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総合論文
リチウムイオン電池 Solid Electrolyte Interphase (SEI) に関する第一原理計算研究
館山 佳尚
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2019 年 18 巻 1 号 p. 18-28

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Abstract

リチウムイオン電池(LIB)中の負極と電解液の界面に主に充電時に形成される被膜をSolid Electrolyte Interphase (SEI)と呼ぶ.このSEIの性質によってLIBの性能や安全性が大きく変化する.しかし,この界面過程のその場観察・オペランド観察実験はいまだに困難が多く,高精度な理論計算による微視的機構の解明に大きな期待が寄せられている.本稿では,特に密度汎関数理論をベースにした第一原理計算によるSEI研究の現状を,著者らの研究も含めて,概観し今後について展望する.

1 はじめに

1990年代前半のリチウムイオン二次電池(Lithium Ion Battery: LIB)の商用化以降,LIBはノート型パソコンやスマートフォンなどの小型機器を中心に広く普及してきたことはご承知のとおりである.LIBに関する解説もすでに数多く出ており,詳細はそれらの参考文献 [1,2,3]を参照されたい.ここではLIBの充放電(charging and discharging)機構および電解液(electrolyte)の構成要素をFigure 1に例示しておく.いまやエネルギー貯蔵デバイスとして中心的役割を果たしているLIBであるが,実は二次電池内部で起こっている反応については完全に理解されている訳ではない.その代表例が,LIBの負極(anode)と電解液の界面に主に充電時に形成されるSolid Electrolyte Interphase (SEI)の微視的機構である(Figure 2).このSEIは電解液成分によってその性質を大きく変え,LIBの性能と安全性に大きな影響を及ぼす.今後,電気自動車などに向けた大規模LIBや次世代二次電池を開発する上で界面反応の制御技術や安価で高性能な人工SEI設計などが必ずや必要となるであろう.しかし,界面過程のその場観察・オペランド観察実験はいまだに困難が多く,SEIに関する基礎情報も不足している.このような状況下で,理論計算による微視的機構の解明および提案に大きな期待が寄せられている.

Figure 1.

 Schematic pictures of (a) charging and (b) discharging processes in Lithium Ion Battery (LIB). (c) Typical solvent and additive molecules (EC, VC, FEC), and decomposed products (Li2EDC, Li2DOB) in LIB electrolyte solution. The detail is explained in the text.

Figure 2.

 Microscopic picture of SEI formation processes at the first charging of LIB.

理論計算と一口に言っても様々な種類があり,それぞれ一長一短がある.LIB内の動作機構・反応機構については,主に次のようなアプローチが使われている.(a)連続体・粗視化モデル計算,(b)経験的古典力場による分子動力学(MD)計算,(c)静的な第一原理クラスター計算,(d)凝縮系(液体など)に関する第一原理MD計算などである.このうち(a)は主にマクロな物性に対して用いられ,微視的レベルは完全にパラメータ化されている.(b)は微視的レベルを取り扱うことができ,一見時間依存過程を追っているように見えるシミュレーションが可能である.しかし,統計サンプリングの観点では時間は意味を持たず,また原子間ポテンシャルの精度や様々な系に対するその普遍性は常に不安が残る.最近は,従来取り扱えなかった化学結合変化を取り込んだ手法も提案されてきているが,扱える化学反応も限定的であり,かつ統計力学の原理を満たしているか不明な点もあることから,その結果の解釈には注意を要する.このような観点で見ると,やはり計算精度,手法の普遍性で優位性のある(c)や(d)の第一原理計算アプローチ [4]が,SEIに関する機構解明には適しているといえよう.もちろん第一原理計算にも計算コストや計算規模の制限などの問題点がある.また(c)のアプローチについては統計平均を通常取らないという問題もある.しかし,理論計算からの定量的予言を第一に考える場合,やはり第一原理計算が必須であることは言うまでもない.そこで本稿ではSEIに関する第一原理計算研究に特に焦点を当て,現状や動向について解説する.

