抄録
≪研究目的≫
家庭科教育では「主体的な生活を創造する」能力育成をめざしている。そのために、生活のあらゆる場面において適切な価値判断と意思決定できる能力が必要である。適切な価値判断力、意思決定能力がなければ、他を配慮しつつ持続可能な社会を形成する自立した生活者にはなりえない。 本研究者らは、食生活における調理学習が、意思決定能力を促進することを今までの研究により明らかにしてきた。その研究においては、意思決定能力が形成され促進されることを客観的に明らかにすることを試み、脳機能の発達との関連について着目した。学習と脳機能の発達の関連性において、この意思決定能力のような総合性を要する能力は、Working memory といわれている。意思決定においてはWorking memoryの役目は大きく、これは今まで習った能力を総合させ、価値判断をして行動に移すという総合的な高次脳機能に属する。本研究では、このWorking memory との関連から、調理学習における総合的な能力育成の場面として、特に今までの知識・技術を総合させ、最も適切な判断・決定のもとに行なわれている献立及び調理実習時における「段取り」に焦点を当てて追究することを試みた。 意思決定能力は、全ての人に必要な能力である。通常の児童・生徒に限らず、特別な支援を必要とする児童・生徒も例外ではなく、多様性を十分に踏まえて育成する必要がある。この特別な支援を必要とする児童・生徒を対象とした家庭科教育における意思決定能力に関わる先行研究は現在までのところ少なく、今後追究されることが求められている。本研究者らは、高校生、大学生の調理学習時における意思決定能力に関わる研究結果を報告してきたが、今回は小・中学生に視点を当て、発達段階を追って系統的に意思決定能力形成を検討することを試みた。
そこで本研究の目的は、調理学習時の献立及び段取りに着目して、通常及び特別な支援を必要とする児童・生徒における意思決定能力の実態を明らかにすることである。
≪研究方法≫
調査対象は、公立小学校・中学校における通常及び特別な支援を必要とする児童・生徒、である。特別な支援を必要とする児童・生徒は、特別支援学級(知的・自閉情緒)に属している。調査期間は、2011年9月~2012年2月、調査方法は、通常の児童・生徒においては質問紙留置法、特別な支援を必要とする児童・生徒は個別によるインタビュー調査であった。
≪研究結果≫
1.調理における段取りについて 調理において、材料を洗う、切る、加熱する、盛り付け等の各部分の手順は学習効果が定着しているが、全体を見通して総合的・効率的に意思決定していく段取りについては学習効果が認められなかった。具体的には、出来あがって最も適切な食べる状態をイメージして、時間や調理手順を段取りすることができにくいことが明らかとなった。
2.献立作成について 実践課題において、家族の好みや自分の調理技術を考えて献立を立てるという意思決定プロセス「資源の点検・情報の収集」のステップでは学習効果が認められた。一方、複数の献立を考え、その献立と自分一人の調理技術との関連を考える等の意思決定プロセス「複数の方法を考え、それぞれの成り行きを比較考量する」のステップは、学習効果が低いことが明らかとなった。
3.特別な支援を必要とする児童・生徒の調理実習における意思決定能力について 調理における意思決定プロセスに関する項目のうち、「資源の点検・情報の収集」において、通常の児童・生徒に比べて、特別な支援を必要とする児童・生徒の正答率が低いことが認められた。これは、本研究者らが行なった調査から、実際の特別支援学級の授業実践では、児童・生徒に情報を収集させたり、選択させたりするという授業場面が極めて少なかったという結果と符合する。特別な支援を必要とする児童・生徒の意思決定能力の学習効果については、どの程度まで定着しているのか等不明の部分が多い結果となった。今後は、具体的な授業実践を通して事例を積み重ね、学習効果が個別的にどこまで定着しているかを明らかにしていく必要がある。