抄録
【研究の背景】
国連の防災指針である兵庫行動枠組は、災害の被害を軽減するための防災教育の重要性を示している。これまで日本の学校の多くは、学校保健安全法に基づいて、「学校」における生徒らの安全確保(これを同法では、「学校安全」とする。)を達成するために、避難訓練を中心とする防災教育を実施してきた。よって学校安全では、学校以外の生活場面の安全を副次的に捉える為、従来の防災教育は日常生活への汎用性に乏しい内容であったと言える。しかし現在、東日本大震災後に作成された防災教育のための資料は、学校にあらゆる生活場面を想定した防災教育について、各教科で行うことを求めている。
一方で、被災地で発生する問題の多くが生活問題であることに関連し、生命を守るためだけの防災のあり方が、今日問われている。そのことから筆者らは、緊急時に生き残り、かつ個々人が築き上げてきた生活を可能な限り維持できる避難生活にするために、共助と公助を視野に入れた生活に根差す防災を検討していく必要があると考えた。
現状を鑑みると、生活や人の生涯を学習対象とする家庭科が、社会とつながりを持ちながら、生活に根差した防災と防災教育を創造する意義は大きいと言えるだろう。
【研究の目的】
家庭科の防災教育研究は極めて少なく、特に時代横断的に防災教育の変遷を取り上げたものはない。そこで本研究では、中学校技術・家庭科学習指導要領と学習指導要領解説(以下、学習指導要領等)の調査を通し、広く生活を学習対象とする家庭科の防災教育に対する認識がどのように現れているのかを経年的に明らかにした。また本研究によって、家庭科における防災教育の位置付けの史的変遷が明確になり、今後の防災教育のあり方に一定の知見を提供することができる。
【研究の方法】
研究方法は、防災を含め生活における安全確保を目的とした記述を抽出し、学校安全を意図したものと日常生活を対象としたものに分類した。また抽出した内容を、学校安全で定められる三領域(生活安全・交通安全・災害安全)に即して、「交通安全」、「生活における事故の防止」、及び「防災」に大別した上で詳細に分析した。
【研究結果と考察】
該当した内容は、約3割が実習中の事故や火災の防止を意図する「学校安全」に関するものであった。残り約7割は、日常生活を対象とするが、発行年度によって災害の扱い方に大きな違いが見られた。特に、実質的に女子のみを対象とした昭和22年度版は、「災害の予防」という題目が設けられ、全ての学習指導要領等の中で最も防災に関する内容が充実している。具体的に、社会とのつながりの中で私的生活での防災について考えるものであり、経験主義に基づいた学習方法を列挙していた。しかし昭和26年度版から平成10年度版までのものには、昭和26年度版を除き自然災害に関する記述は全くなく、経験主義による内容や展開も見られない。一方でこの時期には、主に男子向き或いは技術科の内容で、電気機器による事故や火災が注意されるにとどまっている。また阪神淡路大震災後の平成10年版の学習指導要領等は、家庭科を含め各教科で「共助」の視点が加えられたが、共助と防災を関連づけた学習内容は示されていなかった。現行の平成20年度版は、住生活の分野で自然災害を含む家庭内の事故等について考える内容が設定されたが、昭和22年度版の水準には及ばない。
以上の結果より、中学校技術・家庭科の学習指導要領等にみる防災教育の認識と変遷について、次のように考察した。まず終戦直後では、戦災と自然災害の甚大な被害とGHQの教育方針の影響によって、経験主義に基づく防災教育が重視された。しかし、災害による被害の小規模化と産業教育や科学教育振興によって、防災教育に対する認識が次第に弱まったと思われる。現在、再び防災教育への関心は高まっているが、終戦直後に比べると学習指導要領等への反映は未だ少ない。