前よりも減っているため安心する | H ,I | |
患者同士は会話をしないから大丈夫だろうと安心している | |||
医療従事者と関わってきた経験から抱く感謝の思い | 何回もの入院経験から医療者の大変さが分かっており感謝している | A,B,E,F | |
医療従事者には感謝しており、大変だろうなと思う | |||
透析中の制限された生活経験があることでコロナ流行後の生活を苦に思わない | 腹膜透析の時は時間の縛りもあったが移植をして自由になっただけでコロナで制限がかかってもそんなに苦に思えない | A | |
世間の情報や他者の行動が気に掛かる | 世間の動向や他人の行動に敏感になる | マスクが店頭から無くなったのが一番怖かった | A,C,D,E,F,G,H |
職場に感染流行地域に帰省する人がいたため不安や憤りを感じた | |||
他者からの配慮の在り方に対して感じる感謝や物足りなさ | 家族がマスクを集めるなどの協力をしてくれることが嬉しい | F,G,H | |
感染により移植腎に影響が出る可能性を職場に伝えているが配慮を物足りなく感じる | |||
他の腎移植患者の感染状況を気に留める | 移植をした人は感染リスクが高いため、どれぐらいの移植患者が感染しているのかが気になる | D,E | |
移植の会の活動ができなったため会員の安否を心配する | |||
マスメディアからの溢れる情報に気持ちが乱れる | 情報は鵜吞みにせず惑わされずに行動しないといけないと思う | A,C,D,E,F | |
欲しいのは正しい情報であり、マスコミからの不確かな情報による煽りには呆れている | |||
感染者がマスコミに行動を特定されているのを見て、胸が痛くなった |
このカテゴリは[継続している自己管理行動が自信になりコロナ禍でも安心する][使用し続けているマスクの効果と必要性を再認識する][移植後の定期受診によりコロナ禍でも安心する]の3個のサブカテゴリで構成され、移植後から継続している自己管理行動が自信に繋がっており、コロナ禍でも継続することで感染予防や体調管理面での効果を感じ、安心感を得ていることを表す。
4)【変化した生活に感じる不安や仕方なさ】A氏「体調管理を継続してきたことが良かったと実感している。体調管理は日常になっているから、不自由に感じなかったり、コロナが流行して生活が変わりないと思うのはそういう理由だと思う。」
このカテゴリは[社会的役割を失う不安や残念さ][娯楽や人との関わりが減ることで感じる寂しさや仕方なさ][コロナと共存していかなくてはならないことはどうしようもない]の3個のサブカテゴリで構成され、自粛生活により社会的役割や人との関り方が変化したことで、不安や寂しさ、コロナと共存する生活はどうしようもないという仕方なさを抱いていることを表す。
5)【今後状況が好転することへの希望】I氏「フィットネスクラブが終わった後はみんなでお喋りとかしたり、陶芸と手芸もしています。色々やっていたのが一切しなくなったんで、最初はちょっと寂しさはあったんですけど、まあそれはそれで。」
このカテゴリは[コロナ収束後の娯楽への希望][ワクチン接種ができたら安心できると思う]の2個のサブカテゴリで構成され、今後感染が収束することやワクチン接種が進むことで安心して日常生活へ戻れるのはないかという希望を表す。
6)【今後の見通しが立たない不安】I氏「今度ワクチンができるとか言ってるんですけど、抑制剤を飲んでたらその分色んな副作用が出てこないかなって。いつ受けられるかはわからないんですけど、そういうのを受けたら少しは安心するのかな。」
このカテゴリは[コロナ流行は災害と同様に今後どうなるのかがわからないことが不安]の1個のサブカテゴリで構成され、コロナ流行が災害時のように見通しが立たない状況であることに不安を抱いていることを表す。
7)【これまでの通院経験が多いからこそ良い面も感じられる】F氏「最初コロナが流行ったときテロが起きたなって思った。一瞬、東北の災害の時みたいな。どうなるんだろうなって。今後が予測できないような感じ。」
