抄録
「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」施行(2014年)後に発生した睡眠障害がある運転者の自動車事故事例について調査した。さらに新法施行前の状況との比較を行い、現況と防止策について考察した。対象9例のうち、睡眠時無呼吸症候群(以下、SAS)の運転者がもっとも多く7人、特発性過眠症、概日リズム睡眠障害が各1人であった。運転者の職業は、職業運転者が7人、農業、動物病院勤務が各1人であった。刑事処分が明らかな6例についてみると、有罪5例、不起訴1例でいずれも過失運転致死傷被疑事例であった。新法施行により、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害がある運転者による事故に対して、要件を満たせば危険運転致死傷が適用されることになった。しかし、新法施行後も睡眠障害に起因した事故が危険運転で起訴された事例はみられず、施行前後で傾向に変化はなかった。睡眠障害の症状により運転に支障が生じるおそれがあることを認識して運転していたという故意の立証、睡眠障害による眠気で正常な運転が困難な状態に陥ったという事実および事故との因果関係の立証がたいへん難しいため、危険運転での起訴が困難であると考えられた。しかし、運転者には眠気を感じた時点で車を停止する義務があるため、睡眠障害と事故の因果関係が認められても認められなくても、過失運転で厳罰が下されるケースが多い。また、新法施行の前も後も、職業運転者による事故が過半数を占めていた。睡眠障害(とくにSAS)のリスクが高いといわれている職業運転者に対して、スクリーニング検査の実施率は増加しており、近年、SASや睡眠障害の事故リスクについての認知度は上がってきているものの、SASの推計患者数500万人に対して受療者は50万人と報告されており、潜在的な患者がたいへん多い。また検査後の事業者によるフォローがまだ十分ではないと考えられ、フォローの徹底、情報の共有が必要と考えられた。