比較教育学研究
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論文
アメリカ・ケンタッキー州における教育制度改革
―学区教育長の復権―
長嶺 宏作
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2015 年 2015 巻 51 号 p. 85-105

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抄録

 本稿は、アメリカ合衆国ケンタッキー州において教育改革の一環として行われた教育制度改革について考察する。ケンタッキー州では「スタンダードに基づく改革(Standards-Based Reform)」として、1990年に全米で最もはやく総合的な教育改革法案である「ケンタッキー州教育改革法(Kentucky Education Reform Act、以下、KERAとする)」が成立した。「スタンダードに基づく改革」とは、州で統一したカリキュラムを設定し、テストなどによる評価を通して、教育の質の向上を目指す改革である。今日の新自由主義的な教育政策の先行事例となった。

 しかし、ラーナー(Wendy Larner)は新自由主義的な政策の本質は、その変わりやすさにあると指摘し、結局のところ新自由主義的な政策は、その国々と地域において、何が市場の論理によって改革されるかは多様性があると指摘している。この問題に対して新自由主義的な政策を、新制度経済学の「主人-代理人」論の視点から分析することで、その理論を解明しようとするものがある。この「主人-代理人」論による分析では、主人である連邦政府や州がアカウンタビリティを求めることで地方学区と学校を上意下達の制度構造となっていくと考える。

 しかし、KERAを事例に考察したときに、「主人-代理人論」が述べるような教育制度へと変化したわけではない。KERAでは、「プリチャード委員会(Prichard Committee for Academic Excellence)」が市民運動を契機に成立し、公選制の州教育長と学区教育委員会の政治的な偏向が問題となり、任命制の州教育委員会と「学校に基づく経営(School Based Management、以下、SBMとする)」が導入された。しかし一方で学区教育委員会の公選制は残り、学区教育長は依然として存在し、州とSBMの間で調整役として新しい役割を担った。そのため新しい教育制度体系において「主人-代理人論」が述べるような単純な権限関係とはならず、既存の制度構造において中心であった学区教育長は、与えられた裁量権の中で自らの役割を再定義しながら存在意義を示している。このことは新自由主義的な政策の多様性を示すとともに、オルタナティブな政策解釈の可能性を示しているのではないか。

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