抄録
【目的】
通常人は,何も考えていないように見えるときでも,脳内各部位の神経細胞は,さまざまに絶え間なく変化・活動を続けている.時々刻々と変化している脳細胞の活動を最も簡便に,かつ全く無侵襲に測定できるのが脳波(electroencephalogram EEG(脳電図))であり,頭皮上から脳内の神経活動を電気信号として捉え計測する.脳波測定において,ヒトが何らかの精神的作業に注意・集中しているとき,前頭正中部にθ波(Frontal midline theta rhythm(Fmθ))が出現することが知られている.Fmθの実験報告では,若者を対象としたものは見られるが,高齢者・老年対象のものは殆ど見当らない.高齢者は,「行動の遅延」(Slowing behavior)を代表とするさまざまな動作の遅れが認められることや,高齢者には,Fmθが殆ど現れないとされていることなどから実験の対象になり難い面があったと思われる.しかしながら,長い人生を多様な経験を積んで生き続けた高齢の方々は,さまざまに知的活動を行ってきたし,その延長線上で,現在も活動をし続けている人々は多い.こうした高齢者達の脳の神経細胞は,恐らくこれまでの老人観を修正しなければならぬパワー(能力)を潜在しているのではなかろうか.本研究は,注意・集中を反映するとされるFmθを指標とし,多彩な生き様の高齢者を対象に,結晶性・流動性課題を課し,その遂行時に求められる課題性の認知機能による神経活動の違いを検討し,高齢者の知的機能の特徴を探ることを目的とした.
【方法】
1.被験者は,高齢者群16名(女性6名,男性10名,65歳_から_77歳,平均年齢69.4歳,SD:3.31)および若年者群10名(女性7名,男性3名,23歳_から_33歳,平均年齢24.9歳,SD:3.21)であった.視カ,矯正視力は全員正常であった.聴力は,若年者群は全員正常であったが,高齢者群では,正常9名,軽度難聴6名,補聴器使用が1名であった.2.注意・集中を測る課題として,田中ビネー知能検査Vなどを改変援用した6課題を用意した.さらに,これらの課題を,結晶性領域と流動性領域の2領域に分類した.流動性領域は, 物事をいかに速く,より正確に行えるかといった情報処理過程にかかわる能力であり,3課題を用意した.結晶性領域は, 生涯を通じて発達していく能力と考えられており,3課題を用意した.3.手続き:脳波測定には,国際10/20電極配置法に基づき,頭皮上8部位 (Fz,Cz,Pz,C3,C4,T3,T4,Oz)から両耳朶を基準にして導出し記録した.各課題遂行中に3分間の脳波測定をした.分析は,Fz導出記録で0.5s以上連続して出現するθ波をFmθとし,測定開始30sから90s間におけるFmθの振幅ならびに出現時間を,振幅25μV以上,0.5s以上連続して出現するθ波について加算し,90s間におけるFmθの出現率を求め分析した.Fmθの出現率並びに課題評価について,対象群(若年・高齢),課題条件(結晶性・流動性)の2要因反復測定分散分析を行った.
【結果】
各課題における高齢者群,若年者群別の分析を行った.被験者内効果の検定において,課題の主効果が有った(F(5,120)=12.0,ρ<.001).さらに,課題と群の交互作用が有り(F(5,120)=5.9,ρ<.001),下位検定において,流動性課題で,高齢者群が若年者群より低かったが,高齢者にもFmθの出現が観察された.
【考察】
Fmθは,全体的に若年者群が高齢者群より高率を示したが,高齢者においても明瞭なFmθ出現が観察された.このことは,実験に参加された高齢被験者は,加齢しても,何らかのものに興味・関心を抱き,何かに熱中し,没頭できる柔軟な脳機能を維持していると思われた.また,高齢者群は若年者群と同様に流動性課題で高いFmθの出現率を示し,このような結果からも,心身ともに活発な高齢者の場合には若年者と類似の認知的機能を保持し続けている可能性が示唆された.