水稲の乾田直播体系では,苗立ちを安定化させるために2~3 cmに播種することが多くのマニュアルで指導されている.この数値は,経験的に得られたものであり,イネの生態的特性との関係は未詳であった.本研究では,コシヒカリを用いて,圃場にディスク駆動式汎用不耕起播種機で播種したイネ幼植物の中茎,鞘葉,第1葉などの長さを計測し,苗基部の非緑化部から推定した播種深度との関係を解析した.中茎,鞘葉,第1葉,第2葉の葉鞘と葉身の長さは,播種から調査日までの積算温度との相関はない一方,播種深度とは有意な相関が見られた.鞘葉長,第1葉長,第2葉葉鞘長それぞれに中茎長を加算した値と播種深度との関係を検討した結果,播種深度3 cmを超えると鞘葉や第1葉が地表に届かない個体が目立って増え始め,おおむね4 cmに達すると,ほとんどの個体で鞘葉と第1葉が地表面に達していなかった.また,人工気象器を用いた試験においては,温度と水分条件が出芽苗立ちに好適な条件であっても播種深度が5 cmを越えると鞘葉または第1葉が地表に届かなくなり,苗立ち率が著しく低下した.乾田直播栽培の各種体系において実践されている播種深度は,イネの出芽器官である鞘葉もしくは第1葉が地表面に届く限界値という品種特性によって規定されていることが明らかとなった.