第一原理計算では取り扱える系のサイズがまだまだ小さいことから,着目する現象からうまく妥当な計算系を抽出することが重要となる.そのために,まずLIBの初期充電時に想定される過程をFigure 2にまとめた.充電が始まると負極に電子が集まり脱溶媒和したLi+を電解液から受け入れる(Figure 2 (a)).しかし,間違って電解液分子(溶媒(solvent),添加剤(additive),アニオン(anion))を還元して分解させてしまうことがある(Figure 2 (b),(c)).ここで還元分解物は負に帯電するため一緒にLi+が拘束され,使われないLi+,つまり不可逆容量となる.その還元分解物が負極界面に堆積しSEIが生じる.電解液が直接負極に触れないようになり還元電子の供給がなくなると,SEIの成長が止まる.なおアニオンはLi+に結びついていない限り,負に帯電している負極界面には近づきづらいと想定される.形成されたSEIは電子絶縁性を保持しつつ,十分なLi+伝導性を持つことが要求され,その物性は電解液の成分の微妙な違いでも大きく変化することが知られている.このように何が起こっているかは概ねわかっているのだが,その形成機構,微視的構造,イオン伝導機構については不明な点がまだ数多い.

本稿では,まず2章で第一原理計算解析について確認した後,3章で電解液還元分解過程(SEI形成過程前半),4章で分解物堆積過程(SEI形成過程後半),そして5章で形成後のSEI物性の3段階に分けて,第一原理計算を用いた研究について,著者らの研究を含めて,概観する.なお,計算研究全体に関する英文総説は別途参照されたい [5,6].

2 SEI問題に対する第一原理計算アプローチ

上述のように(c)第一原理クラスター計算と(d)凝縮系向けの第一原理MD計算の2通りのアプローチがある.

電解液分子の還元過程についてはGaussianプログラム [7]などを利用した第一原理クラスター計算が多用されてきた.このアプローチでは時々真空中の計算も行われることがあるが,主に分極連続体モデル(Polarizable Continuum Model: PCM)を用いて電解液効果を連続媒質として取り込んだ電解液分子やLi+溶媒和の構造や反応を議論することが多い(Figure 3 (a)).分子やクラスターの還元・酸化性は電子親和力(Electron Affinity: EA)とイオン化ポテンシャル(Ionisation Potential: IP)で見積もることが可能である.(厳密には酸化還元電位を見積もる必要がある. [8,9,10,11])しかし,実際多くの計算研究でLUMOおよびHOMOを用いて議論されていることに注意したい.著者らが確認したところ,全エネルギーを基にしたEAおよびIPの方が計算条件(DFTの汎関数などの)依存性が小さくかつ精度も高い.一方LUMOおよびHOMOは計算条件依存性が大きく,B3LYPやM06等の汎関数で比較的良い値を与えることが多いものの,間違った結論を導き出すこともありうる [12].また電解液系は基本的に凝縮系であるためGauss基底の依存性も大きく,分極や分散関数を取り入れることが重要と考えられる.一方で,一般に第一原理クラスター計算では,整数電子付加・削除が明確に行え,かつ真空準位が定義できるという利点があるので,還元性・酸化性についてはより定量的に確認できると考えられる.

Figure 3.

 Schematic pictures of (a) first-principles cluster calculation with cluster boundary condition and typically polarizable continuum model for solvent effect, and (b) first-principles molecular dynamics calculation of solution states where all the atoms are explicitly treated and periodic boundary condition is applied. The pink, red, sky-blue and white spheres denote Li+, O, C, and H, respectively.

