Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
COVID-19の経口治療薬開発に向けたハイブリッド型in Silico創薬
小清水 初花小野 純一福西 快文中井 浩巳
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2022 年 21 巻 2 号 p. 48-51

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Abstract

Hybrid in silico drug discovery was performed by combining large-scale quantum molecular dynamics (QMD) simulations with the conventional in silico drug discovery, focusing on developing covalent inhibitors against the main protease (Mpro) of SARS-CoV-2, the virus responsible for ongoing COVID-19 pandemic. The crystal structures and instantaneous structures obtained from the large-scale QMD simulations for Mpro were used as receptors in ensemble docking to estimate the binding affinities of the four ligands: the natural substrate recognized by Mpro, that recognized by the other enzyme of SARS-CoV-2, approved covalent inhibitor (PF-07321332), and the new candidate compound X determined from virtual screening. The present result shows that the binding affinity of X was comparable to that of PF-07321332, demonstrating the potency of our drug discovery.

Translated Abstract

Hybrid in silico drug discovery was performed by combining large-scale quantum molecular dynamics (QMD) simulations with the conventional in silico drug discovery, focusing on developing covalent inhibitors against the main protease (Mpro) of SARS-CoV-2, the virus responsible for ongoing COVID-19 pandemic. The crystal structures and instantaneous structures obtained from the large-scale QMD simulations for Mpro were used as receptors in ensemble docking to estimate the binding affinities of the four ligands: the natural substrate recognized by Mpro, that recognized by the other enzyme of SARS-CoV-2, approved covalent inhibitor (PF-07321332), and the new candidate compound X determined from virtual screening. The present result shows that the binding affinity of X was comparable to that of PF-07321332, demonstrating the potency of our drug discovery.

1 はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年12月から現在に至るまで世界中で猛威をふるい続けている.世界保健機構(WHO)によると全世界の累積死亡者数は2022年8月時点で約640万人であると報告されているが [1],統計解析によるとパンデミックに由来する実際の死亡者数は1,800万人を超えると推定されている [2].COVID-19ならびにブレインフォグ [3]をはじめとする後遺症(long COVID)に対する予防法や治療法の確立は急務であり,特に経口治療薬の開発は医療ひっ迫改善の観点から喫緊の課題の一つに挙げられている [4].

COVID-19の原因ウイルスSARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mproあるいは3CLproFigure 1)は,ウイルスの複製過程で生成されるポリタンパク質の切断反応を触媒する酵素である.その触媒サイクルの阻害によりウイルス増殖を抑制できることや,類似ウイルス間での相同性が高く変異しにくいことなどから,Mproは治療薬の主要な標的の一つとされている [5,6,7].実際にPfizerによって共有結合阻害剤PF-07321332 (nirmatrelvir) が開発され,経口治療薬「パキロビッド」として承認された [8].パキロビッドには,服用時の併用禁忌 [9],服用後のリバウンド [10],薬剤耐性の可能性 [11]が指摘されており,その他の選択肢として新たな経口治療薬を開発することは重要である.特に,併用禁忌はPF-07321332の血中濃度を高めるために用いられる阻害剤ritonavirに由来しており,ritonavirを必要としない高い結合親和性を有する候補化合物が望まれる.

Figure 1.

 (a) Crystal structure of Mpro (PDB ID: 6LU7 [13]), and (b) close-up of the active site in the neutral state with the natural substrate model.

計算機上で多数の薬剤候補分子の探索・評価を行うin silico創薬が近年発展を遂げており,ドッキングあるいは古典分子動力学(MD)法によるΔGbindの計算が行われている [12].通常,ドッキングの受容体構造として主にX線結晶構造が用いられるが,アミノ酸残基のプロトン化状態の判定が困難な場合や,結合している阻害剤によって結合ポケットの形が異なる場合がある.また,共有結合阻害剤(もしくは天然基質)では共有結合型複合体まで反応が進行するため,非共有結合型中間体の結晶構造が入手困難である.これらの問題は事前に量子MD計算を行うことで解決することができる.また,量子MD計算では化学反応の解析を行うことができるため,共有結合形成過程における結合反応性や可逆性の評価に応用することも可能である.