このカテゴリは[多くの通院経験によって病院の感染対策を知っており、安心する][コロナ流行で患者数が減り他者との接触が減ることで安心する][医療従事者と関わってきた経験から抱く感謝の思い][透析中の制限された生活経験があることでコロナ流行後の生活を苦に思わない]の4個のサブカテゴリで構成され、移植前から継続してきた外来受診や透析経験といった腎移植後患者ならではの経験から、病院の感染対策やコロナ流行下での医療現場の負担を理解し、信頼や感謝の思いを抱いたり、透析中の不便な生活の経験から、コロナによる生活の制限下でも前向きな思いを抱いていることも表す。
8)【世間の情報や他者の行動が気に掛かる】A氏「今までは腹膜透析をしていて、その時間の縛りもあって出来なかったことが、移植をして透析をしていた時間の縛りから自由になった。だからコロナで制限かかるけど、そんなに苦に思えない。」
このカテゴリは[世間の動向や他人の行動に敏感になる][他者からの配慮の在り方に対して感じる感謝や物足りなさ][他の腎移植患者の感染状況を気に留める][マスメディアからの溢れる情報に気持ちが乱れる]のサブカテゴリで構成され、感染流行により世間の動向や周囲の人々の感染予防行動のあり方、腎移植後患者の感染状況、マスメディアからの情報などの周囲の様々な状況が気に掛かっていることを表す。
3.コロナ流行により腎移植後患者が受けた生活への影響(表3)H氏「職場に感染流行地域へ帰省する人がいて、それはやっぱり不安だったんですよね。そういう行動をとる人への不安や憤りは感じました。」
コロナ流行により腎移植後患者が受けた生活への影響に関連する語りの内容は356文であり、186個のコードが抽出され、そこから14個のサブカテゴリ、4個のカテゴリが抽出された。以下、カテゴリは【】、サブカテゴリは[ ]、対象者の語りは「斜体」で示す。
1)【これまでよりも自己管理行動を工夫したり強化するようになった】このカテゴリは[移植腎を大切にするためより意識して自己管理行動に取り組むようになった][免疫抑制剤の作用を再認識し感染予防に努めるようになった][新たな対策を取り入れながら感染予防行動を継続・強化するようになった][感染リスクを減らすため受診回数や待合場所を変更した]の4個のサブカテゴリで構成され、免疫抑制剤内服により感染リスクが高い状態にあることを再認識し、自粛生活下でも移植腎を庇護するため、移植後の自己管理行動や受診行動を新たな生活様式に即したものに工夫したり、以前よりも意識して継続するようになったことを表す。
2)【公私に渡り感染予防行動が優先され、人との関わり方や生活習慣が変化した】B氏「コロナが流行っても、腎臓を大切にしようという気持ちは変わらないから腎臓を大切にするための自己管理をより気を付けて継続している。」
このカテゴリは[余暇活動では感染予防対策を優先するようになった][感染リスク回避を重視した働き方に変化した][移植の会の活動が制限された][余暇活動自体が制限され人との関りが希薄になった][外出の自粛で運動習慣や食生活が変化し体重増加や体調に影響があった]の5個のサブカテゴリで構成され、社会活動や余暇活動を継続するうえで感染予防行動の徹底が優先となったことで、人との関りの希薄化や外出自粛といった生活習慣の変化、活動量の低下による体重増加や体調の変化といった影響があったことを表す。
3)【情報の収集や選択に慎重になった】G氏「コロナで自粛して食べ過ぎて結構太りました。多分移植直後からしたら10㎏くらい太ったと思う。」
このカテゴリは[コロナに関する知識や現状を知るために情報収集するようになった][錯綜した情報に惑わされないように用心するようになった]の2個のサブカテゴリで構成され、多くの情報が錯綜する中、正しい知識や現状を知るために慎重に情報を取捨選択するようになったことを表す。
B氏「新聞とインターネットでコロナの情報を把握しています。それをしてから、あそこは行かないほうがいいな、とか。そういうのはちゃんと調べてから行きます。」
表3コロナ流行により腎移植後患者が受けた生活への影響
カテゴリ | サブカテゴリ | 代表するコード | 該当 対象者 |
---|---|---|---|
これまでよりも自己管理行動を工夫したり強化するようになった | 移植腎を大切にするためより意識して自己管理行動に取り組むようになった | 自粛太りをしたため移植腎が心配になり歩くようになった | B,E,G,H,I |
移植腎を大切にするためより気をつけて自己管理を継続している | |||