第一原理クラスター計算による分解反応解析についても注意を要する.電解液中では多数の分子が協奏的に参画して反応が進むことから,それらの統計アンサンブルを取ることが厳密には必要となる.しかし第一原理クラスター計算では構造最適化をベースとした限定された配置空間における最小エネルギー経路の探索に陥りやすく,多様な反応経路およびエントロピー効果などを正しく取りこむことが難しい.時々,経験的パラメータを付加して「自由エネルギー」と称し,実験との整合性を議論している論文も散見されるが,そうすることで却って理論計算の改良点を見過ごすことになり,二次電池現象に対する計算科学の進展そのものを遅らせてしまうことになりかねない.実験との合致だけを見るのではなく,客観的な理論的考察を提供することが重要だと著者は考える.

もう一つのアプローチが,著者らが多用している第一原理MDによる統計サンプリングである(Figure 3 (b)) [13,14].これらの計算では,選択した電解液分子数に対して,電解液の密度などを参考にスーパーセルを構築し,周期境界条件で温度一定のカノニカルアンサンブル [15]を取るというものである(一部ミクロカノニカルを用いる場合もある).これにより電解液中の多数の分子が絡んだ溶媒和構造を取り扱うことができる.また統計力学の基本原理にのっとったBlue-moon ensemble法(熱力学積分法) [16]やmetadynamics法(Langevin方程式) [17]による反応自由エネルギー計算においても,選択した反応座標(集団座標)に関して多数の分子の効果が重畳され,また時には思いもよらぬ反応経路が見つかることもある.溶液系,固液界面系の反応解析には適したアプローチである.

一方で周期的境界条件に伴う計算の制限も出てくる.まずDFTのハイブリッド汎関数利用の計算コストが著しく増大する.実効上はPBEレベルの汎関数にファンデルワールス相互作用を追加したものが最近よく使われる.また原則的に真空準位が定義できなくなる他,バイアス(電場)印加計算が難しくなることが挙げられる.前者については酸化還元電位の定義が困難になるという問題が生じるが,粒子数一定のアンサンブルを用いて還元・酸化過程を取り扱うことはできる.後者については近年,準周期的境界条件と連続媒質手法を組み合わせた電場印加手法 [18]が提案されている.なお著者らは精度が担保されている開回路電圧状態の解析から電場印加効果を類推するというアプローチを主に取っている.

著者らも手法・プログラム開発は行っており,第一原理計算と熱力学積分法を組み合わせた自由エネルギー計算や高機能統計サンプリングを高並列かつ高効率で実行可能なstat-CPMD [19]を,第一原理計算のオープンソースであるCPMD [14]をベースに作成している.このプログラムは多数の構造の効率的サンプリングも可能であり,構造のビッグデータ構築にも有効であろう.stat-CPMDはスーパーコンピュータ「京」に対してもチューニングされており,十分な計算サイズの並列計算において実行効率で最大30%, SIMD化率70%という性能を出している.ただし,このプログラムは平面波基底および高速フーリエ変換を用いているため,系のサイズがかなり大きくなると並列効率が著しく悪くなる欠点も持ち合わせていることを指摘しておく.

3 電解液溶媒和および還元分解

本稿ではLIBの負極・電解液の代表的な系として,グラファイト負極,Ethylene Carbonate (EC) 溶媒,Vinylene Carbonate (VC)およびFluoro Ethylene Carbonate (FEC)添加剤の系を中心に考える(Figure 1).アニオンとしてはPF6等を想定する.これらの系に関する第一原理クラスター計算の代表例はWangらによるLi+(EC)4, Li+(EC)n(VC)の計算であろう [20, 21].彼らはLi+の溶媒和からECやVCが一つずつ解離するエネルギー(配位エネルギーと呼ばれることもある)や,溶媒和しているEC分子,VC分子の還元分解過程のエネルギーダイヤグラムを第一原理クラスター計算により求めた.

前者の配位エネルギーはECに関しては1.2 − 1.9 eVという値が得られている.一方,負極界面における複素インピーダンス測定によるとEC電解液の脱溶媒和エネルギーは0.4 − 0.6eV程度と報告されており [22, 23],上記の配位エネルギーで脱溶媒和を記述できないことが明白となっている.しかしながら,配位エネルギーで議論する理論計算研究がいまだに多い.それらの結果の解釈には,注意を要することを指摘しておく.

