抄録
1. はじめに 雨水が土壌中を鉛直浸透する過程は,自然災害発生や環境汚染の予測と密接に関係しているため,定量的評価が求められている.現在広く用いられているテンションライシメーター法では,浸透量を求めることが難しいため,溶存物質の移動量の推定に誤差を生じやすい.また吸引圧の大きさにより,採水された水の水質が変化するという問題も指摘されている.本研究では,不飽和浸透理論に基づいた制御型吸引ライシメーター法による採水を,林地で長期間にわたって実施し,採取した水の量と質の観点からその性能評価を行う. 2. 方法2-1.観測地 滋賀県南部に位置する桐生水文試験地(5.99ha)内の源頭部小流域であるマツ沢(0.68ha)流域のG34地点(以下,桐生とする)に制御型吸引ライシメーターを設置し,採水を行った.母材は風化花崗岩,植生はヒノキを中心とする人工林である.2-2.採水方法 深度50cm,100cmにポーラス板(PP)を設置した.PP直上,および近接する土壌断面中のPPと同深度の圧力水頭をテンシオメーター(TE)で測定し,両者を等しく維持するように吸引期間を自動制御し採水した.この制御により,採水断面の水分状態を自然断面により近い状態に保ち、適切な量の採水を行うことができる(小杉,2000).自然断面では,25cm,75cm,125cm深での圧力水頭も計測した.さらに林内雨(TF),樹幹流(SF)のサンプルを1_から_3週間間隔で採取し,主要溶存イオン濃度をイオンクロマトグラフィー法で,Si,Fe,Mn,Al濃度をICP発光分光分析法で分析した.観測は2002年5月から行い,2003年12月までのデータをもとに議論する.3. 結果・考察 深度50cmでの採水断面と自然断面の圧力水頭(各々pa,pbとする)と採水量を示した.2002年8月下旬から10月中旬まで,土壌が極度に乾燥したためにpaとpbを等しく維持することができなかったが,他の期間では良好に制御できたことがわかる.自然断面の圧力水頭値は,2002年7月下旬から2002年10月下旬の期間に,表層土壌の乾燥に伴い100cm以深において上向きのフラックスが生じたことを示していた.この期間に深度100cmの採水量が過大評価されたため,2003年1月中旬まで深度100cmの積算採水量が深度50cmのそれを上回った.解析期間全体の浸透水量は深度50cm,100cmで降水量の各々72%,61%であり,各々28%,39%の水分が蒸発散により失われたと考えられる.桐生の年平均降水量,流出量は1630.0mm,872.9mm(流出率53.6%)であるが2002年は渇水年であり,各々1179.3mm,405.3mm(流出率34.4%)であった. G34地点で測定した地温と深度50cm,100cmのSiO2濃度を示す.一般的にSiO2は雨水にはほとんど含まれず生物による分解・吸収の影響が少なく,風化に伴い溶出するとされており,濃度は風化速度を決定する地温と関係すると言われている.観測期間中は深度100cmの濃度が常に深度50cmを上回り、地温と季節変動の相関も見られた.2002年5月から2003年10月までの平均濃度,積算移動量は深度50cmが12.6mg/l,555.7mg,深度100cmが16.9mg/l,711.3mgであった. このように長期にわたる観測結果より,量的・質的の両側面において妥当な採水が行われたものと考えられる.ただし,乾燥状態における吸引制御能力の向上,PP埋設時における撹乱による影響の抑制などの課題が挙げられた.