日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
第53回大会・2010例会
セッションID: 3-6
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口頭発表
精神発達における家庭科を学ぶ意味
*伊波 富久美
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抄録
<目的>
 家庭科授業時間数の削減傾向にあって、家庭科教育の存在意義はこれまで以上に問われている。それに答えるためには、人が学ぶという活動全般における、すなわち人間の精神発達における家庭科学習の意味と独自性を明らかにしていく必要がある。
 したがって、本報告では、主にヴィゴツキーの精神発達理論の中に、家庭科教育での学びを位置づけ、その意味と独自性の考察を試みるとともに、その視点に沿った授業構想の方向性を示すことを目的とする。
<方法>
1. 家庭科での特徴的な学習活動、すなわち他者及びものとかかわりながら学びを深める過程について、特にヴィゴツキーの精神発達理論の視点から捉え直し、その意味と独自性を明らかにする。
2. 日本家庭科教育学会誌(47巻1号〜53巻2号)の分析により、家庭科授業研究の動向を把握し、授業分析における課題を明らかにする。
3. 家庭科で学ぶ意味を明確にした授業展開例を示す。
<結果及び考察>
1.ヴィゴツキーは、曖昧な自己の意識世界は、他者と関わることによって確定され、自己の意味世界が形成されることを示した。それを「最近接発達領域論」においては、大人による指導のみならず、仲間との共同活動という精神間カテゴリーの場で、発達の実現可能性を高めていくこと、次には精神内カテゴリーの場において、それを自ら、自分の知識や発達としていく、すなわち自分のものにする「内化」が生じるとしている。また、言葉と思考の重なりを「言語的思考」として、「語義」と「語の意味」をその単位とした。語の一般性・普遍的な側面である「語義」と個別的で多様性のある「語の意味」が、ことばの現実を作り出しているとする。
 家庭科で取り上げる概念(学習対象)は、他者と関わることによって、各家庭における多様な「語の意味」で表され得るものであり、それを授業において、共有することによって、学習者の「語義」を豊かにすることができる。それにより、対象を深く理解すること、すなわち自分のこととして捉えること(内化)が可能になると考える。各家庭の多様性を背負った他者とのかかわりを学びの場として構成できることが、家庭科教育の独自性といえよう。
 他方、ヴィゴツキーは、言葉を生み出していく根源には身体による行為と表現があることを指摘してはいるが、メルロ=ポンティはさらに、身体を人間精神の根源にあるものとしてより重要な位置づけをしている。対象との直接的なかかわりにより、言語以外にも触覚などの体感によっても「語の意味」は生じると考えられる。
 家庭科教育は、実習・実験などにおいてその身体的な“もの”とのかかわりの機会を提供し、さらにそれらの経験を他者と共有することによって、論点を焦点化し、「語義」を豊かにすることが可能である。そのようなより具体的で詳細なリアリティーのある理解が可能な教科といえよう。
2.これまでの家庭科授業研究は、授業前後での学習者の変化は捉えてきたものの、学習過程の個別的な把握や学習者相互のかかわりに関してはほとんど取り上げられていなかった。したがって、様々な具体的な学習場面で、他者とどのようにかかわりながら、自らの知識・理解、自らの課題として学習者が捉えていくのか、その過程を明らかにすることが今後の課題といえる。
3.対象と直接かかわり、その「語義」と「語の意味」のレベルとを行き来することができる場として、実習・実験を位置づけるとともに、他者とのかかわりの中で、対象の多様な「語の意味」に気付き、自らの学習対象への認識を深めていく学習、すなわち、自分のこととして課題を捉えられる授業の構想が必要である。そのような学習を契機に、学習者の生活全般へのかかわり方が変わることが考えられる。
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© 2010 日本家庭科教育学会
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