Wangらは還元分解過程の考察も行っている[20, 21].ECの1電子還元分解についてはFigure 1 (c)におけるO2-CE結合が切れて[Li-O2CO-CH2-CH2]が得られることが示された(Figure 4 (a)).このアニオンラジカルはそのままダイマー化するとLi2 BDC (butylene dicarbonate)に,エチレンC2H4を生成してダイマー化することによりLi2EDC (ethylene dicarbonate) (Figure 1 (c))が得られる.これらは実験観測と整合している.Leungは1電子還元と2電子還元を区別して扱うことで,EC溶媒が2電子還元してC2H4を放出する後者が起こりやすいことを示した [24].WangらはさらにVC添加剤の還元分解についても同じ結合が分解するとしてエネルギーダイヤグラムを計算した.またVCはCE-CEの二重結合が外れることによりオリゴマー化することも調べた.しかし,後述のように第一原理MD計算では別の結合の切断が示唆されている.この事例は,第一原理クラスター計算による構造最適化ベースの化学反応ダイヤグラム計算では多様な反応経路を求めることが難しいことを示唆している.

Figure 4.

 Products of reductive decompositions (RC) of EC solvent and VC additive in EC solvent. (a) [Li-O2CO-CH2-CH2] by 1e RC of EC, (b) Li+-CO32- & C2H4 by consecutive 2e RC of EC, (c) CO & Li (OCH2)2 by concerted 2e RC of EC, and (d) CO & Li (OCH)2 or Li (OCH)2 by 1e- or 2e RC of VC.

著者らはこのEC溶媒,VC添加剤系に対して第一原理MDサンプリング解析を行った [25].負極近傍の電解液領域を想定し,スーパーセルにLi+とEC32分子またはEC31・VC1分子を入れた系を解析した.充電時に負極が負に帯電することからLi+から解離しているアニオンは負極近傍にはあまりいないと仮定した.平衡状態について解析したところ当初の予想とは異なり,VC添加剤はLi+に溶媒和しないという結果を得た.つまりWangらのVCが入った溶媒和モデルは現実的でないことが示唆された.これはECとVCの分極を考えれば至極当然ではあるが,実際に第一原理MDを行わなければ予言しづらい性質と考えられる.

この溶媒和の違いは,電解液中の分子の還元性に影響を与える.通常,ECとVCを比較するとVCの方がEAが大きいため還元されやすいと考えられていた.しかし,比較すべきはルイス酸性の強いLi+に配位したECと配位していないVCであり,結果的にVC添加剤導入によってもVCのみが選択的に還元されるわけではなく,ECの還元も起こることが示唆された.このように溶媒和の平衡構造の同定は重要な意味を持つ.

そこで著者らは従来から考えられているVCの犠牲的還元機構だけでなく,ECの還元分解も同時に考慮することとした.スーパーセルに還元電子1つを導入し,それがECに入った場合とVCに入った場合で様々な結合に対する還元分解反応の自由エネルギープロファイルをBlue-moon ensemble 法 [16]を用いて求めた.その結果,ECについてはWangらの結果と同様にO2-CE結合が切れるのに対し(Figure 4 (a)),VCについてはCC-O2結合が切れO1-Ccが解離してCOが生成し,残部分にLi+が配位してLi (OCH)2クラスターを作ることが示された (Figure 4 (d)).このクラスターはLi+以外の部分がπ共役系になっているため安定化すると推測される.示唆された生成ガスCOは実際に実験観測されている.

著者らはVC添加剤を2 wt%入れた時に大量に発生するCO2ガスの発生 [26]を指標に,さらに2電子還元や1電子還元アニオンラジカルの中性分子への攻撃反応についても調べた.その結果,EC溶媒分子の逐次的な2電子還元でCO32-とC2H4が生成する(Figure 4 (b))一方,協奏的な2電子還元ではCOが生成する(Figure 4 (c))ことがわかった.これらのガスは実際に実験で観測されている.

