Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
コンピュータ化学の新時代
後藤 仁志
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2024 年 21 巻 3 号 p. A5-A6

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千田範夫氏がお亡くなりになられてずいぶんと経ってしまった.学生の頃からSCCJの前身学会であるJCPEの主催である「計算化学討論会」で顔見知りだったが,企業の研究者と学生では接点が少なく,ほとんど会話したことはなかった.頻繁に会話するようになったきっかけは,2008年に高知大学で開催された秋季年会だった.中庭をうろうろしていると,彼を見つけて,そこが探していた煙の出せる場所であることがすぐに分かった.Winmostarの開発者だと自己紹介するので,以前から知っていると応えた.私がCONFLEXの開発者だと言うと,以前から知っていると応えて,お互い笑い合った.かなり前からお互いに気にしていたということだ.未踏領域ソフトウェアの話や定年を機会に会社を立ち上げる(た?)という話をしてくれたので,私からはコンフレックス株式会社の創業の頃の話をした.熱心に聞いてくれた.その時から千田氏とはよい飲み仲間になり,たくさんの楽しい時間を過ごさせていただいた.また,CBI学会の2010年頃の大会だったろうか?「会わせたい奴がいる」といって紹介されたのが,クロスアビリティの古賀氏である.以来,彼ともいろいろと楽しい時間を過ごさせていただいている.

Winmostarが分子を描画し計算を実行するためのアプリケーションということであれば,思い出されるのは,MOLDAである.その開発者である吉田弘先生についても学生の頃から知っていた.しかし,きちんとお話しできたのは,1998年に星薬科大学で開催された「情報化学討論会(構造活性相関シンポジウムとの併催)」の後,五反田の居酒屋だった.遠目からは寡黙で気難しそうな先生だと思い込んでいたが,実は大志を抱くアグレッシブな一面を持つ先生なんだと,その日から印象がガラッと変わってしまった.SCCJでは,前身学会である「化学PC研究会」で活躍された吉田先生のお名前を冠して,JCCJ論文の表彰を「吉田賞」としている.これはSCCJとしても名誉なことであり,日本のコンピュータ化学の歴史として残しておきたいという想いがある.

化学プログラマーとして,記憶に留めておきたい方がいる.それは自分の学会デビューに遡る.私がはじめて学会で発表する機会を得たのは,1989年に大阪千里で開催された「情報化学討論会(構造活性相関シンポジウムとの共催)」だった.はじめて一人で飛行機に乗り,はじめて大阪の地を訪れ,何とか学会会場にたどり着き,ポスターを貼り,そしてドキドキしながら発表した…はずなんだが,ほとんど覚えていない.唯一覚えているのは,一人だけ熱心に私の「配座探索法」の話を聞いてくれる先生がいたことである.ずいぶんと長い質疑応答を終えてホッとした私を,その先生は隣のポスターに手招きし,振動スペクトルの計算方法について説明してくれた.当時の私にはその先生が誰であるか全く知らなかったが,それが純国産分子力場LISEを開発した町田勝之輔先生だった.あの時の私の説明は頼りないものだったはずだが,1994年に出版された名著「分子力学法」では,CONFLEXについて私が書くよりも数理的に詳細な解説をしていただいただけでなく,表紙にも採用していただいた.残念ながら,その後,あまりお会いする機会がなかったが,2008年に東大の山上会館で開催された「情報化学討論会(単独開催)」でお会いすることができ,短い時間だったがお話しする機会を得た.結晶計算がずいぶんと進んでいることを報告すると,また熱心に聞いていただいた.

LISEは振動スペクトルの振動数と強度を良い精度で再現し,分光学では見えなかった分子の構造と動力学の関係を教えてくれた.MOLDAは当時難しかった分子の三次元構造を簡単に描画でき,計算化学プログラムの入力ファイルを誰もが作成できるようにしてくれた.Winmostarは計算化学をコマンド呪縛から解き放ち,誰もが計算を実行して結果を可視化できるようにしてくれた.その当時の最先端の化学アプリケーションは,SCCJの前身である「化学ソフトウェア学会」や「日本化学プログラム交換機構」を通じて,誰でも入手することができた.こうした取り組みは,現在のオープンソースの文化や化学系アプリケーションの繁栄にもつながっている.日本コンピュータ化学会はこれまでも,そしてこれからも,コンピュータ化学の新時代を切り拓く研究者を記憶し,その研究成果を記録して,新しい未来を拓いていく役割を果たしていくことだろう.

 
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