集団力学
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日本語論文(英語抄録付)
「身体の溶け合い」による母乳育児を基盤とした子育て支援
尼崎市・福井母乳育児相談室の事例
鮫島 輝美
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2013 年 30 巻 p. 109-130

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抄録

 本研究は、母親の母乳育児を、「身体の溶け合い」によって支援する活動を事例として、新しい母親支援のあり方を探ろうとするものである。社会的に孤立した母親に対する公的支援の多くは、①母親個人の能力不足・資質不足を対象化し、その不足の補完を目指していること、②母親の当事者性が看過されていること、③支援者が、無力な母親を支援するという非対称な指導関係が当然とされていることを特徴としている。この特徴は、近代医療の特徴とパラレルである。
 筆者は、自らの子育ての過程で、上記の問題を克服する可能性を秘めた母乳育児支援を体験することができた。その活動では、母親の問題・欠点に注目して矯正するというスタンスはとられておらず、支援者と母親の溶け合う関係から生まれた母乳育児の意味を、母親と子どもに移転させることが目指されていた。さらに、支援者は、身体の溶け合いの中から新しい生き方(子育て生活)を模索するという未来志向的な姿勢、ひいては、母親の自信と能動性を育む姿勢を貫いていた。その能動的な姿勢は、支援者・母親から、待合室にいる他の母親をも巻き込んで共有されていた。
 最後に大澤のポスト近代論を援用して、上記の母親支援の活動を理論的に整理した。そこでは、①「支援者-〈乳房〉-母親」という3項関係の中で、乳房を介して支援者と母親が溶け合い、その母親固有の「母乳育児の意味」を創出していること、②その溶け合う関係の転移によって、「母親-〈乳房〉-子ども」という3項関係の中で、再び乳房を介して、母親と子どもが溶け合い、母子にとっての母乳育児の意味の生成が目指されていること、③さらには、溶け合う関係から意味を生成し、「母親の能動性を育む」という規範が、同じ待合室にいる支援者、母親、他の母親の中で形成、伝達され続けていることを論じた。

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