矯正界では矯正教育の現状やあるべき姿について長く議論されてきたのと裏腹に、その担い手である法務教官についての議論が十分になされてきたとは言えない。彼らが「どうあるべきか」に関する議論も、事実として「どうであるか」、基本的な特性や実情について確認したうえで行う必要があり、本稿ではそれを基礎づけることを試みる。
法務教官という職業は、法律などによって高度に制度化されたものであり、それによって職務や環境はかなりの程度規定される。教育と保安の両方を行うこと、多様なバックグラウンドを持った職員を独自に養成すること、対象である少年と全人的な関わりをする一方、処遇には厳しく「縛り」がかけられ、恣意的に少年の生殺与奪を握るような状況は回避されていることが特徴的である。こうした特徴を背景に法務教官は、公私の境が曖昧化するほど献身的に職務を遂行してきたが、それは強い同僚性によって可能になってきたほか、ジェンダー化された処遇が行われてきた。
近年の矯正政策は人権尊重やコンプライアンスを徹底しつつ標準化が進み、少年院の収容減も背景に法務教官が刑事施設で勤務することが増えるなど環境が変わりつつある。これらは従来の法務教官のアイデンティティや「専門性」を変える可能性があるが、変化する環境により柔軟に対応していく必要があると思われる。