最終的にECアニオンラジカル(Figure 4 (a))がVCを攻撃する際にVC側のCO2が解離することでCO2ガスが発生する機構を見つけた.これは従来考えられてきたVCの犠牲的還元によるSEI形成ではなく,VCが1電子還元で生じたECアニオンラジカルを不動態化することで,2電子還元を阻止し,不可逆容量を減らすという新規シナリオが得られた.実際VC添加剤により不可逆容量が減ることは実験でも観測されている.このように本研究は実験と多くの定性的一致を見たが,一方でECやVCの還元電位やCO2生成量とVC添加剤量の関係などについてまだ定量的に説明できていない.従って,他の反応機構の可能性も残っている.しかしながら,本研究では包括的な計算と実験との比較・検討(消去法の利用など)を行った上での新概念提案となっており,一連の過程を一つのシミュレーションで追っているわけではないが,確度の高い予言となっていると考えている.

著者らはEC溶媒中のFEC添加剤(Figure 1 (c))の還元分解についてもVCと同様の計算解析を行っている [27].まずFECのEAはECと大きく変化はなく,またFECがLi+に溶媒和する場合はFではなくO1を通して配位することが示された.1電子還元分解については,Fが外れてLi-Fを作る反応が発熱的であるという結果が得られた一方,FECのHとFが結合するFEC → HF + VC反応は起こりにくいという結果を得た.つまりFECとVCは決して同じ反応経路を与えるわけではなく,かつFEC導入によりLiFの量が増えることが示唆された.後者については実験報告とは定性的に一致するが,これも最終結論のためにはより包括的かつ定量的解析が必要である.

上述の著者らの第一原理MDサンプリングでは負極をスーパーセルに入れず,電子源とみなすことで電解液分子の1電子,2電子還元を明確に示せる利点があった.一方,負極をスーパーセルにいれてサンプリングし,自発的分解を観測することで電解液分子の還元分解を議論する論文も複数報告されている [28,29,30].ただ自発的反応だけでは反応経路探索としては十分とは言えず,著者らが行っているような反応自由エネルギー計算(レアイベント・サンプリング)が必要になると考えられる.

4 負極界面におけるSEI形成過程

還元分解物が出揃うと,次の疑問はそれがどのように負極界面に堆積しSEIを形成するか?であろう.実はこの課題に取り組んでいる第一原理計算研究は余り多くない.後述のように,SEIができたとして,その物性(Li+輸送特性など)を調べているものが多い.そのような中で著者らが行った形成機構に関する研究を紹介する [31].

再びEC溶媒,VC添加剤系について調べる.典型的に,EC溶媒単体の場合のSEIの厚さは約40 nmなのに対し,2 wt%のVC添加剤を加えた系では厚さが約10nmになるという結果が得られている [32,33].従来の表面堆積モデル [34]で考えた場合,SEIの成長が止まるのは新たな還元分解が起こらない,つまりSEIを貫通する電子トンネリングが抑制されることを示唆する.従って,電子絶縁性の高いSEIほど早く成長を止め,薄くなると予想される.このシナリオに沿ってEC還元分解物とVC還元分解物からなる2つのSEIモデルを構築し,溶解性,負極界面接着性および電子絶縁性を解析した.

VC添加剤では有機成分が比較的多く見られるという報告もあり [35],かつ有機成分の比較に焦点をあてるため,LiFやLi2CO3といった無機系構成要素を外し,EC, VCを還元分解して得られる有機系ダイマーLi2EDCおよびLi2DOB (Figure 1 (c))を構成要素と仮定して,SEIモデルを複数作成し,第一原理MDサンプリングによりエネルギー的に低いSEI平衡構造をまず求めた.続いて,これらのSEIのEC溶媒中への溶解性を求めた結果Li2EDC系,Li2DOB系SEI共に溶解よりは凝集したほうがエネルギー的に得であるという結果を得た.この凝集においては不可逆容量となったLi+が有機分解物をつなぐglue (糊)の役割をすることが,SEIモデルの微視的構造から明らかになった(Figure 5).

