抄録
高CO2条件で植物を生育させた場合,光合成速度は短期的には上昇するが,長期間の順化の後には光合成能力の低下が見られることがある。この現象は光合成のダウンレギュレーションと呼ばれ,ポットサイズにより根の成長が制限される場合や栄養が制限されている時により顕著に生じる。高CO2処理による光合成のダウンレギュレーションにより,光阻害感受性が上昇する可能性が指摘されている。一方で,乾燥ストレスは,気孔閉鎖にともなう葉内CO2濃度の低下により,光合成速度を低下させることが知られている。乾燥ストレスがかかった状態で展開した葉では,電子伝達の能力を上昇させることで,葉内CO2が低下した際の光阻害感受性の上昇を緩和していることが示唆されている。また,高CO2処理によって葉内窒素濃度は低下するが,長期間の乾燥処理によって葉内窒素濃度は上昇することが報告されている。このように,高CO2処理と乾燥処理は,光合成反応および光阻害感受性に関して反対方向の影響を及ぼすことが予測される。そこで,高CO2条件下で乾燥ストレスをかけて緑化樹として多用されているシラカンバ苗木を生育させ,葉内CO2濃度に対する光合成速度,電子伝達速度,熱としてのエネルギー放出の指標となるノンフォトケミカルクエンチング(NPQ),および光阻害感受性の指標となるフォトケミカルクエンチング(qP)の反応を調べ,葉内窒素濃度との関係を検討した。 夜明け前の葉の水ポテンシャルは土壌の乾燥状態を反映することが知られている。灌水前日における夜明け前の葉の水ポテンシャルは,CO2濃度360 µmol mol-1において毎日灌水をおこなった処理区(AW区)で-0.13 MPa,乾燥処理区(AD区)で-0.52 MPaであり,CO2濃度720 µmol mol-1で毎日灌水をおこなった処理区(EW区)では-0.12 MPa,乾燥処理区(ED区)では-0.39 MPaを示した。光合成速度には乾燥処理による違いは認められなかったが,高CO2処理により光合成速度は高くなる傾向を示した。一方で,葉内CO2濃度はAD<AW<ED<EW区の順となり,高CO2処理で葉内CO2濃度は上昇するが,乾燥処理によって低下する結果が得られた。このことから,葉内CO2濃度に着目すると,乾燥処理は高CO2の影響を緩和する方向に働くと考えられる。葉内窒素濃度は乾燥処理によって上昇し,高CO2処理によって低下する傾向が見られた。qPの低下は光阻害感受性の上昇の指標となる。qPは,測定時のCO2濃度が同じ場合には,窒素濃度の増加にともない上昇する傾向が見られた。また,それぞれの個体の生育CO2条件でqPの比較をおこなった際には,AD360でEW720に対して有意に高いqPを示した。これらの結果より,乾燥処理によって高CO2による窒素濃度の低下が緩和され,光阻害感受性の上昇も緩和されることが示唆された。