財務諸表監査において,大規模な会計スキャンダルが明らかになるたびに,社会的な信頼を回復するため,監査人の職業的懐疑心が重要な問題となりつつある。そこで,多くの研究がこの問題に取り組んでいるが,伝統的な哲学の文脈,あるいは,心理学の問題としている。実際,IAASBも,究極的には心の状態(mindset)の問題としている。
しかしながら,そのような研究は,法廷での抗弁に耐える理論を展開できない。そこで,本稿では,これまでの形而上学的・心理学的な議論ではなく,論理学,科学としての証明の観点から職業的懐疑心の意義を明らかにする。結論は,①職業的懐疑心が現行の法制度下で財務諸表監査の立証構造に反証を採り入れるための1つのレトリックであること,②当初から職業的懐疑心という名の下に反証を入れた方が,過小決定問題や認知的錯誤の観点からも望ましいことの2つである。