近年,下層植生が退行した森林においてシカ類が高密度を維持している事例が各地で報告されているが,その高密度を維持するメカニズムについては不明な点が多い.そこで本研究では,シカの持続的な採食によって植生が退行した神奈川県丹沢山地において2015–2016年に捕獲された128個体のニホンジカの胃内容物を用いて,採食物構成の分析とその栄養学的評価を行った.採食物構成は春,秋,冬に対応した明確な季節変化を示し,各季節内においても主要な採食物が異なる複数のグループが存在していた.それらのグループを分ける要因(捕獲場所など)は特定できなかったが,いずれのグループにおいても全ての個体の胃内容物の粗タンパク含有率が,春には体重の増加や繁殖に必要な成長要求量,秋および冬には生命・体重の維持に必要な維持要求量を満たしていた.全ての季節において落葉広葉樹や常緑広葉樹の生葉もしくは枯葉,さらに秋においては堅果が全てのグループから多く出現した.落葉や堅果は林冠から供給され,その毎年の生産量がシカの採食圧の強さに影響されないため,冬における餌資源制限の影響を緩和し,シカ個体群の高密度維持に寄与していると考えられる.