2013 年 10 巻 1 号 p. 1-10
Twelve Years a Slave(1853)は誘拐されて奴隷として売られた北部の自由黒人ソロモン・ノーサップ(Solomon Northup)の12年間の奴隷体験記である。現代では一般的認知度も低く、学術的評価も高いとはいえないが、白人と近い関係にあった、教養のある北部自由人が著したこの作品の特異性は注目に値する。元奴隷作者によるスレイヴ・ナラティヴとはヴォイスも主題も異なるからである。元奴隷作者らが苦悩や怒りとともに「自伝」を書いたのに対し、白人と友好な関係を築いていた彼は白人読者と同じ視点に立って南部奴隷制の実態を客観的に描き出した。奴隷化のプロセスにおいて彼は市民から奴隷へのさまざまな境界線を超えることになるが、この間、彼の人権意識や白人への信頼は変わることはなかった。地理的境界線を超えることで自由を奪われ、法的には「動産」となり、市民権を失ったノーサップは人種劣等説によって知性さえ否定された。しかし、北部への帰還後、彼はこれらの境界線がいかに恣意的で根拠のないものであるかナラティヴによって証明した。自らを自由市民と位置づける彼の「白人的」視点は人種平等主義に根差すものであり、抑制したヴォイスで綴られたナラティヴには彼の人種的寛容への希求が読みとれる。