Figure 5.

 Atomistic structures obtained in the equilibrium trajectories for (a) EC-derived SEI and (b) that with F. (a) Li+-glue for the organic species and (b) F -glue for the lithiated organic species are depicted.

次にグラファイト負極との接着性を調べるためにLi挿入されたLiC24負極—SEIモデル—EC溶媒系の固液界面系を構築し,やはり複数の初期構造を準備し,stat-CPMDにて平衡状態サンプリングを行った.グラファイト負極表面は還元雰囲気下であることとLi+イオンの挿入のしやすさから水素終端のジグザグエッジ面とした.SEIモデルを接着した状態と溶媒中に浮かせた状態で平均全エネルギーを比較することで接着エネルギーを見積もった結果Li2EDC, Li2DOB系SEIとも接着を同程度に"好まない"という結果を得た.水素終端は"撥水性"の要因である可能性があることから,同様の手法でOH 終端,O終端による接着エネルギーの見積もりも簡易的に行い,接着が好まれる方向に向かう傾向は見られたが,それでも堅固な接着エネルギーは得られなかった.今回はエッジ面を考察したが,ベーサル面({0001}面)ではさらに接着性が弱いことが予測されることから,有機系成分のSEIの接着性は一般に強くないことが本計算で示唆された.

さらにこの界面系における電子状態解析も行った.その結果,Li2EDC,Li2DOB系とも還元電子が経由すると考えられるSEIのLUMOが終状態であるEC溶媒のLUMOよりも十分に高いことが分かった.つまりVC添加剤によって得られるSEIに電子絶縁性の大きな有利点があるわけではないことが示された.

以上の結果は,負極界面上で電解液の還元分解物がそのまま堆積し電子絶縁層を形成する,そしてVC添加剤由来のSEIの方が電子絶縁性が高いため膜厚が薄くて済むという従来の表面堆積機構とは矛盾する結果となっている(Figure 6 (a)).著者らは上記の計算結果を再度客観的に考察し,有機系SEIに対する新たな形成機構である"near-shore aggregation" 沖合凝集メカニズム(Figure 6 (b))を提唱した [31].

Figure 6.

 Schematic explanations of (a) conventional surface deposit mechanism and (b) near-shore aggregation mechanism proposed by the present authors.

この新機構では還元分解物はすぐに界面堆積するのではなく,沖合に拡散した後に電解液中で凝集し,その凝集体が成長して最終的には負極界面に接岸することでSEI成長が終了するというものである.一般にLi2EDCはより大きなオリゴマーへの成長が難しいが,二重結合を有するVC系分解物はオリゴマー化の可能性が高い.従ってVC存在下では実際には大きめのオリゴマーが形成され,その大きさゆえに沖合への拡散がそれほど広くないため,SEI凝集体の中心が界面の比較的近くに位置し,接岸までのSEI凝集体の成長が小さくてすみ,結果的に膜厚が薄くなると推論できる.一方Li2EDCダイマーは電解液内奥深くに拡散可能なため,SEI凝集体が大きくなり膜厚が厚くなると説明できる.またこのメカニズムでは,SEI凝集体が接岸するまでは電解液分子の界面への供給が行われ,還元分解は常に界面で起こると考えることができるので,電子絶縁層による還元電子トンネリングの抑制に依らない機構となっている.実際,実験ではサイクルの途中でのSEIの剥離が起こることが報告されており,本研究で示したように有機系SEIの負極への接着力が弱いという提案と矛盾しないものとなっている.

