日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: P3043
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動物
ニホンジカによるササ植生の改変が土壌腐食食物網に及ぼす影響
*丹羽 慈加賀谷 隆堀野 眞一野宮 治人北原 英治
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抄録

1.はじめに近年日本各地の森林において,ニホンジカ(以下,シカ)の生息数の増加及び生息域の拡大が報告され,林床植生の衰退,消失など,過剰な採食圧による植生改変が問題となっている.草食獣の採食による植物の生産量,形質の変化は,土壌分解系へ流入する有機物の質,量の変化(植物の補償生長,根滲出物の増加,化学防御物質の蓄積など)や,植物-分解者間の養分獲得競争の撹乱を通して,植物-分解者間の様々な相互作用に影響し,土壌の有機物分解系の構造と機能を改変することが明らかにされている.したがって,シカの急増は,林床植生への採食を通じ,森林の物質循環にまで影響を及ぼしているおそれがある.本研究では,多くのシカ生息地で主要な餌資源となっているササに注目し,採食によるササの形状及び量の変化,ササの形状及び量と土壌特性及び土壌生物の関係を調べ,シカによる採食が,林床におけるササ-土壌分解者間の相互作用に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.
2.方法 演者らは,シカの非分布域である茨城県北部,高萩市と久慈郡里美村にまたがる国有林地域に,1/16km2 (S柵),1/4km2(L柵)の2ヵ所のシカ柵による囲い込み区を設定し,2002年6月にシカ各1頭(雌,3歳)を導入して,植生,土壌への影響やシカの行動等について継続調査を行っている.S柵,L柵,柵外の3区において,林床がミヤコザサ(以下,ササ)に覆われた落葉広葉樹林内に4×4mの調査地点を6地点ずつ設け,シカ導入直後の2002年7月から2003年12月にかけて,ササ及び土壌の調査を行った. 4つまたは2つの0.5×0.5m枠において,ササ地上部について計測を行い,2つの1×1m枠において,2ヶ月間隔でササリターフォール量を測定した.2002年7,10月,2003年5,7月に,A0層(72または100cm2)及び表層土壌(200cm3,深さ5cm)を採取し,含水率,有機物量,微生物バイオマス炭素量(FE法),土壌炭素,窒素含有率を測定した.また,2002年7月,2003年7月のA0層サンプルから中型土壌動物群集を抽出し,同定(目,亜目),計数を行った.各測定値に対する,区レベルでのシカの影響を検出するため,反復測定分散分析によって区間の経時変化の違いを検定した.高密度区内,低密度区内の調査地点ごとのササ形質-土壌特性-土壌生物の対応関係を検討するため,地点ごとに各測定値の年平均,年変化率を求め,平均値間,変化率間の順位相関係数を求めた.
3.結果S柵のササは,2002年生葉が冬季に強い採食を受け,2003年生部に顕著な小型化,高密度化が起こった.またS柵,L柵ともに,2003年生の未展開葉が夏季に採食を受け,その採食強度に対応して,葉指数(単位面積あたり葉面積合計の指標)の減少が起こった. 土壌特性,土壌生物の各測定値の経時変動に区による有意な違いはみられなかった.しかし,各区内の各地点において,ササ量を示す諸変量は土壌含水率,微生物量,土壌動物個体数と負の相関を示すことが多かった(図).また,いずれの区においても,微生物量と含水率に正の相関がみられた.S柵では,これらの傾向が特に強く,多くの土壌動物分類群の個体数が,含水率と正の相関を示した.
4.考察 土壌微生物,土壌動物の多くは,生息量が水分条件によって強く規定されていると考えられる.ササ量,特に蒸散作用を通じて水分吸収量を規定すると考えられる葉指数と,土壌含水率,微生物間にみられた負の関係から,ササは土壌水分量を低下させることで,分解活動を抑制することが示唆される.シカによる夏季の採食は,当年葉量を減少させることで,多くの地点において土壌含水率や微生物量に正の効果を及ぼした.ただし,シカによる採食強度が高まるにつれ,ササ量の減少は,林床被覆の減少を通じた土壌の乾燥化やA0層の流亡を引き起こし,分解系に負の影響を及ぼす可能性がある.
5.まとめ林床のササは,土壌含水率を低下させることで,土壌分解者の生息量を抑制していることが示唆された.シカの侵入,増加の初期段階におけるササへの採食は,ササの葉量を減少させることで,土壌分解系を活性化させることが明らかになった.

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© 2004 日本林学会
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