集団力学
Online ISSN : 2187-2872
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英語論文(日本語抄録付)
農業の市場経済化に抗する地域活性化運動
インドネシア・ジャワ島ダルマン地域の事例
Cahya Widiyanto
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2012 年 29 巻 p. 3-25

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抄録

 インドネシアでは、1970 年代以降、食糧増産のために農業の市場経済化が強力に推進されている。市場経済化は、インドネシアの伝統的農業を、機械化や化学肥料・農薬の大量使用を特徴とする近代農業へと変質させつつある。しかし、農業の市場化・近代化は、多くの小規模農家に、農産物の低価格化(収入減少)と生産コストの増加(支出増加)をもたらし、農民の生活は困窮の度を深めている。それに加えて、農業の市場化・近代化によって、農村コミュニティの絆も急速に失われつつある。このようにして、インドネシアの農民は、経済的にも社会的にも弱者と化し、その人口の多さにもかかわらず、社会全体の周辺的存在に疎外されつつある。
 本論文は、ダルマン地域における地域活性化運動の途中経過(2008‐10 年)をまとめたエスノグラフィである。同運動は、生活苦にあえぎながらも何らなすすべを知らなかった農民たちに対する筆者の働きかけによって始まった。筆者は、他の農村での取材をもとに自ら製作した映画を住民に見てもらった。その映画に登場する農民は、ダルマン地域の農民と同じく、農業の市場化と近代化による生活苦にあえいでいた。映画をみた住民は、自分たちの悲惨な境遇が、インドネシアの広範な農民にも共通していること、そして、その原因が農業の市場化と近代化にあることを深く認識した。その映画をきっかけに住民たちは、市場化と近代化の波に翻弄されるのではなく、それらに能動的に立ち向かう必要性を痛感した、では、どうしたらよいか ---- 彼らは議論を開始した。次第に、9 人のリーダーを中心とする組織が形成されていった。
 彼らは、自らの地域の実態を把握し、その強みと弱みを分析した。その分析結果をもとに、彼らは、化学肥料や農薬を使わない自然農法を復活させようという夢を共有するに至った。自然農法は、インドネシアの伝統的な農法であったが、農業の近代化に伴って忘れられつつあった。自然農法を知る数少ない住民に教えを請いながら、自然農法の復活を軸に地域を活性化する運動が始まったのだ。その運動では、自然農法のみならず、かつては存在した地域住民の絆を復活することも大きな目的とされた。
 本論文のエスノグラフィは、単なる研究のためのものではない。このエスノグラフィは、ダルマンの住民たちが読めるインドネシア語にも翻訳され、住民たちが自らの運動を自省し、今後の展開を考えるために使用してもらうことを念頭に執筆した。このエスノグラフィが、どのように使用されたかは、本論文の続稿の中で報告する。

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