SEI形成機構については,上述のように成分が多彩であること,初期構造依存性が大きく,多くのサンプリングが必要であること,Li+の負極挿入と追加の還元分解を考慮しなければならないことなどから,第一原理MDサンプリングによる解析はほとんど行われていない [36].一方,古典MDベースのシミュレーション計算の報告は幾つか存在するが,負極との接着やLi+の挿入が考慮されておらず,また原子間ポテンシャルの精度問題もあることから結果解釈には注意を要する.SEIの形成や剥離における時間スケールは秒といったオーダーにもなりうることから,時間発展シミュレーションよりもむしろ統計サンプリングをどう担保するか?が重要となりうる.その意味では多様な初期状態からの愚直な第一原理MDによる様々な平衡状態の解析・比較が待たれる.

実際のSEIはPeledモデル [37](Figure 7)らに代表されるように,LiF, Li2CO3, Li2Oらの無機系構成物が負極界面近くのinner SEIに多くいるとの実験報告が数多くある [38].従って上述のnear-shore aggregation [31]はかなり限定された機構でしかない.しかし,そのエッセンスは負極界面との接着の弱さであり,それは無機系構成物においても適用可能な考え方となっている.

Figure 7.

 Peled model for SEI composition.

それについてさらに考察すべく,LiF分子のFがどれだけ他の有機系還元分解物と接着しやすいか?について考察も行った.上述のFEC系についてLiFがLi2EDC内に埋め込まれた系を用意し第一原理MDサンプリングを行ったところ [27],Figure 5 (b)のような局所構造を得た.ここではFが3つの有機分解物を伴ったLi+をジョイントしており,これをF -glueと名付けた.これはFが入ることでSEI膜が堅牢になるという実験と定性的に合致する.まとめると,有機系分解物の凝集に対してまずLi+がglueの役割を果たし,さらにFが存在する場合にはF -glueがより強固な糊となることが示唆された.

しかし,著者らの結果ではLi-Fの結合距離が大幅に伸びる一方,XPSでそれが観測されているかどうかは不明である.また一つのFが複数のLi+を結合して有機系SEIを堅牢にするのであれば,不可逆容量も増加するはずである.しかし,そのような報告は著者の知る限りされていない.いずれにせよ,無機系構成物の電解液中の成長も今後第一原理MDサンプリングで取り組むべき課題であろう.

5 SEIモデルの物性

Peledモデルによれば,SEIはLiF, Li2CO3, Li2O,といった無機系構成物と有機分解物(オリゴマー)のクラスターにより構成されていると考えられる.そこで,SEIがなんらかの機構で形成されたと仮定して,その構成物に関するLi+輸送等の物性を調べるというタイプの第一原理計算研究も幾つか報告されている.

まずLi2CO3やLiFクラスターを結晶と考え,そのバルク中のLi+拡散機構や拡散エネルギー障壁が計算されている [39,40,41].それらによると,通常用いられる空孔や格子間サイトを媒介とする拡散障壁はLi2CO3で0.5eV以上,LiFで0.7eV以上という値が得られ,これらの拡散機構によるLi+輸送は起こりにくいことが示された.一方knock-off機構という一種の玉突き機構があらたに検討され,両者とも0.3eVの拡散障壁という結果が得られている(Figure 8 (a)).この値は室温で十分拡散可能であることを示唆している.通常,無機系クラスター内のLi+拡散は起こりにくいと考えられていることから,この計算結果は驚きであった.しかしながら,NMR実験から得られるLi2CO3中のLi+拡散の障壁は0.8-1.4 eVとなっており [42],これはknock-off機構が実際には起こりにくいことを示唆していると考えられる.この無機系クラスター中のLi+拡散については今後の報告を待ちたい.

Figure 8.

 Schematic pictures of the properties of (a) Li2CO3, (b) Li2CO3/LiF interface, and (c) Li metal anode/Li2CO3/EC electrolyte interface.

Li+拡散に対して各構成クラスターの界面も重要な役割を果たす.例えばLiFとLi2CO3の界面におけるLi+や空孔の分布が調べられ,Li+イオンの集積層の形成が起こり得ることが示されている [43,44] (Figure 8 (b)).この集積はLi+イオン拡散を速くする効果があると考えられている.また両物質のLi+の化学ポテンシャルの見積もりから,LiFのLi+がLi2CO3の格子間位置に移動する過程が発熱的であることが分かった.この界面による欠陥形成とLi+濃度変化は全固体電池界面の第一原理計算でも議論されており [45,46],Li+拡散の一つの機構となりうると期待できる.