免疫抑制剤の作用を再認識し感染予防に努めるようになった | 免疫力が低いため、コロナ流行後は人と接触する機会を減らすよう意識している | E,G,H | |
免疫抑制剤を内服しているため気が引き締まり感染予防に気を付けるようになった | |||
新たな対策を取り入れながら感染予防行動を継続・強化するようになった | 手洗いうがいの回数を増やしている | A,B,C,D,E,F,G,H,I | |
買い物を短時間で済ませたり人との距離を保つよう気を配るようになった | |||
マスクをする頻度が高くなった | |||
感染リスクを減らすため受診回数や待合場所を変更した | 受診時は車の中で待つようにした | E,F,G | |
移植後経過が安定していたため医師と相談し受診回数を減らした | |||
公私に渡り感染予防が優先され、人との関わり方や生活習慣が変化した | 余暇活動では感染予防対策を優先するようになった | ゴルフ後は直帰したり距離を保って食事をするようになった | A,B,D,F,G,H,I |
外食は感染予防対策をしている馴染みの店を選ぶようになった | |||
感染リスク回避を重視した働き方に変化した | 県外への出張は断るようになった | A,C,D,E,F,H | |
対面での仕事は体温チェックや消毒をして距離を置いている | |||
移植の会の活動が制限された | 移植の会の活動が全部なくなった | E | |
余暇活動自体が制限され人との関りが希薄になった | 人と会う機会が減り関係が希薄になっている | A,B,C,E,F,G,H,I | |
移植後に旅行に行こうと思っていたがコロナで行けなくなった | |||
外出の自粛で運動習慣や食生活が変化し体重増加や体調に影響があった | 自粛生活で食事量が増え移植直後から10㎏体重が増えた | E,G,H,I | |
ボランティア活動や外の活動をしなくなり筋力が弱った | |||
情報の収集や選択に慎重になった | コロナに関する知識や現状を知るために情報収集するようになった | コロナが疑わしい時の対応をA病院の医師に相談した | B,D,G |
コロナの情報は新聞とインターネットで把握している | |||
錯綜した情報に惑わされないように用心するようになった | 自分で正しい情報を仕入れて惑わされないようにしている | A,C,E | |
ネットなどの噂は信じないようにした | |||
感染予防のための思いやりや気遣いが増えた | 周囲の気遣いをより感じるようになった | ドナーである母親からコロナに罹らないようにと言われていた | D,F,G,H,I |
移植しているため会社の人達も話す時に距離を保つなどの気遣いをしてくれた | |||
感染予防のために家族と協力し合うようになった | 同居家族の中に妊婦や子どもがいるため家族皆でお互いに配慮して用心して生活している | A,B,F | |
子どもや孫まで家族みんなで感染予防をしている | |||
重症化しやすい人々のことを思いやり行動するようになった | 透析している知人に会うのは控えたほうが良いと思い会いに行きにくい | C,H | |
医療職のため患者の健康を守るために外出を制限するようになった |
このカテゴリは[周囲の気遣いをより感じるようになった][感染予防のために家族と協力し合うようになった][重症化しやすい人々のことを思いやり行動するようになった]の3個のサブカテゴリで構成され、家族や知人といった周囲から感染予防の配慮を感じるようになったり、重症化しやすい人々のことを守るため自身も感染予防行動をとるという思いやりや気遣いが増えたことを表す。
F氏「妊婦や孫がいることもあって、家族の中でも皆お互い体調を気にして用心していますね。会社の方たちは自分に気を遣ってくれて、話す時に距離をとってくれたりして。周りの人が気にしてくれたのが、自分を守ってくれてたって思うんです。」
