2013 年 30 巻 p. 2-35
農山村の多くでは、昭和の大合併以前の旧村が、旧村単位の小学校や、旧村単位で行われる運動会や祭りなどに見られるように、今なお一つのまとまりを維持している。それは、住民が「風景を共有できる空間」である。この旧村を単位にした住民自治システムを構築しようとする運動が、鳥取県智頭町で開始されている。それは、行政(町役場)の支援はあるものの、基本的に、住民主体の草の根ボトムアップの運動である。
新しい運動は、少数の人間が立ち上がらずしては始まらない。しかし、少数の人間たちにとって、それは必ずしも容易なことではない。とくに、過去にそのような経験のない人たちが、新しい運動に立ち上がるのは至難の業と言ってもよい。全国的に見ても、実際、新しい運動の必要性は認識しながらも、自ら立ち上がれない状況にある人々は少なくないだろう。本論文は、そのような人々への智頭町山形地区(旧・山形村)からのメッセージである。
本論文では、山形地区で住民自治システムを構築する運動が、いかなる経緯を経て開始されたか、また、その後4年間どのような道のりを今日まで歩んできたかを、当事者の言葉に耳を傾けながら紹介する。その中には、同運動に批判的な人たちの声も含まれる。それらを通じて、今後の運動をどのように進めていくかについて、当事者と筆者らが議論した結果を述べる。本論文は、同運動の現時点における速報である。