SEIの無機系クラスターとLi金属負極の界面に関するSEIの安定性やLi+輸送に関する第一原理計算研究も近年Leungらを中心に行われている [47, 48] (Figure 8 (c)).Li2EDCおよびLi2CO3とLi金属負極の界面の第一原理計算では,両SEI構成物とも不安定であり,安定な界面形成にはLi2Oなどのより無機的構成物がinner SEIに形成される必要があることを指摘している.またLi金属負極上のLi2O, LiF結晶や粒界に関する解析も最近行われ,Li金属負極の析出過程について機構提案が行われている.

我々も,knock-off機構を根拠として,Li2CO3とグラファイト負極の間のLi+輸送について有限温度の自由エネルギープロファイル計算を最近行っている.この結果は別報にて報告したい.このようにSEI構成要素間およびSEI構成要素—負極界面の安定性およびLi+輸送に関する第一原理計算研究が始められてきており,今後より精緻なSEIの微視的描像および設計原理が得られることを期待したい.

6 終わりに

本稿ではリチウムイオン二次電池負極界面に形成されるSEIに関する第一原理計算研究を概観した.実際,実験や粗視化モデル,古典MDの研究においても第一原理計算が広く利用されているが,ここでは第一原理計算のみによる微視的機構予言の取り組みに焦点を当てて紹介した.とはいえ,第一原理クラスター計算については全てをカバーしきれていないことを申し添えておく.ただSEIは基本的に固液界面現象であることを考えると最終的には凝縮系の第一原理計算による解析が機構予言には最も必要であることは間違いないだろう.

今の所,実験との定性的な比較が多く,計算モデル・計算結果が実験と一致したと主張されていても,その妥当性についてはより詳細な注意を払う必要があることを自戒も込めて指摘しておく.著者としては,より定量的な予言を行うべく,第一原理計算技術の改良や他技術との融合をより進めていく必要があると考えており,その方向で今後も研究を進めていく所存である.

最後に,LIBの代表的な系におけるSEIに焦点を絞ったために本稿では取り上げなかった,最近注目の高濃度電解液系について一言触れる.高濃度電解液系は従来型の希薄溶液系とは原子スケール構造が大きく異なるため,希薄溶液系をもとに作成されたパラメータや古典力場が使えない.従って,この材料については第一原理MDサンプリングが必須となる.著者らは東京大学および京都大学ESICBの山田淳夫先生,山田裕貴先生らと長年共同研究を続け,高濃度電解液の微視的構造や電子および輸送特性の解明に貢献してきた [49,50,51,52,53,54].この系に対するSEI解析も今後進めて行く予定である.

Acknowledgment

本稿で紹介した著者らの研究成果は,文部科学省触媒・電池元素戦略研究拠点ユニット(ESICB),文部科学省ポスト「京」重点課題5,科学研究費特別推進研究(番号:15H05701,研究代表者:東大・山田淳夫教授)の支援を受けた.また,袖山慶太郎博士(NIMS),奥野幸洋博士(富士フイルム),後瀉敬介氏(富士フイルム),春山潤博士(東大物性研),河村芳海博士(トヨタ自動車),馬場健博士(トヨタ自動車)との共同研究である.計算に関しては理化学研究所,九州大学,東京大学,東京大学物性研究所,物質・材料研究機構のスーパーコンピュータを用いて行った.「京」コンピュータ,東京大学の計算機利用においては,「京」およびHPCI システム利用研究課題(産業利用課題(代表・奥野),一般課題(代表・館山,袖山)),文部科学省ポスト「京」重点課題5によるサポートを受けた.また本稿の執筆にあたり,館山研究室の佐藤久代さんにご支援いただいた.すべてのサポートについて,ここに感謝したい.

References
 
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