本研究では腎移植後患者がコロナ流行により抱いた思いや生活への影響を明らかにしたが、コロナ禍において一般の人々は、自分や家族が感染する不安、生活の変化への不安、仕事の先行きの不安、運動不足による健康不安、余暇活動の制限やコロナに関する正しい情報の不足や不安定な情報にストレスを抱いていたことが報告されている(厚生労働省,2020b)。これらは、本研究における【感染の不安や恐怖】、【変化した生活に感じる不安や仕方なさ】、[社会的役割を失う不安や残念さ] 、[マスメディアからの溢れる情報に気持ちが乱れる]といった思いや、[余暇活動自体が制限され人との関りが希薄になった]、[外出の自粛で運動習慣や食生活が変化し体重増加や体調に影響があった]という生活への影響と共通しており、一般の人々と同様の思いや生活への影響を受けていたことが分かった。また、[外出の自粛で運動習慣や食生活が変化し体重増加や体調に影響があった]ことは、乳がん患者における外出自粛による運動量低下や体重増加(鈴木他,2022)、パーキンソン病患者における外出や余暇活動の制限による体力低下(手塚他,2022)等の影響とも一致していた。しかし、腎移植後患者の場合は、腎機能改善に伴う食欲亢進やステロイド内服によって体重増加を来し易く、体重増加は慢性移植腎症のリスク要因になるため避けることが望ましい(Micozkadioglu et al.,2005)。すなわち、腎移植後患者にとっての体重増加は、移植腎の長期生着を危ぶむ可能性を含んだ重要な生活への影響であったと考えられる。
本研究の対象者が[免疫抑制剤の内服を継続する一方で抱く感染リスクの不安]から【免疫抑制剤の内服継続に対する気持ちの揺らぎ】を抱いていたことは、肝移植後患者がコロナ流行下に自己判断で免疫抑制剤を減量したり(Reuken et al.,2020)、同様に免疫抑制剤の内服を必要とするリウマチ性疾患患者が、コロナ感染の不安から免疫抑制剤の服用を中断した(Khabbazi et al.,2020;Pineda-Sic et al.,2021)という報告と類似していた。しかし、本研究の対象者は免疫抑制作用により感染を恐れるという点は同様でありながら、服薬の減量や中断には至っていなかった。腎移植患者の免疫抑制剤内服の中断は急性拒絶反応や腎機能低下を引き起こすため(Vlaminck et al.,2004)、服薬アドヒアランスは極めて重要である。腎移植後患者の服薬アドヒアランスの維持には、拒絶反応への不安、透析への嫌悪感、医療チームとドナーへの感謝等の思いが関連していることが報告されている(Jamieson, et al.,2016)。本研究の対象者も【感染の不安や恐怖】等の不安を感じながらも、[免疫抑制剤による感染リスクは嫌だが移植腎を守る方が大事][医療従事者と関わってきた経験から抱く感謝の思い][ドナーにもらった腎臓への影響の心配]といった思いを抱いていたことが、服薬アドヒアランスを保つ要因になっていたと考えられる。さらに、腎移植後患者の服薬アドヒアランスは移植後の経過年数と負の相関があることが分かっており(Lin et al.,2011)、本研究対象者の移植後平均経過年数が2年5カ月と比較的短かったことも関連している可能性が考えられる。
また、本研究の対象者は【移植後の自己管理行動が役立ち安心する】という思いを抱き、【これまでよりも自己管理行動を工夫したり強化するようになった】という生活への影響を示していた。これは、肝移植後患者による個人防護具使用の増加(Doğan et al.,2021)や、腎移植後患者が元来の自己管理行動によりパンデミック時に優れた感染予防行動が取れていた(De Pasquale et al.,2021)という報告と類似しており、移植後患者に特徴的な自己管理能力の高さが生活への影響に見出されたものと言える。
さらに、一般の人々を対象とした調査では、半数以上がコロナによる良い影響は無かったと回答していた(厚生労働省,2020b)。しかしながら、本研究では【これまでの通院経験が多いからこそ良い面も感じられる】といった前向きな思いや、【感染予防のための思いやりや気遣いが増えた】という良い影響を表していた。このことは、透析により制限された不便な生活体験や通院経験の多さ、ドナーや透析経験を通した交友関係を有する腎移植後患者であるからこそ認識された影響だと考えられる。
2.コロナ等の新興感染症流行下における腎移植後患者支援への示唆一般的に医療従事者による腎移植後患者への支援は自己管理行動の促進要因となるため重要であるが(Lin et al.,2011)、本研究の結果から、コロナ等の新興感染症流行下では次のような支援の必要性が考えられた。