本研究では,Mproの共有結合阻害剤開発につながる微視的知見の獲得を目指し,従来のin silico創薬に量子MD計算を組み合わせたハイブリッド型in silico創薬を行った.具体的には,事前に量子MD計算によって多様な構造を生成し,得られた複数の瞬間構造を受容体として用いたアンサンブルドッキングによってΔGbindを算出する.本稿では,新たに特定した新規候補化合物Xを含む複数のリガンドに対してΔGbindの評価を行った結果について述べる.

2 計算方法

アンサンブルドッキングに用いる受容体構造として,①Mproの複数の結晶構造,②基質非存在下および③基質存在下での大規模量子MDシミュレーションの瞬間構造の3種類を採用した.①の受容体構造として,6LU7 [13], 6W63, 6Y2F [14], 6XR3, 6Y2G [14], 6WTK [15], 7JKV [16], 7BQY [13], 7RFS [8], 7VH8 [17]の10点を用いた.また,②および③の受容体構造として,大規模量子MDシミュレーションを行った.基質非存在下でのMpro二量体(PDB ID: 7CWB [18])と水溶媒を含めた系(79,935原子 [19])および基質存在下でのMpro二量体(PDB ID: 6LU7 [13])と水溶媒を含めた系(76,770原子)を対象とし,当研究室で開発された分割統治型密度汎関数強束縛(DC-DFTB)法 [20]により,全系を量子的に取り扱う大規模量子MDシミュレーションをスーパーコンピュータ「富岳」などで実行した.後者の系では,基質として天然基質モデル(Ac-Ser-Ala-Val-Leu-Gln↓Ser-Gly-Phe-NMe,ここで↓は切断部位)を採用した.また,本研究ではDC-DFTB法と拡張サンプリング手法の一種であるメタダイナミクス(MetaD)法を組み合わせたDC-DFTB-MetaD計算により,活性部位におけるプロトン移動反応の効率的なサンプリングを行った.基質非存在下および基質存在下の系に対して,それぞれ古典MD計算による予備平衡化を10 ns実行し,DC-DFTB-MD計算による平衡化を20 ps行った後,複数本のDC-DFTB-MetaD計算を100 ps実行した.その後,基質非存在下および基質存在下のDC-DFTB-MetaD計算によって得られたトラジェクトリより瞬間構造をそれぞれ10点ずつ抽出した.

アンサンブルドッキングによるΔGbindの評価対象として,Leu-Gln-Ser (Figure 2a),Gly-Gly-Ala (Figure 2b),PF-07321332 (Figure 2c),新規候補化合物Xの4種類のリガンドを採用した.ここで,Leu-Gln-SerはMproが実際に認識して切断するアミノ酸配列である.Gly-Gly-AlaはMproではなくSARS-CoV-2の別の酵素パパイン様プロテアーゼ(PLpro)によって認識・切断されるアミノ酸配列である.PF-07321332はPfizerによって開発されたMproの共有結合阻害剤である [8].また,新規候補化合物Xは本研究で新たに特定した化合物である.具体的には,①の結晶構造10点を受容体として医薬品300万化合物を含むデータベースを対象としたバーチャルスクリーニングを行い,各結果の上位200位に共通する化合物を探索することで決定した化合物の一つである.なお,本速報では新規候補化合物Xの構造式を割愛させていただく.

Figure 2.

 Chemical structures of each ligand used for ensemble docking: (a) Ac-Leu-Gln-Ser-NMe, (b) Ac-Gly-Gly-Ala-NMe, and (c) PF-07321332.

ドッキングおよびバーチャルスクリーニングにはMolDesk (IMSBIO,Tokyo)を用いた.また,各リガンドのΔGbindの推定には知識ベースの手法であるdocking-score QSAR法を用いた.アンサンブルドッキングでは,DC-DFTB-MetaD計算から得られた瞬間構造から水分子をすべて削除したものを受容体とした.DC-DFTB-MD/MetaD計算には当研究室で独自に開発されたプログラムDCDFTBMD [20]を用いた.

