2017 年 10 巻 1 号 p. 33-37
第 19 回知覚と行為に関する国際会議の参加報告として,本稿にて発表した研究を紹介する.この研究では,書道熟達者 1 名が 16 試行を通じて臨書作品を制作する過程を,16 枚の臨書画像を縦断的に分析することにより検討した.臨書された文字の諸変数を検討した結果,行中央の文字が上下に移動して,紙面の余白を埋める最適な位置を探索していたこと,またこの探索の過程で行中央と行頭の文字が,相補的にプロポーションを変形させていたこと,さらにこれらの調整の足場となるために,行頭文字の位置変動が抑えられていたことが明らかとなった.つぎに 16 試行を通じた字間調整を行った.字間の試行間差分をダイヤグラムとして視覚化し,性質の異なる 2 種類の調整タイプを,斉一型,伸縮型と区別し分類を行った.その結果,試行を通じた字間調整の質的な変化をマクロに捉えたとき,伸縮型調整から斉一型調整への交代として捉えることができることが明らかとなった.このように,臨書制作中の書家の方略は,(A)生態学的制約に従って自らの調整レベルを複数の背景レベルに差異化する能力と,(B)複数の変数を相補的な入れ子にする能力から成っていた.