まず、本研究で明らかになった[ドナーにもらった腎臓への影響の心配][ワクチン接種による身体への影響の心配と効果への期待][コロナに関する知識や現状を知るために情報収集するようになった]といった結果からは、未だコロナに関する知見の蓄積に乏しく、本邦でワクチン接種が開始される以前の第3波の収束時期という調査時期に、腎移植後患者が圧倒的な情報不足に苦慮する様子が伺えた。このことから、新興感染症の流行早期から医療従事者が腎移植後に特化した感染症に関する情報を積極的に提供し、支援する必要性を示していると考えられる。
次に、【免疫抑制剤の内服継続に対する気持ちの揺らぎ】は、新興感染症流行下でも免疫抑制剤内服が必要な患者に共通する思いであった(Reuken et al.,2020;Khabbazi et al.,2020;Pineda-Sic et al.,2021)。医療従事者は、新興感染症に罹患する不安を抱きながら免疫抑制剤を内服している患者の思いを受け止め、内服継続の必要性や中断のリスクについて情報を提供し、患者の服薬アドヒアランス維持に向けた支援をする必要がある。
また、[外出の自粛で運動習慣や食生活が変化し体重増加や体調に影響があった]という結果から、腎移植後患者が新興感染症流行下でどのような生活の変化を余儀なくされているのかといった配慮や、活動量低下等の生活上の変化に応じたタイムリーな生活指導が不足していた可能性が考えられる。今後の感染症流行下でも行動制限が敷かれる可能性は高く、管理栄養士や理学療法士などの多職種と協働しながら、栄養指導や自宅での運動指導等の支援を備えておく必要性があると考えられる。
さらに、本研究の対象者は自らの工夫に基づき[感染リスクを減らすため受診回数や待機場所を変更した]という影響を受けていた。このことは、肝移植後患者が病院で感染することへの不安から、定期受診の延期や電話診療を求めていたこと(Reuken et al.,2020)と同様であり、移植後患者への診療体制の工夫の必要性を示していると考えられる。移植後患者が安心して外来受診ができるよう、安全な待機場所の整備や、患者のニーズと医療上の必要性を考慮した受診頻度の検討、オンライン診療等のシステムの導入といった支援も有用であると考えられる。
最後に、[他者からの配慮の在り方に対して感じる感謝や物足りなさ]を感じていたことからは、移植後の易感染性に対する周囲の理解や配慮を求める対象者の姿が推察された。新興感染症流行下では、家族や周囲の人々への感染予防の情報提供が望まれるほか、免疫抑制剤の内服を必要とする移植後患者の実態が一般社会に広く認知されていくような啓発活動も必要であると考えられる。
本研究は第3波の収束時期に1施設内の腎移植後患者を対象としたため、偏りがある可能性や、感染流行状況や居住地、移植後の経過により、患者の思いや生活への影響が異なる可能性がある。
コロナ流行により腎移植後患者が抱いた思いは8個のカテゴリに分類され、【感染の不安や恐怖】【変化した生活に感じる不安や仕方なさ】といった一般の人々と同様の思いを抱いていた。その一方、服薬アドヒアランスに影響する可能性のある【免疫抑制剤の内服継続に対する気持ちの揺らぎ】や、腎移植後患者に特有の自己管理行動能力や生活歴から【移植後の自己管理行動が役立ち安心する】、【これまでの通院経験が多いからこそ良い面も感じられる】ことは特徴的な思いだったと考えられた。生活への影響は4個のカテゴリに分類され、【感染予防のための思いやりや気遣いが増えた】【これまでよりも自己管理行動を工夫したり強化するようになった】といった特徴的な影響も示された。しかし、【公私に渡り感染予防が優先され、人との関わり方や生活習慣が変化した】中でも[外出の自粛で運動習慣や食生活が変化し体重増加や体調に影響があった]ことは、体重増加により移植腎の長期生着を危ぶむ可能性を含む影響だったと考えられた。
コロナ等の新興感染症流行下での腎移植後患者への支援として、腎移植後という状況に特化した感染症に関する情報提供や、不安を抱きつつも服薬アドヒアランスを維持しようとする患者の情緒的・情報的支援、外出自粛により低下した活動量に応じたタイムリーな生活指導、安心して受診できる体制の整備等の必要性が考えられた。
申告すべきものはなし。
本研究にご協力いただいた研究対象者の皆様に深謝致します。