抄録
【目的】本研究は、平成21年度~24年度の文部科学省科学研究費補助金を得て、国内外の絵本を収集し、家庭科教材としての絵本の可能性について検討し、自分の成長と家族関係について省察するための授業開発を行うものである。平成21年度の本学会例会では、絵本における父親の描写について分析した結果について報告し、本年7月の大会では、同性カップルと養子縁組による子どもという「家族」を描いた絵本を取り上げ、そこに描かれている家族像について考察した結果を発表した。本発表はこれらの研究の一環として位置づいている。絵本を教材とした家庭科の授業を構想するにあたり、児童が絵本の内容についてどのように受け止めているのかを明らかにするとともに、男女共同参画に関する家庭生活の在り方をめぐって、児童の中に発生する葛藤状況とその背景について考察することが本研究の目的である。
【方法】1.絵本の内容に関する調査 2010年6月から7月に、ケイト・バンクス:文、トメク・ボガツキ:絵、木坂涼:訳、『ママがおうちにかえってくる!』(講談社、2004年)を用いて、小・中学生が本書をどのように理解するのかを問う質問紙調査を実施した。内容は、抽出された絵本の場面に対する印象や登場人物の気持ちを記述式で答える項目と、本書の印象について最も当てはまるところを選択する方式の項目から構成されていた。この質問紙調査は、首都圏の小学校2校の第5学年児童210名(男子110名、女子100名)、および中学校3校の第3学年生徒268名(男子130名、女子138名)を対象とした。
2.絵本の内容に関する児童の見解の分析 7月に、1.の調査協力校の小学校第5学年の1クラスにおいて、調査実施に引き続き、絵本の内容について意見を述べ合う時間が設定され、授業者である担任教師の司会のもとで児童たちの話し合いが行われた。本研究者は話し合いを参与観察し、ビデオカメラによる録画記録を文字化し、分析資料とした。
本報告では、1クラスの児童たちの話し合いから、使用した絵本が児童たちのジェンダー観と関わりどのような葛藤を生じさせ、児童たちの意識に揺さぶりをかけることになったのかについて考察する。
【結果と考察】1.「絵本に対する意見」を述べるよう教師が促した結果、語られたのは児童の各家庭における父母の役割分担の実態であった。児童にとって、「我が家の当たり前」が絵本の内容の妥当性を判断する基準となっていた。「家事をしない父親」が当たり前の父親像である児童は、家庭にいて家事を一手に引き受けている絵本の父親描写に違和感を抱いていた。他方、父親が家庭で家事を分担している児童は、絵本の父親像に対する抵抗が少なかった。また、話し合いの中で、男女の役割についてのステレオタイプな一般論を根拠として、自分の家庭の正当性を主張する傾向もみられた。
2.授業を行うことを通して、ステレオタイプな性別役割分業が典型的な家族のあり方という再認識を促す可能性が認められた。授業感想から、「お父さんが家事をするのもいいですが、私にとってはお母さんが家事するのが普通だと思いました。」 「やっぱりお父さんが家事をするのは違和感があります。簡単な家事はするけど、一から作ったりしない。」といった意見があり、一部の児童にとっては、話し合いがステレオタイプな性別役割観を強化する面もあることが示唆された。
3.話し合いを通して、他者の意見に触発され考えが揺らぐ子どもと、当初からの自らの見解に確信を持つ子どもに分かれた。子どもの見解の揺らぎを踏まえ、クラス全体に問題提起する授業の工夫が求められる。
4.このたび使用した絵本は、児童の家庭生活と関連させて自らの見解を引き出すことになり、授業の導入教材として有効であった。授業開発にあたっては、自分の家庭の実態にとどまることなく、今日の家庭生活の在り方・社会の状況を背景とした家庭生活の実態へと、視野を広げるための手立てが必要である。また、児童自身のジェンダー観の問い直しも含めた授業展開について検討する必要がある。