3 結果と考察

結晶構造10点,基質非存在下および天然基質モデル存在下のDC-DFTB-MetaD計算から得られた瞬間構造各10点の計30点の構造を受容体として用い,リガンド4種に対するアンサンブルドッキングを行った.Table 1に各受容体10点の結果の単純平均をとることで算出したリガンドの結合自由エネルギーΔGbind(平均値および標準誤差)を受容体ごとにkcal/mol単位で示す.ここで,apoは基質非存在下のDC-DFTB-Meta計算から抽出した瞬間構造を,holoは天然基質モデル存在下のDC-DFTB-MetaD計算から抽出した瞬間構造を示す.また,Figure 3に新規候補化合物XとMproのドッキングポーズを示す.

Table 1.  ΔGbind of each ligand obtained from ensemble docking in kcal/mol.
Crystal Apo Holo
Leu-Gln-Ser −7.76 ± 0.12 −7.37 ± 0.22 −8.29 ± 0.13
Gly-Gly-Ala −6.50 ± 0.11 −5.71 ± 0.11 −7.14 ± 0.10
PF-07321332 −8.24 ± 0.13 −7.43 ± 0.14 −8.43 ± 0.16
X −8.51 ± 0.19 −7.68 ± 0.12 −9.15 ± 0.14
Figure 3.

 Close-up of the active site of X and Mpro complex.

すべてのリガンドにおいて,基質非存在下のDC-DFTB-MetaD計算由来の受容体構造(apo)を用いた場合,結晶構造を用いた場合よりもΔGbindが高く,リガンドとの結合親和性が低いことが明らかになった.これは,結晶構造と比較して,基質非存在下の瞬間構造では結合ポケットの形状が各リガンドに適合していないことを示している.一方,すべてのリガンドにおいて,天然基質モデル存在下のDC-DFTB-MetaD計算由来の受容体構造(holo)を用いた場合,結晶構造を用いた場合よりもΔGbindが低く,リガンドとの結合親和性が高いことが明らかになった.これは,結晶構造と比較して,天然基質モデル存在下の瞬間構造では結合ポケットの形状が各リガンドに適合していることを示している.

リガンドごとの結合親和性を比較したところ,受容体によらず,Mproが認識するアミノ酸配列Leu-Gln-SerはMproが認識しないアミノ酸配列Gly-Gly-Alaよりも結合親和性が顕著に高く,Mproの基質認識特異性と整合することが示された.次に,受容体によらず,PF-07321332はLeu-Gln-Serよりも結合親和性が高く,PF-07321332がLeu-Glnのペプチド模倣体として改良されたことと整合する.最後に,受容体によらず,本研究で新たに特定した新規候補化合物XはPF-07321332より高い結合親和性を有しており,少なくとも結合親和性という観点では見込みが高い候補化合物であることが示された.DC-DFTB-MetaD計算から得られた瞬間構造は,バーチャルスクリーニングによるさらなる新規候補化合物の探索に応用することが可能であると考えられる.また,今回得られた結果は,共有結合阻害剤の候補化合物を最適化する際に有効な指標となると期待される.

4 まとめ

本稿では,従来のin silico創薬と大規模量子MD計算とを組み合わせたハイブリッド型in silico創薬の一環として,DC-DFTB-MetaD計算から得られた複数の瞬間構造を受容体として用いたアンサンブルドッキングを実行し,新規候補化合物Xを含むリガンド4種に対して結合親和性を評価した結果について述べた.本研究から得られた天然基質モデルおよびPF-07321332のΔGbindの値は,共有結合阻害剤のヒット化合物を探索する際の結合親和性の指標として有用である.また,本研究で新たに特定した新規候補化合物Xは結合親和性の観点では見込みの高い候補化合物であることが示された.今後,本研究で提案するハイブリッド型in silico創薬によって,Mproの重要なアミノ酸残基との相互作用解析や,N3 [13]などの多数の阻害剤に対する探索・評価へと展開していくことが期待される.

謝辞

日本コンピュータ化学会2022年春季年会における本研究内容発表に対して第一著者(小清水)にSCCJ奨学賞を授与いただけたこと,感謝申し上げます.本研究はJSPS科研費(18H05264, 20H05447, 21K04993)およびAMED(課題管理番号: 20ae0101046h0003)の助成を受けたものです.本研究の計算結果の一部は,理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」(課題番号:hp210214)および自然科学研究機構計算科学研究センターのスーパーコンピュータ(課題番号:22-IMS-C044)を利用して得られたものです.

参考文献
 
© 2022 日本コンピュータ化学会
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