抄録
【目的】 教師や学習者は置かれた状況などを反映し多様な生活経験を積み重ねている。授業で生活経験を語る場は,語る者だけではなく,その発言を聞く者も語られる経験に耳を傾ける中で,自らの生活をみつめ直す場となる。学習者や教師は異なった生活経験を積み重ねているからこそ,それを語ることで,学習者同士や教師との間で相互に影響しあって学びを展開していくことが可能である。 そこで,生活経験を語る場における学習者問および教師との関係性の変化や相互作用による学びの深まりの実態,また,学習者の思考を阻害した背景を明らかにすることを目的とする。
【方法】 2002年6月に中学2年生1クラス41名を対象として「販売方法」の授業を実施し,ビデオカメラと各班に設置したMDレコーダーで学習者と教師の発言を記録した。それらを基に,班ごとに言語記録を作成し12場面についてプロトコル分析を行った。
【結果】 ? 教師が特殊販売の種類を発問した場面で,学習者がネットオークションを挙げたが,教師はそれを認識できずその後のやりとりにずれが生じていた。その背景には,教師がネットオークションを経験していないことがあり,学習者と教師の経験差によって学習者が経験を語る場が喪失してしまっていた。
? 生活経験は必ずしも教師の方が豊富とは限らない。そのため,班活動の際に教師がネットオークションでの支払い方法を質問した場面では,教師から学習者へ知識や技術を伝達するのではなく,学習者が自らの経験を基に教師へその支払い方法を教えており,教師と学習者の「教える-教えられる」という関係にはなっていなかった。
? 各班で特殊販売の販売方法について調べ,それを基にあらすじをつくりロールプレイングで発表するという課題に取り組む過程で,2班では生活経験を語る場面が9場面みられた。 経験を語り始めた契機には,教師の意図的な発問だけでなく,他の学習者や教師の質問,語りたいという意欲をかきたてられる他の学習者の発言があった。また,語り始めた契機は,全体活動においてというより班活動の際の教師の個別の働きかけと班員の質問によっていた。
ネットオークションでの購入経験をもつ学習者Aが,その販売方法や商品の落札方法,支払い方法を語ったことにより,他の学習者はネットオークションの購入方法のしくみを擬似体験的に理解していた。さらに,擬似体験的な学びにとどまらず,学習者Bは落札後に起こり得るトラブルに目を向けて問題意識を生起させ,その問題をあらすじに取り入れるよう提案した。
また,経験者である学習者Aは,これまでネットオークションの販売方法について疑問を抱いたことはなく,学習者Bが,その問題意識を問い返したことによって,学習者Aがよく知っていると思い込んでいるネットオークションをとらえ直す場になるはずであった。
? 以上のような学びの可能性があったにもかかわらず,学習者Bが落札後の問題を指摘した後の約13分間,学習者Aも学習者Bもそれを追及することはなく,教師が課題として指示した商品の絵を描くことに熱中していた。その課題が問題意識を追及する場を拘束してしまっていた。