抄録
目的: 地域の人が参加する家庭科の授業実践(以下,地域参加実践)では,地域の人は「ゲストティーチャー」,つまり「教える存在」としての役割が期待された例が多い。熊本県家庭科サークル(以下,サークル)でも,地域参加実践が80年代から取り組まれ,90年代以降,地域の人と子どもたちとの学びあいを意識した報告がなされている。つまり,サークルの地域参加実践では,地域の人も子どもも相互に学びあう存在と位置づけられているといえる。このようなとらえ方は,他の報告では読み取りがたいことから,授業研究によってその内実を明らかにする必要があると、著者らは考えている。 ところで,授業研究には授業前後の知識や技術の量的変化によって授業の効果をとらえる場合と,子どもや教師の内面過程や授業文脈における諸様相をとらえる場合がある。前者は家庭科の授業研究で多用されてきた量的手法で遂行可能であろう。しかし,後者は量的手法による検討では限界があり,「フィールドワーク」や「エスノグラフィ ー」などの質的手法の適用が妥当であると指摘されている。 本研究では,サークルの会員が地域の人と子どもたちの学びあいを意識して授業をつくった2つの事例を,フィールドワークによって授業研究し,家庭科における地域参加実践の意義と課題を明らかにする。本大会では,43回大会で報告した,地域の食文化が教材化された合志中学校の事例に続き,年間を通じて地域参加実践が実施された熊本県立湧心館高校(定時制)の事例について報告する。
方法: 同校で2000年の5月~12月に実施された1年生および2年生の家庭一般における地域参加実銭を参与覿察する。あわせて,地域参加実践の授業者,および授業に参加した地域の人への聞き取りと,授業後に子どもたちが書いた感想の記述分析を行う。なお,授業者は高光真理子同校講師と,本事例の立案者でもある立山ちづ子同校教諭である。授業に参加した地域の人は同校区社会福祉協議会食生活改善グループの女性10名と,同地区に住む男性7名である。
結果: フィールドワークによる授業研究の結果,湧心舘の地域参加実践は,?何回も継続的に行われ,?男性も含まれる多数の人が参加し,?教材自体に地域とのかかわりはないが,聞き書きによって子どもたちが地域とかかわり,?地域の人は子どもと共に学ぶことを意識して授業に参加しているという特徴が見出された。 これらの特徴をふまえて教師,子ども,地域の人の学びを検討した結果,教師は授業における地域の人と子どものかかわりを通して,自身の子ども観を広げ,地域参加実践が子どもにとって癒しの場となることに気づいていた。子どもは地域の人のあたたかさや思いやりに直接ふれ,地域の人とかかわりながら人間関係のつくり方,あり方を体得し,自身や家族をとらえ直し,これからの自分について考えるようになっていた。地域の人は湧心館高校の子どもたちへのマイナスイメージを払拭し,子どもとのかかわり方を体得し,自分の家族をより広い視野でとらえるようになっていた。
合志中と湧心舘高校の2つの事例から,家庭料の地域参加実践の意義として,子どもたちと地域の人が授業を通して相互に理解し合える存在となること,地域の人の参加は子どもたちが自身の生活を問い直し,これからのあり方を考え始めることに寄与すること,教師は授業中の子どもと地域の人のかかわりを通して自身の子ども観を広げることの3点が明らかになった。また,好影響をもたらす要因として,男性も加わった多数の人が授業に参加すること,地域の人が子どもとともに学ぶ意識をもつこと,継続的に何回も行うことの3点が示唆された。さらに,課題として,教師は地域の人と子どもをつなぐ役割が自身にあることを認識しながら授業を組み立てること,自身が地域の人とかかわって教材の価値を体験的に見出すことが必要であるといえる。